吸血鬼の告白
医務室……ここに来るのは二度目になる。
正直言って来たくはない場所なのだが、火傷が痒くてたまらないので仕方なく足を運ぶことになった。
「やあ、また来てくれたんだね、オオカミちゃん」
いきなりゾワっとした。
来たくない一番の理由はこいつなんだ。
名前は確かゲーリッチって言ったかな、28歳の魔法生物学及び魔法医学講師で校医も兼ねていると聞いた。
魔女だがやたらイケメンで気持ち悪い、どこか変態臭いし。
「あの、その言い方やめてくれませんか? 耳ももう無いですから」
「おっと、すまなかったね。君を傷つけるつもりはなかったんだ」
ひい、背筋が寒くなる。
さっさと火傷だけ見てくれ……。
「火傷かい……? もうほとんど治りかかっているよ。これなら簡単な回復魔法をかけておけば十分かな。その若さ、素晴らしいね」
本当だ、もう治りかかっている。
けっこうひどい火傷だと思ったが大したことなかったのか。
回復魔法とやらで痒みも完全になくなり、体調はすっかり元通り。
ならばこんな所にもう用はない。
「ありがとござまーす! それじゃ!」
「あ、ちょっと君!」
椅子を飛び越え疾風のごとく医務室を後にする。
もう来たくないけど、この学校の環境と私の性格が合わさればまた厄介になる事もあるのだろうな……。
気を付けよう。
***
やれやれ、ようやく医務室から解放された。
だが問題はまだある、エリザの事だ。
昨夜の一件でジルたちのエリザを見る目が怪しくなっている、ちょっと吸血鬼の力を見せすぎてしまったかな。
あれからごまかしはしたが、効果のほどはどうだか。
「メル、おかえりなさい。火傷はもうよろしいのですか?」
修復された食堂でエリザと合流する。
もう普通に使えるとか魔法って凄いな、こういう修理とかの魔法は本気で覚えてもいいかもしれない。
「こんにちは、メル、エリザ」
ジルが近付いてきた、何か動きが妙だな。
メガネが怪しく光り、なにやら企んでいる感じが伝わってくる。
「ねえ、一緒に食べない? ここのペペロンチーノ、絶品なのよ」
なんてあからさまなんだ。
わざわざ人数分のペペロンチーノを持ってきたぞ、少しはひねれよ。
「んっ……わたくし辛い物は苦手なのですけど、これはとても美味しいですわね」
エリザは小さな口で辛さをこらえながら美味しそうにパスタを頬張っている。
……ちょっとかわいいな。
一方、定番であるニンニクを普通に食べているエリザに、ジルは当てが外れたという表情だ。
そりゃあ残念だったな。
食事を終え、食堂を出る。
次の授業まではまだ時間があるな、何をして時間を潰したものか。
「あ、あの、ちょっといいっすか……?」
今度はミデットが話しかけてきた。
いつものようにビクビクと怯えながら、その手に持った何かをこちらに差し出してくる。
「こ、これ、どうっすか? あたいの作ったアクセサリーなんすけど」
持っていたのはシルバーのアクセサリー、もちろん十字架のやつ。
お前も直球すぎるだろう。
「まあ、ミデットがお作りになったんですの? とても器用な手先をお持ちなのですね。ほら、メルも見てください」
「いや、私はいい。……金属アレルギーだから銀製品は痒くなるんだ」
それに、私のほうに用はないだろうからな。
そうやって嬉しそうに持っててあげたほうがミデットも喜ぶんじゃないか?
「……あ、あれ、なんともないっすか?」
「いいえ、とても感動いたしましたわ!」
だいたい、いまどき十字架が効く吸血鬼のほうが珍しいだろうに。
勇気と手間を奮って来てくれたようだが、ただ単にアクセサリーをプレゼントしてくれただけになったようだな。
そしてその後、案の定ソニアがやって来た。
今度は何をしでかすつもりだ?
「お~いたいた! ねえエリザ~、ちょっと胸に杭打たせてみてよ~」
「えっ……! そ、そんな事されたら、わたくし死んでしまいますわ!」
わざとらしく杭まで持って来やがって、さすがにこれは殴った。
いくらなんでも冗談が過ぎるぞ。
「アタタ……冗談だってば~、マジになんないでよ~」
ソニアはどこまで本気なのかわからない怖さがある。
用心に越したことはない。
「あ、エリザ、何かついてんよ~。ほれ、これで見てみ~」
そう言うとソニアは手鏡を取り出しエリザへと向けた。
鏡……そういえば吸血鬼って鏡に映らないんだっけ?
こいつ、本命はこっちか。
「……? 何もついてはいないようですわ」
鏡にはエリザの顔が映っている、心配する必要はなかったようだ。
ソニアも残念そうでいい気味だな。
「……ソニア、後ほどジルとミデットもご一緒にわたくし達の部屋へお越しください。お話があります」
残念そうな顔をしているソニアにエリザがそっと呟いた。
何を言い出すんだ。
ハッとしてエリザの顔を見ると、エリザはいつもの柔らかな表情のまま首を横に振った。
そうか……エリザにはエリザなりの決意があるのだろう、私は何も言わない。
***
授業も終わり、私とエリザは部屋へと戻った。
しばらくするとドアをノックする音が聞こえてきた。
約束通りジル達3人がやってきたのだ。
「へえ、ここ2人部屋なんだ~、マジ広くて羨ましいし~」
「お、お邪魔するっす……ひぃ」
そうか、他の部屋は3人部屋なのか。
と言ってもベッドひとつ物置にできるかどうかの違いだろう、広さ自体はそう変わりなかったはずだからな。
「それで……私達に話っていうのは?」
眼鏡の位置を直しつつジルが話を切り出す。
内容は互いにわかりきっている事だろうが、私は何も言わず成り行きを見守っていた。
「はい……実はわたくし、吸血鬼なのです」
ずいぶんとストレートに切り出したな……。
まあ、長ったらしく話すよりはいいかもしれない。
青ざめたミデットが逃げようとしたのでドアの前に先回りして取り押さえたが、他の2人はそこまで驚いてはいないようだった。
「やっぱりね……パペトンさんの所で見た魔法、調べてもあんな魔法見当たらなかったから不思議には思っていたのよね」
「それからあの無敵っぷりでしょ~、これはマジ! って思ったね~」
ソニアが何を言いたいのかは良くわからないが、確かにあれだけのものを見て不思議に思わない方がどうかしてるよな。
「ひぃい! 放してほしいっす……お助けっす……!」
……こいつの怖がり方は異常だな。
吸血鬼に襲われる心配をするほど自分に自信があるわけでもないだろうに。
「あの……そんなに怖がらないでください、ご説明しますから……」
集まった3人に対してエリザが自らの事を説明する。
内容は私にした説明とだいたい同じ。
ミデットにとってはもうずっと昔に血を吸わなくなっているという事が重要だろう。
「――それで、わたくしが鏡に映るのは、先生から頂いたこのブレスレットのおかげなのです。実を言うと、ここに来て初めて自分の顔を見ましたの。恥ずかしいようなくすぐったいような……不思議な感覚でしたわ」
エリザが腕から外した紐のようなお守りを見た後、ひと呼吸おいてジル達が口を開く。
「……なるほど、そういう事だったの。言ってくれればよかったのに……おかしな事して
悪かったわ」
「へへ、吸血鬼と友達なんてマジ凄くね~?」
思ったよりすんなり受け入れられている。
私が心配する事はなかったかな。
「……あ、安心したっす。……メルと違ってエリザはいい子っすから、信じるっす」
「おい」
「ひいい……吸血鬼より怖いっす……」
本人を目の前にしてそのセリフ、根性あるんだかないんだか。
何にせよ、エリザ自身が嬉しそうにしているなら何よりだ。
「それにしても、吸血鬼なのに太陽が平気だっていう事には驚いたわ。実質弱点は無いってことだものね」
「こちらに来てからはじめての事が多いものですから……。鏡だけでなく、太陽の出ている日中は吸血鬼の力が使えないという事もこちらに来てから知った事なのですわ」
「それって、もし伝承通り太陽が弱点だったらヤバかったんじゃね~? 誰がやらせたのか知らないけどさ」
確かに……言われてみればかなり無茶な話だな。
前例があったのかもしれないが、あの『先生』のことだ。
試してみたかったとか言っても意外には思わないぞ。
……ん?
誰かの気配を感じたような気がする。
妙な気配がして廊下に出ると、何者かが走り去る後ろ姿を目撃した。
チラリとだが、カメラのようなものを持っていたように見えた。
なんだあいつは。
「あ、あれ? 今のコバンじゃないすか……?」
「コバン? 誰だコバンて、知ってるのか?」
「コバンはね~、確かニホンの子だって言ってたよ。メルもそうだっけ、知ってる?」
その質問たまに聞くけど、お前らだって国籍同じやつみんな知り合いってワケじゃないだろ。
そりゃ他よりは可能性あるだろうけど誤差だよ誤差。
「あの子、新聞部なんだけど内容が偏ってるからあまり評判良くないのよ。ちょっと嫌な予感がするわね……」
その予感には同意する。
何をしていたのか本人に聞いてみる必要があるな。




