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大いなる旅路

 翌朝、学校に戻った私は自室で佇んでいた。


 部屋が広く感じる。

 もともと3人部屋なのだからひとりでいればそう感じても無理はないだろう。


 何もしていないといろいろな考えが頭の中を巡る。

 そういえばエリザと初めて会った日、霧の中で怪物に襲われた。

 もしかすると、あれは私の影だったんじゃないか?

 いや、さらに言えばそう思い込んでいるだけで、あの時もエリザを切り裂いたのは私自身だったのかもしれない。


「そう思うわけ?」


 声をかけられてぎょっとした。

 いつ入って来たのか、エリザのベッドに『先生』が座っている。


「あの霧は魔法の霧だからね。霧は人の心を惑わすと言うし、あなたの呪いと干渉して妙な像を創り出したのかもしれないわ」


 人の心を読むな。

 どのみち私のせいである事には変わりないじゃないか。


「あの子を連れ出すのにずいぶん苦労したのよ、それこそ10年くらい」


 話をする『先生』の声が近い。

 背を向けて立っていたはずだったが、いつの間にか『先生』の膝枕で寝ている。


「うわっ! 何すんだ!」

「ふふ、元気あるじゃない。その調子でエリザを魔界にある家から連れ出して来なさい、今度はあなたがね」


 いつもながら唐突だな。

 そしてどうせ……。


「言っておくけどいつも通りこれは強制ね。あなた自身も本心はこのままでいいとは思ってないんじゃない? さあ、さっさと行く!」


 手も触れられずに部屋から放り出された、相変わらず無茶苦茶な奴だ。

 部屋のドアは固く閉ざされびくともしない。


 ……このままで、か。

 私としても元よりそのつもりだった。

 『先生』は強制だと言っておきながらペナルティは提示しなかったな。

 たまには素直に乗ってやってもいいだろう。


 とはいえ魔界ってどうやって行くんだ?

 電車や飛行機が通っているはずもない。

 まいったな、完全にアテが無いぞ。


 少しでも思い当たる事を試していくしかないか。

 以前ネリーとかいう悪魔が出てきたことがあった。

 あいつは確かエリザのメイドだと言っていたはず。

 もう一度呼び出せれば何か聞けるかもしれないし、運が良ければそのまま魔界へ行けるかもしれない。



 ***



 とりあえず大講堂へとやって来た。

 時間はすでに放課後、誰もいない。

 悪魔を呼び出そうっていうんだ、その方が都合はいいけどね。


 本を片手に魔法陣を描こうとするが、これがまた難しい。

 そもそもあの時は逃げようとした生徒に踏み荒らされてデタラメな魔法陣になっていたんじゃなかったっけ?

 うーん……再現性は低いかもしれないけど、試しにやってみるか。


「ちょっと待った!」


 大講堂に誰かが入ってきた。

 こいつらは……ジル達か。


「召喚魔法はデリケートなの。そんなふうに呼び出せば、今度こそ取り返しのつかない事になるかもしれないのよ」


 ジルが私の持っていた本を取り上げる。

 成功する気はしなかったからこの際どうでもいいけど。


 そんな事より、こいつらはあの様子を見ていたはずだ。

 私がケモノになった時の様子を。


「わざわざ忠告しに来てくれたのか? お前たちも見ただろう。……またいつおかしくなるかわからない、今度切り裂かれるのはお前たちかもしれないぞ」


 ちょっと脅しをかけた。

 実際のところは私にもどうなるかなんてわからない。

 だからこそ追い払うつもりでいた。

 しかし、ジルは涼しい顔のまま答える。


「学院長があなたを手伝えば単位をくれるって言ったのよ」

「はあ? なんだそりゃ。」


 意表を突いた返答に思わず変な声が出た。

 そんなに成績がヤバかったのか?


「……冗談よ。確かに怖くないと言えば嘘になるけど、あのままお別れだなんて私達も嫌だもの。手伝うくらいはいいでしょう?」

「それに、メルっちひとりじゃどうしようもないっしょ? 優秀なソニアちゃんが手を貸してあげるから、ありがたく思ってね~」


 わかりにくい冗談に続いて、今度は嬉しい事言ってくれるじゃないか。

 うちひとりを除いてだが。


「うう……あたいは怖くてしょうがないんすけど……噛みつかないっすよね……?」

「噛みつかねえよ。少なくとも今は、な!」

「ひぃ!」


 ミデットは跳び上がってジルの後ろに隠れてしまった。


「ちょっと、ミデットも手伝うって言ってくれてるんだからからかわないでよ」

「いや、ごめん。……はは」


 ちょっとだけ、笑いが出た。

 この際理由は関係ない、手を貸してくれる奴がいるというのもいいものだ。

 正直、嬉しかった。


「でもさ、実際問題どうすりゃいいんだろうね~」


 仲間が増えたのは有難いが、ソニアの言う通り手段に見当がつかない。

 何か他にヒントはないものか。


「あ……そういえばあのスライム、確かエリザが実家を思い出すって言ってたよな」


 ソニアを見て思い出した。

 確かにエリザがそんな事を言っていたはずだ。

 それを聞いたジルは何やら考えを巡らせ始めた。


「そうね……あのスライムが魔界の生物だとして、考えられる可能性は2つ。同じ種類の生物が地下にも生息していただけに過ぎないか、地下が魔界へと繋がっているか。といったところじゃないかしら」


 可能性はあるな。

 だがあそこは危険だ、可能性だけで行くのは賢明じゃない。

 もう少し情報が欲しいな。


「お、そうだ」

「わわ、何するっすか!?」


 ミデットのポーチに手を突っ込み、中のものを引きずり出す。


「おお? なんだいきなり!」

「よ、久しぶりだなハインリヒ。ちょっと聞きたい事があるんだ」


 鋼鉄のハインリヒ、こいつなら地下の事を何か知ってるかもしれない。

 とりあえずここまでの事情を説明した。


「私も長い間眠っていた身、絶えず姿を変える地下研究所がどうなっているのか知る由もないが……」

「昔のことでもいい、何か覚えてないか?」

「そうだな……〈門〉と呼ばれる転移魔法を研究していた部署があったと思う。もしその設備が残っているならば、まだ使えるかもしれない」


 転移魔法の研究施設か。

 スライムが魔界から来たものだとすると、まだ設備が生きている可能性はある。


「小さな可能性だが、他には何もないんだ。2つあれば行ってみる価値はあるんじゃないか?」


 私の言葉に他の3人も黙って頷く。

 話は決まったな、地下へと向かおう。


「さて、どこから向かうか。中庭の入口は封鎖されてるだろうし、やっぱりミデットの入口からかな」

「わわわ」


 入口の話をしたらミデットが慌てだした。

 何をそんなに慌ててるんだか。


「それなんすけど……、この間のハインリヒの騒動でバレちゃったんす。だからもう塞がれてるんす……」


 あの入口塞がれてしまったのか。

 まああれだけ騒ぎを起こしたんだ、追及されるに決まってるよな。


 あそこが使えないとなると、他に知っているのは中庭の入口だ。

 『先生』の命令である事を伝えれば開けてもらえるかな……?

 いや、とりあえずは入口を見に行くとしよう。

 もしかしたら開いているかもしれないし。



 ***



 淡い期待を抱いて地下への入口までやって来たが、やっぱり扉は固く閉ざされている。


「やっぱりダメか……。いっそ壊しちまうか」


 魔法の杖を取り出し変形させる。

 最大出力で衝撃を放てば扉を壊せるかもしれない。


「その必要はありません」


 まさにぶっ放そうとしたその時、後ろから声をかけられた。

 そこにいたのは学院長だ、まずい相手に見つかってしまったか。

 ……いや、いい機会だ。

 ここで地下に行く許可をもらってしまおう。


「あの、学院長先生」

「この学院の地下にあるかつての研究施設、そこに残された技術を悪用しようとする者たちから守るためのさまざまな仕掛け。アナログな罠から高度な魔術まで様々です」


 私の言葉を遮るように学院長が話を始めた。

 明確に否定しないという事は、地下に行くのを邪魔するつもりはないのだろうか。


「それでも地下一階は妖精により管理され危険はほぼありません。……何か外的要因が無ければ、ですが。それ以降の階層は管理の行き届かぬ危険地帯、その事は理解していますね?」


 私は黙って頷いた。


「そうですか、……仕方ありませんね。出て来なさい」


 学院長の呼びかけに答え、何者かがが姿を現した。

 マリネッタ先生とゲーリッチ先生だ。


「やれやれ、何だってこんな事になってるんだか」

「地下に残された技術に興味はありますが……かなり危険ですね」


 珍しい顔ぶれだ。

 もしかして、初めから協力してくれるつもりだったのだろうか。


「学院長、これもやっぱり『先生』のご意向ってやつですか?」


 学院長は私を少しだけ見ると、そっと顔をそむけた。


「それもありますが……、今回の事は私の至らなさが招いた事でもあります。私にできる事ならば協力は惜しみません」


 よくわからないが、学院長が協力してくれるのは有難い。

 許可を取る手間も省けるというものだ。


「さあて、さっそく地下に下りたいところだが……。知ってるかもしれないが魔法による防衛機構によって階段以外がランダムに組み替えられるようになっているんだ、運が悪ければ目的の施設まで永遠にたどり着けないかもしれない。覚悟はしておくんだね」


 マリネッタ先生が脅かすせいで一部怖気づいたような奴らもいるが、少なくとも地下一階はそこまで危険ではないはず。

 私たちはとりあえず地下一階へと下りて行った。



 ***



 地下一階……、確かに以前来た時とは違う。

 部屋や廊下もそうだが、前はもっと罠だらけだったはず。

 単に運が悪かったのか?

 それとも罠を抑制する仕組みでもあるのだろうか。


「あったよ、下り階段だ」


 前を進むマリネッタ先生の声がする。

 管理されているだけあってこの階層は問題なく進めた。

 問題なのはこの先だな。


 地下二階。

 明らかにさっきまでと雰囲気が違う。


「ここからはもう長い間管理されていない。魔法が異常を起こしているかもしれないし、実験用の生物が野生化して彷徨っているかもしれない。十分注意するんだよ」


 先導するマリネッタ先生がドアに手をかける。


「あ! 先生、ちょっと待った!」


 ドアを開けようとするマリネッタ先生を制止した。

 ちょっと試したい事を思いついたんだ。


「そのドアを開ける前にちょっとやってみたい事があるんだ」

「やってみたい事? 何だい、手短に頼むよ」


 私としても怪物に襲われるのは面倒だからな。

 要点だけ進めていこう。


「ミデット、ハインリヒを出してくれ」

「え? わ、わかったっす」


 ミデットがポーチからハインリヒを取り出している間にこっちの準備をする。

 よし、これでバッチリだ。


「私に何か用か?」

「ああ、そのままじっとしていてくれ。ソニア、頼む」

「あいよ~、ヒミオグ・ヘヴティ!」


 ソニアのピコハンがハインリヒに命中、ピコンと楽し気な音がする。


「な、何をするのだ!?」

「動かないでよ~、もうちょっとかかるから~」


 その後もピコンピコンと数回打撃音が響いた。

 そろそろいいんじゃないかな?


「痛くはないが……何がしたいのかさっぱりわからんぞ」

「お~し、それじゃやってみますか!」


 マリネッタ先生に変わり、今度はソニアがドアに手をかける。

 緊張が走る……、うまくいけばいいが。


「1、2の、3!」


 勢いよくドアが開かれた。

 その部屋は何かの装置が置かれた部屋、危険な生物の気配はない。


「こ、これは……!」


 部屋に置かれた装置にマリネッタ先生が駆け寄り、詳しく調べている。

 私の計画が上手くいっているなら当たりのはずだが……。


「間違いない、これは〈門〉の発生装置だ。状態もいいし……使えるぞ!」


 やっぱり、当たりだ。

 怖いくらい上手くいったな。

 ゲーリッチ先生なんか驚きのあまり呆然としているぞ。


「す、凄いね……。無数に変化を続ける迷宮で、最初の部屋が目的地だなんて。君は物凄い幸運の持ち主なんじゃないか?」

「なに、あたしの運じゃない。ソニアの幸運魔法で運を爆上げして引いてもらっただけだよ」


 それを聞いていたハインリヒが首を傾げる。


「それで、何故私を叩く必要があったのだ?」

「あ~、それはね。ソニアちゃんの幸運を爆上げするために、代わりに爆下げしてくれる人が必要だったワケよ。世の中上手くはいかないのよね~」

「こんな危険な場所で運勢最悪になるわけにはいかないからな。お前なら大丈夫だろ? さあさあ、何か起こる前にポーチにでも入ってろ」


 ハインリヒは納得いかない様子だったが、とばっちりが怖いので皆で押し込めた。

 許せ、ハインリヒ。

 お前は無敵の忠臣なんだろ。


「ゴーレム使いが荒いぞ! ゴーレムにも権利と言うものが……ぐはあ!」

「あ……、中で思いきりずっこけて頭が外れたっす……」


 さっそく来たか。

 安心しろ、お前の事は忘れないよ。


「何やってんだい、バカな事やってないでこっちに来な」


 装置をいろいろ調べていた大人たちの声がする。

 どうやら準備ができたようだ。


「資料を調べたら、確かに魔界へと繋がる〈門〉の開き方があったよ。転送自体は問題ないが、通過する間こっちでも安定させるために人手が必要だ。……悪いが私達教師は行けないよ、すまないね」


 問題は無い、覚悟はできている。

 そしてそれはジル達も同じようだ。

 言葉には出さなくても、頷くその表情が物語っている。

 たぶんな。


「ミス・ディード、杖を出しなさい」

「……?」


 学院長に呼ばれ銃型杖を差し出す。

 差し出した杖に学院長が触れると、杖は一瞬光を放ち、また元に戻った。


「あなたの杖にも帰還魔法を込めました。学校の名を言いながら放てば1度だけ学院に通ずる〈門〉が開きます。危険だと思ったらためらわずに使うのですよ」

「……わかりました」


 少しだけ、この人を誤解していたのかもしれない。

 ただ冷徹なだけの人間じゃないようだ。

 まあ、私に厳しいのは変わらないから少しだけ、だけどね。


 そして、ついに魔界へと繋がる〈門〉が開いた。

 この先にエリザがいるのか……?


「私達には魔界がどんな所なのか見当もつきません。くれぐれも無理だけはしないように」

「……ここまで、ありがとうございました」


 誰かにこんなにはっきりとお礼を言ったのはいつ以来だろう。

 呪いの覚醒とは裏腹に、私の中でも何かが変わりつつあるのだろうか。


 いや、今はそんな事はどうでもいい。


「行くぞ!」


 私を先頭に、4人で〈門〉へと飛び込んだ。

 待っていろ、エリザ。

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