秘密の体力測定
「あ、コバンだ」
といっても別にお金が落ちているのを見つけたわけではない。
新聞部のコバンが学院瓦版を貼っているのを目撃したのだ。
「本当にそれ貼ってたんだな。新聞部が実際に活動してるのか怪しいと思ってたんだ」
「新聞部が新聞を作らずに何をすると言うのだ。お前は本当に失礼な奴でござるな」
珍しいところを見たと感心していたが、同時にコバンの口調も気になった。
あれ、『ござる』だって?
コバンのやつゴザル口調はやめたんじゃなかったのか。
「どうしたんだその喋り。ゴザルは受けが悪いって言ってたし、あたしの事は貴様って呼んでたと思うんだが」
「いや、ちょっと自分のキャラに迷ってて。いろいろ口調を試しているんだ……でござる」
キャラに迷うとか言うな。
本物の忍者で魔女見習いとかキャラとしては十分に濃いと思うぞ。
「ふーん、お前も苦労してるんだな」
「そんな事より、せっかくだから瓦版を見ていくがいい。面白い事が書いてあるでござる」
面白い事ねえ、なになに……。
「怪現象、学院内のあちこちにキノコが発生……」
「そこじゃない、別の記事!」
何だよもう、初めから言えっての。
「えーと、本日午後から体力測定……」
「そう、それでござる」
これなのか。
まあ知らなかったけど。
「で、これのどこが面白いんだよ」
するとコバンはかなり興奮気味に語り出す。
ああ、これ規範生徒がらみの話だな。
「ふふ、貴様にはわかるまい。体力測定、それは皆等しく体操着で行うもの……無論、規範生徒の方々も例外ではない」
「やっぱりお前ヤバい奴だな。まあ、好きなだけ視てればいいんじゃね」
私は話を切り上げて立ち去ろうとするが、興奮気味なコバンは強引に私を引き留めた。
「待て、まだ続きがある。体操着という事はいつもの格好ではないという事、すなわち、ラシールさまのご尊顔が拝める数少ない機会というわけでござる!」
……ラシールの素顔、ね。
確かにあいつはいつもヴェールを被ってるから目くらいしか見えないもんな。
「むう、そう言われるとちょっと興味あるかも」
「そうでござろう。このコバン、楽しみで昨日から寝てないでござるのよ!」
また口調がおかしくなってる。
それにお前がヤバい奴だってところには変わりないぞ。
「さて、それでは準備をせねばな、さらば!」
「うおっ」
コバンは煙と共にその姿を消した。
忍者らしいっちゃらしいけど、今それ必要だったか?
「ケホッ、無駄な煙出しやがって。そういや体操着あったかな……部屋着の事かな」
そんな事を考えながら部屋に戻ると、エリザも部屋に戻っていた。
すでに体操着に着替えている、午後の体力測定の事を知っていたらしい。
「あれ、もう着替えてるのか。今日体力測定があるって知ってたの?」
「ええ、予定表に書いてありましたわ。メルはご覧になってませんでしたの?」
むしろ教えてやろうと思っていたのに教えられてしまった。
そういえば事前通達されてないわけがないんだよな、興味が薄いからいまだにチェックする癖がつかなくて困る。
「ところで、もう着替えてるけど体力測定は午後だぞ。それで食堂に行くつもりか?」
「あ……、うっかりしておりました」
しっかりしてるんだか抜けてるんだか。
ま、行事予定をエリザに教えてもらっている私が言えた事じゃないか。
***
昼食を終えた後、体操着に着替えて体育館へ向かう。
するとそこには待ち構えていたかのようにコバンが立っていた。
「うむ、来たな」
「来たなって……何だよ、あたしを待ってたのか」
私になにか用でもあるのだろうか。
そう考えているとコバンの後ろからさらにふたりの生徒が現れ、私の顔を確認するようにまじまじと見つめてくる。
「あなたがメル?」
「あなたはメル?」
同じ顔がふたつ並ぶ。
しかも同じような事をほぼ同時に言っている。
こいつら双子か?
「まあ、おふたりともそっくりなのですね。わたくしはエリザです、お名前は何というのですか?」
双子は私とエリザを確認すると再び口を開いた。
「私はオルガ」
「私はヘルガ」
「コバンに聞いたよ、あなた達の事」
「コバンが言ったよ、あなた達の事」
同じ顔で同時に喋らないでくれ。
なんだか目が回りそうだ。
「おいコバン、なんなんだコイツら」
「その者たちは我がルームメイトのラザニコフ姉妹だ。以前はどこかの超能力研究所にいたらしいが、今では私と同じサン・アルヴンのいち生徒だ、でござる」
超能力研究所なんて単語がポンと出てくるとは。
忍の里出身の忍者に超能力ツインズだなんて、お前の部屋もすごく濃いな。
「ときにメル。お前にも協力してほしい事があるのだ」
「協力? なんだよ」
「うむ、アレを見てくれ」
コバンの指さす先にラシールの姿があった。
他の生徒と同じく体操着に着替えてはいるが、いつも被っているヴェールはそのままだ。
「ヴェールを脱がれないとは計算外だった。そこで、あれを何とかするのに手を貸して欲しいでござる」
「計算外って、お前もマスクとマフラーしたままじゃないか。予想できたろ」
コバンもまた、体操服にいつものマスクとマフラーといういでたちだ。
もっとも、こっちはただ風邪ひいてるようにしか見えないけど。
「これは、ほら、忍の掟というか……ね」
「まあどうでもいいが、どうしてあたしに頼むんだ。忍者なんだし好きにやればいいだろう」
ラシールの素顔に興味なくはないが、別に友達でもないコバンの頼みを聞く必要もない。
面倒な体力測定をさっさと終わらせてしまったほうがいいだろう。
「いやその、実を言うと他に頼める人がいなくて……。それに私自身はいつも付きまとい過ぎて警戒されているのだ、だからお願いでござる!」
「コバン、友達いないから」
「コバン、評判わるいから」
ステレオでディスられている、ちょっと可哀そうになってきた。
仕方がない、手を貸してやるか。
「わかった、ただし後で何か礼しろよ。それで具体的にはどうするんだ」
「うう、ありがとう。……コホン、具体的には私が離れた場所から注意を引き、その隙にお主がこっそり近づいてヴェールを取る。という作戦だ」
思ったよりも力業だった。
本物の忍者なんだからもっといい作戦はないのか。
「……まあいい。だがそれならあたしよりエリザにやってもらったほうがいいかもな」
「え、わたくしですか?」
急な指名にエリザは少し困惑しているようだ。
もちろんエリザにやってもらうのにはそれなりに理由がある。
「あたしもラシールに好かれちゃいないからな、コバンと一緒に囮にまわったほうがいいだろう。頼むよ」
「わかりました。メルの頼みとあらば、わたくしやってみせますわ!」
エリザはいつもの笑顔で快く引き受けてくれた。
よし、そうと決まればさっそくやってみるか。
「ふたりとも、感謝するでござる。ではエリザ、ヘルガを連れて行くでござるよ」
コバンがそう言うと、双子の片方であるヘルガがエリザのほうへと近付いた。
「ん、その双子も手伝うのか?」
「ふたりは私の数少ない友達……いや、新聞部にしてルームメイトだから、ね。それにとっても便利な力を持ってるんでござるよ」
便利な力?
魔法学校でわざわざそんな言い方をするって事は、魔法とは違う何かがあるのだろうか。
「私たちは私たちの見たものが見える」
「私たちは私たちの聞いたものが聞こえる」
「魔法じゃない、オルガとヘルガは感覚を共有できる」
「魔法じゃない、ヘルガとオルガは感覚を共有してる」
わお、相変わらず息ぴったり。
さすがは超能力姉妹、それはいわゆるテレパスってやつか。
「つまり、トランシーバーだな」
「そりゃそうだけど、言い方ってものがあるでござるよ」
「うふふ、素敵な能力ですのね。よろしくおねがいしますわ」
エリザはヘルガと共にラシールの死角へと向かった。
こちらも少し離れていて、かつラシールからもよく見える場所に移動するか。
「よし、このあたりでいいだろう。お互いよく見える」
「エリザもヘルガとポイントに着いたよ」
オルガがエリザたちの様子を報告する。
……さっきまで二重に聞こえてたから単独だと違和感を覚えるようになってしまった。
「ああ、ラシールさま……今日も素敵です。欲を言えばロレインさまとレムスさまの体操着姿も共にあれば最高だったのに」
さっそくコバンが見入っている。
自分で提案しておいて作戦を忘れるなんて事は無いようにしてくれよ。
「お前、キャラ付け忘れてるぞ。そういえば他のふたりがいないな」
「規範生徒はお忙しいのだ、そうそう会えると思うな!」
お前が言ったんだろうが。
私を怒鳴っても仕方ないだろ。
おっと、ラシールが動いたぞ。
隙を伺わないとな。
「まずは50メートル走か。走った後にでも隙ができるかな?」
全員で見ているなか、ラシールが走り出した。
「……ふぅ……ふぅ」
いつもの魔法の凄さを念頭に見ていたのだが……遅い。
擬音をつけるなら『トテトテ』といったところか。
もともと小学生みたいな体格だがそれにしても少し遅い、ちょっとかわいいくらいだ。
「ああ、ラシールさま……なんと愛らしい」
「オルガもそう思う、ヘルガもそう思ってる」
コバンはともかく双子まで変態か。
いや、そりゃ私もちょっとかわいいと思っちゃったけど。
「おいお前ら、見入ってる場合じゃないぞ」
「……ハッ! しまった、ラシールさまが行ってしまわれた!」
変態どもが余韻に浸っている間にラシールはどこかへ行ってしまった。
コバン達が正気に返ったところで再び追跡開始。
その後さまざまな種目に挑戦するも、ラシールの成績はすこぶる悪い。
「あいつ、魔法は凄いけど体力はからっきしなんだな。天は二物を与えずってか」
「失礼な事を言うな! ラシールさまは控えめなお方なのだ、きっと我々に配慮してかわいく手加減していらっしゃるのだ!」
面倒くさいなコイツ。
体力測定で手加減してどうするんだ、それにかわいいは余計だろ。
「ラシールさま、来るよ」
「ラシールさま、来たよ」
……あれ、オルガの声がまた二重に聞こえる。
というか来るって何だ。
「あなた達……さっきから付け回して……何なの」
「申し訳ありません、捕まってしまいました……」
げげ、ラシールに見つかった。
エリザ達も捕まってるし。
「も、申し訳ありませんラシールさま! こやつめがラシールさまの素顔を見たいとどうしてもわがままを言うので仕方なく……」
「こ、この野郎、そういうトコだぞぼっち忍者め!」
コバンのやつ、協力してやったのになんて態度だ。
しかしその時、コバンに制裁を加えるためドタバタしていると思いがけない事が起きた。
「……ほら……これでいいでしょ」
驚いた……ラシールが自分からヴェールを取ってくれるとは。
というか、もしかして秘密でも何でもなく、頼めば普通に取ってくれたんじゃないだろうな。
「そのヴェール、取っちゃっていいのか?」
「別に……秘密にしてるわけでもないし……」
やっぱりか。
コバンめ、余計な手間をかけさせやがって。
そのコバンはラシールの素顔にひとりでメロメロになっている。
「ああ、ラシールさま、なんとお美しい……」
コバンはメロメロになっているが、そんなに言うほどだろうか。
不思議なフェイスペイントがある以外は普通の子供に見える。
整ってはいるが美しいってほどじゃないな。
「ああ、もうたまらんです……」
おいおい、コバンのやつフラフラしてるぞ。
倒れる前にどこかに座らせた方がいいな――
むにゅ
よろめいて後ろに下がったコバンの足元に何かが見えた。
しかしそれはすでに足の下、何かはよくわからない。
「おいコバン、お前何か踏んだぞ」
「え、何が……」
ボッフッーン!
うわ、一体なんだ!?
コバンが何かを踏んづけたと思ったら爆発が起こって煙だらけになったぞ。
「ケホッ、今日はこんなんばっかりだな。おい、大丈夫か?」
「ああ、私はマスクをしているから問題ない。忍の備えだ」
正直お前はどうでもいいんだが。
他の奴だよ。
「エリザ、大丈夫か……」
「うふふ、きのこ~、きのこ~、ですわ」
あの、エリザさん?
ヤバい、どう考えても様子がおかしいぞ。
「ラシールさま!? オルガにヘルガも、いったいどうしたでござる!?」
後ろでコバンがうろたえている。
ラシールや双子姉妹もうつろな目で様子がおかしい。
さっきの煙を吸ったせいか?
見ると、周囲にいくつかキノコが生えている。
さっきまでこんなのなかったはずだ。
「これは……マイコニドの幼体に似ているが、わずかに異なる。新種かもしれないでござる」
「舞子二度? なんだそれ」
「マイコニド、森に生息する動物のように動くキノコだ。毒性もなく大人しいので問題になった事はないのだが……」
それが新種のマイコニドだとして、問題ならすでに起こっているぞ。
エリザたちがフニャフニャしてだらけきっている。
どうすんだこれ。
「キャーッ!」
悲鳴が聞こえた、しかも一か所からじゃない。
体力測定を受けていた他の生徒達も、キノコの胞子を浴びてフニャフニャになってしまっているようだ。
悲鳴がした方向を考えると校舎のほうでも同じことが起こっているらしいな。
「……げげ、なんだこりゃ!」
おっと、校舎のほうを気にしている場合ではないかもしれない。
爆発しなかったキノコに手足のようなものが生え、コバンの言う通り歩き回り始めたぞ。
ちょっとの間に手のひらサイズだったものが犬くらいの大きさになってるし。
歩き始めたマイコニドはこちらに向かって勢いよく胞子を飛ばしてくる。
目もないくせに的確に狙ってきやがって。
「ここはマズい、いったん離れるでござる!」
「だが、エリザ達が……」
「どうやら奴らは感染していない者だけを狙っているようでござる。フニャフニャになった者には何もしない様子、心配めさるな!」
「わ、わかった」
心配するなと言われても心配だが、キノコ発生の原因と、何より治療法を探らないといけない。
すまないエリザ、少し待っていてくれ。




