11 ココアに芽生えるもの
ノイマン男爵領の町、リーブラの北門では六名の騎士が閉ざされた門の警備を任されており、二名ずつ交代で外の見張りを行っていた。
そして門の脇にある門番詰所には交代要員の二名が待機しており、残る二名は休憩を取っている為、この場には居ない。
ココアの入る熊のぬいぐるみを抱いたミリィとリックは、ココアの言に従って北門へとやって来ていた。
そんなココアは通信でリュウに親衛隊長のゼノ・メイヤーを呼び出してもらい、ゼノからのアドバイスに沿って行動していた。
『上の二人は面識が無いな……他の者を当たってみてくれないか?』
『了解ですぅ!』
ミリィの腕の中で、ココアは視界をズームさせて石垣の上の騎士達を捉えると共に、その映像をリュウへと送っていた。
そしてリュウの天幕ではその映像をミルクが手のひらサイズ程のモニターで映し出しており、ゼノがそれを見てココアに指示を出しているのだ。
リュウから、既にココアがリーブラの町に居ると聞かされ大層驚いていたゼノであったが、リュウとココアから説明を受けるとすぐに冷静さを取り戻し、目の前に掲げられたモニターを食い入る様に見つめていた。
「リック、お願いね!」
「うん! 分かった!」
事前の打ち合わせ通りにリックが詰所へと向かい、詰所の壁に立て掛けてある棒を手で払う。
そこには棒だけでなく、槍や盾なども立て掛けてあった。
それらはかつて王都で起きたヴォイド教による襲撃事件を境に、騎士のみならず領民達でも身を守れる様にと各町に置かれる事になった物である。
リックに払われた棒が隣りに立て掛けてある物を次々に倒してしまい、ガランガランと喧しい音を立てる。
リックがすぐにその一つを手に取り壁に立て掛け始めると、詰所の扉が勢いよく開いて二人の騎士が飛び出して来た。
「どうした!? 坊主、大丈夫か!?」
「ごめんなさい! 足を引っ掛けちゃって……」
「そうか、怪我は無いのか?」
「はい! 無いです!」
「そうか。後は我々がやるから離れていなさい。ここには武器も有るから、あまり近付いてはいかんぞ?」
「はい、ごめんなさい……」
二人の騎士がリックに声を掛けながら、手際よく倒れた物を片付けていく。
そんな様子を少し離れた所から、ミリィの腕に抱かれたココアがズームで観察しつつ映像をリュウに届けている。
『左の男は副団長のハンス・ブルーノ。彼なら信用できるし、話の分かる男だ』
『分かりました、ありがとうございますぅ!』
「ミリィちゃん、左の騎士さんにお願いね?」
「う、うん! 分かった!」
ゼノの説明を聞いてココアがミリィにお願いすると、ミリィはやや緊張した面持ちではあるが、元気よく返事をしてハンスの元へと向かった。
「あのぅ、騎士さん……」
「ん? 何だい、お嬢ちゃん?」
片付けが終わり、声を掛けられ振り返るハンスは、ミリィを見るとしゃがんで目線を合わせた。
「えっと、騎士さんにお話があるの……」
「そうか……クラウス、先に戻っててくれ」
可愛らしい来訪者に目元を和らげるハンスは、ちらりと部下に目をやって詰所へと促した。
クラウスと呼ばれた部下は素直に従い、扉を閉めかけてニヤリと笑う。
「了解です。しかし副団長モテますねぇ……奥さんに言ってやろ~」
「ば、馬鹿野郎……っと、済まんなお嬢ちゃん。で、話って何だい?」
部下の軽口に思わず普段の口調で怒鳴りかけるハンスだったが、ミリィが居る事を思い出して慌てて笑顔に戻った。
「騎士たる者、常に領民には優しく接せよ」というのはノイマン騎士団の代々の教えなのである。
「えっとね、ゼノ隊長がお話が有るって……」
「ゼノ隊長? ッ! ゼノ・メイヤー親衛隊長の事か!?」
そんなハンスの笑顔はミリィの言葉に掻き消され、目が真ん丸になった。
捜索中の重要人物の名前を、まさかハンスも五歳の女の子から聞くとは思いもしなかったであろう。
「えっと……こっち!」
「お、おいおい……」
そしてミリィがハンスの手を取って駆け出し、ハンスは手を引かれるに任せて中腰で付いて行くのであった。
ハンスはミリィに連れられて、広場の脇に有る大きな倉庫の裏へとやって来ていた。
その後ろにはリックも追い付いて来ている。
「え~っと……あ、有った! あれだよね?」
ミリィは倉庫の裏に生える木々を見渡し、一本の木の根元に置かれてある箱を見付けると、嬉しそうに近付いて行く。
それは、まだ日が昇らない内にココアが木の上に隠しておいた残りの人工細胞であり、マスターコアが格納されたココアの本体でもあった。
ココアはぬいぐるみの中のココアとは別に自身で木を降り、箱へと姿を変えたのである。
そのシンプルで大きな宝石箱みたいなココアの本体の前にしゃがんだミリィは、ハンスの手を離すと、そっと箱の蓋を開いた。
「あれ? 何も無いよ?」
箱は何の窪みも無く、ただ蓋が開いただけであった。
何かが入っていると思っていたミリィは、ぬいぐるみの顔を耳に当てるとハンスに振り返った。
「えっと、この蓋のところを見てくださいって!」
ミリィはココアに言われたままをハンスに告げると、箱から離れてリックの横に並んだ。
ハンスは子供のままごとに付き合わされている様な感覚であったが、ミリィの言う通りに素直に従った。
何故なら先程ミリィが口にした「ゼノ隊長」という言葉は、それ程に違和感の有るものだったからだ。
「これでいいのかな? ――ッ!?」
箱の前に屈むハンスの笑顔が再び掻き消される。
それもそうだろう、開かれた鏡の様に平らな蓋の裏が発光し、「ゼノ隊長」が映し出されたからである。
「驚かせて済まない、ブルーノ副団長。私だ、ゼノ・メイヤーだ」
「メ、メイヤー親衛隊長……こ、これは一体……それにあなたは今どこに……」
「落ち着いて聞いてくれ、副団長。その前に……子供達に少し離れる様に言って欲しい」
「わ、分かりました。少し待って下さい……」
困惑するハンスであったが、映し出されるゼノに静かに語り掛けられると落ち着きを取り戻し、言われるままにミリィの下へ行って銅貨を握らせると買い物を頼んだ。
「済まないな……王家の方々も我々も皆無事だ。場所は詳しく教えられないが、逃げ延びた先で我々は妖精に出会い、助けられ、今こうして話しているんだ」
「妖精……ですか……まるでおとぎ話ですね……」
俄かには信じられない様な話であるが、ハンスは余程信頼しているのかゼノの次の言葉を待つ。
「それよりも聞きたいんだが……我々が脱出して半月、何か動きは有ったか? 粛清されたりしている者は居ないか?」
「いえ、特には何も。というか、我々にも詳しい情報は入って来ないのです……捕らわれたノイマン男爵やフォレスト伯爵については、最近になって団長が面会していますので一先ずは安心です。ただ部下の報告ではエルナダ軍は随分と数を減らしているとか……どうやら連合王国方面に出向いている様です……」
そしてゼノの質問に偽りなく自身の知る情報を提供するハンスに、ゼノは納得して頷くと、姿勢を正した。
「そうか……ブルーノ副団長、済まないが君に頼みが有る」
「何でしょう?」
「そちらに一人、ココアという名の妖精が居るはずなんだ。彼女が王城の詳しい情報を集めてくれる。何とか手助けしてやってくれないか?」
「手助けですか……しかし、どうやって……」
騎士の誰もが一目置くゼノの頼みにハンスは出来る事なら応えたいとは思うのだが、会ったことも無い相手、しかもそれが妖精となると、さすがに困惑した。
「詳しい事情は彼女から聞いて欲しい。彼女は優秀だ……全てを任せて問題ない。この通りだ……頼む」
「分かりました。しかし私は立場上、ここを動けません。代わりに優秀な部下を付けましょう……それで納得して頂けますか?」
しかしゼノから頭を下げられると、ハンスも応えない訳にはいかなかった。
ただハンスには副団長と言う肩書の為に自由に動く事は叶わず、最も信頼する部下に想いを託す事にした。
「君が言うんだ、さぞ優秀な部下なのだろう。よろしく頼む……」
「分かりました。出来る限りの事はさせて頂きます」
「子供達が戻って来た様だ……それでは私は失礼する……」
ゼノとの通信を終えたハンスが蓋を閉じて箱を手に取り振り返ると、ミリィとリックが駆け寄って来ていた。
「あー、終わっちゃったんだ!?」
「騎士さん、これ……」
リックは閉じられた箱に残念そうな声を上げ、ミリィは頼まれたアメが入った袋を差し出した。
「いいんだよ、それは全部君達の物だよ」
「本当!? やった!」
「あ、ありがとう騎士さん!」
だがハンスの言葉にリックは表情を一転させて喜び、ミリィも頬を薄っすらと赤くして礼を言い、袋からアメ玉を二つ取り出すと一つをリックに渡して笑顔で口に放り込んだ。
アメ玉を笑顔で頬張る子供達を見てハンスも笑顔になるが、わざとらしく思い出した様に表情を変えると本題を切り出す。
「そうだ、君たちは妖精を知っているかい? ココアと言う名前なんだが……」
「えっ、どうして騎士さんが知ってるの!?」
「ばっか、ミリィ! 言っちゃダメ――」
「いいのよ、リック! この騎士さんは味方なの!」
ハンスに問われ、目を真ん丸にするミリィを咎めようとするリックだったが、第三の声がそれを遮りハンスをぎょっとさせた。
何故ならその声の主はリックの方を向いて手を挙げる、ミリィの腕に抱かれる熊のぬいぐるみだったからである。
「い、いいの? ココアちゃん……」
「大丈夫よミリィちゃん! ココア一人じゃこの箱を運ぶの大変だから、騎士さんにお手伝いしてもらうの!」
ミリィが途端に心配そうな表情になって熊のぬいぐるみに問い掛けると、その背中からココアが姿を現しながら、ミリィの心配を吹き飛ばす様に明るく答えてハンスの目の前へと羽ばたいた。
「ハンス・ブルーノ副団長、ココアと申します。よろしくお願いしますぅ!」
「あ、ああ……こちらこそ……へ、陛下の――ッ! す、済まない……」
ココアが空中で明るくハンスに挨拶するも、事前に知らされていたにも拘らず驚いてしまったハンスはつい口を滑らせかけ、口元に人差し指を立てるココアを見て慌てて口を噤んで謝った。
「ココアちゃん、行っちゃうの?」
そんな中、ミリィの寂しそうな呟きをココアの耳が拾う。
「ミリィちゃん、そんな寂しそうな顔しないで……ココアはね、向こうのお山に用事が有るの」
ココアはミリィの前にすっと移動すると、ミリィの顔色を伺いながらふわっと事情を説明する。
「また……会える?」
僅かに潤むミリィの大きな瞳が真っ直ぐココアを見つめている。
その時、ココアは小さな何かがチクリと胸に刺さった様な気がした。
「もちろんよぉ! 用事を済ませたらこの町を通って帰るんだし、ミリィちゃんとリックに会わずに森に帰ったりしないから! あ! でもぉ、ココアは涙は苦手だから、泣いてると会いに来ないぞぉ?」
なのでココアはわざとらしく大きく胸を張って見せ、コミカルな身振り手振りで再び戻って来ると告げ、最後に悪戯っぽく笑って見せた。
「う、うん!」
「約束だぞ!」
ゴシゴシと服の袖で目を擦りながらミリィが大きく頷くと、リックは少し赤い鼻を指で擦りながら怒った様な口調で約束を口にする。
「うん、約束!」
そんな可愛らしい二人にココアは笑顔で答えると、ミリィとリックの頬にキスをして、ハンスが手に抱える箱の上へと降り立った。
「では副団長さん、お願いします」
「分かった。それじゃあ失礼するよ、ミリィちゃん、リック君」
ココアの合図で、ハンスはミリィとリックに別れを告げてその場を後にする。
ココアはちらりと子供達に目を向けるが、ハンスの体に遮られて子供達を見る事が出来なかった。
声を掛けて泣かれるよりはいいか、と思うココアであったが再び胸がチクリと小さく痛む。
「ミリィちゃん、リック! ありがとう! またね!」
衝動的にココアは箱からハンスの肩へと飛び上がり、ミリィとリックに笑顔で大きく手を振っていた。
「ココアちゃん、待ってるからね~!」
「きっとだぞー!」
するとミリィとリックが待ってましたとばかりに手を振り返し、ココアを笑顔で見送った。
それを見るココアの胸は温かく、気付けばいつまでも手を振っていた。
ココアの姿が見えなくなるとリックは無言でミリィの手を握り、ぎゅっと力を込める。
そんなリックにミリィが笑顔でコクリと頷くと、二人は手を繋いだまま我が家へと駆けて行くのだった。
次回はココアが活躍できると良いなぁ…
書き貯めが無いのでどうなる事やら(笑)
ともあれ、次回もよろしくお願いします。




