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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
92/227

07 思わぬ収穫

 全ての鹿が倒され、辺りがほっとした空気に包まれている。

 ロブ達狩猟隊は各々が近くに倒れる鹿に近付き、血抜きや運ぶ為の準備に取り掛かっている。


「なんか出番無かったな……」

「そんな事無いですよ、ご主人様。王女様のアシストお疲れ様です」

「お疲れ様です、ご主人様ぁ! 何でしたら、運ぶ為の木を切ってあげてはいかがですかぁ?」

「そうだなぁ、そうするか……ミルクとココアもご苦労さん! お前達こそ完璧なアシストだったぞ!」

「「ありがとうございます!」」


 狩猟隊があちこちで手際よく作業する様子を、少し離れた位置で見つめながらリュウが呟くと、頭上からミルクとココアがやって来る。

 やがて、リュウがミルクとココアに労いの言葉を掛けて手頃な木を切りだすと、ミルクとココアはニマニマしながらリュウの周りをふわふわと飛ぶのだった。


 その頃、レオンは鹿を射た場所から動かずに喜びを噛みしめるサフィアの下へやって来ていた。


「サフィア、見事だったぞ。よくあんな遠い距離を当てたな」

「お兄様! ありがとうございます! リュウが合図してくれたんですの!」

「そうか。頼もしい奴だ……」


 破顔するレオンに素直に褒められて、サフィアが目をキラキラさせて喜びながらその訳を答えると、レオンは離れた場所で木を切るリュウを見て呟いた。


「お兄様はどうでしたの?」

「二本とも命中はしたが……仕留めたのかは分からんな。他の矢も幾つか当たっていたからな……」


 そしてサフィアに成果を問われると、レオンは素直にありのままを答えた。

 だがその表情に悔しさなどは無く、実に清々しい表情だ。


「そうですの……でも――」


 それでもサフィアがレオンをフォローしようとした時だった。

 レオンとサフィアの位置から狩猟隊とは正反対の方角から、茂みを分ける様な、ガサリという音が聞こえ、二人は同時にそちらに目を向けた。


「ッ!」

「お兄様っ……」


 レオンは声を出さなかったが、サフィアは小声ながらもつい口走ってしまい、慌てて手で口元を押さえた。

 二人の見る、僅かに木々が開けた二十メートル程先の草むらに何かの動物が見え隠れしている。


 二人はじっと息を殺して草むらを凝視する。

 そして草むらの隙間に大きな豚か猪の様な鼻と耳を確認する。


「いいか、二人で同時に狙うぞ?」


 肉食獣でないと分かって、レオンは更にもう一頭獲物が増えたと矢を番えながらサフィアに小声で話し掛けた。

 サフィアもコクリと頷くと、そっと矢を番える。

 二人共、キラキラとした自信に満ち溢れた目を草むらに向けている。


 その時、リュウの頭上を飛んでいたココアはヘッドセットを付けたままであったレオンの声を拾い、レオンの方に目を向けた。


「!? ッ! レオン様、撃っちゃダメですっ! ご主人様、ドンガですっ!」


 レオンとサフィアがココアに背中を向けて矢を番えている姿に、ココアは咄嗟に二人の狙う物へと視線を飛ばし、彼らの狙いがドンガだと気付き叫んだ。


「ッ!? やべえっ!」


 ココアの叫びに驚くものの、リュウは即座に振り向くと短く叫んだ。

 振り向いたリュウの目には、ココアの声で動きを止めたレオンとヘッドセットが無かった為に矢を放ってしまったサフィアの姿が映っていたからだ。


「ブモォォォォッ」


 草むらの中から腰に矢を受けたドンガが飛び出してくる。

 当然一頭で居る訳が無く、その後ろから次々にドンガが現れる。

 想定外の事態に、ミルクが空中で口元を両手で押さえて固まり、ココアの叫びに反応した狩猟隊の面々も目を見開いて固まっていた。


「ひっ!」

「ッ!」


 その巨体と数にサフィアが引き攣った声を発し、レオンも一瞬身が竦んだ。


「レオ――」

「大木に隠れてっ!」


 ロブが叫ぼうとしたのを更に大きなココアの叫びが掻き消す。

レオンが咄嗟にサフィアを抱き寄せる様にすぐ脇にある大木の陰に隠れ、その大木の上部に駆け寄るリュウの左腕からワイヤーフックが撃ち込まれる。


「間に合えっ!」


 キュゥゥンという音を立てて高速でワイヤーが巻かれ、空を翔ける様にリュウの体が空中に引き上げられる。

その間に、リュウは右手の剣をニードルガンに換装し発射する。


「くそっ! 木が邪魔だ!」


 緊急事態に集中力を発揮するリュウの目は、スローモーションの様にドンガを捉えつつ確実に頭部を狙い撃ち倒していくが、ワイヤーフックを撃ち込んだ大木自体ともう一本傍にある木が死角となって、一部を撃ち漏らした。


 なのでリュウは左腕をぐいっと引きながらワイヤーフックを解除する。

 すると空中でリュウの軌道が変わり、リュウはレオンとサフィアが隠れている大木の裏側へとその身を飛び込ませる。

 そこには残った二頭のドンガが迫っていた。


「おらあっ!」


 大木の陰で皆からリュウは見えないが、リュウの雄叫びと共に大木から真横へとドンガが一頭吹き飛び、狩猟隊だけでなくミルクとココアも目を見開く。

 胸をどす黒く染めたリュウが、バットスイングの様な回し蹴りを放ったのだ。


 だが残る一頭に対してリュウは攻撃を繰り出す間が無く、ドンッと大きな音を立てて大木が揺れた。


「うわっ!」

「きゃあっ!」


 その衝撃にレオンとサフィアは弾かれる様に尻もちをついた。

 だが、その後は大木からバサバサと大量の葉っぱが落ちて来るだけで、思いの外静かであった為、レオンとサフィアは恐る恐る大木の裏側を覗き込み絶句する。


 そこには、大木に叩きつけられながらも牙を掴んでドンガを押し留めるリュウの姿が有った。


「くっ、この……馬鹿力がぁ!」


 両手で双方の牙を掴み、左肩をドンガの鼻先に押し当てる様な体勢で、ドンガのパワーに対抗するリュウ。

 伸ばした右足に大木が掛かってなければ、如何に破壊の力を引き出していても押し負けていたかも知れない。

 そんなリュウにドンガは本能の赴くままに力を振るう。


「ブモォォォォッ」


 ドンガが咆哮し、リュウの周りの空中に水が湧き出してくる。

 だが以前見た水の壁とは違い、水飛沫一つ上げる事の無いそれはリュウの顔に集まり始める。


「なっ!?」

「「ご主人様っ!」」


 驚愕するリュウの頭部が大きな水玉に飲み込まれ、駆け付けたミルクとココアが思わず叫ぶ。

 頭を振ろうとも水玉はリュウの頭をすっぽりと覆い、思わぬピンチにリュウは焦り、大木に掛けていた右足を外してしまう。

 体が大きく振られ大木を背に出来なくなったリュウは、一気にドンガに押され始める。


 一気にロブ達の方へと押し込まれるリュウであるが、ドンガは急にその場でクルクルとリュウを左へ左へと押し始めた。

 否、それはリュウが右へ右へと足を運んだ為であった。

 更にリュウはドンガの押す力を利用して、時計と反対回りに引っ張り始める。


「うおおおおっ!」


 狩猟隊の面々からどよめきが沸き起こる。

 リュウを軸にしてドンガがふわりと浮いたからだ。

 だがリュウの呼吸も限界だ。

 リュウは水の中からぼんやりと見える大木に、渾身の力を込めてドンガを叩きつけた。


 ボキィっと鈍い音が響き、大木に叩きつけられたドンガが地に落ちる。

 呼吸の限界を迎え、その場で膝が折れる様に膝立ちになるリュウ。


「「ご主人様ぁっ!」」


 ミルクとココアが叫び寄ったその時、リュウの頭を覆う水玉がその力を失い、重力に従ってバシャっと落ちた。


「げほっ、げほっ……はぁ、はぁ……うあぁ~、死ぬかと思た……げほっ……」


 咳き込みながらリュウが仰向けに倒れ込むが、疲労困憊ながらも感想を述べた事で、それを見ていた全員が安堵のため息を漏らした。


「ご主人様、ご無事ですかっ!?」

「ご主人様、ココアのチェックが足りなくてごめんなさいぃぃ!」

「いやぁ、ココアのせいでもねーだろ……事故だ事故……」


 ずぶ濡れで倒れるリュウはミルクとココアにしがみつかれ、苦笑いを溢した。


「リュウ、済まぬ。未知の森だという事を忘れて浮かれた私のせいだ……」

「いえいえ、お蔭で食材が増えたじゃないですか……万々歳っすよ……」


 そこにサフィアと駆け付けたレオンに謝罪されて、リュウは寝転がったままで逆に良かったじゃないか、とニィっと笑った。


「な……凄く硬そうな肉に思えるが……問題無く食べられるのか?」

「見た目はそうなんですけどね、滅茶苦茶美味いっすよ!」


 そのリュウの言葉に、レオンは倒れるドンガを見て不安そうな表情を覗かせ、リュウはとんでもないとドンガの美味さをアピールする。


「そ、そうか……ほら、掴まれ」


 レオンはそんな、さっきまで魔獣と死闘を繰り広げた事を微塵も感じさせずに笑顔を見せるリュウに苦笑いを浮かべると、リュウに手を差し伸べる。

 そして素直にその手を取り、引き起こされるリュウが立ち上がる頃には、ロブ達も集まって来ていた。


「レオン様、サフィア様、お怪我は有りませぬか?」

「ああ、私達は無事だ」


 ロブの問いにレオンが即答し、ロブがしっかりと頷く。

 レオンの横ではサフィアが未だ、呆然としている様子ではあるが。


「リュウ、助かった。それにしても、とんでもない物を見せられたな……大丈夫なのか?」


 次いでロブはリュウに感謝を述べつつ、無事を尋ねるのであったが、その表情は心配というよりは呆れている様である。


「あー、はい。何とか……最後はちょっとヤバかったっすけど……」

「水の魔法……を使ったという事は、こいつがこの森の魔獣なのか?」


 リュウにもそれが分かっているのか苦笑いで答え、ロブは更にすぐ傍に横たわるドンガについて尋ねる。


「そうですけど、もっとヤバいのも居ますよ……雷を飛ばす狼の群れとか……」

「むぅ、ならば早くここを離れねば。しかし、何頭居るんだ……」


 そしてリュウから更に厄介な存在が居ると知らされ、ロブはいつまでも此処に留まる訳には行かないと思うのだが、突如増えてしまった獲物を捨て置く訳にもいかず、ドンガの群れが倒れる場所へと向かった。


「四、五、六……と、最後ので、七頭か……」

「こっちにも一頭倒れてます!」


 レオン達が隠れていた大木からロブが倒れるドンガを数えていると、同じ様に見に来た隊員が声を上げる。

 その離れた位置に倒れるドンガは、リュウに蹴り飛ばされた一頭である。


「そんなとこまで飛んだのか……じゃあ、八頭か……まるで数が足らんな……」


 隊員の声にまたも呆れた表情を見せるロブだが、すぐに眉根に皺を寄せる。

 七、八頭は居た鹿であれば、狩猟隊だけで運んでも人員に余裕が有ると思っていたロブだが、目の前に倒れるドンガはどう見ても鹿の三倍は優にあるのだ。


「オルセン! 二人程連れて応援を呼んで来い! まるで手が足らん!」

「了解!」


 レオン達の下へ戻りながら叫ぶロブに、鹿を運ぶ準備をしていた部下の一人が応じ、他の二人と共にその場を離れた。


「レオン様、サフィア様、本来ならば先に帰って頂きたいのですが、今は此処に留まる方が安全かと……申し訳ありません」

「謝罪など不要だ、ロブ……私達が無理に付いて来たのだ。それにこれ程の経験はそうそう出来るものではないからな……」


 レオンの下に戻るなり頭を下げようとするロブを手で制して、レオンは笑顔を浮かべ、隣のサフィアもコクコクと頷いている。


「そうですな……それにしても、大した者達ですな……」


 そんなレオンの対応に、ロブはふっと肩の力を抜いて同意すると、びしょ濡れのまま再び木を切り始めたリュウとその傍を飛ぶミルクとココアに目を向ける。


「そうだな……」


 そしてレオンもロブと同様にリュウ達に目を向けながら、噛みしめる様に呟くのであった。










「こ、こんなに一度に獲って来て……私にどうしろって言うの!?」


 野営地に困惑するアマンダの声が響いている。


 王家護衛の者を残して、ほとんどの者が獲物を運ぶ為に駆り出された為、ネラとアイスで皆の食事を用意していたアマンダ。

 狩猟隊が帰って来たのは聞こえていたが、今しがた漸く料理を済ませて皆の下へと向かい、そこでの第一声が先のものである。


 アマンダの目に映るのは七頭の鹿と、山の様な八頭の巨大な猪と、そしてその周りで情けなくも疲労困憊で倒れ伏す親衛隊の男達であった。


 魔人族であれば如何に巨大なドンガであろうとも、その場で魔法による解体、洗浄、殺菌等が行われ、容易に運び出せてしまうのであるが、そんな術を持たぬ親衛隊は鹿を三、四人で、ドンガを八から十人程で運んで来たのだった。


「す、済まんな、アマンダ……予定外の魔獣と出くわしてな……休んだら俺達も手伝うから……」

「し、仕方ないですね……じゃあ、せめて鹿だけでもそっちに吊るして下さい」


 だが、まだ息の荒いロブに謝られるとアマンダも気持ちを切り替え、まだ動ける隊員達に指示を出して早速作業に取り掛かる。


「ほら、あなた達もシャキッとしなさい! 親衛隊たる者がなんて体たらく……少しは隊長を見習いなさい!」


 一方ではネラが疲労困憊の隊員達を叱咤している。


「無茶言うなよ、ネラ……この化け物みたいな猪を運ぶ方が、余程普段の訓練よりキツイんだぞ……」

「鍛え方が足りないのよ……隊長ならそんな無様は晒さないわ」


 力無く座り込んでいたヨハンが困った顔でネラに抗議するが、ネラは仁王立ちでピシャリと抗議を切って捨て、ヨハンとその周りの連中がげんなりとした表情になる。


「隊長さんはいつもビシッとしてて格好良いもんね?」

「そうよ、隊長は……ッ!」


 そんなネラに背後からアイスの声が掛かり、ネラは思わず同意しかけてハッと息を呑んで振り返る。


「ネラは隊長好きなんだ?」

「ち、違うわよ、アイスちゃん! そそ、尊敬してるだけなの!」


 にっこりと微笑むアイスに問われネラは慌てて否定するのだが、赤い顔で言葉を噛みに噛んでいる。

 ヨハン達がそんなネラに生暖かい眼差しを、アイスに救世主を見る様な眼差しを向けている。


「ふーん……」

「そんな事より、早く食事を運んでしまわなきゃ……あ、あなた達も早く復活してアマンダを手伝って頂戴!」


 そしてネラは何やら考え込むアイスを促して、ヨハン達に発破をかけると作業にあたふたと戻って行くのであった。


またまた登場のドンガさん。

いつも結果的に主人公の役に立ってくれる、私にとっても有難い存在です。

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