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ジャーラ学園5

「サラ、これを見てちょうだい」


 グリアとシャワーを浴び、脱衣所から出て来たサラは、ベッドの横で、ルメに泣きつくグリアと、自分に向けて、一冊のノートを開くフィーレ、そして、途方に暮れて、部屋の中を右往左往しているシナプスを、同時に目にした。


 訳も分からずに、手渡されたノートを手に取ると、そこには、大小様々で不恰好なひらがなで、文字が書かれていた。言われるまでもなく、グリアの字だ。


 自分が面倒を見ていた内は、まともに絵も描けなかったのに、今ではこうして、意味のあるものを書くことが出来るまでに成長している。


 文字の上に書かれた絵も、ついさっき見せてくれた魔法を順番に書いているのだとわかる程度には書けていて、その事に少し感動を覚えながら、その問題の絵を見た。


 水が一箇所に集められて、弾けるまでが、三段階に分けて書かれている。


 最初の絵の下には、『みず』と『あつまる』と書かれていて、その下に奇妙な形をした、物が描かれている。


 グリアやフィーレの母である、ノルアともよく一緒にいたサラには、それが、上に書かれた文字を表すマナで、一つ一つは、マナの基盤である事がすぐに分かる。


 そして、グリアがずっと練習してきた魔法は、ここまで、つまり、二つのマナを組み合わせる程度の物だったのだ。


「グリア様」


 サラが声を低くして、呼ぶと小さな背中が小さく動いた。


「サラ殿まで、グリアはフィーレ様からもう十分」


 見かねたシナプスが、サラを止めにかかるが、サラはその腕を押し退けると、そのままグリアを背中からそっと抱きしめた。


 グリアは、一度、驚いて首を回そうとしたが、それは叶わず、仕方がなく自分の首に回った腕に、自分の口元を埋めた。


「グリア様は、やっぱり凄いです。私やフィーレ様が知らない内に、あんな事まで出来るようになられて、私はとても嬉しいです」

 

 サラがフィーレ同様、グリアをしかりつけるとばかり思っていたシナプスは、その予想外の行動に、そっと胸を撫で下ろし、部屋の中央に置かれた、白くて丸いテーブルの上に置かれたノートを、拾い上げた。


「その子、毎晩、そのノートに何か書いてたと思うのだけれど、何が書いてあるのか、説明してなかったかしら」


 横からじっとこちらを覗いていたフィーレにシナプスは大きく数回頷いた。


「今回の事で分かったと思うけど、グリアには注意して、なるべく何をしているのか、聞き出して欲しいの。万が一にも話さない時は、私かサラに連絡して頂戴、私達が話をするわ」


「分かりました。けど、俺はまだ、何故グリアが倒れたのか、その辺りを飲み込めていないのですが」


 シナプスは以前、グリアが連続で魔法を使うところを目にしていた。それは、グリアが一日に使っても良い魔法の回数を、フィーレ達と決めていたときのことだ。


 イマリの王宮で、よく使っていたという、蝋燭に火を点ける魔法を、グリアは一度二度と繰り返し、三度目を終えたところで、胸の周りを気にしだしたので、三回めまで目までという事になったのだ。


「あの時は、マナが二種類だけだったのよ」


 一度に使うマナの数が多ければ多いほど、その使用者にかかる負担は大きくなる。


 それは、エルフの子供達が、魔法を習う時に、一番初めに教わる事である。


 正確には、そのマナを構成する、基盤の数だが、それが一つ増えるだけで、その負荷は一点八倍近くなる。


「今日は、三つ目に使ったのが、どうやらナトリウムを意味するマナで、十一番目。基盤の数も二つだから良かったの。あれがもし、『弾ける』を意味する百六十番目のマナだったら、グリアは助からなかったかもしれないわ」


「それで、フィーレ様は、グリアの頬を叩いたのですね」


 まだ頬が赤いグリアは、今はベットに座ったサラの膝の上に乗せられ、耳元で何かを言い聞かされている。


 自分が心配したよりも、ずっと軽く収まり、ようやく落ち着いたフィーレは、テーブルに向かう椅子に腰掛け、テーブルの上で頬杖をついて、すっかり元気になった、弟を眺めた。


 母がマナ中毒と呼んでいた、グリアの症状は、悪い時には、グリアのマナを作り出す力に加えて、周りにあるマナを集める力までを奪ってしまう。


 苦しさや、体が傷つく事で、その身を守ろうとしてしまうのが原因らしい。


 その悪循環に陥って仕舞えば、自分が母から受け継いだ、エルフの力で収めてやれるかどうか。何はともあれ、使ったのがナトリウムで本当に良かった。


 フィーレは、サラの隣に、自分の居場所を移すと、温かくて、小さな手を握った。窓からの日差しが暑いが、気にはならなかった。


「姉さんどうしたの」


「何でもないわ」


 眩しいだろうに、光を頭の後ろから受ける自分の顔を、必死に開かれた、父に似た、細めの目の奥の瞳が、不思議そうに、見つめてくる。


 きっと、その目に自分の顔など映ってはいないはずだ。フィーレは、その顔を見られる前に、立ち上がり、ノートを開いた。


「さっきは、姉さんも怒ったけどね。この魔法を見たときは、びっくりしたわ」


「水の塊が突然破裂しましたものね。少し、変な音もしましたし、初めは何かと思いましたけど、これを見た今は、納得がいきます」


 サラの言葉を聞いて、フィーレは首を傾げる。


「あら、サラは、ナトリウムが爆発する物だと知っていたの」


 それを聞いた途端、グリアは前かがみになり、同じく前に上体を倒したサラに押しつぶされながら、その背中を小刻みに震わせた。


 ルメはかたずけ始めていた金属製の盥を持ち、体を壁に向けている。


「あの、フィーレ様、実は、、、」


 シナプスが恐る恐る、説明したあと、フィーレは、グリアのベットにうつ伏せになったまましばらく動かなかったのだった。

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