キノコ騒動
校舎側へと辿り着いた。
案の定こちらでもマイコニドが徘徊し被害が広がっている。
「おいおい、みんなフニャフニャにされちゃってるぞ。マイコニドもだんだん数が増えてないか?」
「ふむ、現れている数からすると、やはり森のほうから向かってきているようでござるな」
なら、そこに親玉というか原因がいるかもしれないな。
行ってみる価値はある。
「ところで、どうしてお主はフニャフニャにならぬのだ?」
「あ? 知らねーよ。私は呪われてるらしいから、そのせいで毒や他の呪いが上書きされないのかもしれないけどな」
私に聞かれても正確な事なんてわかるわけないだろう。
確かめた事なんか無いから予測にすぎない話だ。
「おっとそうだ、念のためそのマフラー貸してくれ」
そう言いながらコバンのマフラーをはぎ取った。
毒に強いかもしれない、というだけでまったく効かないとは限らないからな。
これ以上吸わないようにしておいた方が賢明だ。
「わわ、それを取られたら忍らしさがなくなってしまうよ!」
「言っとくけど、元からお前に忍者らしさなんて無いぞ。そうやって時々素が出るところとかな」
私でなくても白いマスクに市販のマフラーでは忍者だとは思わないだろう。
というわけでしばらく借りておく。
このマフラーは口を覆うのに使わせてもらおう。
……う、暑い。
いつもこんな格好でいるなんて、こいつのコスプレ根性だけはたいしたもんだ。
「ふ、ふん、まあいい。今は急がねば時間がないからな、でござる」
「時間がないだって? まさか、このキノコの毒がまわるっていうんじゃないだろうな」
「いや、確証はないが十中八九このマイコニドも無毒、もしくは微毒だろう。強い毒性があるならばこんなものではすまないだろうからな。心配なのはラシールさまの事だ」
確かにラシール達はさっきキノコが迫って来たから置いて来てしまった。
だがフニャフニャになった奴は狙われないと言ったのはお前だぞ。
「今日は体力測定ゆえにラシールさまも体操着だった。おまけにさっきヴェールまで取っていただいてしまったから……」
そういえば、ラシールは全身の装飾品で多すぎる魔力を抑えていると聞いたような気がする。
心配事とはそれと関係がある事なのだろうか。
「体にも魔力制御の文様が描かれているとはいえ、装飾品も天球の杖もなしにいつまで持つかわからない。下手をすればオーバーヒートして爆発するかもしれぬでござる」
「ば、爆発ぅ? 冗談だろ?」
「冗談ではない、それだけ内包する魔力が大きいという事だ。猶予はないぞ」
本当に冗談じゃないぞ。
エリザも一緒に寝かせて来たんだ、爆発なんてされてたまるか。
こうなったら一刻も早く事態を収めなければ!
***
校舎を抜け、森へ続く道へと出る。
やはり森へ近付けば近付くほどマイコニドの数が増えていくぞ。
私達を進ませたくないのか、マイコニドは束になって襲い掛かってくる。
「くっ、まるでゾンビ映画でござるな」
「何言ってんだ、モンスターパニック映画だろ。ゾンビは走らないぞ」
こんな状況だが、違う意味で空気が張り詰めた。
ちょっと、ハッキリさせておいたほうがいいかもな。
「貴様、若いのに古臭いでござるな。ダッシュゾンビの恐ろしさが理解できないとは」
「あん? ゆっくりと確実に迫ってくる壁的な怖さが売りだろうが、それがゾンビってもんだ!」
こいつ全然わかってないな、やっぱ合わないわ。
キノコ共も全然空気読まないし。
「お前らもキノコのくせして走ってんじゃない! ブロウサ!」
魔法の杖を収納携帯からカスタム形態に変形。
こいつは最近覚えた衝撃を放つ魔法だ、ショットガンながらまるで西部劇の早撃ちみたいだろう。
固まっていたマイコニド達もたまらず吹き飛ばされて道が開けたようだ。
「なんだその杖は、暴れる事しか頭にないのかまったく。もっと汎用性というものを考慮するでござるよ」
「うるさい。この形状で魔法を制御しやすくしてるんだ、これでいいんだよ」
口論しながらも足は止めない、時間が無いからな。
群がるキノコを蹴っては蹴られ、ついでにコバンとも殴り殴られ。
とにかくマイコニドの密度が高い方へとひた走った。
「おい、見ろ。あれっぽくないか?」
「確かに……これ、だな」
思わずふたりで顔を見合わせてしまった。
そこにいたのは熊より大きな巨大マイコニドだった。
「言うなればグレートマイコニド、でござるな」
「名前はどうでもいい、それよりあれを見ろ」
そのグレートマイコニドの足元を指さす。
どうやら新種のマイコニドはこいつが生み出しているようだ、いや、分裂か?
ともかく、原因が見つかったな。
「なるほど……このグレートマイコニドがまず突然変異で発生し、多数の子機を発生させた。そしてそいつらが学院に胞子をばら撒いてさらに増える、という仕組みでござるな」
「なら簡単、こいつをブッ潰してやれば解決するだろ!」
再びショットガンを構え呪文を唱えるが、さっきのようには上手くいかなかった。
王を守るように積み上げられたキノコの壁は思いのほか頑丈で、私の放った衝撃波を受け止めてしまったのだ。
「ふふん、たいした実力も無いのに杖だけ改造してもそんなものよ。我が手本を見せてやろう」
コバンは得意げに杖を取り出し鎖分銅へと変化させた。
「マイコニドめ、我が火遁の術で蹴散らしてくれよう!」
「ちょっと待て、こんな森で火を放ったらこっちまでやられるぞ」
「心配無用だ、見ていろ!」
投げつけられた鎖は壁のごとく積み上がるマイコニド達の隙間を縫うように刺し貫いていく。
すると瞬く間にマイコニド一体ごとに鎖が巻き付いている形となった。
あの鎖、以前私とやり合った時も生き物みたいに動いていたな。
それにしても何メートルあるんだろう。
「では仕上げだ、火遁の術! エルドル!」
前から思ってたがお前の忍法って呪文の前に忍法って言ってるだけじゃないのか?
だがそれでも効果は確かなようで、鎖に巻き付けられたマイコニドだけが炎に包まれその動きを止めていく。
「どうだ、我が忍術は」
「確かに凄い、香ばしくてお腹減ってきた」
このマイコニド、焼くとかなり香ばしい。
かなり美味いんじゃないかな。
「バカな事を言ってないで集中しろ、まだグレートが残っている。手間取っているとまた数を増やされるぞ!」
「へいへい、わかったよ」
と言っても、でかいだけの奴など問題じゃあない。
さっさと片付けて元を絶つとするか。
だが、物事はそううまく運ばないもの。
ボッフーン!
グレートに近づこうとした時、まるで爆発のような音がした。
グレート自身もまた胞子を吹き付けてきたのだ。
しかもその量はこれまでの比じゃない、前が全く見えないぞ。
「ゲホッ! くそ、目に入った、開けられない!」
「慌てるなメル、心の目で見るのだ!」
心の目か……よし。
集中して感覚を研ぎ澄ませる。
「ぷげっ!」
だがその途端、顔面に激しい衝撃を受け吹っ飛ばされてしまった。
「ぬう、あのグレートマイコニド、丸太のような腕が生えている。なかなかのハードパンチャーと見た」
いてて……あのキノコそんな腕まで生えてるのか?
考えてみれば素人がいきなり心眼なんてできるわけがない。
目の前でボーっと立ってる敵がいたらそりゃ殴るよな。
「このクソ忍者、適当な事言いやがって!」
「おっと」
蹴りを空振りした。
くっ、目が開けられないからコバンのやつを蹴る事もできない。
「時間がないんじゃなかったのか、何とかしろよ!」
「むむ……とはいえこの胞子の煙幕、うかつに火を使えば粉塵爆発を起こしてしまう。キノコの体に麻痺は効かないし……」
衝撃魔法をぶっ放してもいいがちょっと疲れてきている。
ソニアに聞いたが魔力もまた体力とよく似ていて、使い過ぎると疲労で動けなくなるらしい。
今は目も見えないし、考えもなく乱発はできない。
「仕方がない、あの手でいくとしよう」
コバンが何か閃いたようだ。
まともな作戦ならばいいんだけど。
……ん、腰回りに何か巻かれている感触がある。
「おい、何やってるんだ」
「我が鎖は人ひとりくらいならば持ち上げる事ができる。今お主の体に巻き付けているところでござる」
巻き付けているって、それで一体何をしようっていうんだ。
「行くぞ! 忍法人間大砲!」
「な、何い!?」
まるで鎖の一部になったように私の体は軽々と持ち上げられブンブンと振り回される。
「うおああ!」
そしてそのままの勢いで何か中途半端な硬さのものに叩きつけられた。
目が見えない状態の人間に何てことしやがる。
「コバン! お前何のつもりだ!」
「貴様の怪力なら近付きさえすれば何とかなるだろう、いや、何とかしろ!」
近付きさえすれば……?
つまり、この中途半端な硬さのモノはグレートマイコニドかよ!
「ええい、こうなったらヤケだ!」
これだけ接近できたのは確かに有効だろう。
むしるなり噛みつくなりして削り取っていってやる。
「くそっ、暴れるな!」
グレートマイコニドは何とか私を振り払おうと体をよじって大暴れ。
そりゃあ体をむしられているんだ、暴れるなと言われても暴れるだろう。
しかしこのキノコボディは思ったより弾力があって頑丈だ。
何よりでかい、多少削ったところでたいしたダメージはないだろう。
それなら……。
「おい、コバン! 鎖のそっち側はしっかり持ってるのか!?」
「当然だ、忍が武器を手放すなど有り得んからな!」
そうか、それならいい。
それじゃあ……
「ふんっ!」
「うわっ!」
足をマイコニドに引っ掛けて踏ん張り、思いきり鎖を引っ張る。
すると当然、反対側の先を持っていたコバンが勢いよくこちらへ飛んできた。
「なな、何のつもりだ!」
「おあいこだよ、お前も手伝え」
まあ、ふたりでむしってもたいして変わりはないだろうけどな。
これはほんの悪意よ。
「い、今は体操着だから忍具を持ってきていないのだ。振り落とされないようにするのが精一杯だぞ!」
「確かにちょっと埒が明かないか……よし」
そろそろケリをつけないと時間的にもマズい。
残りの魔力をすべてぶつけるつもりでぶっ放してやる。
ゼロ距離なら防ぎようもないだろう。
「食らえ! ブロウサ――」
「あわわっ、揺れる!」
呪文を口にした瞬間、グレートマイコニドがこれまでで一番大きく体を揺すった。
その振動でバランスを崩したコバンが私にぶつかってくる。
よりにもよって魔法を発動したタイミングで。
「げっ、お前って奴は……!」
コバンの体に弾かれた私の銃口は、狙いとは全く違う真下へと向けられた。
せっかくゼロ距離で叩き込むチャンスだったのに。
残る魔力を全て注ぎ込んだ衝撃波は、グレートマイコニドではなく地面へと向けて放たれた。
その凄まじい衝撃は、私とコバンとグレートを高く打ち上げてしまうほどだ。
巨大な獣が出てくるアニメ映画じゃあるまいに、こんな空中散歩は楽しくないぞ。
「す、すまぬでござるぅ! ごめんなさいぃ!」
「いいから何とかしろ! こっちはまだよく見えないんだ!」
「わ、わかった、いや、承知した! ……ええい!」
体に巻き付いていた鎖がいったん離れ、周囲を忙しく飛び回る音が聞こえる。
蜘蛛の巣のように張ってクッションを作る気か?
「忍法、蜘蛛いと……ああ、ダメだ重い!」
せっかく鎖を張ってくれたようだが、グレートがあまりに重すぎた。
多少落下速度は落ちたものの、ゴチャゴチャと絡むばかりでほとんど役に立っていない。
私達3人は絡まったような状態で地面へと叩きつけられてしまった。
だがその時奇跡が起こった。
着地の瞬間、絡まり合う2人と1体は絶妙なバランスの体勢になっていた。
上からコバン、グレート、そして一番下が私。
それはコバンがグレートの腕を極め、私が地面への墜落技をかけているようにも見える体勢だった。
まるでどこかの超人プロレスのように。
「おっ……も!」
とはいえほとんど全体重を私が引き受けている形じゃないか、死ぬわ!
最後の力を振り絞って後ろへと倒してやった。
もう足がガクガクだ。
「おお、これは……!」
コバンが何やら驚いている。
ようやく戻ってきた視界に入ってきたのは、メリメリと縦に裂けていくグレートマイコニドの姿だった。
完全に真っ二つになったグレートはその活動を止め、同時に集まりつつあった他のマイコニド達も煙のように姿を消してしまった。
「ふん、キノコながらボスがやられたってのはわかるみたいだな」
「な……何とかなったな。おっと、こうしてはおれん。解毒剤を作らねば」
コバンが倒れたグレートマイコニドの体から何やら取り出している。
「よし、これだけあればいいだろう。急ぎ学院へ戻るぞ!」
そう言うとコバンは忍者らしく風のように駆けて行ってしまった。
こっちはフラフラになってるんだ、そんなに早く走れるか。
……とはいえエリザが心配だ、とにかく追いかけるしかない。
***
まだちょっとフラフラするが何とか体育館前まで戻ってきた。
爆発……するのかどうかわからないが、何か手を打った方がいいだろう。
急いで中へと入った。
「あなたは……! ずいぶんボロボロだけど大丈夫なの?」
「お、ロレイン」
そこにはロレインの姿があった。
また規範生徒会としてトラブルの対応に当たっていたのだろうか。
見ると、エリザをはじめ体育館にいた生徒達が介抱されている。
ラシールにもいくつか装飾品がかけられているようで心配はなさそうだ。
「騒ぎになっているから駆け付けてみれば、まさかラシールが倒れているなんて思わなかったわ。オーバーヒートする前で良かったけど、危ないところだったわね」
その言い方だと本当に爆発してたのかもな。
キノコよりこっちを優先するべきだったかもしれないが、いまさら言っても仕方がない。
「ラシールさま! ……ろ、ロレインさま!? いらしたのですか!」
エリザの様子を見ているとコバンが慌ただしくやって来た。
「おい、お前先に帰ってただろう。どこに行ってたんだ」
「知れた事、解毒剤を調合していたのだ」
解毒剤と聞いてロレインの表情が変わった。
かなり驚いているようだ。
「原因がわかったのですか!? 魔法では回復しないからどうしようかと思案していたのよ」
「はい、原因は突然変異と思われる巨大なマイコニドでした。大元となる菌を採取できましたので解毒剤が完成したところでございます」
コバンの手にはスプレーボトルが握られている。
解毒剤……なのか?
除菌もできる臭い消しにしか見えないけど。
「ではラシールさま、失礼!」
ラシールの顔にスプレーが吹き付けられる。
するとその効果はすぐに表れた。
「……ん……ここは」
「ラシール! 正気に戻ったのね!」
どうやら解毒剤の効果は確かなようだな。
他の生徒達もスプレーで次々と目を覚ましている。
「あ、あら? わたくしは何を……?」
「よお、起きたかエリザ。ちょっと面白い事になってたぞお前」
「ええ……何があったのでしょう、恥ずかしいですわ……」
しまった、録音なり撮影なりしておけばよかった、主にラシール。
まあ、そんな事をしても魔法で消されそうだしいいか。
そもそもそんな道具も無いしな。
「ふう、とにかくこれで解決……」
む、様子がおかしい。
走り回ったり潰されかけたり忙しかったからな、さすがに疲れが出てきたようだ。
「お主、もしやマイコニドを食べたりしていないだろうな」
コバンがスプレーボトルを持ったままこちらを見ている。
お前に置いて行かれた帰り道にすごく香ばしい焼きキノコがあったからな。
ちょっとだけ味見はしたけど。
「なんだよ、お前が毒は無いって言ってただろ」
「やっぱり食べたのか。なるほど……、症例と共に注意喚起しておくでござるよ」
どういう意味だ。
その言い方だと目に見えて症例が出ているような感じだな。
この疲労感はそういう事なのか?
「あの、メル? 頭がちょっと、斬新な事になっておりますわ……」
エリザの態度で状況が飲み込めてきた。
そうか、私の頭は今そんな状況なんだな。
「よかったじゃないか、それを収穫して食べれば無限にキノコが食えるかもしれんぞ」
「冗談言ってないでそのスプレーをよこせ」
私とコバンが激しく睨み合う。
今はかなり疲労している、前みたいに逃げられたら追いかけきれない。
プシュッ!
作戦を考えていると、ガンマンの早撃ちのようにスプレーをかけられた。
う、ちょっと臭うな。
「食べた場合にも有効かは知らぬが、一応かけておいてやるでござる」
コバンにしては珍しい対応だ、少しだけ私の中の評価が上がったぞ。
それでも功労者に対する態度じゃないけどな。
「まあお主は頑丈だから大丈夫だろう。ロレインさま、解毒剤の在庫をお渡しいたします」
「ありがとう、コバン。それでは手分けして治療に当たりましょう」
ロレイン達は行ってしまった、悪いけど手伝うだけの体力は残ってないんだ。
何よりしばらくキノコは見たくない、私は自分の頭から落ちたキノコを見てそう思った。




