ジャーラ学園 1
「グリア様、もうすぐジャーラに着きますよ」
ヒールは、目の前ですっかり熟睡してる、目の前の少年に声をかける。
イマリの王都を出てから、しばらくは見ていたノートは、今はその胸に抱きしめられている。
どうやら、初めての車に酔ったらしく、途中から座席にもたれ掛かっていたが、ここに来て、溜まった疲れがまとめて押し寄せて来たのだろう。
何度か揺すると、やがて重い瞼を開いて、ここは何処かと、辺りを見回す。
「おはようございます。グリア様、そろそろジャーラが見えて来る頃ですよ。先程も話した様に、街の中には入らず、学園の裏門から入るので、城壁が見えたら直ぐです」
「城壁ってあれだよね。前に、母さんや姉さん達と来た時に見たよ」
グリアが窓越しに見ている方に顔を向けると、確かに白い大きな壁が立っているのが見える。
側に立ち並ぶ民家と比べて見れば、その壁がいかに高いのかが分かる。
この壁を立てたのが、初代イマリ王、ナルタの他にも、このコロア連合内に数々の城壁を築いたその力の強大さが、そのまま、現れる形となり、今なお、コロア連合内でのイマリ王家の発言力は、二大巨頭の一角を占めている。
残るもう一方のナルタ王家は、その発言力を持つに至った、治癒の力を持つ者が、生まれてくる事がここ数代にわたって無く、その血を僅かながら引き、イマリ王家とも遠い親戚に当たり、代々イマリ王家の王子や王女達の世話係や遊び相手を勤めてきた、ヒールの何代か前がその力を発現させた事で、イマリ王家の発言力を増す結果になっていた。
「グリア様、母がグリア様にこれをと」
「ワルマが」
母が自分や、現国王であるシヨネ、フィーレやグリアにも良く作っていたという、キャロットケーキが入った、二つの袋を手渡した。
「こちらは、フィーレ様とサラの分、そしてこちらがグリア様の分との事です。グリア様の方は、向こうでお世話になる、シナプス様と分ける様に言われました」
「分かった。ありがとうって、ワルマにも言っておいて」
グリアが好物を目の前にして、ようやく少し、いつもの元気を取り戻した頃、半日以上かけた旅が終わり、グリアは車を降りて、大きく背を伸ばす。
「さあ、行きますよ」
ヒールは、車の運転手から荷物を受け取って、片手に下げ、もう片方の手でグリアの手を引いて、鉄の門へと歩き出した。両端には、ナルタ王家のシンボルである、稲を咥えた鳥の鉄の像が翼を広げて、二人を迎える。
その門の横に建てられた小さな小屋の窓越しに、ヒールが名乗ると、中にいた兵士の一人が、慌てて迎えてくれて、学園長にも連絡を入れてくれる。
しばらく門の前で待っていると中央に花壇に囲まれた噴水がある、中庭の向こうから、黒いスーツに身を包んだ白髪の男性と、私服にエプロン姿の中年の女性がこちらへと向かって歩いて来た。
「ようこそ、お待ちしておりました。グリア様とそのお付き添いのヒール様であられますな。私は、この学園の園長をさせていただいているナズラ、そしてこちらが、寮母をしていただいている、ルメ夫人です」
「お初にお目にかかります」
ルメが頭を下げるのに習って、ヒールもグリアも頭を下げる。
「こちらこそ。この度は、我が国の王子グリア様の事、受け入れていただきありがとうございます。私は、現在グリア様の教育係のヒール・ゼント・イマリスです。以後お見知りおきを。さ、グリア様も」
つい最近、母から継いぎ、今日で終える事になる役職の名前を、ヒールはそれでも感慨深く思いながら口にした。
「イマリ王国王子、グリア・シヨネ・イマリ・イマリです。これからお世話になります」
グリアはもう一度頭を下げる。
「さあ、兎に角中へお入りください。フィーレ様やヒール殿の妹さんも、今はまだ試験中ですが、後数時間で終わりますので、それまで私の部屋で待ちましょう」
人一人が通るのがやっとな隙間だけを開けていた門の隙間にまずはグリアを通し、後からヒールが通ると、そこに待機していた門兵が、直ぐに金属の擦れる音を響かせながら、そのわずかな隙間を閉めた。
中庭に入って、右手側には、学生達が一日の大半を過ごす校舎がある。
今はまだ試験中である一階の教室の窓から中を覗くと、下級学校四年生、つまりフィーレ達と同じくらいか、少し上ぐらいの歳の子供達が、机に向かって、一心不乱に鉛筆を走らせていた。
「ヒール殿にとっては懐かしい光景ですかな」
自分でも気が付かない内に足を止めていた。
グリアは、ルメ夫人と手を繋いで、学園長の前を歩いていて、その先には、もう一つの校舎の昇降口があった。
設置されている下駄箱の高さから、それが上級学校の物だと分かる。
建物も、下級学校が白いコンクリートで出来た、真四角い三階建ての横長の建物なのに対して、こちらは赤いレンガ造りで、五階から上は、狭くなっていてけれども高さが九階ほどの高さと、少し洒落た造りをしている。
「すみません、私が通っていた学園と比べて、随分と立派なもので、つい見とれてしまいました」
ヒールはグリアの数日分の荷物が入ったカバンを持って走る。
石畳の道を革靴が叩き、乾いた音が中庭を囲む建物に反響して、食堂と思わしき、三階建ての平たい建物からする、軽い金属同士がぶつかり合う音以外しなかった中庭の空気を震わせた。
学園長室は、上級学校の校舎の六階にある二つの部屋の内の一つだった。
隣は、応接室だと言うのだが、覗かせて貰うと、違うのは学園長用のデスクがあるか無いかの違いぐらいで、客人用の黒い革のソファもガラスのテーブルもどちらにも置かれていて、エレベーターから近い、こちらの部屋が選ばれたという事が直ぐに分かった。
グリアは、ここに来てからというものの、学園長のデスクの裏にある窓や、廊下にある窓から、ルメ夫人に抱き抱えられた状態で外の景色を眺め、ルメ夫人は、グリアが指差す物一つ一つが何かを答えていた。
ヒールも、鞄をソファの脇に置いて、窓の外を覗いてみる。
先程鳴った終了の鐘を合図に、下の階や窓の正面の校舎から一気に音が溢れ出し、少し足の早い生徒達などは、下の中庭に出て、食堂やその向こうの学生寮の方へ流れていく。
全九学年の生徒達が、一斉に動き出す賑やかさは、なかなか壮観な眺めだ。
しばらく廊下で、先程までいた中庭をから、動き出して機械的な音を立て始めた、五階より上の階に行くためのエレベーターが、この六階で止まりドアが開いた。
「グリア」
ゆっくりと開くドアを、急かすように手で押して出て来る、黒い制服に身を包んだ女子生徒が、まだ、中庭ん眺めているグリアを見て駆け出した。
グリアも名前を呼ばれて、その姿に気が付き、下ろしてもらって勢いよく駆け出し、その横を駆け抜けると、その背後にいた、もう一人の女子生徒に飛び付いた。
「あら、グリア様、お久しぶりです」
その女子生徒は、グリアの頭をそっと撫でた後、学園長室の方に戻るように促し、手を握って歩き出した。
「なんで、私じゃなくてサラなのよ」
脇をすり抜けられた、先に学園長室の扉にたどり着いた生徒が腰に両手を当てて、鼻で溜め息をつく。
「それは、フィーレ様がいつもやり過ぎるからかと」
サラはグリアに、姉の方に行くように促し、グリアがそれに従って、フィーレに近付くとその身体は抱きすくめられた。
先に部屋に入っていた自分とグリアの救いを求める視線がぶつかり、首をゆっくりと横に振ると仕方がなく、グリアも彼女の背中に手を回した。