狼紳士
「オレもこういう場は苦手なんだけど、親がどうしてもって言うからさ。髪だって短い方が動きやすくていいんだけどなあ」
いつものレムスらしい口調だが、豪華なドレスを着ているせいでなんともアンバランスだ。
好きで参加してるわけじゃないのは私だけではないという事か。
レムスも堅苦しいパーティーが苦手なのか、そのまま私と話を続けた。
「ここはロレインの家なんだってな。やっぱりロレインも来てるのか?」
「そりゃ当然だろ。半分はサン・アルヴン主席のロレインを見せびらかすために開いているようなパーティーなんだ」
「ふうん……。しかし不思議なもんだな、そんなに魔法が得意でもないのに首席なんて」
その瞬間、レムスの表情が変わった。
しまった、またしても失言だった。
ロレインと入れ替わっていた事なんて言えるわけないし、ちょっとマズいぞ。
「……そうか、バレてたのか」
だがレムスの反応は思っていたものと違った。
その顔はどこか寂しそうで、かと思えばスッキリしたような感じも見て取れる。
「お前は勘も良さそうだしな。そう、ロレインは魔法の才能があるほうじゃない」
衝撃の告白だな。
そんな事、私に言ってしまっていいのか?
「おい、いいのか? そんな事言って」
「いいさ、お前は口も堅そうだし。むしろ誰かに聞いてほしいと思っていたんだ」
そんなに信用を得るような事の覚えはなかったが、どうしてそう思う。
そりゃあ言ってほしくなければ別に言いふらしたりはしないけれども。
などと戸惑う私にかまわず、レムスは話を続ける。
「オレが初めてロレインに会ったのは5歳の頃だ。オレの家、ドルク家はそこそこの貴族だから、親父がルザルカフ家のご機嫌取りに伺った時だったよ。オレはその頃から男の子みたいだったから、かわいいお人形のようなロレインに驚いたもんだ。すぐ仲良くなったよ」
ご機嫌取りね。
同い年の娘を近付くきっかけにしたってところか。
「ロレインのほうも男の子だと思ってたんじゃないか?」
「よくわかったな、女の子の服を着た男の子だと思ってたって言ってたよ」
その場面を想像して少し吹き出しそうになった。
レムスには気付かれていないようだ。
でもそれちょっと私も見てみたかったよ。
「それからすぐにラシールとも会った。あいつはどこからか貰われて来たルザルカフ家の養子だったんだ。何を考えているかわからない無口な子供だったけど、不思議とオレ達3人は気が合ってね、いつしか親友と呼べる仲になっていたんだ」
そういえばラシールの姿は見えないな。
パーティーには来ていないのだろうか。
「次にロレインと会った時、オレはあんなにショックを受けた事は無かった。何かの都合で親父はルザルカフ家に行かなくなっていたから、勝手に抜け出して自分ひとりでロレインに会いに行った時だったよ。……あいつは地下室に閉じ込められていたんだ」
「地下室……? 迷い込んだ、とかじゃ無くて?」
「ああ。ロレインの親父はロレインに魔法の才能が無い事に腹を立て、罰を与えていたんだ。信じられるか? 実の娘にだぞ。他に子供がいなかったから、ラシールがロレインのスペアとして養子になっていた事もその時知った。オレは自分の事のように泣いたよ」
壮絶な話だな。
さっき食べた豪華な料理の味も吹き飛んで吐き気がする。
「でも、ロレインは泣いていなかった。悪いのは自分だと、今は足りなくても努力していけばいいと。……あいつは凄いやつなんだ、オレよりも、ラシールよりも。そしてその時、ラシールと共に誓ったんだ。オレ達でロレインを支えて、誰であろうと文句を言わせないほどの大物にしてやろうってな」
「……」
私はレムスの話を黙って聞いていた。
こういう雰囲気は好きじゃないから茶化してもよかったが、さすがにそれは悪い気がしたから言わないでいた。
気の利いた言葉も思い浮かばなかったからな。
「でも勘違いするなよ、別にズルをしてるわけじゃない。あいつが凄いのは本当なんだ。頭もいいしリーダーシップもあるし、何より努力家だ。オレ達はちょっとだけ足りない部分をサポートしているに過ぎないのさ」
話し終わったレムスの顔はどこか晴れやかだった。
規範生徒会のやつら、自分たちなりのモノを背負っていたんだな。
ちょっとだけ感心したよ。
「つい長く話しちまったな。お前がどう感じようと勝手だけど、できれば忘れてくれると助かる。ロレインもこんな事で同情されたりしたくないだろうからな」
「わかってるよ、聞かなかった事にする。お前が思ってたよりお喋りな事とかな」
「それはいつもの事だから問題ないぞ? オレたちの部屋にくればいつでもお話してやるさ」
それは勘弁願いたい、私は長い話は苦手なんだ。
さっきの話を聞いた事だって、ラシールに知られでもしたら記憶ごと消されそうだし。
「ん、あれは……」
バルコニーの窓からパーティー会場を覗くとロレインの姿が見えた。
美しいドレスを纏った姿はさすがと言える。
普段とは印象が全然違うな。
「ロレインの隣にいる髭の男がロレインの親父だよ。首席になったとたん自慢の娘だなんだと言いやがって、呆れた男さ」
レムスの口調に軽蔑の念が含まれているのがよくわかる。
ふうん、あいつがね……。
ちょっと興味が出て来たかな。
「あ、おい、どこに行くんだ!?」
バルコニーから会場へと戻ろうとする私をレムスが引き留めた。
「なに、どんな酷い奴か近くで見ようと思ってね」
「ルザルカフ卿は名門貴族であり大臣級の政治家、そのうえ冷酷さで有名な男なんだ。興味本位で近づくのはやめておけ」
「それは話を聞いてればわかったよ。それに今のあたしは謎の貴公子、心配はいらないさ」
レムスの制止を振り切り会場へと戻った。
一応、エリザにも声をかけておこう。
「もう、メルったらどこに行っていたのですか! ひとりで心細かったですわ!」
「悪い、ちょっとレムスと話をしててね。ところでお前に話があるんだけど……」
エリザにヒソヒソと耳打ちする。
話を聞いたエリザは困惑した様子だ。
「え……? それはいったいどういう事なのでしょうか……」
「まあ、聞いておいてくれればそれでいいんだ。じゃあまた後でな」
***
こっそりとロレイン達のいるほうへと忍び寄る。
近くで話を聞いてみたが中身の無い自慢話ばかり。
横に立たされているロレインも大変だな。
「さてと……ちょっと遊んでいこうかな」
ここはパーティー会場だ、人も多ければ物も多い。
イタズラするには事欠かない。
さっき調理場から拝借したこれを使って……と。
「一流の料理人が腕を振るいましたからな、どれも素晴らしい――」
ルザルカフ卿が自慢しながら料理を口に運ぶ。
ちょっとした悪意にも気づかずに。
「ぐっ! ぶはっ! な、何だこれは!?」
ひひ、思いっきり吐き出してお行儀が悪いな。
目を盗んでタバスコたっぷりの料理とすり替えてやった。
おかわりが欲しいならいくらでもくれてやるぞ。
「あら、あなたは……?」
おっといけない。
周囲が騒がしくなって人が集まってきたところでロレインに見つかった。
正体がバレる前に離れなければ。
人の間をすり抜けようとしたが、思ったより狭く何かが引っ掛かってしまった。
「なんだよ、くそ……せいっ!」
思いきり引っ張ると引っ掛かっていたものが外れた感触があった。
それと同時に場が凍り付いたのも感じた。
「……!」
皆の視線の先には、私の服に引っ掛かった毛の塊。
「うわ、なんだこれ。気持ち悪っ」
慌てて床に叩きつけた。
すると周囲が騒がしくなり、人々が距離を取り始める。
「……そ、その男を取り押さえろ!」
私を指さし、ルザルカフ卿が叫んだ。
その頭にはさっきまであったはずの髪が無い。
そうか、これはあいつのカツラだったのか。
ルザルカフ卿の声に答え、警備員たちが駆けつけてきた。
だが警備員という割には少々装備がゴツい、どちらかというと衛兵だ。
銃は持っていないようだが、かわりに短めの槍のようなものを持っている。
ちょっと嫌な予感がする。
「ヌンベス!」
「何っ!?」
衛兵たちが私に向けて槍を構えると一斉に呪文を唱えた。
そうだった、ここはロレインの家だった。
魔法が使える奴がいてもおかしくない。
その場は何とか回避できたが、会場中をいつまでも逃げ回るわけにはいかない。
私の杖は『先生』に取り上げられているし……エリザが気付いてくれるのを待つしかない。
「う、うわっ! 何だ!?」
誰かが叫び声を上げた。
いつの間にか会場にある窓がすべて開いている。
そしてその窓という窓から大量のカラスとコウモリが侵入し、会場中を所狭しと飛び回り始めたのだった。
少し離れた所からエリザが小さく合図しているのが見える。
今は夜だ、吸血鬼の力で助けてくれたんだな。
この隙に会場から脱出させてもらうとしよう。
「ええい、何をしている。ラシールだ、ラシールを呼べ! こういう時のために飼っているんだ、役に立たせろ!」
屋敷の出口まであと少しだったが、ルザルカフ卿の声が聞こえて足が止まった。
そうか、ラシールもいたのか。
さっきのがロレインとレムスの分だとすると、もうひとつくらい何かないと不公平じゃないか?
まあ、そんな事をする義理はないのだけど、ちょっとイライラしてきたんでね。
それになんだか体が熱い、今までとは少し違う事ができるような気がするんだ。
入口側から一転、向かってくるように走り出した私に対し再び衛兵たちが魔法を放つ。
「何っ! 消えた!?」
だがまたしてもその魔法は当たらなかった。
消えたように見えたのも無理はない、自分でもこんなに高く跳べるとは思わなかったからな。
パーティー会場の高い天井ギリギリまで跳び上がったまま狙いを定め、一気に急降下!
手刀を振り下ろした格好でルザルカフ卿の目の前に着地した。
「パンツまでは勘弁してやるよ、こっちもそんなもの見たくないからな」
「な、何を、貴様……!」
言い終わらないうちにルザルカフ卿の服が弾け飛んだ。
高価な服だったろうが悪いな。
手刀でここまでできると気持ちがいい、気分は斬鉄剣だ。
やる事もやったし、再び脱出するべく走り出す。
すると猛烈なつむじ風が巻き起こり私の体を包んだ。
あまりに激しい風に目を閉じると、浮遊感と共にエリザの声が聞こえてくる。
「もう、パーティーがめちゃくちゃですわ。こういうの、良くないと思いますわよ」
気付けば私は屋敷から離れた夜の空を飛んでいた。
エリザが連れ出してくれたんだな。
こうして両手にぶら下がって飛ぶのも悪くない。
「ほったらかしにして悪かったよ。でもやっておきたい事があったんだ」
「メルは乱暴が過ぎます、少しは気を付けていただきませんと」
エリザの姿が霧へと変わった。
すると当然、私の手はするりと抜け地面へと落下する。
「え、ちょ、エリザ! 悪かったって!」
しばらく落ちたところでエリザが姿を現し、私の体をキャッチした。
その表情はイタズラっぽく笑っている、やっぱりエリザは怒らせるものじゃない。
「反省してますよ、ほんと」
「はい、よろしい。メルはとっても良い子ですわね」
月夜に二人分の笑い声。
たまには夜間飛行もいいものだ。
***
翌日、いつもの学院生活へと戻った。
帰ってすぐに魔法が解けたからホッとしたよ、男のままいるわけにはいかないからな。
「ちょっといいかしら」
「げ、ロレイン」
ベンチでくつろいでいるとロレインが話しかけてきた。
昨日の事がバレてるのか? 確かに顔は少し見られたけど……。
それ以前にレムスが話したのかもしれない。
もしそうだとしたら見損なうぞ、私は何も喋ってないのに。
とりあえずそれとなく様子を探ってみよう。
「な、何か用か?」
「……いいえ、別に」
あれ、話があるわけじゃないのか。
じゃあどうして声をかけてきたんだ。
「これはひとり言ですけど、お父様は昨夜のパーティーで大恥をかかされて激怒しておられました。危険そうな人間を雇って謎の青年を探しているらしいわ、誰かは知らないけれど気を付けた方がよろしいわね」
それだけ言うとロレインは去っていった。
昨夜はさすがにちょっとやり過ぎたかな?
魔法も使ってないし正体はバレていないと思うけど、せっかく教えてくれたんだから頭の片隅には留めておこう。
「……ヌンベス」
ぎっ! し、痺れる……。
急に麻痺の魔法を食らったぞ。
一体誰の仕業だ?
「忘れていました。特に意味はありませんけど、なんとなく」
ロ、ロレインかよ……。
まだ立ち去ってなかったのか。
これはパーティーを荒らした分のケジメといったところか?
「……お礼は言いませんが責めもしません、それでは」
今度こそロレインは立ち去った。
あいつも微妙な立場なんだろう、私には想像もつかないけど。




