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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
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09 ココアの決意

 一度自分の天幕に戻ったリュウは、再び王家の天幕を訪れていた。


「これが問題になった首飾りか……確かに紋章が有る……」

「なんと美しい宝石か……しかもこれ程の大きさとは……」


 リュウが取りに戻った治癒の竜珠を見て、レオンが納得した様に頷き、レントは竜珠自体に見入っている様子だ。


「それで、リュウはこれをどこで?」

「この地に飛ばされる前に貰ったんですよ……星巡竜から……」


 レオンに尋ねられ、リュウはレオンの顔色を伺いながら答える。


「ど、どういう事だ!? じゃあ……リュウとエルナダ軍は共に星巡竜の庇護下にありながら戦っている、という事なのか?」

「いえいえ……エルナダ軍に味方している星巡竜とは敵対してますよ。俺にこれをくれたのは別の星巡竜です」


 するとレオンがリュウの予想した通りの反応を見せ、リュウは苦笑いしながらも彼らの知らない真実に言及する。


「別の!?」

「詳しく聞かせてくれんかね?」

「分かりました……けど、ここだけの話という事でお願いしますね……」


 そうしてひそひそとリュウから語られる内容に、同じくひそひそと質問を重ねていく国王と王子なのだったが、すぐにその表情が驚愕に変わっていく。


「あの少女が……確かに稀に見る美しさだと思っていたが……まさか……」

「それは是非にもお目に掛からねばならんのう……リュウ……いや、リュウ殿……アイス様に合わせては頂けぬか?」


 リュウから話を聞かされて、レオンが何度か見掛けたアイスを思い出して呆然と呟き、レントは先程までの表情を明るく変え、姿勢を正してリュウに尋ねた。


「あ~、やっぱりそういう対応になってしまいますよねぇ……」


 レントに真剣な眼差しを向けられ、リュウはポリポリと頬を掻いた。


 絶望的だと思われていた状況が、実は敵対する勢力が居る……その結果如何では危機的状況を回避できるとあれば当然の事だろう、とリュウも思う。

 だが、リュウとしてはアイスが祭り上げられる事は避けたかった。

 それは、気味の悪いヴォイド教と近づきたくないとの思いも有ったが、単純に堅苦しい思いをしたくなかったのである。


「出来ればアイスの事に関しては、お二人も知らないフリをして貰う訳にはいきませんか? 」

「何故かね?」


 提案を切り出したリュウにレオンと顔を見合わせ、理由を尋ねるレント。


「いやぁ、折角みんなとも仲良くなれたのに星巡竜だと知れる事で余計な気を使われたり、アイスに疎外感を感じさせたくないなぁと思って。確かに凄い力を持ってはいますけど、まだ十五才の女の子なんで……なるべく普通に過ごさせてやりたいんです……」

「ふうむ……」

「それに俺についてもこれまで通りにリュウと呼んで貰えると有難いです……実は魔人族の方でもリュウ様とかリュウ殿と呼ばれて照れるというか……落ち着かない感じなんですよね……」


 なので、リュウはその理由を率直に述べるのだが、自分の事になると僅かに顔が赤くなってしまい、苦笑いを溢した。


「なるほど……では、このまま何もせぬ方が良いか……」

「済みません、勝手なお願いで……ヴォイド教なんかに知られると非常に面倒そうですし……」

「それは確かにそうだな。しかし知っておきながら知らぬふりというのも中々難しそうではあるな……」

「え~、そこはお二人の演技力に期待させて下さい。というか、他の女の子と同じ様に接して貰えたらいいので……よろしくお願いします」


 こうして国王と王子を困惑させながらも自分達の説明と今後のお願いを終え、リュウは王家の天幕から自身の天幕へと戻って行った。


「ふぅ……ただの興味本位で始まった話が、何とも凄い話になったものだ……」

「はい……少し冷静になって考えてみようと思います……」


 リュウが去り、レントが深くため息を吐いて呟くと、レオンも疲れた様に頷き、自身の考えの甘さを反省するかの様に頭を下げた。


「そうだな……私も今一度、よく考えてみねばなるまい……」


 そんなレオンに微笑みながら頷くレントは、何かを決意したかの様にリュウの去った入口を見据えて呟き、レオンと共に仕切りの奥へと戻るのであった。










「おかえり、リュウぅ!」


 天幕に戻ったリュウは、帰りを待ちわびていたアイスにいきなり抱き付かれて、デレッとその表情を崩した。


「お帰りなさい、ご主人様ぁ」

「お疲れ様ですぅ」

「ああ、ただいま」


 アイスを腕にぶら下げたままでミルクとココアに挨拶を返すリュウは、どかっと床に腰を下ろすと国王との話を聞かせるのだが、アイスはにこにこと嬉しそうにリュウの左腕に縋りつくのみで聞いているのか非常に怪しい。


「なるほど……結局のところ、エルナダ軍が居る限りクーデターの鎮圧は難しそうですね……」


 そんなアイスを微笑ましく見ながらも、ミルクがリュウに応じている。


「だよなぁ……だけどマジでロダ少佐とドクターゼムがこっちに居たとしたら、先に見付けておかないと戦闘なんて無理だよな……」

「えっ? ご主人様、エルナダ軍と戦われるのですか?」

「へ? なんで? エルナダ軍を何とかしねーと、みんな帰れないじゃん?」


 だが続くリュウの言葉に驚いた様なミルクの問いに、リュウは何かおかしな事を言っただろうか、とミルクに聞き返した。


「あの、ご主人様……ロダ少佐とドクターゼムの消息を知る事と王家の皆さんが国を奪還する事は別の問題だと思うのですが?」

「え……だけどさ、事情を知っちゃったら放っておけねーだろ? ミルクは反対なのか?」

「いえ、そうじゃありません。ミルクはドクター達の捜索、発見した場合の対処だとばかり思っていたので……それにクーデターに対しては情報が少ないので、どこまでご主人様が介入されるのか、それも確認しておきませんと……」

「介入……あー、そっか、俺達って部外者なんだな……じゃあさ、ドクター達が居ないと分かるか、見付けて保護出来たら、こっそり裏からエルナダ軍を倒して行けばいいんじゃね?」


 話す内にミルクの言わんとする事が分かったリュウは、ミルクが困らない様に優先順位を付けて大雑把過ぎる方針を話してみるのだが、ミルクの表情は呆れた感じである。


「ご主人様……エルナダ軍は二個中隊以上の兵力なんですよぉ? 人数で言えば、八百名くらいは居ると思われます。それをこっそり倒していくなんて事は不可能ですぅ……」

「い、いや、言葉の綾じゃん……ドクター達を探す時にエルナダ軍の情報だって入るんだから、その都度作戦を練っていくしかねーだろ?」


 ミルクにジト目を頂戴するリュウは、言い訳しつつ言い直してみる。

 だが本当の所はこっそりやれると思っていた為、顔が赤い。


「方針は理解しました。ですがご主人様、一つ宜しいですか?」

「な、なんだよ?」


 そんなリュウにしょうがないなぁ、という表情のミルクだが、すぐ真面目な態度でリュウに伺いを立て、リュウは赤い顔のまま応じた。


「ご主人様はクーデターを企てたエンマイヤー公爵がエルナダ軍を味方にしているというだけで、王家の方々に味方しようとしていませんか?」

「え……そりゃそうだろ……」


 ミルクに質問され、きょとんとした表情を見せるリュウは、それが何かおかしい事だろうかと少々不安気に答える。


「ご主人様、エルナダ軍はヨルグヘイムの手先と見て間違いないと思いますが……エンマイヤー公爵は悪い人なのですか?」

「は!? そりゃ悪いに決まってんだろ……国を奪おうとしてんだぞ?」

「でも、その方が国にとっていい事だったらどうしますか?」

「えっ!?」


 そして想像もしなかったミルクの問いに驚き、今更何を言うんだと憤慨しそうになるリュウなのだが、更なるミルクの問い掛けには本当に驚いてしまい言葉を失ってしまった。


「例えばですけど、現在国民達は苦しんでいて、実は公爵がクーデターによって国を救おうとしている、そして国民達もそれを望んでいる、という状況だったらどうしますか?」

「そんな事……有り得るの……か?」


 更に仮定だと前置きしつつ問い掛けるミルクの言葉に、リュウはその可能性を否定できない事に呆然と呟く。


「ご主人様は今、国王側の情報のみで、今回のクーデターを画策したエンマイヤー公爵側の情報は有りませんよね? なのに一方の情報のみを鵜呑みにして行動してしまうと騙されていても気付けませんし、簡単に利用されてしまいます。ですのでご主人様にはもっと広い視野で判断して頂きたいと思うのです……」

「お、おう……」


 固まるリュウにミルクが話の意図を明かして優しく微笑むと、リュウは短く返事するものの、その顔は再び赤くなっていた。


 リュウはミルクが自分などより遥かに賢いと思ってはいるが、実際に言われてみないと気付けない自分が少々恥ずかしかったのだ。

 その上、手のひらサイズの少女に諭される自分という構図も恥ずかしさに拍車を掛けていた。


「姉さま、大丈夫ですよ。ココアがしっかりと情報をご主人様にお届けしますから!」


 そんな中、今まで黙っていたココアが明るい声でふわりと飛び上がり、リュウの目線の高さで滞空する。


「え? 何言ってるの、ココア?」

「何って言葉通りですよ、姉さま……ご主人様に代わってココアが敵地に潜入して情報を収集するんですよぉ!」


 ミルクがきょとんとした表情をココアに向けると、ココアは察しが悪いなぁと言わんばかりに答える。


「無茶言わないで、ココア……」

「無茶じゃないですよぉ……ご主人様とアイス様が王国に向かう方が、余程無茶ですよぉ……」

「う……やっぱ無理があるか?」


 そんなココアにミルクが困った顔を向けると、ココアは頬を膨らませて主人の行動の方が無茶だと主張し、無計画なリュウの顔がまたも赤くなる。


「だってご主人様は出来る限り正体を隠して行動するつもりですよね? それだと積極的な行動なんて出来ませんし、何よりアイス様も付いて行かれるなら目立ってしまって更に行動に制約が掛かりそうですぅ……」

「そ、それを何とかするのがミルク達の役目でしょ!?」


 そんなリュウに困り顔を向けながら理由を説明するココアに、ミルクがココアの隣へと羽ばたいて抗議する。


「姉さまぁ……ココアだって色々考えましたよぉ。でも行き当たりばったりな部分が多すぎて……姉さまには良い案が浮かんだんですかぁ?」

「そ、それは……まだだけど……」

「でしょう……だからココアが行くんですよぉ!」


 しかしミルクにも代案が有る訳ではなく、ココアが俄然やる気を見せる。

 一方、行き当たりばったりとはっきり言われてしまったリュウは顔の赤みを増しながらも一先ずココアの考えを聞いてみる事にした。


「な、なぁ、ココア……どんな風に情報を集めるつもりなんだ?」

「行ってみないと何とも言えませんが、まずは子供と接触しようと思います!」

「子供!?」

「ココアはこんな姿ですからね、そのまま妖精として子供達から親が話している内容や子供達自身の純粋な意見を聞いてみれば、マーベル王国というものがどういう国かが分かって来ると思うんです。エルナダ軍に関しては極力接触を避けるつもりですけど、情報端末などが有ればそこから情報を得られるのではと……」

「なるほど……なぁ、ミルク。案外上手く行くんじゃね?」

「そんな簡単な話じゃないですよ、ご主人様……ここから王国までの距離を考えて下さい。通信が途切れてしまえば、そこで活動不能となってしまいますぅ……」


 ココアの考えが悪くないかもと感じたリュウは、ココアに任せても良いのでは、とミルクに尋ねてみるのだが、ミルクは首を横に振って難色を示した。


 ミルクはリュウが保有する人工細胞量では、どんなに中継点を減らしたとしても王城に辿り着くのがやっとだろうと計算していた。

 ただミルクに分からないのは、同じ計算結果が出ているはずのココアが何故それを問題視していないのだろう、という事であった。


「姉さま、確かにご主人様を起点にすればその通りですけど、ココアが起点なら何も問題は有りませんよ?」

「えっ!? コ、ココア……本気なの!?」


 するとミルクの疑問を察していたのかココアがその理由を答え、ミルクは驚き、そして不安そうな表情になった。


「もちろんですぅ! それに向こうに行けば通信に必要な材料とか、もしかしたら人工細胞だって増やせるかも知れませんしね!」

「で、でも……」

「ミルク? 一体どうしたんだよ? てか、どういう事か説明してくれよ?」


 ココアはそんなミルクの不安を払う様に明るい声で続けるのだが、まるで怯えているかの様なミルクにリュウが首を傾げる。


「ご、ご主人様……ココアはマスターコアごと、ご主人様の体から離れるつもりなんです……」

「えっ!? いやいやいや、ちょっと待てココア。そんな事したら――」


 そしてミルクの話を聞いたリュウも不安そうな表情になり、そのリスクを訴えようとするのだが、自信に満ちたココアの声がそれを遮る。


「ご主人様、大丈夫です! ココアを信じて下さい! 必要な情報を手に入れて、絶対帰って来ますから!」

「それでもし行動不能とかになったらどうすんだよ!? ダメだそんなの……」

「ご主人様、リスクは何にでも有りますよぅ……でも今はココアが動くのが一番現実的じゃないですか? ご主人様だってドクター達を救出する事になったら、危険を冒しますよね? それと同じですぅ!」


 それでも万が一を考えダメ出しするリュウに、ココアが危険度は皆と変わらないと尚も食い下がる。


「いや、でもなぁ……もしお前を失う様な事になったら悔やんでも悔やみきれねえよ……やっぱダメだ!」

「ご主人様ぁ……うふ……じゃあ、こうしましょう! もしココアが何らかの危機的状況に陥った場合はマスターコアを省電力モードで分離して、必ず安全な場所に退避させます! お昼とか、決まった時間にだけ姉さまに分かる通信波を発信すれば、少なくとも一月はバッテリーの心配も要りません!」


 そして最悪の事態を考えてしまうリュウはココアの案を却下するのだが、ココアは心配される嬉しさにポッと頬を赤く染めた後、リュウが安心できる様に万が一の事態の場合の備えを提案してリュウを見つめた。


「ココアぁ、一人でほんとに大丈夫? 怖くないの?」

「はい、アイス様! 怖さより、ご主人様のお役に立てる方が嬉しいですぅ!」


 そこへ今まで黙っていたアイスがミルクとココアの前に両手を差し出しながら心配そうに尋ねると、ココアは明るく返事をしながらアイスの右手のひらに降り立って笑顔を向け、ミルクは無言のままアイスの左手のひらにふわりと降りた。


「なぁ、ミルク……どう思う?」

「確かにココアの案であれば、最悪の事態は避けられると思います……ココアは凄くやる気の様ですし、ミルクには代案が有りません……ここは任せても良いのかも知れません……」


 リュウに意見を求められ、ミルクは素直に感想を述べた。

 ただその表情はどことなく暗く、リュウはミルクが代案を出せなかったからなのか、と苦笑いを浮かべながら決定を下す。


「そっか……んじゃ、ココアに任せてみるか……その代わりココア、絶対に無茶すんなよ? ヤバい時は必ずマスターコアを保護してから行動しろよ?」

「はい、ご主人様! それで、あのぅ……お願いが有るんですけどぉ……」

「な、なんだよ?」


 リュウの許しを得て満面の笑みで答えるココアは、急にモジモジと上目遣いになり、リュウが少し警戒する。


「えっと、そのぉ……この任務に成功したらぁ、ご褒美にチューして下さい!」

「「ズルい、ココア!」」

「……どっちに突っ込むべきなんだ、これ……」


 そして、ココアがリスクに比してささやかな願いを告げると、アイスとミルクがすかさず見事なシンクロ振りを発揮し、リュウはとりあえず呆れ顔。


「ずるくないですよぉ! アイス様はお留守番で、姉さまはハンティングでの急な予定変更の対応で、どちらもご褒美貰えるじゃないですかぁ! なのにココアはチェックミスでご主人様に迷惑掛けてしまったから、ご褒美無いんですよ!?」

「あ……そうだったね……えへへ……」

「ちょ、ちょっと待ってココア! あれはココアが勝手に言い出した事で――」

「姉さま、要らないの?」

「えっ……それは……あう……」


 アイスとミルクのシンクロにココアが抗議の声を上げると、アイスは忘れてたとはにかんで笑い、ミルクは慌てて言い訳しようとしたのだがココアに要らないのかと問われると、見る見る顔を赤くして言葉を失ってしまった。


「ミルクぅ、一緒にご褒美貰おうよ!」

「えっ……は、はい……」


 そして嬉しそうにアイスに見つめられると、ミルクは更に顔を赤くしてコクリと頷くのだった。










 その後、ココアが情報収集するにあたっての話し合いをする事で、ある程度不安を払拭する事が出来たリュウであるが、今はその顔が少し赤い。


 何故ならば、ミルク達の前でアイスにご褒美のキスをして、感激したアイスに抱き付かれているからである。


「えへへぇ……次はミルクの番だね~!」

「は、はい……でも、あの、ふ、二人きりに――」

「え~、そんなのズルいよぅ……ミルクぅ……」

「そ、そうですよね! す、済みません……」


 そしてリュウから身を離したアイスの手の上に乗せられる、真っ赤なミルクの番が回って来た。


「おい、ミルク……んな緊張すんなよ。こっちまで緊張すんだろ……」

「そ、そんな事言われましても……」

「ミルク可愛い~」

「姉さま、横向いてて良いんですかぁ?」

「い、いいの! ミミ、ミルクはほっぺで……」

「そう? じゃあ、ご主人様! お願いします!」

「お、おう……」


 創造主たるアイスと、これ以上弱みを握られたくないココアの前で、ミルクは必要以上に緊張していた。

 そしてミルクには大事なファーストキスを人前で、というのは抵抗が有った。

 なので頬に、という訳なのだが、これでも相当に嬉し恥ずかしいミルクなのである。


 やや俯き加減で瞳を閉じる真っ赤なミルク。

 差し出す右の頬は、髪が掛からない様に首の後ろ辺りで左手で掴んでいる。

 ミルクの中では嬉しさと恥ずかしさが激しいバトルを繰り広げていた。


 その時ふと、ミルクは現在の状況がココアの軽口で始まった事を思い出す。

 そして余りの恥ずかしさから、何も今こんな思いをしてまで人前でしなくても良いのでは、と思ってしまったミルクは中止を訴えようとリュウに向かって顔を上げる。


「や、やっぱり、あの――ッ!!?」


 ミルクが目を大きく見開いて固まった。

 お約束とも言える見事なタイミングで顔を上げたミルクの唇にリュウの唇が触れ、離れて行ったからである。


「姉さま……なんて卑怯な……」


 先を越されないと安心していたココアがプルプルと怒りに震えている。


 だが当のミルクはと言うと、爆発するのかと思える程に顔を真っ赤にした後、糸が切れたマリオネットの様にアイスの手の平にぺたんと女の子座りで頽れてしまった。


「嘘っ!?」

「えっ!? ミルクぅ?」

「おい……」


 驚くココアとアイスに、何やってんだよ、という感じのリュウ。

 すかさずココアがミルクのマスターコアをチェックする。


「ご主人様、姉さまが……落ちてます……」

「はぁ!?」

「え? え? どういう事?」


 そしてココアの報告を受けてリュウが素っ頓狂な声を上げ、アイスの頭上には疑問符が飛び交っている。


 そう、ミルクは羞恥心が許容限界を超えて乙女システムがシャットダウン、絶賛全機能停止中なのであった。


「まさか、これ程とは……乙女システム恐るべし……」

「気絶する程嬉しいなんて、ミルク我慢してたんだね~」

「で……どうすんだよ、これ……大丈夫なのかぁ?」


 想像以上の乙女っぷりに戦慄を覚えるココア、にこにこと嬉しそうなアイス、そして呆れた様な、困った様な複雑な表情を見せるリュウ。


「う、うう……ん……」


 と、その時、ミルクが再起動を果たした様で、リュウがほっとした顔をする。


「はっ!? ミ、ミルクは……何を……」

「姉さまぁ……キスで昇天したご感想は?」


 アイスの手のひらの上で、おどおどと辺りを見回している女の子座りのままのミルクに、ニンマリと口元を歪めたココアが粘っこく絡みついた。


「――ッ! うあっ、みみ、見ないで下さいぃぃぃ!」


 ココアの声を理解すると同時にニンマリと笑うリュウと目が合ったミルクは、再び赤くなった顔を慌てて両手で覆って叫び、小さくなってしまった。


「難しい要求だなぁ……」

「ひうっ!」


 そんなミルクに苦笑いしつつ、リュウがミルクをそっと右手で掴み上げると、ミルクは小さな悲鳴と共にビクッと身を震わせた。


「ほら。そこなら見えねえし、ちっとはマシだろ?」

「は、はい……」


 しかし、すぐにリュウの左肩のベストの内側へと降ろされると、リュウの視線から外れているからか、ほっとした表情でリュウの襟元に潜り込む様にして身を隠してしまった。


「姉さまぁ、恥ずかしがり過ぎですぅ……」

「ミルクってほんと恥ずかしがり屋さんだね~」

「あうぅ……す、すみません……す、少し時間を下さい……」

「しょーがねえなぁ……続きはまた明日だな、照れ屋のミルクちゃん」

「かか、からかわないで下さいぃぃ……」


 そうして夜が過ぎ、皆がすやすやと眠る中、ミルクは一人起きていた。


 隣で眠るココアを不安そうに見つめながら、ミルクはココアのプランを何度も自身に置き換えてシミュレーションを試みていた。

 だが何度試みても、リュウとの距離が離れると余計な思考が邪魔をしてミスを犯してしまい、シミュレーションを完了させる事が出来なかった。

 その余計な思考とは、主人であるリュウと二度と会えなくなる事であった。


 ミルクはオーグルトで自身の消滅に触れた過去がある。

 その時芽生えた恐怖は、今やリュウと会えないと思うだけで感じる程に成長してしまっていたのであった。


「どうしてこんな事になってしまったの……」


 ミルクはシミュレーションを終了し、ポツリと呟く。


 AIであるミルクは自身の中に発生する問題を自己解決できる能力が有る。

 にも拘わらず、ミルクは恐怖を克服できない事に苦悩していた。


 心を持ったが故に、より複雑になってしまったミルク。

 彼女が恐怖以外にも、設定では無い芽生えた物が有る事に気付くのは、まだまだ時間が必要なのであった。

長らくお待たせして申し訳ありません。

どうも現状を考えると不定期更新になりそうです……すみません。

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