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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
86/227

01 森に消えたアイス

 魔王城を飛び立ったアイスは、ミルクとココアのサポートを受けたリュウの指示で大森林上空を隈なく飛び回った。

 そして日も暮れ始めた頃、アイスは中央山脈に程近い、森の僅かに開けた場所へと降り立った。


「お疲れ、アイス。偉いぞ~」

「お疲れ様です、アイス様!」

「お疲れ様ですぅ!」


 リュウ達から労いの言葉を掛けられるアイスは、その身を人化させるとピョンとリュウの左腕にしがみついた。


「えへへ、もっと褒めて~」


 左腕に胸を押し付けて甘えるアイスは、リュウの顔がデレッと崩れるのを見ると、すかさずリュウにキスをする。


「ちょっ! お前な……お、俺にはリーザさんが居るんだぞ?」

「でも今は居ないからリュウ寂しいでしょ? だからその分、アイスがいーっぱいしてあげるの! だからリュウも我慢せずにアイスにチューしてね?」


 真っ赤になって慌てて抗議するリュウだが、アイスに上目遣いでお願いされると、しばし言葉を失って見惚れてしまう。


「と、とにかく行くぞ……ここからは徒歩で進むからな。ミルク、ココア、周辺の警戒は頼んだぞ?」

「はい、ご主人様!」

「了解ですぅ!」


 ハッと我に返るリュウが無理矢理に首を進行方向へと向けて歩き出すと、ミルクとココアはそんな主人の耳が赤い事にクスリと微笑みながら、ココアは主人の右肩に、ミルクは主人のバックパックの上にそれぞれ元気よく返事して座った。


 リュウ達は魔王城を飛び立ってから、エルナダ兵の有無を大森林上空からチェックしながら進んだ。

 その為、北へ南へと折り返しながら徐々に東へと進まざるを得ず、エルノアールの洞窟に立ち寄ったり、昼食で一旦地上に降りて休憩した事もあって、中央山脈に近いこの場所まで来るのに相当な時間を要してしまっていた。


 リュウの予定では、今日の内に山脈を越えて比較的安全なエリアに出られるつもりだったのだが、深い森は既に暗く、リュウは少し足早に歩く。


「アイス、暗いの大丈夫か?」


 万が一にもエルナダ軍に発見されない様に明かりを使用せず、視界の調整のみで歩くリュウは、そんな機能を持たないアイスに尋ねる。


「う、うん。リュウと一緒だから大丈夫!」


 元気に返事するアイスではあるが、ぎゅっと腕を巻き付ける様にしてリュウの左腕を掴んでいる。

 アイスの目は魔人族よりも余程夜目が効くのであるが、ヨルグヘイムに幾度となく受けた拷問と、その合間に布を被された檻の中での暗闇の恐怖が今も尚アイスの心を蝕んでいるのであった。

 リュウも救出直後の地下通路でのアイスの怯える様子や、エルノアールの洞窟を最初は怖がっていた事などから、アイスは暗がりが苦手だろうと思っていたのだ。


「怖かったりしたら我慢せずにちゃんと言うんだぞ?」

「うん。ありがとう、リュウ……だ、大好き……」


 なのでリュウがアイスを気遣ってやると、アイスは心底嬉しそうに礼を言い、抱きつく腕に頬を摺り寄せてリュウに甘えた。

 小さな声で頬を赤く染め、上目遣いに恥じらうアイスの姿に、リュウの心は完全に射抜かれてしまっていた。

 しかしアイスの両親の事を思い出すと、邪念を振り払う様に首を振って黙々と歩く事に専念するリュウなのであった。









「リュウぅ……お腹空いたよぉ……」

「そうだなぁ……でも、もう少しだけ我慢しないか? せめて、山の麓には着いておきたいんだよな……」


 歩き始めて一時間、アイスに空腹を訴えられるリュウは少し考えてからアイスを宥めてみる。

 実はお昼ご飯の際にギーファから用意された昼食だけでは物足りなかった二人は、夕飯用の弁当も半分食べてしまっていたのだ。

 リュウのバックパックには、残り半分になった夕飯と干し肉や乾パンといった保存食が多少入っているが、この先どうなるかも分からない内に食べるのは気が引けたのである。


「しょうがねえな……ほら、ゆっくりよく噛んで食べるんだぞ?」


 しかしながらアイスのうるうるとした瞳に負けて、リュウはバックパックから干し肉を取り出すとアイスに手渡した。


「う、うん……えへへ……」


 少し恥ずかしそうに頷くアイスが、嬉しそうに干し肉の端っこを(かじ)る。


「嬉しそうに……ほら、行くぞ~」


 そうして再び歩き始めたリュウ達だったが、干し肉を食べ終えるとアイスが甘える様に空腹を訴える。


「食べ終えた途端にピーピー鳴くな……鳥のヒナかよ……」

「だってぇ……足りないんだもん……」

「仕方ないな。もうちょっと頑張ったら晩メシにするか……」

「うん!」


 何とかアイスを宥めて歩き出したリュウに、今度はミルクが脳内に語り掛けてくる。


『ご主人様、晩メシって言う程、残りは有りませんよ?』

『そうだけどさ、そうでも言わないとアイスが動かないじゃん……』

『アイス様だけで無くなっちゃう気がするのですが……』


 バックパックの中身を把握しているミルクは、主人のその場凌ぎの発言を心配していた。


『こうなったら、ハンティングでもするか?』

『ご主人様、解体とか出来るんですか?』


 分かっていても夕食にまで手を付けてしまったリュウは、自身の見通しの甘さに苦い顔をしながら思い付きで物を言うが、即座にミルクに疑問を呈される。


『お前頼みだ……』

『そ、それはちょっと……』


 当然、動物の解体経験など無いリュウは万能メイドが頼みの綱なのだが、その万能メイドはさっと目を逸らした。


『はぁ? データベースに有るんだろ? 解体の方法とかさ……』

『有りますけどぉ、残酷過ぎてミルクには無理ですぅ……』


 どうやらミルクは知識は豊富だが、実行力が伴わない様で、リュウの口が半開きになる。


『お前な……そんなとこまで人間ぽくなってどーすんだよ……』

『そ、そんな事言われましても……』


肝心な所でただの女の子と化してしまったミルクに、少しばかり呆れるリュウと、自身でも矛盾を感じながらも無理な物は無理だと答えに窮するミルク。


『分かったよ……いざとなりゃ、俺が何とかすっから解体方法をインストールしておいてくれ……』

『済みません、ご主人様……』


 仕方なくリュウは自身で対処するべく、ココアに剣の使い方を教えて貰った様に脳内ツールに対処法を用意する様に頼む。

 そうしてリュウはミルクとココアに周囲の警戒だけではなく、獲物となる動物の探索も頼みつつ森を進むのだったが、そういう時に限って動物は現れない。

 そうする内に、いつしかアイスがリュウの前を歩く様になっており、その距離が少しずつ開き始める。


「おい、アイス。ちょっとペース早くないか? ってか怖くないのか?」


 五メートル先を歩くアイスに声を掛けるリュウだが、アイスからの返答が無い。


「なんだ? 聞こえてないのか?」

「ご主人様、まずいですよ……アイス様、怒っているんじゃ?」

「腹が減ってか? 子供かよ……」


 返事の無いアイスを怪訝に思っているリュウにココアの推測が囁かれ、呆れた声を上げるリュウ。


「怒ってるというよりは、拗ねてるのかも知れませんねぇ……」

「マジかよ……参ったなぁ……」


 そしてミルクにも同様に囁かれ、リュウは眉を下げながらアイスを追う。

 だが、アイスはリュウの思う方向とは無関係に先へ先へとどんどん進んで行ってしまう。

 森は先程よりも険しくなっており、後を追うリュウは歩き難さに四苦八苦しているが、アイスは竜力を使い滑る様にどんどん先へ進んで行く。


「なんで……って、あいつ歩いてねーじゃん! ズルいぞ!」

「ご主人様、頑張って下さい! 置いて行かれちゃいます!」

「んな事言われても、この枝の多さじゃ飛べねえし!」


 アイスが竜力を行使して楽々進んで行くのに気付いたリュウではあるが、木々が密集した場所では飛ぶことも叶わずアイスとの差はどんどん開き、遂にはアイスの姿を見失ってしまった。


「本格的に怒っちゃったんでしょうか?」

「何か……違う気がする……」


 そんな中ココアが不安そうに呟くが、ミルクは小首を傾げるのであった。










 人の地を東西に隔てる中央山脈。

 正確には、大陸のほぼ中央を南西から北東に抜ける街道によって、北中央山脈と南中央山脈とに分かれている。

 その分かれ目は切り立つ断崖であり、元は一つの山脈であった事が伺い知れる。

 その分かれ目から南西に伸びる街道の北側は人の地最大の大森林であり、様々な命を育んでいる。


 北中央山脈の西の麓、街道から大森林に徒歩で三十分程分け入った地点、つまりは魔人族領であるが、山脈の裾野にあたるその一帯は過去の土砂崩れの影響か、木々が極端に少ない土が剥き出しの土地であった。

 現在、そこには大小様々な天幕と各所に松明が設置され、かなりの人数の者が野営していた。


 天幕群の山側の一角には一際大きい天幕が張られており、その入口が僅かに開かれて一人の人物が外へと出て来る。

 その人物は天幕を後にすると大きく息を吐き、気を取り直すかの様に天を仰ぐと正面を向いて歩き出す。

 腰に剣を帯びたその出で立ちは、白い布地の上着にプレートメイルを着け、革のブーツに裾を入れた同じく白いズボン、肘程まである革のグローブは今は外して手に持っているという、騎士と言うにはやや軽装と言える格好である。


 背筋の伸びた美しい姿勢で歩くその騎士は幾つかの天幕の脇を抜け、天幕の間隔が開けた場所に出た。

 そこでは多くの騎士が七、八名程で集まり、地面に座って食事をしていた。

 数か所では焚火が焚かれ、大きな鍋からは今も湯気が立ち上っている。


 その焚火の一つに近付く騎士は、整った顔立ちの女性であった。

 髪を後ろで一纏めに結わえ口元を引き締める凛とした雰囲気のまま、座って食事を摂る一人の騎士に口を開く。


「隊長、ロマリア様の熱は下がりました。軽くですが食事もお召し上がりに」

「そうか。ご苦労だったな、ネラ。遅くなったが食事にしてくれ」

「はい。失礼します」


 隊長と呼ばれた男、ゼノ・メイヤーは食事の手を止めて顔を上げると、部下である女性騎士ネラ・カレントに労いの言葉を掛け、ネラが一礼して去ると少しほっとした表情を一瞬見せて食事を再開した。


 ゼノ・メイヤーはマーベル王国の王族親衛隊の隊長である。

 彼が親衛隊の総勢百名を率いて国を離れてから、二週間になろうとしていた。

 何故、親衛隊が国を離れる事になったのか、それは国王を暗殺の危機から救う為であった。


 マーベル王国は、人間族領に於いて最も魔人族領に近い位置に存在する。

 魔人族領より北東に伸びる街道が中央山脈を抜け、その進路を北北東へと変えて中央山脈東の麓を七日も歩けば、そこはもうマーベル王国領内である。

 それ故にかつての魔人族との戦いに於いては常に最前線とされていたが、魔法の脅威を一番に知る彼らは早々に戦いから手を引き、他国に領内を通行させるに留めている。


 人間族の他の国家はそんなマーベル王国を非難し、中には武力に訴える国も出たが、かの国の騎士団に尽く退けられる憂き目に遭っている。

 そんなマーベル王国の騎士団の強さを支えているのが、王国の北にある中央山脈の北端からやや南に下りつつ東へと延びるヘルナー山脈から採れる豊富な鉱物資源であった。

 鉱物資源から得られる加工品、中でも武器や防具類は他国にも一目置かれ、その流出を極力防ぐ事により、マーベル王国は高い軍事力と豊かな自然による高い自給自足率を誇っていたのであった。


 やがて、他の国々も魔人族との戦いが無益だと知ると、マーベル王国主導の元、魔人族との不可侵協定が結ばれる。

 そうやって魔人族との争いが無くなっても、人間族領の国家間では争いは無くならなかった。

 人々は増え続ける人口による領土拡大や制限される物資流通の拡大を求め続けた為である。


 当時の人間族領の国家は、北西にあるマーベル王国と北東にある漁業が盛んなオーリス共和国、そして南の沿岸に並ぶ小国家群であった。

 北の二つの国家が高い国力と安定性を有しているのに対し、南の国家群は隣国との争いが絶えず、統廃合を繰り返していた。

 やがてその中から武力に勝るコーザ王国が隣国を吸収すると、頭一つ飛び抜けた武力を背景に周囲と連合国家を形成し、現在はコーザ・アルマロンド連合王国とキエヌ聖国、そしてヴォイド教国という三つの国家が存在するのみである。


 人間族の戦いの歴史は、主に南からの攻撃に対し、北の二国が防衛するという形で繰り返されてきたのであるが、南の強国であるコーザ・アルマロンド連合王国自体も一枚岩ではなく、度重なる内乱の平定に力を注いでいく様になり、それぞれの国家は七十年程の戦いの無い平穏な時を過ごす様になっていた。


 マーベル王国ではその平穏の時代に国王が代替わりした事で、現国王のレント・クライン・マーベルは一度も戦争を経験しない国王となった。

 そんな彼は時代を象徴する様な温厚な性格であり、国民からも慕われていた。

 だが、その性格故にか外交は度々弱腰と評される事も有り、貴族間に分裂を生む結果を許してしまっていた。


 国民達には表立っていない貴族間の軋轢も、王城内部ではそうはいかない。

 誰が誰に歩み寄り、誰に付けば安泰な未来を得られるのか、それぞれのアンテナを張り巡らせてピリピリとしたムードが蔓延していた。

 そんな矢先、彼らは新たな脅威を迎える事になる。

 鉱物資源の採取を命じられたエルナダ軍の出現である。

 これにより、王国が抱える危機感は一気に加速する事になったのであった。

お久しぶりです。

まだまだ書き貯め作業中なのですが、平成最後なので触りだけアップしようかと思いまして。

明日は令和最初の投稿予定です。

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