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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
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08 穏やかな王

 その後、遅めの昼食を摂った野営地では疲労を回復させた男達によって解体作業のみならず、食料貯蔵場所の拡大や、保存食の作成などが慌ただしく行われた。


 そして日が沈み、再びクタクタになって大方の作業を終えた親衛隊の面々なのだが、その目は疲れながらもキラキラと輝いていた。

 何故なら、夕食には取れたてのドンガの肉がたっぷり振舞われたからである。


「これは美味い! 見た目と違ってこんなに柔らかい肉だとは!」

「これで酒が有ればなぁ……」

「疲れが一気に吹き飛ぶな!」


 あちらこちらで隊員達から概ね陽気な声が上がっている。

 城を出てから二週間、彼らがここまで陽気に食事するのは初めての事である。


「もう、あんなに浮かれて……完全に状況を忘れてますよ……」

「そう言ってやるな、ネラ。それよりもどうだ?」


 騒ぐ隊員達に呆れ顔を向けるネラに、ゼノが苦笑いで宥めている。


「はい、とっても美味しいです」


 そして肉の感想を尋ねられるネラは、普段見せない笑顔をゼノに向ける。


「もっと脂っこいのかと思ってたけど、薄く切ってこの果汁を掛けると、さっぱりして最高よね!」

「サラダにも合うし、見付けてくれたアイスちゃんに感謝だわ……」


 そこにアマンダも加わり、ネラ達は新しい味を発見してくれたアイスに目を向けるのだった。


 そんなレモンに似た果物を発見したアイスはと言うと、ロブ以下数名の狩猟班メンバーと共に食事を摂るリュウの横でせっせと小さく分けられたお肉を口に運んでいた。


「一体その体のどこにそんなに入るんだよ……俺の分が無くなるだろ?」

「ち、小さく切ってるから、そう見えるだけだよう……」


 アイスの食べっぷりに残りの肉を見て危機感を抱くリュウと弁解するアイス。

 そんな二人をロブ達が微笑ましく見ている。


「妖精のお二人さんも食べてるかい?」

「はい、頂いてます!」

「とっても美味しいですぅ!」


 その横ではジェドに尋ねられて、ミルクとココアが満面の笑みを返している。


「リュウ、感謝するぞ! お前のお蔭でこんなに腹一杯食ったのは久し振りだ。しかもこんな美味い肉は初めてだ!」


 そこへ今度はチコが現れ、豪快に笑いながらリュウに感謝を述べる。

 チコはその体の大きさから、今回の逃避行の様な食事制限下では、かなりキツイ思いをしていた。

 なので、今回の出来事は相当嬉しかった様だが、ポンポンと叩いているつもりのリュウの肩からバシバシと音が鳴っている。


「チコさん痛いって! 偶然ですよ、偶然……小さい群れだったし運が良かったんですよ……」

「それでもお前が居なけりゃ、倒せなかったんだろ? ほら、貰ってきたぞ!」

「おー! こんなに! チコさんありがとう!」


 悲鳴を上げつつリュウが謙遜すると、チコは豪快に笑いながら追加の肉の皿を差し入れ、リュウや隊員達から喝采を浴びて戻って行く。


 そんな風に皆が賑やかに食事をしている頃、王家の天幕でも久方ぶりに明るい食事風景が描かれていた。


 その中心となっているのはサフィアであり、彼女はレオンと狩に内緒で行った事を心配性の母に咎められはしたが、話を聞きたいという父の要望に応える内に当時の興奮が蘇った様で、それは目を輝かせて狩での出来事を聞かせているのである。


「まあ! あなた達は、それで大丈夫だったの?」

「はい、お母様! リュウが私達の隠れる木の向こうに飛び込んだんですの!」

「そ、それでどうなったのだ!? そのリュウという少年は?」


 目を輝かせて語るサフィアと、身を乗り出す様にして話の続きを催促する、母のロマリアと父のレントの姿に、レオンは少し恥ずかしそうに、アリアは微笑んで見守っている。

 その脇では侍女のエドナとエミルが心配そうな表情で、やはりサフィアの話に聞き入っているのだった。


「いくら何でもそれは大袈裟であろう、サフィア……」


 サフィアが興奮気味に語り終えると、その信じがたいラストシーンに、レントは可愛い末娘に苦笑いを溢した。


「本当ですわ、お父様! ねぇ、お兄様も見ましたわよね?」

「ああ……父上、今の話は本当です。私もリュウが魔獣を大木に叩きつけるのを見ました……未だに信じられない光景でしたが、事実です……」


 半信半疑な父の反応で目を真ん丸にするサフィアに同意を求められ、レオンは無理もないと思いながらもサフィアの話を肯定する。


「ふうむ……そのお蔭で今宵の夕食がある訳だな……レオン、その少年とは他にどんな話をした? 聞かせてくれんか……」

「は、はい。先ずは昨夜の事ですが――」


 レントは何やら思案していたが、レオンにリュウについて尋ねるとレオンの報告を注意深く聞き始める。

 そこには今しがたまでの優しい父の顔ではない国王としての顔が有り、話を聞かせるレオンも緊張した面持ちでリュウとの記憶を出来るだけ正確に話して聞かせるのであった。










 食事が済み、まだ大半の者が寛ぐ中、リュウは王家の天幕に呼ばれていた。


 レオンの案内でリュウが入り口から中へと入ると、外から見る天幕の印象とは違い、そこは五メートル四方程の深みの有る赤く美しい空間であり、両サイドは天井から下がる大きなカーテンの仕切りがあり、全体を窺い知る事は出来ない。

 そんな入り口正面奥には、恰幅の良い如何にも王様、という感じの五十代半ばの男性が一人、肘掛椅子にゆったりと腰掛けている。


「父上、リュウを連れて参りました」

「は、初めまして……リュウ・アモウです……」


 レオンの後に続くリュウがおずおずと挨拶すると、威厳を感じさせぬ穏やかな声が返される。


「食事が済んで間もないと言うのに済まないね。レント・クライン・マーベル、今は逃亡中の国王……という事になるかな……まぁ、掛けたまえ」

「は、はぁ……失礼します……」


 王というものに勝手なイメージを抱いていたリュウは、その穏やかな声に拍子抜けしたのか、少し困惑した様子で勧められるがままにレオンと共に椅子に掛けた。


「レオンから色々と聞いておるのだが……先ずは美味い肉を馳走になった。そして王子と王女を守ってくれて感謝する」

「いえ……運良く群れが小さくて助かりました……」


 にこやかな表情のままに国王から感謝を述べられ、リュウは返答するものの、もっと群れが多ければヤバかったよな、との思いからポリポリと頬を掻いた。


「なんでも君は、エルナダ軍と同じ世界からやって来たそうだね? その上で、捕らわれた仲間を救おうとしているとか……」

「捕らわれていれば……の話です。なので、エルナダ軍の情報を得ない事には話にならないんです……」

「ふむ……具体的には今すぐどうこうするという話では無いのかね?」

「ゼノ隊長から現在に至る経緯や各領地の地理、騎士団などについては教えて貰いました。なので、明日から何とか探ってみようかと思ってます……」


 だが、話の内容がリュウの今後の事になると国王の表情は穏やかなものの、その目がじっと観察している様に思えて、リュウは緊張しつつも真面目に答えた。


「そうか……その際に可能であれば、国民達の様子を見てきてはくれんかね? 我らは暗殺されかけた、とゼノから聞かされてはいるが、他に粛清など行われているのか、国民達が辛い思いをしていないか、それだけが気掛かりでな……」


 リュウの答えに国王は頷いたものの、僅かに物憂げな表情を覗かせてリュウに頼み事をする。

 レントは暗殺計画の発覚からこの地に至るまでは、その脱出劇の慌ただしさで忘れていたが、落ち着きを取り戻してからはずっとその事だけが気掛かりだったのである。


「分かりました。どれ程見て来られるかは分かりませんけど……」

「なに、そんなに大層に捉えなくても良いのだ。もしかすると公爵も我らを排除した事でその目的を達し、国民達には何もしておらぬやも知れん……それならば良いのだ……」


 リュウが国王の頼みにペコリと頭を下げて応じると、レントはリュウに重荷を背負わせるつもりは無いのか、笑みを浮かべて補足した。

 だが、リュウにはその笑みがとても寂しく見え、一瞬言葉が出なかった。


 その一瞬の間に、リュウに代わってレオンが怒りを隠そうともせずに吠える。


「良くはありません、父上! 王家を暗殺しようという事こそが、国民を蔑ろに考えている証拠……そんな者が今後、国民を大事にするとは思えません!」

「レオン、確かに公爵とは意見の対立は有った……だが、公爵も国の事を考えていたのは事実。ただそこにエルナダ軍という強力な味方を不意に得た事で、つい安易な手段を選んでしまったのだろう……」


 そんなレオンを宥める様にレントは静かに話すのだが、そのエンマイヤー公爵を庇うかの様な言葉に、レオンは再び吠えようとした。


「何を馬鹿な! 公爵は――」

「レオン。国民と共にあらねばならぬ国王が、逃げ出したのだぞ? そこにどの様な理由があろうとも、責務を放棄したという事実は変わらぬ……」

「し、しかし――」


 だがレオンの言葉を遮るレントの顔が苦渋に満ちていくのを見て、レオンも言葉に詰まってしまう。


「私は城を出るべきでは無かったのだ。暗殺の知らせに浮足立ち、エルナダ軍の脅威を前に選択を誤ったのだ……この様な場所でいくら声高に叫んでも、詮無き事だとは思わぬか……」


 そしてレントは独り言の様に言葉を続けると、レオンを諭す様に見つめる。

 だが、レオンはこのまま黙っている事など出来なかった。


 レオンは父の度々見せる弱腰とも取れる発言が、国民の事を第一に想っての事だという事を知っている。

 だが、今回に限っては納得がいかなかった。

 国民の事を想うなら尚の事、身勝手な公爵に全てを任せる事など出来ないと。


「それは違います、父上! 確かにあの時は混乱し、脱出するより他に手立ては有りませんでした。ですが今からでもフォレスト、ノイマン両騎士団と連絡を取ってエンマイヤー公爵を捕らえ、エンマイヤー領の鉱山にあるという転移装置とやらを壊してしまうのです! そうすれば、公爵の後ろ盾が無くなり孤立したエルナダ軍を懐柔する事も可能に――」


 その想いがレオンを焦らせ、甘い理想を口にしていた。

 ただ、まるで具体案が無い訳ではない。

 騎士団との連絡、連携を図り公爵を捕らえる事については、リュウと彼に付き従う妖精の助力が得られれば、との思いがレオンには有ったのだ。


「それは恐らく出来ぬ……いや、してはならんのだ……」

「な……何故です!?」


 だがレオンの言葉は、ゆっくりと首を横に振る父によって遮られる。


「公爵が居なくなれば、エルナダ軍は歯止めが効かなくなるであろう……公爵は言わば唯一の楔なのだ。公爵領でどれ程の約定を結んだのかは分からぬ……だがあのソートンという人物は少なくとも公爵の顔を立てていた。だが、エルナダ軍は頭を潰されては何も出来ない烏合の衆ではない。なればこそ、公爵を捕らえればそれを口実にエルナダ軍は国を奪う暴挙に出るやも知れん」

「そんな……」


 レオンは自身の考えの甘さに言葉を失ってしまっていた。

 これまでレオンは、エンマイヤー公爵に成り代わり自分達がエルナダ軍の手綱を握れば良い、と考えていた。

 だが国王であるレントはエルナダ軍という存在が、そんな甘い代物ではないという事に気付いていたのだ。


「良いか、レオン。エルナダ軍は何故、此処へ来たのだ?」

「こ、鉱石を採集する為です……」

「そういう事ではない。彼らは自身の意志で此処へ来たのか?」

「! せ、星巡竜によって送り込まれたと……」


 静かにレントがレオンに語り掛ける事でレオンの熱気も動揺も収まりを見せ、冷静さを取り戻していく。

 そしてレオンはエルナダ軍という目前の脅威だけでなく、聞かされていたその背後の存在を思い出す。


 レオンも星巡竜と言う単語は知っている。

 だがそれは、おとぎ話と大して変わらないレベルでのものであった。

 違いが有るとするなら、ヴォイド教がその存在を崇めており、レオンにとってはあまり関わりたくない類のものだったのだ。


「という事は、エルナダ軍は星巡竜の庇護下に有り、何らかの目的で星巡竜が鉱石を必要としているのであろう? そして、この地はその目的の為に捨て石にされたのやも知れん……」

「そんな……」


 更に続くレントの言葉に、レオンは神にも等しいとされる星巡竜の記憶を思い起こす。

 そんな存在に見捨てられたとしたら……それだけで、レオンは再び言葉を失ってしまう。


「十二代前の国王、マーキスの回顧録に有るが、この地にもかつては星巡竜が居たそうだ。だが人々は星巡竜を恐れ、接触を持たなかったそうだ。やがてその星巡竜は空からやって来た別の星巡竜と共にこの地を去って行ったという……マーキスはその際に星巡竜と接触を図ったとの事だったが、自身の証にと紋章を渡されたのみで庇護を得られなかったという事だ……まぁ、当然の結果だろう。星巡竜とは神に等しい力を持つとされるが神ではないのであろう。人を使い鉱石を欲するなど実に人間臭いではないか……だが、そんな存在だからこそ敵に回った時点で勝ち目など無かろう。マーキスが(よしみ)を結んでおれば、などと悔やむのは矮小な人の性なのかも知れんな……」


 レントは自身の知り得る星巡竜の話を独り言の様に語る。

 そしてその存在に見限られたかの様な状況を力無く笑った。

 レオンはそんな父に掛ける言葉が見つからず、俯いている。


「あのぅ……ちょっといいですか?」

「何かね?」


 重苦しくなった場の空気に、おずおずとしたリュウの声が割って入り、レントは視線をリュウに向けた。


「皆さんはエルナダ軍が現れるまで、星巡竜の事をどう思っていたんですか?」

「どうって……おとぎ話程度にしか……」

「そこまでとは言わんが、一生の内に出会う事など無いとは思っておった……」


 リュウの直前の問題を無視したかの様な素朴な疑問に、レオンは困惑しながらも答え、レントはレオンの答えに付け足す様に答えた。


「国のトップの人ですらそんな認識なのに、どうしてヴォイド教はそんなに信心深いんですか?」


 リュウはこの星での星巡竜というものを、魔人族やエルノアールから聞いてある程度は知っている。

 なのに、人間族にとっての星巡竜はとても希薄な存在でしか無く、ヴォイド教という存在によって禁忌感すら漂っている事が不思議だったのだ。

 だが、こうして国王自らの口で星巡竜の事が語られた事で、リュウは更に詳しく聞くなら今が丁度いいと質問している訳であるが、それは偏にアイスについて今後も事実を伏せていた方がいいのか、という思いからであった。


「それは信心深さでは無いぞ、リュウ……奴らは星巡竜の威を借りて私利私欲を貪っているに過ぎん……」

「国の恥を晒す様だが元々ヴォイド教を興したのは我が王国から離反した貴族なのだ。ノイマン領は元々コリント領と言い、当時の当主であるエドワード・コリント伯爵が星巡竜から賜ったという紋章入りの腕輪を城から盗み、南の地でヴォイド教を広めたのが始まりだと言われている……」


 リュウの問いに、レオンは余程ヴォイド教が嫌いなのか、不快さを露わにしつつ答え、レントはヴォイド教の成り立ちについて語った。


「え……なんか、とんでもない国みたいですね……」

「その国というのも、戦火に巻き込まれ滅びかけた小国を乗っ取る形で生まれたらしいのだが、今では星巡竜に選ばれし国だとかを標榜し、各地で布教を行っているのだ……」


 ドン引きするリュウに苦笑いするレントは更に言葉を続け、それをレオンが引き継ぐ。


「だが裏では自分達の障害となる人物を暗殺しているのだ。我が国でも布教に来た信徒達が突然町の者に襲い掛かり、多数の死傷者を出した事が有る……」

「あ~、それで……ヴォイド教を疑われた時はどうなる事かと……」


 続くレオンの言葉にリュウは親衛隊に襲い掛かられた事を思い出し、なるほどと納得しつつ苦笑いを溢した。


「そうだ、リュウ……あの時は何故、ヴォイド教徒だと疑われたのだ?」

「あ~、それはですね……ちょっと待ってて下さい……」


 そんなリュウにレオンはふと思い出した事を尋ねると、リュウはポリポリと鼻を掻くのだが、小さく頷くと断りを入れて天幕を出て行くのだった。

そろそろ次の展開に移らねば…

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