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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
91/227

06 ハンティング

 王家の者が使う最大の天幕の脇に有る、幾つか並んだ小さな天幕の一つから、何やら慌ただしい声が聞こえている。


「エミル、早く! 早く!」


 その声の主は、狩に同行できる事となったサフィアであった。


「お声が大きいですわ、サフィア様。お妃様に見つかってしまいます」

「そ、そうね……でも急いで頂戴。お兄様に置いて行かれてしまうわ……」


 サフィアは声を潜めた侍女のエミルに注意されて、慌てて声を絞りつつエミルを急かす。

 エミルはサフィアより三つ年上の十七才。

 今のサフィアと同じ十四才の時から侍女として王子や王女達に仕えており、王と王妃からも信頼を寄せられていた。


「はい、直ぐに。少しの辛抱ですから――ッ!」


 そんなエミルはにっこりと微笑むと衣装箱の蓋を開け、人の気配を天幕の外に感じ、はっとして振り返る。


「サフィア、ここに居るの?」


 その時、鈴の音の様な声と共に天幕の入り口が開かれた。

 サフィアとエミルは一瞬引き攣った表情になるが、すぐにほっと胸を撫で下ろした。


「お姉様! もう……びっくりさせないで……」

「なあに? またお父様とお母様に内緒なのね? エミルも大変ね……」


 入って来た人物が姉と分かり、サフィアはつい声を上げてしまうが、すぐに声を落として安堵の溜息を吐くとその姉、アリア・クライン・マーベルは少し眉を下げてクスクスと笑った。

 彼女はサフィアより四つ年上の十八才、しっかり者の王国の第一王女である。


「申し訳ありません、アリア様……」

「いいのよエミル。サフィアもずっと天幕の中だと退屈だものね? でも気を付けないとエドナさんにお小言を頂戴しちゃうわよ? 今はお母様に付きっきりだから大丈夫だけどね」

「はい……」


 エミルの謝罪を微笑みで制するアリアは、サフィアに理解を示しつつ優しく注意する。

 エドナと言うのは、アリアが生まれる前から王妃に付き従う大ベテランの侍女であり、王妃の信頼も厚く、エミルにとっては大先輩という存在である。

 エミルはアリア、レオン、サフィアの誰からも好かれ、エドナもその頑張りを認めているのだが、度々サフィアの我儘に流されて叱られる事が有るのだった。


「でも、お母様の熱は下がったでしょ?」

「それでも心配してくれているのよ……有難い事だわ。サフィアもエドナさんには感謝しなくちゃ駄目よ?」

「はぁい……」


 不安そうな顔で問い掛けるサフィアに、アリアはまた少し眉を下げて微笑むと母を気遣ってくれるエドナへの感謝をお転婆な妹に促し、サフィアもそれは理解しているのだろうが、返事をするものの少し頬が膨れている。


 彼女達の母、マーベル王国の王妃であるロマリア・クライン・マーベルは暗殺からの脱出・逃亡の最中に高熱を発し、エドナやエミル、親衛隊の女性隊員達の献身を受け、今は快方に向かっている。

 それでも王妃との付き合いが長いエドナは心配性の王妃が心配で、今は付かず離れずロマリアを支えているのであった。


「それで、サフィアは今度は何をするの?」

「え……お、お兄様に付いて狩に……」


 そしてアリアにこの先の事を尋ねられるサフィアは、言い辛そうに上目遣いで答えた。


「まぁ、レオンもなのね。無理も無いわね、こんな窮屈な毎日じゃ……じゃあ支度が済んだら、エミルはここにティーセットを三人分運んで頂戴。私達はここで本を読んでると伝えてくれればいいわ。何か有れば私を呼んでね?」


 アリアは僅かに目を丸くすると一転、眉を下げて微笑み、エミルにてきぱきと指示を出した。

 どうやらアリアは弟と妹を援護するつもりの様だ。


「は、はい。畏まりました、アリア様」

「ありがとう、お姉様!」


 そんなアリアにエミルは深々とお辞儀をし、サフィアはぱぁっと表情を輝かせて礼を言う。


「いい? サフィアとレオンは無事に帰って来るのよ? でないと……次は大目に見てあげられないわよ?」

「分かってる! お姉様、大好き!」


 そして喜ぶサフィアにアリアが念を押して微笑むと、サフィアは破顔したまま姉に抱きつくのであった。










 サフィアが着替えを済ませ、狩猟隊に合流して暫くすると、ミルクからの通信がリュウやヘッドセットを付ける各班長達に届く。


『皆さん、少し野営地からは遠いですが、鹿の群れを発見しました。一から三班はミルクが案内しますので南から、四から六班はココアの案内で北から、静かに出発して下さい。急ぐ必要は無さそうです』

「サンキュー、ミルク。んじゃ皆さん、慌てず静かに向かいましょう! アイス、いい子で待ってろよ?」

「うん。リュウ、気を付けてね!」


 そしてリュウの掛け声で狩猟隊は南はロブを、北はレオンを先頭に森へと踏み入って行く。

 アイスは珍しくリュウから離れる事になるのだが、笑顔で見送っているのには訳がある。

 現状アイスを普通の女の子で通したいリュウの願いで、アイスはアマンダやネラその他隊員達と水汲みや野草を採集するのである。


 最初は当然の様に残留を渋るアイスであったが、お願いを聞けば、ご主人様の方からキスして貰えますよ! というココアの提案に飛びついたのである。

 それに反対するリュウとミルクは他に良い案があるのかとココアに問われ、それに勝る対案を出せなかった。

 これまで何度もリュウにキスをしているアイスだが、リュウの方からして貰った試しが無かった為に、他のどんな対案もココアの案を覆せなかったのである。


 森へと消えて行く狩猟隊をゼノ達、残留組が不安気な眼差しで見送っている。

 そんなゼノ達の不安を余所に、ヘッドセットを付ける各班長達は静かに歩いてはいるものの、なにやら興奮した様子であった。


『そこから右手に、幹に大きな穴が開いた木が見えますかぁ?』

「む、あれか。見えるぞ」

『その木を過ぎたら、左に苔で覆われた大きな岩へ向かって下さいね?』

「うむ、了解だ……だが、ココア……お前はどこから私を見ているのだ?」

『所々の木に、ココアの目となってくれる金属を取り付けてあるんですよぉ』

「ほう……そんな便利な事が出来るのか……大したものだ……」

『お褒めに預かり光栄ですぅ! レオン様ぁ!』


 レオンは先頭を進みながらココアと通信してはあれこれと質問をして、しきりに感心していた。


 それは何もレオンだけでなく、他の班長達も同じであった。

 しかもミルクとココアはそれぞれ三班の班長とリュウに対し、並列処理を用いて同時に全く違う会話をしているのである。


「む……今、右のずっと奥の方に鹿らしき姿が見えた様な……」

『はい。確かにそこに群れが居ます。ですが、ロブさんはそのまま赤い実が成る木まで前進し、そこから右へと進んで下さい』


 ロブの何度目かの呟きにミルクが静かに応答しつつ指示を出す。


「なるほど。鹿の退路を断つ訳だな?」

『その通りです。もう少しの辛抱ですから頑張って下さい』

「分かった。感謝する」


 そして推測をミルクに肯定されつつ励まされ、ロブはミルクに感謝を述べる。


 ロブはこの短時間でミルクに圧倒されていた。

 おとぎ話の妖精は子供らしく可愛らしい存在であったが、ミルクはそんな可愛らしい存在では無かった。

 姿も見えないのにロブの位置を完全に把握し、的確な指示で獲物を包囲していくミルクは、狩猟隊や時に分隊を任されるロブにとって理想的な指揮官に思えた。

 この森でもし戦闘になれば、自分達親衛隊は何も出来ずに全滅させられるのではあるまいか、とさえ思ってしまうロブなのであった。










「ねえ、今気付いたんだけど……あなた何も持ってないじゃない。そんなのでどうやって私を守るの?」

「え……ああ、武器は持ってます……よ? ね?」


 サフィアがレオンの数メートル程後方を歩きながら右隣りのリュウに尋ねると、リュウは不意の質問に動揺を隠しつつ、こっそり右手に短めの剣を生成し掲げて見せる。


「え? そうよね……持ってない訳が無いわよね。それにしても狩なんて久し振りだわ。上手く出来るかしら……」


 するとサフィアは一瞬目を丸くしたものの自身を納得させる様に呟き、不安そうな表情でリュウに尋ねた。

 同行を主張した時の迫力はそこには無く、サフィアは緊張している様だ。


「王女様は狩りの経験が有るんですよね……その時はどうだったんですか?」

「い、いつもはお父様やお兄様に付いて行くだけよ……一度矢を射た事は有るんだけど、その時は当たらなかったわ……」


 そんなサフィアに今度はリュウが尋ねると、サフィアは少し顔を赤らめ答えるのだが、その目は「何よ、文句有るの!?」とでも言いたげである。


「んじゃ、今回が初めて獲物を仕留めるって訳ですね~」

「……そ、そんな簡単にいく訳ない事くらい分かってるわよ……」


 そんなサフィアに苦笑いしつつ、リュウが当然の様に今回の成功を口にすると、サフィアはリュウから目を逸らして口を尖らせる。


「慌てなければ大丈夫ですよ。練習でもちゃんと的を射れてたんだし、ね?」

「そ、そうよね……何よ! わ、分かってるんだから……」


 それでもリュウに諭される様に言われると、しおらしく同意しかけるサフィアなのだが、そんな自分が許せないのか声を上げようとしてリュウの口元に人差し指を立てる仕草を見て、ぷいっと横を向いてしまうのだった。


 サフィアは自身の未熟さを自覚しながらも王族である以上、無様な姿を見せる訳にはいかないと気を張っているのであるが、いささか空回り気味である。

 そんなサフィアと行動を共にするリュウは、何でいちいち怒るんだよ……と思いつつも注意したらしたで余計な面倒が起こりそうで苦笑いが絶えなかった。


『……ご主人様ぁ、苦労されてますねぇ……』

『面倒臭えよ……配置まだかよ?』

『もう少しの辛抱ですぅ! 頑張って下さいねぇ!』

『へいへい……』


 そんな時、笑い混じりの同情の声がココアから掛けられ、リュウはつい本音を溢してしまうのだが、明るいココアの声に気を取り直して歩を進めるのであった。










『レオン様ぁ、そろそろ前方にロブさんが見えますよ』

「そうか……む、見えた。ではこの辺で良いのか?」


 レオンの耳に再びココアの声が届き、レオンが前方に目を向けると、南から北上して来たロブがレオン同様にミルクの案内でこちらに手を振っているのが見えて、レオンは目的地の到着を尋ねる。


『はい! 大丈夫ですぅ!』

「分かった……」


 ココアに明るい声で自身の問いを肯定されたレオンは短く答えると後方へと振り向き、手を挙げて停止の合図を班員に送る。

 それを受けて、サフィア以下班員も同様に後方へ合図を送る。

 そしてミルクとココアの合図で各班は鹿の群れへと向かって前進し、包囲網を狭め、再び合図で停止すると皆は手近な木の陰で息を潜める。


『いいですか? まず攻撃するのは、鹿を視界に収めている二班と五班です。それ以外の班は、撃ち漏らして逃げた目標をお願いします。慌てさえしなければ二射は出来る距離なのでよろしくお願いします。また二班と五班は撃ち漏らしを追い撃ちし過ぎない様に注意して下さい』


 落ち着いたミルクの声がヘッドセットを付ける班長達に届く。


「王女様、今は向こうの木で見えませんけど、鹿はあの木の裏手から逃げて来るので、いつでも撃てる様に」

「え、ええ……」


 同じ頃、リュウはミルクの配慮でサフィアが土壇場で慌てない様に、視界に反映される鹿の予想逃走経路を元に大まかな予想を話し、サフィアは短く返事する。

 どうやらサフィアは過度に緊張している様ではあるが、リュウはサフィアに話しながら、ヤバそうならこっそり針を撃って動きを止めれば良いか……などと呑気に考えていたりする。


 そうこうしている間にその場の空気がピンと張り詰め、サフィアの耳には自身の鼓動がやかましく響いていた。


「大丈夫、慌てないで今は力を抜いていて下さい。合図しますから……」


 するとすぐ横からリュウから耳打ちされ、サフィアがコクコクと頷いた時、突然前方で音が弾け、サフィアはビクッと反応した。

 二班と五班から矢が放たれ、突然倒れる仲間に残った鹿達が一斉に逃げだしたのだ。


 ゴクリと喉を鳴らすサフィアの目にも、こちら側に逃げて来る数頭の鹿が映り、サフィアは弓を引き絞った。


「慌てないで、まだです……まだ……」


 そんなサフィアの横では、リュウが逃げて来る鹿達を見つめ、タイミングを計りながらサフィアに声を掛けている。


「今だっ!」

「ッ!」


 そしてリュウの叫びと共にサフィアの矢が放たれる。

 矢は数頭の鹿が重なった所に吸い込まれ、一頭の鹿が首に矢を受けて倒れる。


「や、やったわ!」


 これまでの緊張が嘘の様に、パァッと表情を明るくして叫ぶサフィア。


「やりましたね! はい、次の矢」

「あ、え、は、はいっ」


 だが、同じく喜んでくれたリュウに即座に次の矢を渡されて、喜びを噛みしめる間もなく慌てて矢を番えるサフィアなのであった。

書き貯めがあまり作れなかったので、いつ更新が途切れるかヒヤヒヤしてます。

なるべくこのペースを維持したいですが、遅れてしまったらご勘弁を…。

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