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ジャーラ学園7

 静寂を破ったドアへとシナプスのうつろな目がゆっくりと運ばれ、入り口に立つ、この歳の頃にしては背の高い、一つ上の女生徒を捕らえた。

 リネンの生地で出来た、肌色に少し黄色を強くした色の夏服を着ている所を見れば、一見どこにでもいる街の娘に見える。

 そう言えば、実際に彼女は七年前までは、宿屋の普通の娘だったのだ。

「お話は終わりましたか」

 耳心地の良い、ソプラノの声が、力を失っていた体を緊張させるのを自覚し、首だけでもたれていた椅子に座り直す。

 テーブルの上に肘をつき、手を組んだシナプスは、目の前で背筋を伸ばして、こちらを見据えるもう一人の瞳と目を合わせた。

「それで、何か聞きたい事はあるかしら」

 前の声と比べれば、まだまだ子供らしさの残る、破裂音と似た響きを耳に残す、けれども不快感などまるでない彼女の声が、数分前に彼女の口からきいた事を整理するようにと促してくる。

 彼女によれば、いま彼女自身と、部屋の入り口に立つ女性徒とそしてもう一人、ここに来てからは、自分の事を義理の兄と慕ってくれている五歳の少年は、エルフたちから監視されているらしい。

 今までは全く気が付かなかった彼女たちに、その一人のエルフの男が接触してきたのは、グリアが来てから一週間後の事。

「その内容は、魔族狩りと反魔族運動、そして、ゲパンが作る新兵器に新エネルギーとの関係について」

 その悍ましさにシナプスは、言葉を失っていた。

「まだ、コロア内では、ヒールの他に数件程度らしいけど、他の国では、既にかなりの数が攫われているそうよ」

 しかも、被害に遭っているのは子供ではなく、まだ若い二十から三十代の大人だという。何故、大人なのかは、容易に想像がつく。

 それはつまり、ヒールはもう無事ではないという事を意味していた。

 握りしめた拳の内側で、爪が手のひらに食い込む痛みにようやく気が付き、一度目を向けるが、構わずにそのまま握りしめた。

「ゲパンは、今もその力を蓄えている途中よ。いずれは、コロアにも攻め込むつもりだわ。発電機や兵器はその布石ね。彼らは後三年後に活動を始める。それまでに、全てをゲパンに返す必要が有るわ」

 テーブルの上に身を乗り出す王にして話す、隣国の王女をシナプスは不思議そうに見つめ返した。

「三年というのはどこから」

「ゲパンが設定した保証期間ですよ。シナプス様」

 シナプスの背後を抜け、二つ並んだベットの間を通った先に有る窓際に立っていたサラが答えた。

「ゲパンは、三年間は簡単なメンテナンスのみで充分とする期間は、コロアの内外で、連携を確認するだけに留め、いざ活動するとなった時に、目ぼしい魔族に当たりを付けているのよ」

「そして、三年後に大規模な修理と称して、連合内に大量の人員を送り込むつもりなんです」

「つまり、時間をかけて、内と外から攻めてくるという事ですか」

 シナプスが先回りをして言うと、二人の年上の少女たちは、一度、顔を見合わせたあと、クスリと笑って頷いた。

 この一歳の歳の差が大きい。

 そこに男女差が加われば、二人にとってのシナプスなど、まだまだ小さな子供なのだろう。

 シナプスは、その事に不満を覚えるも、直ぐに立ち上がると、直立の姿勢を取って、フィーレに向き直った。

「フィーレ王女、今回の進言に感謝します。

 私は急ぎ、王宮に向かい、我が父、ナルタ王にこの事を伝えに参ります。その間、貴殿の弟君の事、一時的にそちらに預けてもよろしいでしょうか」

 するとフィーレもゆっくりと立ち上がり、いつもの悪戯っぽい笑みでは無く、もっと違う、普段はヒマワリの花が似合うとすれば、今はアジサイの花でもあるような、穏やかな微笑みを浮かべる。

「ええ、喜んで。せっかくですし、しばらくは、王宮にいらっしゃてはいかがでしょう」

「いえ、今日中には戻ります」

 顔つきは変わっても、フィーレはフィーレだった。

「けど、貴方の妹さんが寂しがっているのでしょう」

「ですが」

「あの」

 徐々にいつもの調子を取り戻しつつある二人の間に、大きな影が割り込んだ。

「それが、先程その妹のティリャ様がこちらにいらっしゃいました」

「え」

 シナプスは座りかけていた椅子から再び立ち上がった。

「そう言えば、グリアもいないわね」

 立ったまま、冷めた紅茶を口に運んでいたフィーレが部屋を見回す。

「お二人とも今はあちらでアシュイン先生と遊んでいらっしゃいます」

 それが合図だったかのように、幼い子供の歓声が、窓の外から聞こえてきた。

 上から、男子棟と女子棟の間の中庭を見ると、

 なるほど、二人の子供が、顔程もある輪が先端に着いた棒を手に持って走り回っている。

 中央に植えられた木の元には、足元にバケツを置いた若い男性が、一人座っている。

 グリアがバケツの中に輪を入れた後、それを持って、また走り出すと、ここからでも見えるほど大きな玉が光を受けて輝きながら浮かび、しばらくすると消えた。

 その横に居た、同じ年頃の少女もまた、同じ様にして玉を作り、指で突いたグリアが顔を拭うのを見て笑う。

 部屋にいる三人は、何も言わずに顔を見合わせた後で、部屋の外へ出て、廊下を駆けだした。


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