ナイトメア
気が付くと見知らぬ場所に立っていた。
おかしいな、私は自分のベッドで寝ていたと思うんだけど。
「よくぞまいった、勇者メルよ!」
声に驚いて振り向くと、そこには玉座に座る学院長の姿があった。
お堅い表情は相変わらずだがその顔には立派なヒゲがたくわえられている。
「学院長? いったい何やってるんですか」
「勇者メルよ、今こそ魔王を討伐するときだ!」
ダメだ、こっちの声が届いていないっぽい。
私の反応に関係なくどんどん話が進んでいくぞ。
「さあ、心強い仲間たちを紹介しよう!」
いちいち学院長のテンションが高い、こんな人だったっけ。
そしてそのハイテンションな声に呼ばれ、4人の人物が姿を現した。
「僧侶ジルです、よろしく」
「商人ミデットっす、どうもっす」
「ソニアちゃんは遊び人だよ~、よろしく~」
見慣れた顔だな。
というか魔法使いがひとりもいないのは魔術学院としてどうなんだ。
「それでは従者メル、共に魔王討伐にまいりましょう」
エリザまで……。
あと従者って何だよ、さっきは勇者って言ってたぞ。
「何をぼんやりしているのです? あなたは勇者にして従者、わたくしエリザ姫が魔王を討伐するために力を貸してくださるのでしょう?」
あ、主人公そっちなんだ。
勇者ってなんだろう。
「さあ、モンスターが現れましたわ! 皆戦闘準備を!」
あれっ? さっきまで城みたいなところにいたはずなのに、いつの間にやらどこかの平原に立っている。
もしかしてこれは夢か?
でもなあ……、この間ラシールが空間を入れ替えてるの見たし、あながち夢だと言い切れないんだよなあ。
それに戦闘準備と言われてもどうしたものか。
僧侶と商人はアテになりそうにないし、姫と遊び人は後衛でお喋りしている。
もう少しやる気出そうよ。
「危ない!」
「いでっ!」
考え事をしていたらグリムラットに噛みつかれた。
相変わらず気持ち悪いなこのネズミ。
噛まれたら普通に痛かったし、やっぱりこれは夢じゃないのか?
何故か手に持っていた剣を振るうと、グリムラット達は煙のようにかき消えてしまった。
これは倒したという事だろうか、いなくなったのならまあいいが。
「ぼーっとしてちゃダメだよ~、仮にも勇者なんだからさ~」
仮にも遊び人に言われたくない、お前何もしてなかっただろ。
「さあ急ぐっす、外を歩いていると夜になってしまうっすよ」
いや、家の中でも歩かなくても待ってりゃ夜にはなるだろう。
などと思っていると、案の定周囲はすでに真っ暗になっている。
「ほら、もう夜になってしまったっす」
なってしまった、じゃない。
いくらなんでも早すぎだ、やっぱりこれは夢なのか。
「夜になりましたので、ここからはこの勇者エリザが前線を務めますわ。皆さん、ついて来てください!」
おそらく夢の世界なんだろうけど、こっちでもエリザは夜になると元気になるらしい。
さっきまで私が来ていた勇者の鎧を身に着けて何とも勇ましい事だ。
……ふと、嫌な予感がして自分を見る。
「うげっ! くそ、やっぱりか!」
服が交換されるように、さっきまでエリザが着ていた姫のドレスが私の体を包んでいる。
こ、これは恥ずかしすぎる!
「どうしましたメル姫、変な声なんか出して」
「うわ、やめろ見るな! あとその呼び方やめろ!」
思わず頭を抱え込んでしまった。
うう、なんて悪夢だ、早く覚めてくれ。
「美しいお嬢さん、私と踊っていただけませんか」
「あぁ?」
この上さらに恥ずかしい言葉をかけられて、もう羞恥心は限界。
顔が真っ赤になりながらも睨みつけるように頭を上げると、平原だったはずの場所が今度はお城の舞踏会へと変わっていた。
「私はこの国の王子、ハインリヒです。さあ、踊りましょう」
王子お前かよ。
王子様っぽい服がロボっぽい頭と合わさりなんともアンバランスさを感じさせる。
どんな国だ、配役もうちょっと考えろ。
「だけどまあ、丁度いいか。……悪いな!」
「!!」
ハインリヒに一撃食らわせて仰向けにダウンさせた。
すかさずその両足を脇に抱えて大きく振り回す!
「なな、何をなさるのですか~!」
鋼鉄製の王子が織りなすジャイアントスイングに巻き込まれ、会場は瞬く間に破壊されていった。
かなりイライラしてたからこれは気持ちがいい、ちょっとは気が晴れたぞ。
廃墟のようになった会場でハインリヒの服を剥ぎ取りドレスと交換、少し大きいがこれでやっと普通に動ける。
ドレスはハインリヒにくれてやろう、きっとそっちのほうが似合うさ。
「あの、マッチ買ってくれませんか」
この声、また場面変更か……
今度はマッチ売りの少女か?
予想通り、これまでと同じように城の廃墟はいつの間にか冬の町へと変わっている。
「で、今度はエリザがマッチ売りの少女か」
「王子様、どうかマッチを買っていただけませんか」
そりゃあ買ってやりたいが、あいにくいいのは身なりだけで持ち合わせが無い。
「仕方ない、この上着でも……」
「お待ちください王子様!」
上着を代金代わりに渡そうと思ったその時、何者かに話しかけられた。
「わが社のマッチは燃焼時間に優れ、なおかつ防水となっています。買うならぜひこちらを!」
声をかけてきたのは、エリザと同じくマッチ売りの少女の格好をしたジルだった。
なんだよわが社のマッチって。
「ちょっと待つっす! あたいのマッチはロングタイプ、燃焼時間なら最大級っす! なおかつどこでも擦れるお手軽タイプ、買うならこっちっす!」
ミデットも出てきた。
なんだよ、マッチのプレゼン大会か?
「ソニアのマッチはね~、いろんな色が出るんだよ。いい香りもするし、こっちのほうが楽しくていいよ~」
ソニアまで参加しやがった。
心情的にはエリザのを買ってやりたいところだが……。
「なあ、エリザのマッチには何か売りはないのか?」
「えっと、わたくしのマッチには、企業秘密の成分が練りこまれていまして。火をつけると素敵な幻覚が楽しめるのですわ」
幻覚って言っちゃったね。
マッチ売りの少女のラストがそんな感じだった気がするけど、お前のはヤバい成分で見せてるんじゃないの?
「ほら、一本お試しください」
「ちょ、そんなもの勝手につけるな……」
エリザが幻覚マッチに火をつけると、宣伝文句どおり明りの中に何かが見える。
「メ……起き……夢魔……探し……」
これは……、何だ?
明りの中で、いつもの格好のエリザが何かを訴えかけているように見える。
だがその映像はマッチの火が消えると同時に消えてしまった。
「お試しは終わりですわ、ちょっと見えてはいけないものが見えてしまったかしら」
「……お前、誰だ」
エリザの姿をしたものを睨みつける。
マッチ売りのエリザは一瞬ニヤリと笑ったような表情を見せると、突然炎へと姿を変えて消えてしまった。
さっき見えたもの、あれは本物のエリザだったのだろうか?
かなり断片的だったが……もしかして私は今夢の世界に捕らわれて目覚めない状態になっているというのか?
だとするとどうすれば目覚めるのだろう。
「赤ずきんや、もっと近くで顔を見せておくれ」
また場面が変わっている、ついでに服も。
今度は赤ずきんのおばあちゃんの家、おばあちゃん役はマリネッタ先生。
で、私が赤ずきんちゃんってわけか。
「えーと……おばあちゃん、どうしてそんなに酒臭いの?」
「赤ずきんはそんな事言わないだろ!」
よく覚えてないな、違ったっけ? 言ってたような言ってなかったような。
マリネッタ先生扮するおばあちゃんは、ツッコミを入れながらみるみるうちに狼へと姿を変えていく。
「待てい! 悪い狼め!」
狼がその正体を見せると同時に、猟師役のレムスがライフル片手に乱入。
赤ずきんってこんな古いヒーローものみたいな話だったか?
ズドン!
レムスが狼に向かって発砲した。
しかし、その弾丸は狼ではなく私の頬をかすめて背後の壁に命中する。
「うおっ、どこ狙ってんだヘタクソ!」
「くっ、外したか! おばあさん、手を貸してください!」
「ええ、お任せを!」
何だと!?
狼になったはずのおばあさんが再び人間に戻っている。
そればかりかライフルを取り出し、猟師と一緒になって私を狙ってきたぞ。
「冗談じゃない、やってられるか!」
夢の中とはいえ、外部的な力で捕らわれているというのならば最悪の場合本当に死ぬかもしれないからな。
こちらは丸腰、余計なダメージは避けたい。
アクション映画ばりに窓から飛び出し転がるように逃げる、もはや赤ずきんちゃんでも何でもないな。
「狼め、私の子供たちを食べたな! 成敗してくれる!」
今度はコバン、題目は七匹の子ヤギといったところか。
おかあさんヤギの役だろうにそんなノリでいいのかよ。
「忍法、鋏時雨!」
コバンの投げつけてきたハサミが何十という数に分裂し降り注ぐ。
動きにくい格好だがなんとかかわせない事はない。
というか、おかあさんヤギは絶対そんな必殺技とか持ってないと思うぞ。
「悪いけど、今それどころじゃないんだよ!」
服の中を調べたらいいものを見つけた、赤ずきんの格好も悪くないな。
すかさずそれを活用、パーンといい音がした。
「うげっ!」
見つけたのはワインのボトル。
間合いを詰めてきたコバンの頭で盛大に開封してやった。
激しい衝撃でワインまみれになりながら目を回し倒れるコバン、これでこいつは追ってこないだろう。
それにしても場面の転換にとりとめがない。
私の意志に関係ないようだし、今のところ手の打ちようが無い。
「よくぞまいった、勇敢なる騎士メルよ」
また場面が変わった……今度はまたRPGか?
で、私は騎士ね。
鎧と剣があるだけ安心感はあるか。
「その武具はお前の父より引継ぎしもの、大切にするがよい」
このいかにも賢者っぽい老人は『先生』か。
白いヒゲがなんともわざとらしく学芸会のようだ。
「お前の父は勇敢な戦士であったが、ある時強い呪いを受けた。その呪いはお前の父を長きにわたり苦しめ続け、ついには身も心も魔物へと変えてしまった。結果、多くの仲間や己の妻さえも手にかけ、その行方をくらましたのだ」
……なんだか急に童話でもない設定を語ってるけど、この場面の設定だよな?
「お前が母に宿りし時、呪いはすでにあった。お前にも父と同じ呪いの血が流れている。もっとも、その力はかなり変容しているようだが」
おや……? 『先生』の動きがおかしい。
わけのわからない話をしながら、こっそりと指で何かを示している。
その指の示す先……物陰に何かいる。
「お前の呪われた血は、魔を引き付ける事もあるだろう。魔を暴れさせる事もあるだろう」
話を聞くふりをしながらそっと距離を縮めていく。
ちょっとずつ、もう少し……
「その血を絶やさんとする者もいるだろう。全てはお前の宿命、どうするかもお前の自由」
「捕まえた!」
「!?」
よし、物陰へと飛びかかって捕まえる事に成功した!
「ななな、なんでわかった!?」
捕まえた物体は、白い塊に黒い穴で顔を描いたようなモノだった。
子供の描くオバケみたいな感じだ。
「そうか、お前が夢魔だな?」
「い、いえ。私は無害な通りすがりです。夢魔ですか? それならご案内できますよ!」
気持ちを落ち着かせるために一度深呼吸。
よし、これで大丈夫。
「あ、あの、ちょっと!?」
深呼吸したのはお前の話を聞くためじゃない。
夢の中でさせられた事を思い出してたんだ、これから行う制裁のために。
***
目を開けると、見慣れた光景が見えた。
と言っても2段ベッドの上部分だが。
「メル! みんな、メルが目覚めましたわ!」
部屋にはエリザをはじめジルやミデットにソニアもいた。
みんなで集まって何やってたんだ。
「ああ、起きたっすか、安心したっす!」
「召喚事故が起こった時、夢魔も紛れて呼び出されてたみたいよ。それで、あなたはその夢魔に取りつかれて起きてこなくなってたってわけ」
夢魔……そうか、やっぱり。
「外からいろいろやってみましたけど、なかなか効果が無くて……戻ってきてくれて本当に嬉しいです……!」
「わかったから、いちいち抱きついてこなくていいってのに」
夢の途中、マッチの明かりの中に見えたのはやはり本物のエリザだったんだな。
効果はあったさ、助かったよ。
「それにしてもよく戻って来れたね~。ゲーリッチ先生もしばらく様子を見るしかないって言ってたのに、どうやったの?」
「ああ、運よく夢魔を見つけてね。とっ捕まえる事ができたんだよ」
「それは……凄いわね、例が無い事だと思うわ。それで、夢魔はどうなったの?」
夢魔がどうなったかって? そりゃあもちろん……
「聞きたいか? 聞かない方がいいと思うけどな」
「……いえ、遠慮しておくわ」
その後、報告を受けて駆け付けたゲーリッチ先生に検査を受けたが、どこも異常はないとの事だった。
「いやまったく、君の頑丈さは素晴らしいね。とにかく、今日はもう休みなさい」
「お大事にね、メル」
ゾロゾロとみんな帰っていった。
休めと言われても今までずっと寝てたんだ、疲れてはいるけど眠れない。
夢魔にはこんな影響もあるのか……もっと殴っておけばよかったな。
「あの……メル」
「ん、どうした」
エリザが神妙な顔をしている。
夢魔の話をしたいわけではなさそうだ。
「ネリーの言った事、気になさってますか?」
「……ああ、人狼がどうとかという話か」
そんな事を言われたな。
だが、私の気分は逆に晴れていた。
「いや、実を言うと少し安心したんだ。今まで自分の怒りの原因がわからなくて、心のどこかにいつも不安があったんだけど、原因がハッキリあるとわかってくれたんでね」
そう、血の呪いだかなんだか知らないが、原因がわかっているならそのほうがいい。
原因さえわかるならそのうち手の打ちようもあるだろうからな。
「それにしても人狼ね……。今まで満月で毛深くなった事なんてないけど、どういう事なんだろうな? 獣臭いとは言われた事あるけどね」
「そうなのですか? わたくしはメルの匂い、好きですわ」
匂いを嗅ぐな。
まったく、すぐに行動に移すんだから。
私でもちょっと恥ずかしいぞ。
人狼の呪い……そういえば夢の中で『先生』が何か言ってたような気がする。
あの『先生』は夢の登場人物だったのか、それとも本物だったのか。
あいつ何考えてるかわからないからな。




