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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
99/227

14 できる姉妹

 ノイマン男爵らの下を離れ、中央棟の屋根の北端に寝そべるココアはエルナダ軍を発見した北棟を見下ろしていた。

 城内の探索を済ませた人工細胞をそれぞれ要所に配置し直し、傍らに拳半分程の人工細胞を置くココアは、現在二十五センチ程と随分小さくなっている。

 そして安全確認を済ませたココアは、傍らの人工細胞をその場に残して中央棟から二十メートル程離れた北棟最上部の石塔へと飛翔し、王城と同様に分散して調査を開始する。


 現在ココアのデータベースには、これまでに配置した通信機器の位置と詳細な周辺地図、王城の完璧な見取り図等が作成されている。

 そこへ新たに北棟の詳細な見取り図が中央棟の屋根に残されたマスターコアを格納したココアの本体に作成されていく。


 生体と機械を有機的に結合させるエルナダの最先端技術、人工細胞。

 エルナダでは機械化手術を受けた者でなくとも、その名を知らぬ者は居ない。

 だがそれは、あくまでも肉体と機械を繋ぐツールという認識でしかない。

 そんなツールがAIを搭載された挙句に竜力を浴びて変貌し、遥かに人を凌駕する存在として自律しているとは誰が思うであろう。


 北棟に詰めるエルナダ兵達は、自分達の周りをそんな脅威の存在がその能力を遺憾なく発揮してコソコソ動き回っているなど知る由も無く、仲間達との談笑に耽っていた。


「あーあ、俺も南に配属されたかったぜ……こうも暇だとはなぁ……」

「ぼやくなよ。どうせ向こうも威嚇射撃で終わりだろ? そう大差無えよ……」

「いや、何でも南は内乱らしいって話だぜ? エクト中佐はその為に増援を要請してきたんだろ? なら絶対ドンパチ有るって!」

「それで戦闘になったって一方的に撃って終わりじゃねーか……俺は御免だね」

「確かに戦闘はそうだけどよ……反乱分子を制圧すりゃ、きっとご褒美が有るに決まってんだよ!」

「あー? 捕虜の女目当てかよ、この戦争中毒め……おい、誰か給仕の婆さんの護衛についてやれよ、こいつなら襲いかねねえぞ?」


 広い倉庫の一画で数名の兵士が下品に笑い合うのを、ココアの偵察糸が捉えている。

 建物の見取り図はもちろん、運び込まれた設備や兵士達の会話までもつぶさに拾い集めていくココアは、その最中にヒューンというモーター音の接近を感知、倉庫の入口付近に居た人工細胞で外の様子を伺う。


 倉庫の前にやって来たのは、後部荷台に二十人程の兵士を乗せた中型ビークルであった。

 戦闘用であれば色々と金属のカバー等が取り付けられるのであるが、目の前のそれは簡素なフレームのみでモーターも剥き出しであり、運転席部分に横に長い座席が有るだけで、後部はトラックの様に床板が用意されているだけである。


 ビークルから降りた兵士達が倉庫へと入って行く。


「六分隊、戻って来たぞ~。出発はまだだが、七分隊は用意しとけよ~」

「はぁ、また公爵領に逆戻りか……ローテーション早すぎなんだよ……」

「ぼやくな、ぼやくな。鉱山で憂さ晴らしでもしろよ……」

「魔獣もビビッてもう出て来ねーよ……」


 一人の兵士が声を上げ、倉庫内が少々ざわつきを見せる。


 ココアはその内容から、北棟と城内に分散させていた人工細胞を集め始めた。

 ビークルに取り付いてしまえば目的地まで楽に移動ができる上に、電力を補充する事も可能だからである。


 北棟を探索していた人工細胞がビークルの車体底部に集結し、カモフラージュされたコードを城に向かって伸ばしていく。

 城内に分散していた細胞は城の北側で集結し、壁の隙間からコードを伸ばしてビークルからのコードと結合、更にそのコードに城の屋根から下りて来たココア本体が取り付いて一体化を果たした。

 そしてビークル側の人工細胞は別のコードでバッテリーに取り付き、モーター音が僅かに弱まるのだが、それに気付く者は居ない様であった。


 暫くすると兵士達がビークルに乗り込み始め、ココアはマスターコアを残して行くべきか迷った。

 しかしこの先も順調に通信機器を設置できるのか不明な事と、通信が途切れた場合にビークルに残した人工細胞を無駄に失ってしまう事から、ココアは城側の人工細胞に格納させていたマスターコアをコードを通じてビークル側へと移動させるのであった。










 その日の夕刻、夕食を済ませて自身の天幕に戻ったリュウは、不安そうな顔をミルクに向ける。


「なぁ、ココアからの連絡は?」

「まだです……ご主人様、さっき聞いたばかりじゃないですか……」


 リュウの問いに苦笑いで答えるミルク。

 ここ数時間、ココアからの通信が無い事でリュウの中では少しずつ不安が拡大しているのだった。


「そうだけどさ……ってか、お前は気にならないのかよ?」

「気にはなりますけど、ココアの状況が分からない以上、今は手の打ち様が有りませんよ?」

「でももし、ココアが窮地に陥ってたらどうするんだよ?」

「落ち着いて下さい、ご主人様。実際のところ分かりませんが、憶測でこちらが動いてしまうと却ってココアを危険な目に遭わせる事になりかねませんし、今はココアからの連絡を待つのがベターです……」


 リュウの不安を一つずつ落ち着いて宥めていくミルクだが、ミルクにも不安が無い訳ではなく、それが言葉尻に出てしまう。


「……ベストじゃないのかよ?」

「ベストは……その、もう少し待って下さい……」


 それに気付くリュウの問い掛けを、ミルクは少し困った様に保留してリュウに背を向けてしまった。

 何やらミルクは考え事をしている様にリュウには見えた。


「リュウぅ、ミルクの言う通りだよ……今はココアを信じて待とう? ね?」


 そこへリュウの左腕にくっつくアイスが心配そうにリュウに声を掛ける。


「アイスは心配してないのか?」

「ううん、心配だよ……でもココアはしっかりしてるし、大好きなリュウを悲しませる様な事はしないもん……」

「そっか……」


 そんなアイスにも心配を問うと、アイスはリュウの腕をぎゅうっと抱きしめて答え、リュウはアイスが同じ様に心配している事に安堵した。


「ア、アイスもリュウが大好きだからね?」

「そ、そかそか……」


 だが、アイスが言い忘れたかの様に言葉を付け加えると、リュウは思わず顔を赤らめるものの、腕から伝わる柔らかい感触に口元が緩む。

 そんなリュウをちらりと振り返ったミルクは、僅かに頬を膨らませるものの、すぐに何やら考え事を再開する。


「拗ねるなよミルク~」

「す、拗ねてませんよ……け、計算してるんですから邪魔しないで下さい……」


 リュウに頭を撫でられ、照れた様にリュウの指から逃れるミルク。

 再びリュウに背を向けて計算とやらを再開するミルクであるが、構われた事が嬉しいのか、その口元が緩んでいる。


 一方のミルクに放って置かれたリュウは、アイスの大好きアピールが始まって、デレッと顔を崩しながら器用に冷や汗を掻いている。

 当然その脳裏にはアイスの両親が浮かんでいるのだが、アイスの攻勢を受ける内に次第にその姿が霞み始めていた。


「ふぅ……出来ました、ご主人様……って! 何やってるんですかっ!」


 ミルクが作業を終えて振り向くと、そこには天幕の支柱にもたれて座るリュウが膝の上に乗ったアイスと熱いキスを交わし合っていた。

 にしては、リュウの顔が少々青い感じであるが。


「あ……えへへ……つい夢中になっちゃった……ごめんね、ミルク?」

「ぶはぁっ! い、息くらいさせろ! 殺す気か……」


 ビクッとリュウから体を離し赤い顔で謝るアイスに、殺人級のキスに抗議するリュウ。


「アイス様がお望みなのは分かりますが……そ、そういう事は二人っきりの時にお願いしますぅ……」


 そんな二人を呆れた様に見上げるミルクであるが、アイスを非難するつもりは無い様で、赤い顔で注意するに留めた。


「そ、それで……何が出来たんだ? ミルク」

「ココアから昼間に送られてきたデータのマッピングですぅ……」


 そこへリュウが話題の転換を図り、ミルクはジト目を向けたものの諦めた様に頭を振ってリュウの左腕に飛び移る。


「では、表示しますね?」

「あ、うん……」


 胡坐をかくリュウの膝に乗せた左手の甲からプロジェクターが起動し、中空に映像が浮かび出す。

 それはココアが辿ったにしてはかなり広範囲な立体地図であった。


「わぁ、凄いね……」

「凄えな。たった半日でこれだけの範囲のデータが映像として見れるのか……」

「ココアが送って来た視覚データを元に無理矢理マップ化させたので、実際とは細部は異なります……あと建物の裏側などココアが見れなかった所については、ミルクが勝手に補正処理しました……」


 感嘆するアイスとリュウにミルクが地図の説明をしながら二人を見上げる。

 そして二人が地図に見入ってる様子に、嬉しそうに微笑んだ。

 地図はリュウの手の上、直径三十センチ程の空間にその全容を収めている為、細部が分かりにくいが、ミルクの操作によって王城が中心にスライドし、ズームされると、ワイヤーフレーム化された王城の内部構造までもがはっきり見る事が出来る完成度であった。


「城だけ凄い精度だな……」

「ココアが侵入して隈なく調べた様です。その時の警備状況がこちらです」


 感動する様に呟くリュウの声が耳に心地よく響くミルクは、気を抜くと口元が緩みそうになるのを抑えて説明を続ける。

 データを送って来たのはココアだが、それを一つの三次元化された地図にしたのはミルクの計算のお蔭である。

 ミルクは今、最高に「できるAI」と言っても過言では無いのかも知れない。


 ワイヤーフレームの城の中に、赤い人影が幾つも散らばって表示される。

 各フロアに二十人程の赤い人影が通路や階段、部屋の入口などに分散して配置されており、一階の城の入口脇の部屋には十数人が詰めている様だ。


「うお……敵の配置まで丸見えじゃん……」

「それだけじゃありませんよ、ご主人様!」


 嬉しそうなリュウの声に、つい抑えきれず声が弾んでしまうミルク。


 城が縮小され、庭園などの警備状況も小さいながら手に取る様に見える。

 すると地図がくるりと回って城の北側が手前に表示され、城に比べると随分と小さな建物がズームされ、内部状況が明かされる。


「こんなに小さい建物にえらく詰めてんな……」

「ご主人様、これが現在王都に配置されているエルナダ軍です」

「えっ!? マジで!?」


 怪訝な顔をするリュウにミルクの説明がなされ、リュウの声が大きくなる。


「ココアはここまでのデータを送った後、エンマイヤー領に向かいました。この状況がいつまで続くか分かりませんが王都奪還の材料にはなると思います……ココアの報告に基づくならクーデターに大義名分も無い様ですし、戦力さえ集められるのならばエルナダ軍をあまり気にする事無く、王城周辺を取り戻せるかも知れませんね……」


 予想通りのリュウのリアクションに、ミルクは声が弾みそうになるのを抑えて今後の展望を話し、最後にリュウを見て微笑んだ。


「じゃあ、後はココアが何とかロダ少佐とドクターゼムの情報を掴んでくれたら……って事だよな?」


 そのミルクの「できるAI」っぷりにリュウの目が輝いている。

 今のリュウは「待て」を解かれた犬の様である。


「はい、その通りです。当初の懸念は無い様ですし、お二人の安全が確保されるのであれば、ご主人様をお止めする理由はミルクには有りません。その時の為に不安材料は有りますが、準備は進めておいても良いかと思います――ッ!!」


 そんなリュウのぶんぶん振られる尻尾が見えているのかは知らないが、ミルクはエルシャンドラやリーザから学んだ慈愛の笑みをもって、リュウが王家や親衛隊に加担する事を了承する。

 が、ミルクの描く「できるAI」っぷりは少々効き過ぎた様だ。


「んー! 凄いぞミルク! ココアも後で褒めてやらないとな!」


 リュウの左腕に乗るミルクは、リュウの右手に掴まれるや否や頬に熱いキスを受けて思考停止寸前に陥っていた。

 リュウが何を言っているのか良く聞き取れず、ただただ真っ赤になってしまうミルクだったが、リュウの指をきゅっと抱きしめて湧き上がる歓喜を噛みしめている様だ。


「ミルク、偉いね! んー!」

「えっ!? は、はわわ……あ、ああ、あり、がと……ござい……ますぅ……」


 そんなミルクに今度はアイスが反対側の頬にキスし、目を真ん丸にして驚いたミルクは、更に顔を真っ赤にして小さくなってしまう。

 リュウからは褒めて貰えるかも、などとちょっぴり考えていたミルクではあるのだが、まさか創造主たるアイスからもキスされるとは思いもしなかったのだ。


 その後、急遽主要な人物がリュウの天幕へと集まって、立体地図を元に様々な意見が交わされる事となる。

 その中でもミルクは事あるごとにリュウとアイスによって持ち上げられ、散々照れる羽目に陥るのだが、皆が去り、リュウとアイスに挟まれて眠る頃になると再び湧き上がってくる嬉しさを、何度も何度も噛みしめるのであった。

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