戦えハインリヒ
ここか、ロレインのいる大講堂は。
騒ぎになっていないところを見ると、まだハインリヒは来ていないらしい。
「ロレイン、いるか?」
講堂に入ると、今まさに授業が行われているところだった。
お、ロレインも発見。
「何をやっているの? 今は授業中です、関係ない人は出て行って」
「いや、そうも言ってられないんだよ」
私としてはお前がハインリヒに迫られるのを見たい気もするが、そのせいでレムスとラシールがキレたら大騒動になりそうだからな。
「そこ、何をやっているのです! 召喚術はとてもデリケートなのですよ、ミスがあれば取り返しのつかない事になるかも――」
教師の言葉を遮るように地響きが聞こえてきた。
どうやらあいつもここを探り当てたみたいだな。
「我が妻候補よ、ここにいるのか!?」
「うわっ!」
廊下側から入ってくるものとばかり思っていたら黒板を突き破って出てきやがった!
いったいどういう経路で来たんだか。
壁を突き破って現れたゴーレムに講堂内は騒然となる。
こんな時でもさすがは規範生徒。
ロレインは落ち着いて他の生徒を避難させようとしていた。
「みんな落ち着いて避難を……あっ、魔法陣を踏まないようにしなさい!」
ロレインが叫ぶのとほぼ同時に、生徒達の避難経路にあった魔法陣のひとつが光り始めた。
「何という事、こんなイレギュラーな魔法陣が発動してしまうなんて……あなた達も早く非難しなさい! 何が出てくるかわかりませんよ!」
そう叫ぶ召喚術の教師も青い顔をしている。
確かに魔法陣のあたりが禍々しい、こりゃまずい事になっているな。
赤黒いオーラを放つ魔法陣、その中からゆっくりと人影が形作られていく。
その姿は女のようだが、青い肌に鋭い角、翼に尻尾まである。
いわゆる悪魔というやつか?
ヒリヒリと危険な空気を感じる。
「ふう……珍しく召喚されて来てみれば、ろくに用意もないなんて。召喚事故でしょうか」
言葉は普通に通じるようだ。
大人しく帰ってくれるのならいいんだけど。
「あら、あなた可愛いですね。せっかく来たのです、少し遊びませんか?」
「なっ……あ、あなたは一体……!?」
女悪魔がロレインに狙いを定め近づいていく。
いくら首席だといってもこんな状況は経験した事などないだろう、現にロレインは足がすくんで動けないようだ。
幸いなことに避難はだいたい終わっている。
通用するかはわからないが、ここは暴れてやるとするか。
「おい、そこの――」
「おのれ悪魔め! その娘から離れろ!」
割って入るようにハインリヒが名乗りを上げた。
あっと、そうだった。
そもそもの原因であるコイツの事を忘れていた。
「貴様などにその娘は渡さん、立ち去るがいい!」
「何なのでしょうか、この鎧」
勢いよく立ち向かっていくハインリヒ。
対する女悪魔はわりと余裕があるのか、ハインリヒの拳をいなしたり受け止めたりして遊んでいるようにも見える。
だが足止めには十分だろう。
「役に立つじゃないか、ハインリヒ。さ、今のうちに逃げようぜ」
「なな……なんなの一体……」
このスキにロレインを連れて行こうと思ったが、ロレインの足元がまだおぼつかない。
さらに悪い事に、もたついている間に逃げようとしていた先へとハインリヒが吹っ飛ばされてきて道を塞いでしまった。
「ぐぐ……力が出ない……」
やれやれ、ミデットの修理は完全じゃなかったみたいだな。
「ロレインさま!」
「メル! 無事ですか!?」
ハインリヒが乱入した際の混乱ではぐれていたメンバーが合流する。
中でもミデットは目の色を変えてハインリヒに駆け寄っていった。
「どこか壊れたっすか!? しっかりするっす!」
「おお……ミデット、私は……」
「大丈夫っす、すぐに直してみせるっす!」
こんな状況でも修理を始めたぞ。
くそ、面倒だが今度はこっちが時間を稼いでやるか。
「人間なめるなよ、悪魔さんよ」
杖を取り出しショットガンへと変化。
くう、やっぱりこの造形はシビれるね。
「んじゃ行くか、ヌンベス!」
呪文を唱えると、魔力が銃身へと伝わり、エネルギーのようなものが溢れるのを感じる。
それと同時に引き金を引き、女悪魔めがけて銃口から一気に魔力を放出する!
「……うっ!」
以前コバンのやつに食らった麻痺の魔法だ。
いくら悪魔でも多少はビリビリくるだろう。
すかさず間合いを詰めて、ガラ空きの腹に渾身の蹴りを放つ。
「あ、バカ……!」
「あ」
しまった、踏み込むのが早すぎた……まだ効果時間中じゃないか。
魔法は使えてもまだ加減に慣れていないんだった。
「……呆れた。自分の魔法で自分が痺れるなんて、私が教師なら赤点ね」
むっ、ロレインめ、まだ震えてるくせに採点なんかしやがって。
「確かに、センスはいいようですが間抜けですね。これでは私は倒せませんよ」
女悪魔にまで酷評された……自分でも失敗したと思ってるんだからそこまで言わなくてもいいじゃん。
「ところで、遊びは終わりでしょうか?」
「ぐっ!」
痺れてフラフラしてるというのに、横っ腹を思いきり蹴飛ばされた。
私が蹴飛ばしに行ったのに、結果的にハインリヒの横で仲良くダウンしている。
格好つかないな、まったく。
「少し物足りないのですが、もう少し遊んでいただけませんか」
女悪魔が近づいて来る。
ハインリヒもまだ直らない、ちょっとピンチかも。
「やめなさい!」
おい、何やってるんだ!
私と女悪魔の間にエリザが割って入るなんて何を考えている!
「エリザ、下がれ!」
「いいえ、下がりません! どうしても続けるというのなら、わたくしが相手です!」
何をバカな!
まだ昼間だ、お前はちょっと虚弱な一般生徒でしかないんだぞ。
「……」
女悪魔は表情ひとつ変えず、エリザをじっと見ている。
力が使えないとはいえ、せめて吸血鬼である事が何か作用してくれるといいんだが。
「あれ、お嬢様じゃありませんか。こちらにいらしたのですか」
「……ネリー?」
……あれ、急に和やかな雰囲気になった気がする。
よくわからないが、念願通り何か作用したのかもしれない。
「まあ、久しぶりですわ。いつもの格好と違うのでわかりませんでした」
「いつもメイド服でしたからね。今日はオフなので私服なんです」
エリザがこちらに向きなおり、いつもの笑顔で私を見てくる。
「メル、紹介しますわ。彼女はネリー、わたくしが実家にいた時によくお世話をしてくれたメイドですの」
「はじめまして、ネリーです。お嬢様の世話係をやっています」
あ、そうなんだ。
世界って狭いね。
「あ……、メルです、どうも」
思わず敬語で話しちゃったよ。
つーか、悪魔の私服凄いな。
「ねえ、ネリー。その、わたくしがここにいる事はお父様には……」
「承知しています。……お嬢様が出ていかれてから私も心配しておりましたが、楽しくやっておられるようで何よりです。ペットも飼われているのですね」
ペット……そこの金属塊の事か。
可愛げのないペットだなあ。
「ネリー、ハインリヒはわたくしのペットでは……」
「おや、先ほどはメルと呼んでいませんでしたか? その娘の事ですよ」
……な、なんだとお!?
「おい、ペットってあたしの事かよ」
「何という事を言うのですか! メルは大切なお友達です、いくらネリーでも無礼は許しませんわ!」
私が怒ってもよかったが、その必要はなさそうだ。
主従関係がしっかりしているらしく、エリザが怒るとネリーはたちまち一歩下がって跪いた。
「申し訳ございません、人狼のご友人がいるとは思いませんでしたので。お詫びいたします」
ネリーが謝るのを黙って見ていたエリザだったが、謝罪を受け入れたのかすぐに表情が和らいだ。
なにげに怒るエリザは珍しい。
「それでは私は帰ります。お体にお気をつけくださいませ、お嬢様」
魔法陣が再び光を放ち、その中に吸い込まれるようにネリーの姿が消えた。
「ぬう! 悪魔め、どこへ行った!」
ネリーが帰ったとほぼ同時に、ハインリヒが復活する。
かなり気合が入っているがもう終わってるぞ。
「もう帰ったよ、お前もいいかげん大人しくしろ」
「そ、そうか……」
状況を理解したハインリヒは、ミデットの前へと出て跪く。
今日は跪く奴が多い。
「ミデット、私は理解した。その身を顧みず私を修理してくれるその心こそ、本当の愛だ」
おお、ここに来て急展開。
面食いのポンコツだと思っていたがそうでもないようだな。
「まあ、素敵ですわ」
「やったじゃん、ミデット~。魅力が評価されたね~」
周囲の冷やかしにも、ミデットはまんざらでもない様子だ。
「そ、そんな……照れるっす。でも、いいっすよ、あたいでいいなら、奥さんになってもいいっす……」
お前も大概な趣味してるな。
しかし、これで一件落着という事か。
「いや、あくまで私の新たな主人というだけだ。そのボサボサ頭は趣味ではない、妻を探すのは引き続き行うとしよう」
あー、これはマズイな。
やっぱりポンコツだったか……
「ふ……ふざけんなっすぅ!」
ミデットが怒るのも無理はないな。
というかこれで怒らない奴はいないだろうよ。
その後、なんやかんやあって、結局ハインリヒはミデットのポーチの中に収納されることとなった。
嫁探しは諦めていないようだが、あの様子では当分無理だろうな。
大講堂はいつもの通り魔法で修理され事なきを得た。
召喚術の事故ということで処理されたので誰にもお咎めは無し、ラッキー。
そして……ネリーのあの言葉。
「人狼のご友人、か」




