パーティーナイト
今日は穏やかで何もない日だ、こんな日があってもいいだろう。
というか普段がいろいろあり過ぎなんだ。
授業くらいたまには普通に受けてやるから静かに過ごさせて欲しい。
「どうしました? 退屈そうですわね」
「いや、のんびりしてるんだよ」
授業の合間、ベンチでくつろぐ私の顔をエリザが覗き込む。
エリザはいつも笑顔を絶やさない。
楽しいのかは知らないがその明るさはいい事なんじゃないかな。
「どうしたの? 暇そうね」
通りすがったジルがエリザと同じ事を言う。
なんだよ、私はそんなに暇そうに見えるのか。
「いいだろ別に、のんびり過ごすのが好きなんだ。ほっといてくれ」
「あらそう、ごめんなさい」
そんな話をしていると、遠くにロレインら規範生徒会が歩いているのが見えた。
あいつらはいつも忙しそうにしている、規範と言われるだけの事はあるんだろうが……。
「ロレイン達が休んでるところを見た事ないな、自由時間とかあるんだろうか」
「どうかしら。もしかしたら自由時間もないかもしれないわね」
いやいや、さすがに自由時間くらいはあるだろう。
そこまで学院に縛られる事はなくないか?
「ロレインの家って、この辺りで一番の貴族の名家ルザルカフ家でしょ。パーティーみたいな事もやってるみたいだし、私達が思うよりも自由な時間って無いのかもしれないわ」
ジルの話からすると、どうやら学園だけに縛られているわけではないようだ。
貴族、か。
パーティーとか本当にやってるんだな。
私達みたいな庶民には縁の無い話だけど。
「まあ、パーティーですか。子供のころを思い出しますわ」
いや、縁のある奴いたわ。
そう言えばこいつもかなりお嬢様だったっけ。
実家が具体的にどういう所なのかは知らないけれど。
「エリザもそういう経験あるの?」
「はい、幼いころにお屋敷で開かれたパーティーに少し。……お母様が亡くなられてからは、それも禁じられてしまいましたけど」
ジルと話している最中、エリザはふと少しだけ暗い表情を見せた。
そんなに良い思い出ではなかったようだ。
「ごめんなさい、嫌な事を思い出させちゃったわね」
「いいえ、そんな事はありませんわ。お気になさらないでください」
すぐにいつもの笑顔に戻り気を遣ってくれるなんて、エリザは優しいな。
申し訳なさそうに立ち去るジルを笑顔で見送っている。
「……そろそろ部屋に戻るか。行こう、エリザ」
「あ、……はい!」
特に用は無かったが、なんとなくここを立ち去りたくなった。
ついでにエリザを誘う必要もなかったけど、ひとりで置いておくよりはいいだろう。
私たちは自室へと向かった。
***
自室に戻ってきたものの、暇な事には変わりない。
何か面白い事でもあればいいのだけれど。
「はあい、戻って来たわね」
ドアを開けると部屋の中いた誰かが話しかけてきた。
そしてそれは会いたいような会いたくないような人物……『先生』だ。
「あら先生、いらしていたのですか」
「久しぶり。エリザはいつもいい子にしているようね」
他愛もない挨拶を交わしているが、私の心中は穏やかではない。
なぜならコイツが現れるとろくな事がないからな。
こうやって人の部屋で待ち構えるなんて何か企んでいるに違いないだろう。
「なによう、せっかく恩師が会いに来てあげたのに怖い顔しちゃって」
「何が恩師だよ、恩に感じるような事があったか?」
神出鬼没に現れては無茶な事をさせる。
コイツの考えていることはいまだによくわからない。
この学院に放り込まれてたのだって一歩間違えば誘拐だろう。
「わざわざ部屋で待ってたって事は、また何かやらせるつもりなんじゃないか?」
「ふふ、まあその通りよ。あなた達のような若い子にいろいろ経験を積ませてあげようと思ってね。今夜パーティーがあるからそれに参加しましょう」
「パーティーって……どこのパーティーだよ」
「もちろん、社交界の本格的なパーティーよ。かなり豪華だし、きっと面白いと思うわ」
なんともタイムリーな……。
しかし貴族のパーティーだって?
ホームパーティーくらいならいいけど、そんな立派なものどうすればいいかわからないぞ。
「そんなもの、急に参加できるものなのかよ。それにエリザが……」
さっきエリザが暗い顔をしていた。
きっと嫌な思い出でもあるのだろう、あまりこの話はエリザの前でしたくない。
「メル、一緒に行きませんか? わたくし、あまりにも久しぶりで今から興奮してしまっています。楽しみですわね」
……あれ、思っていたような反応ではなかった。
パーティー自体に嫌な思い出があるわけじゃなかったのか。
「いや、お前さっき暗い顔してたから、てっきりこういうの嫌いなのかと……」
「いいえ、そんな事はありませんわ。むしろお母様との思い出のひとつでもあります。メルもきっと楽しんでいただけると思いますわ」
「ほら、エリザもそう言ってくれてるじゃない。招待状なら私がいくらでも用意させる事ができるから安心しなさい」
エリザの事がまたひとつわかったのはいいが、さっきから順調に参加する方向で話が進んでいる。
そこまで言うのならちょっとくらい参加してもいい。
……と思いかけたが、ふとある事を思い出した。
「ちょっと待て。パーティーって事は……まさかドレスか!? 冗談じゃないぞ!」
以前見た悪夢を思い出した。
あんな恥ずかしい思いはもうしたくない。
ましてや人が多い中でなんてあり得ない。
「大丈夫ですわ、メルもきっと似合いますよ」
「似合う似合わないじゃない、あたしが嫌なんだ! どうしても着ろって言うのなら絶対に行かないからな!」
「わかってると思うけど、これは強制参加。……でもそうね、そこまで言うのなら考えてあげてもいいかな」
参加は強制なのかよ。
それで考えてあげるとはどういう意味なんだ。
「それじゃあ……ほいっ」
「!?」
『先生』が指を鳴らすと同時にポフンと小さな爆発が起こる。
手品でよく見る煙のようなやつだ。
その煙が晴れると、私の服装が変わっているのがわかった。
ドレスじゃなければ服くらい出せば着替えるのに……。
「まあ、とてもよくお似合いですわ」
この服はいわゆる燕尾服ってやつか。
堅苦しいな、似合うと言われてもあまりうれしくないぞ。
「……あれ、あたしの髪がない!」
なにげなく頭に手をやると髪型も変わっていることに気が付いた。
別にハゲたわけではないが、いつもの長いおさげ髪が無くなっている。
「そりゃあそうでしょう。男装していくんだからそんなに長い髪で行けるわけないでしょ」
男装してまで行かなきゃいけないものなのかよ。
そう言いたかったがここはひとまず言葉を飲み込んだ。
「ちゃんと後で戻るんだろうな……?」
「心配ご無用。さて、まだ時間があるわね。エリザにも手伝ってもらって最低限の礼儀作法くらいは叩き込んでおこうかしら。エリザ、お願いね」
「はい、おまかせください!」
ええ……面倒くさいな。
だが案の定これも強制だった。
なぜだかエリザは乗り気だし、ここに私の自由は無いのか。
***
日も暮れて、私とエリザは『先生』と共に車に揺られていた。
学院外に出られる機会はあまりない、もっと普通に外出したかったけど、おかしな指輪を付けられないだけマシだと思う事にしよう。
「はあ、まったく。ところであたし達はどこに向かってるんだ」
「今日のパーティーはルザルカフ卿が主催者、そのお屋敷よ」
ルザルカフ……どこかで聞いたような。
ぼんやり考えていたがすぐに思い出すことができた。
「って、もしかしてロレインの家か!?」
「そうよ、言わなかったっけ? たぶんロレイン達もいると思うわ、きちんと挨拶しなさいね」
こいつ、絶対面白がってるな。
ドレスだろうと燕尾服だろうと私が参加してる時点で気まずいに決まってる。
できれば、というか絶対会いたくない。
「……止めてくれ、今からでも帰る」
車のドアに向かって手を伸ばそうとした時、その手にエリザの手がそっと触れた。
「大丈夫ですわ、今のメルはとても素敵な紳士です。しっかりとわたくしをエスコートしてくださいね」
そういう事じゃないんだけど……
そんな顔で見つめられると言葉に詰まる。
などと言っているうちに車は屋敷へと到着してしまった。
くそ、こうなったら腹を括るか。
せめて美味いものでも堪能して帰ってやる。
屋敷の入口ではいかにも執事といった格好の人物が訪れる人間ひとりひとりに頭を下げている。
招待状のチェックをしているようだ。
「招待状を拝見します……はい、ありがとうございます。ごゆっくりお楽しみください」
私たちも他の客と同様に、入口の男に招待状を見せる。
あの化物女、私達に招待状だけ渡してどこかへ行ってしまった。
一緒に入ればこんなに緊張することも無いのに……、絶対遊んでやがる。
そんな私の気持ちを察したのか、エリザが声をかけてきた。
「そんなに緊張なさらず、もっと堂々としてください」
「お前は経験あるから大丈夫だろうけど、あたしは庶民もいいとこなんだよ。緊張するに決まってるだろ」
「『あたし』ではありません、『私』です! 気を付けてくださいませ」
うう、エリザに怒られた。
どう見ても私の方がエスコートされてる側だ。
少々情けない思いをしながらも会場へと入る。
いかにも上流階級といわんばかりの格好をした人間ばかりだ。
まあいい、そこまで私に関係ある事じゃない。
ちょっと失礼させてもらおう。
「あら、どちらへ行かれるのですか?」
「特に用もないだろう、料理でも見繕ってくる」
参加自体はしてるんだ。
特に誰と挨拶するわけでもなし、好きにやらせてもらおう。
どこを見ても豪華なだけあって用意された料理も豪勢だ。
そういえばここはロレインの家ということになるのか。
世の中不公平だよな。
「あら、お見かけしない顔ですね。初めての方ですか?」
う、まずい。
大人しくしていれば話しかけられないと思ったのに。
えーと、こういう時はどうするんだったかな。
「ええ、そうです。こういう場は初めてなので……」
適当に挨拶だけして立ち去ろうとする。
しかし、話しかけてきた女に見覚えがあるような気がして足が止まった。
「……レムス?」
つい口に出てしまった。
それを聞いて相手の女は驚いたような表情を見せる。
「え、ええ。私はレムス・ドルクです。以前どこかでお会いしまし――」
私の顔を見ていたレムスの言葉が止まる。
魔法で多少姿は変わっているが、基本は元のままだから知り合いなら気付くだろう。
「え……!? お前、なんでここに……!?」
次の瞬間、レムスは私の腕を掴んで走り出した。
その怪力になすすべもなく、私は人気のないバルコニーへと連れ出された。
「メル!? お前がどうしてパーティーに参加してるんだ!」
「あ、いや、あたしだって好きでいるわけじゃないんだよ。こっちにも事情があってね」
私は『先生』に強制参加させられたことをレムスに話した。
レムスも『先生』の事を知っているらしく、すぐに理解した様子だ。
「そうか、お前も大変だな。……それにしても」
今からレムスが言おうとしている事はわかる。
なぜなら私もおそらくは同じ事を考えているからだ。
「……ぷっ、あーはっはっはっ!」
レムスの豪快な笑い声が響く。
それには私の笑い声も混じっていた。
パーティー会場を抜け出してきて正解だった、危うくもう少しで我慢できなくなるところだったからな。
「なんだよその姿、男装か? なかなか似合ってるぞ……ぷっ」
「お前こそ、その巨体で入るドレスがあるなんてね。髪もカツラなのか?」
お互いをひとしきり笑ったところでようやく落ち着いた。
あー、お腹痛い。




