ジャーラ学園6
「ところで、シナプス様。この頃、王宮に帰られていないようですが、よろしいのですか?」
テーブルの上にランダムに置かれたトランプのカードを裏返そうとするシナプスに、サラが声をかける。
ルメが寮母室に帰り、残った四人は、テーブルを囲み、神経衰弱をして遊んでいた。
このゲームにおいて、すこぶる強いのは、グリアであり、その手元にあるカードの山だけで、他の三人と同じか、それ以上の高さに達している。
「ええ、帰ったとしても特にやる事など無いですから」
十数人いる兄弟の中で下から三番目のシナプスは、次代の王になる事は無く、学生を終えれば、王となる末の弟に仕える文官、又は王国騎士の一人になる未来しか無い。
身体強化の力を使う事が出来るシナプスは、その王国騎士になる事が、ほぼ決まっている。王宮に帰れば、その道の達人達が手ぐすねを引いて待っているに決まっているのだ。
それが、たまらなく嫌で、シナプスはグリアが来た事を口実に、ここ二週間、戻っていなかった。
「それに、ヒール殿の一件も有りますから、街をうかつに歩く事も出来ませんし」
取り違える事なく、自分のカードの山に、新たな二枚を乗せる。サラとの差は八枚、残りは六枚なので、二位を獲得した事になる。
「けど、妹のティリャ様は大丈夫なの」
動揺を誘う作戦が通じず、椅子の背もたれに、背を預けるサラを傍目に、次の組みを合わせようと、二枚目に伸ばしていた手が、全く違うカードをめくった。
「あなたが王宮に帰るのは、妹さんに会いに行くためだって、ジャーラ内を歩いてると、たまにそんな噂をよく聞くわよ」
公には修練のためという事にしていた筈が、何処から漏れたのだろうか。
そうシナプスが思案している内に、サラが残るカードを流れるような手つきで攫いゲームに決着を着けていた。
ゲームの最中に、グリアを写真に収める事ばかりに夢中になっていたフィーレと、五歳児という、日ごろからの好奇心が育んだ観察眼を伴った記憶力を発揮したグリアは別として、残りの二人の差はたったの二枚。
かなりの僅差で競り勝ったシナプスは、二位の報酬として、背後の箪笥の上に置かれた、缶に入れられた菓子を四個手に取った。
その内の一つを口に運ぶと、菓子の上にちりばめられた砂糖の甘さと一緒にナッツの風味が口の中に広がる。
手元のカップの冷めた紅茶で、菓子を食べた後の口の中の酸味を洗い流した。
「そう言えば」
カップをテーブルに置くと、グリアがベットの上で背を伸ばして、窓の外、塀の外に見える街を見ていることに気が付いたシナプスは、金属製の窓の格子に手をかける弟の姿を写真に収めているフィーレと、シナプス同様、自分の分の報酬を手元に集めているサラに口を開く。
「先ほども話しに出しましたけど、ヒール殿はまだ見つかっていないのですか」
シナプスのその言葉に二人はその手を止め顔を上げると、首を左右にゆっくりと首を振った。
「義姉様の捜索はイマリ王国でも懸命に行っているのですが、手掛かりは何も」
サラのため息交じりの言葉に、フィーレも顔をしかめる。
ヒールの行方が分からなくなったのは、グリアがジャーラに来た次の日の事だった。
翌日の昼にはイマリに着く予定だった、王宮付きの車は、夕方を過ぎても、その姿を現すことは無く、さらにその翌日には、両国から捜索の部隊が出されたものの、見つかった物はと言えば、ナルタ王国内ジャーラと、ここから小一時間程の所にある宿場町とを繋ぐ街道の外れにある、小山の中腹の藪の中から下着を着ているのみの運転手の遺体のみで、ヒールの行方に直結する手掛かりは見つからなかった。
その結果、イマリ、ナルタの両国の捜索隊は、これをここ数年、コロア連合北部で数件確認された、魔族狩りの一味の犯行とし、その手がここ西部だけでなく、東部、南部にまで既にその手が及んでいる可能性もあるとし、周辺国に注意を呼び掛けた上、国内では、魔族やその血を引く民衆の一人での外出を禁止した。
「魔族狩り、その目的はやはり、この国でも革命を起こす事なのでしょうか」
フィーレもシナプスも、これには顔をしかめて俯くしかない。
コロア連合から程近い国ゲパンで起きたその出来事は、三人にとってはまだ記憶に新しい。
何処の国でも、魔族は先祖から継ぐその力で、民衆の上の立場を維持してきた。
当然、一般市民からなる革命軍など、数日で鎮圧されるに決まっている。
誰もがそう確信していた中、革命軍は、国内を次々と、自分の支配下に治め、ネストが始まって以来続いてきた、ゲパン王家の血筋も途絶えた。
その原動力となったのが、革命軍が持ち寄った、新たなエネルギーを使った新兵器。
それらは一種類では無く、一台一台で異なる力を発揮し、敵対した魔族たちと同等以上に戦って見せた。
意外な事に、そのエネルギーを取り出す機械も、それを使った兵器も国外に売り出しており、イマリやナルタでもそれらを買い取ったのだが、技術だけは漏らすつもりが無いらしく、技師も共についてきたため、何からエネルギーを取り出しているのかは不明のまま。
つまりそれらの扱いを、彼らに任せる事となり、いざ国内で、第二、第三の革命を起こそうという運動が起きた時、その兵器を手中に収めておく事が出来る保証はない。
更に今、その急速な発展を見せる国家には、その座を狙う思想家たちが、留学に入っていると聞く。
「もし、魔族狩りが反魔族運動とも関りがあるとしたら、それは革命を目指す方々が好機と見て、イマリに来ている可能性もあるんですね」
シナプスは、カードを手元に集めて切り始める。
白を基調とした明るい部屋に、グリアがかじった時にこぼれた菓子の屑が皿を叩く、軽やかな音と紙と紙が擦れる音しかし無くなり、まだ昼時からしばらくしか過ぎていないこの時間にしては珍しく、廊下を走る元気な足音がかすかに聞こえた。
「グリア、次はババ抜きにしないか」
このままでは気が詰まりそうだ。
そう思ったシナプスの提案に、グリアが頷く。
「という事でババ抜きです」
「ねえ、シナプス」
二人に確かめることも無くカードを配り始めたシナプスを、正面に座るフィーレの真っすぐな瞳が見据えた。
「なんでしょう、別のゲームにしますか」
「そうではないわ。もっと大切な話があるのだけれど」
「それは、グリアがそばにいても良い話ですか」
隣で神経衰弱の戦利品を食べているグリアを一瞥する。
「グリア様、ババ抜きの前に一度、お手洗いに行きませんか」
サラが立ち上がって、背後に回りその椅子を引いた。
「え、別に僕トイレになんて行きたくないんだけど」
首を回して見上げる、その不思議そうな顔に、サラは軟らかい微笑みを浮かべ、その頭に二度触れた。
「それでもです。もしかしたら急に行きたくなるかもしれませんよ」
それでも首を傾げたままのグリアの背中をサラは促すように押した。
「では、少し席を外しますね」
ドアノブに手をかけたサラは首だけを回した。
「あら、ごめんなさい」
ドアを閉めたその先で、サラが誰かに謝る声がした所で、シナプスは口を開いた。
「それで、話って何です」
カードの残りを配り終え、テーブルの上で手を組んだ。
「もちろん」
フィーレも同じく手を組む。
「反魔族運動の事よ」
そう言って、手元のカップの紅茶に口を付けた。