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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
95/227

10 小さな協力者

 翌早朝、リュウ達はまだ薄暗い内に天幕を出て北中央山脈の斜面を尾根まで上がると尾根伝いに北上していた。


「それにしてもさ、なんで俺はアイスみたいに飛べねーんだろ? いちいち翼を出してたら目立ってしょうがねえよ……」

「えー、格好良いじゃないですかぁ?」

「言われてみれば、そうですよね……何が違うんでしょう? アイス様、分かりますか?」

「分かんないよぅ……でもリュウは最初からコアを持ってた訳じゃないから、その辺の違いなのかなぁ……」


 ミルクとココアを肩に乗せて雑談混じりに黒い翼で尾根を飛ぶリュウと、淡い光に包まれて飛ぶアイス。

 リュウ達は天幕から通信中継機器を設置しつつ、飛行による移動を繰り返していた。


「出会いの森の北端が見えてきましたね……そろそろノイマン男爵領でしょう。ご主人様、この辺りが最適だと思います」

「ん、了解!」


 ミルクの声でリュウ達は何度目になるのか、尾根へと降り立った。

 尾根から東へ見下ろすと山裾に左右に走る街道とその奥に森が広がっている。


「ここが良いかな……ココア、後は任せるわよ?」

「もちろん、姉さま」


 ミルクが大木の幹に通信機器を設置する。


「よしココア、ミルクに必要量だけ置いて、残りの人工細胞全部持って行け」

「え、そんなには……」

「いいから。有って困るもんじゃないだろ?」

「あ、ありがとうございますぅ……」


 そしてリュウから想定以上の人工細胞を譲り受けるココアは、身長七十センチ程の大きさになる。


「こんなに大きくなれるのか、結構な量入ってたんだな……」

「何だか変な感じだね~」


 大きくなったココアを見て感心した様に呟くリュウと、少し戸惑うアイス。


「ミガルさんの工房で結構補充しましたからね……でも良いんですか? これだと電撃かニードルガンくらいしか使えませんよ?」

「なぁに、当面は狩の必要も無いだろうし、それまでにはココアも帰って来るんだから、大丈夫だって……」


 ミルクが随分と減ってしまった人工細胞に不安そうな声で問い掛けるのだが、リュウは自身に言い聞かせる様に明るく答えた。


「そうですよ姉さま。ココアは絶対情報を手に入れて帰って来ます!」

「う、うん……でも絶対油断はしないでね!?」

「はい、姉さま!」


 それにココアも明るい声でリュウに続くとミルクは瞳を潤ませかけたのだが、姉らしく注意を促し、ココアは苦笑いを堪えて元気よく答えた。


「ココア、情報も大事だけど、まずは自分の安全が第一だぞ?」

「ココアぁ、無茶はしないでね?」

「はい! ご主人様、アイス様。二日目以降は通信回数が減るかも知れませんが、安心して待ってて下さい! では、行ってきまーす!」


 そして、リュウとアイスから念を押されるココアは元気よく返事し、にっこりと微笑むと実にココアらしくあっさりとその場を後にする。


 ココアはリュウ達が見守る中、北に向かいながら斜面を東へと下って行く。

 彼女が向かう先には、斜面中腹から突き出た大きな岩が有った。

 ココアは岩に辿り着くと突き出た岩の下面に通信機器を設置し、ミルクが最後に設置した機器との通信が良好なのを確認すると翼を広げ、更にその先へ飛翔する。


 ココアの姿が斜面に隠れて見えなくなってもリュウ達は暫く尾根に留まっていたが、東の空が明るくなり始めると早々に尾根を下り、森を抜けて野営地へと戻って行くのだった。










 北中央山脈とその北端からやや南へ下りながら東へと伸びるヘルナー山脈の裾野を切り開いて作られたマーベル王国は、国王直轄領を含め五つの領地で構成されている。


 一番西には北中央山脈の裾野の森を南北に、山脈の半分以上という長さで統治しているフォレスト伯爵領。


 その隣には北はヘルナー山脈を背に、南は北北東から東へ向きを変えた街道の南端まで、およそフォレスト伯爵領の半分程の長さで国王直轄領、エンマイヤー公爵領、ゴーマン男爵領が西から順にヘルナー山脈の半ばを越えて統治している。


 更にその三つの領地を下から支える様に、フォレスト伯爵領からゴーマン男爵領の南東端までを統治するのがノイマン男爵領である。


 ノイマン男爵領はフォレスト伯爵領に次いで二番目に大きな領地ではあるが、その大半は森であり、王都に近い北端の森を切り開いた町と領地東端の湖に村が有るのみで、領民は東で農業を営むか森で狩猟を営む者が大半であった。


 ノイマン騎士団はそんな領民を森からやって来る害獣から守る事が普段の職務なのだが、クーデターの起きた現在では西の街道にその大半を割き、気の進まぬ王家捜索に当たっていた。


 そんなノイマン男爵領唯一の町であるリーブラでは、領民を守る騎士達が随分と減ってしまい、狩猟に出られない者達は装備の手入れをしたり、普段出来ない家の修理や雑事などをして過ごしていた。

 いつになれば元の生活に戻れるのかを不安に思う大人達であるが、普段仕事で居ない父達が居るというだけで笑顔で走り回る子供達の姿には、ついつい笑顔にされてしまうのであった。


 周囲を三メートル程の石垣で囲まれたリーブラの町は、四方に大きな門が用意されてはいるが、今はどれもが閉ざされており、数名ずつの騎士が待機しているだけであり、通路になっている石垣の上部を何組もの子供達が走り回っていた。


「待ってよ、リック~!」

「しーっ! 大きい声出すなよ、ミリィ! 父ちゃんにバレるだろ!?」


 西門に近い石垣の通路への階段を、ぬいぐるみを抱いた五歳くらいの女の子が危なっかしい足取りで上っている。

 名前を大声で呼ばれた同じ年頃の男の子は、思わず身を屈めて口元に人差し指を立てて、器用に声を殺しつつ叫び返している。


 見張り台を兼ねた石垣の通路は普段は騎士達が交代で常駐しており、万が一の為に子供達は上る事を許されなかったが、門の見張りしか居ない今では町の子供達の新たな遊び場となりつつあった。

 そして今もまた、両親の目を盗んで可愛らしいカップルが新たな世界へと足を踏み入れているのだった。


「リック~、大丈夫ぅ?」

「大丈夫だって! こんな塀くらい……んぎぎぎぃ~」


 ぬいぐるみを胸にぎゅっと抱きしめながら、心配そうな声を掛けるミリィに、隣の家のわんぱく坊主リックが木箱を足場に通路の塀によじ登ろうとしていた。


「い~けないんだぁ~、大人の人に言い付けちゃうぞぉ?」

「ッ! うわわわっ! 痛ってぇ……」

「リック、大丈夫!?」


 そこへ笑いを含んだ女性の声が掛かり、驚くリックが手を滑らせて木箱を蹴飛ばして尻もちを付いた。


「だ、誰だよ!?」

「あれっ!?」


 赤い顔のままに振り返って憤慨するリックと、振り返ったのに誰も居ない事に驚くミリィ。


「どこ見てるの? ここよ、ここ!」

「ええっ!?」

「わぁ~!」


 そんな二人の頭上から笑い声が掛かりリックは目を真ん丸にして驚き、ミリィはキラキラとした瞳を向けた。

 そこには妖精らしく見せる為か、ふんわりとした白のワンピースに身を包んだ普段の十五センチ位のココアがふわふわと滞空していた。

 ただし翼だけは慣れ親しんだ蝙蝠風の翼である。


「よ、妖精だ……」

「本当に居たんだぁ! 初めまして、私ミリィ!」

「ミリィちゃん、よろしくね! ココアよ!」


 ぽかーんと口を開けているリックに対してミリィは目を輝かせて自己紹介をし、ココアはミリィの目の前へと移動するとにっこりと微笑んだ。


「コ、ココアちゃんはどこから来たの?」

「遠くの森から遊びに来たの! でも、大人が多くて捕まっちゃいそう……」

「しょーがないよ……今、父ちゃん達は仕事に行けないんだから……」


 おずおずと尋ねるミリィにココアは明るく返事をし、次いで不安そうに答えるとリックが少ししょんぼりとした様子で応じる。


「大丈夫! 私の部屋ならお母さんもそんなに入って来ないもん!」

「じゃあ、ミリィちゃんのお部屋で休ませて貰おうかなぁ~」

「うん!」

「え、ちょ、ちょっと待ってくれよ~」


 だがミリィが明るい声で提案しココアがそれに同調すると、二人はさっさと階段を下りて行ってしまい、リックは慌てて二人の後を追うのであった。










 ココアはミリィの家の二階に有る彼女の部屋に案内されると、窓際のミリィのベッドの脇に腰掛け、床に座るミリィとリックに向き合って話をしていた。


「ふーん、王様どこかに行っちゃったんだ?」

「そうなの……お父さんはお城に悪い人が来て、王様達は少しの間だけ用心して逃げてるんだって言ってたの……だから悪い人が居る間は、お父さん達も危ないからお仕事に行けないって……」

「うちの父ちゃんは、悪い奴らが凄く強くて公爵様が盾になって王様達を逃がしたんだろうって言ってた……でもさ~、前に公爵様がこっちに来た時、公爵様の方が悪い奴らより偉そうだったんだよなぁ……」

「リックは悪い奴ってどんな人達か分かるんだ?」

「そりゃ分かるよ。だって騎士とは格好が全然違うしさ、腕も変だし、頭に何か付けてるし……」

「そうなんだ……二人は王様好きなの?」

「王様はよく分からないけど、王女様は大好き! とっても綺麗で優しいの!」

「王様も優しいんだぞ! 王子様は格好良いしさ~!」

「そっかぁ、早く王様が戻って来るといいね!」

「「うん!」」


 何気ない会話からココアに誘導されて、ミリィとリックは父達から聞かされた現在の状況を話していた。

 それによってココアは、領民達にまでは細かい事情が知らされていない事を理解すると共に、エルナダ軍は王を追いやった悪者として認識されている事に安堵していた。


『ご主人様ぁ、聞こえていましたか?』

『ああ! ばっちり聞こえてた! どうやら余計な心配はせずに済みそうだな……ココア、引き続きよろしく頼むな!』

『はい! お任せ下さい!』


 そしてココアは通信回線をオープンして今のやり取りをリアルタイムで聞かせていたリュウと短く話すと、ミリィ達に再び話し掛ける。


「ねぇねえ、ミリィちゃんは騎士とか見た事あるの?」

「騎士? うん、いつも門の所に居るよ?」

「ココアは見た事無いんだけど、こっそり見に連れて行ってくれない?」


 ココアはミリィ達の話から彼女達の両親に話を聞いたとしても同じ様な情報しか得られないだろう、と両親との接触を中止して、ノイマン騎士団との接触に方針を変更する。


「うん、いいよ! でも……このまま行ったらココアちゃんが見つかっちゃう……どうしよう?」


 ミリィはココアの頼みを快諾したものの、どうやってココアを連れて行くかに困った。


「そうね……これならどう?」


 するとココアはベッドの枕元に転がっていた、背中が少し破れてしまっている小さな熊のぬいぐるみの中に潜り込む。


「わぁ! うん! それなら見つからないね!」

「へぇ~、面白い!」


 熊のぬいぐるみがよろよろと立ち上がる姿に、ミリィもリックも満面の笑みを溢し、ミリィは今まで抱いていたお気に入りのうさぎのぬいぐるみを枕元に置くと、熊のぬいぐるみをそっと腕に抱いてリックと共に再び外へと向かうのだった。

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