56 魔都からの旅立ち
リュウが部屋に戻ると、いつも一緒に居るアイス達が戻って来ず、付いて来ていたリーザと二人きりになった。
「あれ、何でみんな他の部屋に……」
「私がお願いして、リュウ様と二人っきりにさせてもらったんです……その、大事なお話を聞いて頂きたくて……」
「え……大事な話……ですか……」
首を傾げるリュウに、リーザが震えそうになる手をぎゅっと握りながら、その訳を説明すると、リュウは困惑した表情になった。
「はい。明日からのリュウ様の旅に、私は……付いて行く事ができません……」
「えっ!? なんで……」
そうして切り出されたリーザの話に目を丸くするリュウは、そのまま言葉を失ってしまった。
そんなリュウに、リーザは震える左手を同じく震える右手で胸元に抑えつける様にして、震える喉に力を込める。
「私はただの魔人に過ぎません。リュウ様達の様に私は戦う事が出来ませんし、飛ぶ事も、走る事ですら、皆様の足元にも及びません。そんな私がリュウ様と行動を共にすれば、いつか必ず私はリュウ様を危険な目に遭わせる事になるでしょう……私は、リュウ様の足手纏いにはなりたくありません。ですから、ハンナさんと共にネクトの町の復興をお手伝いしながら、リュウ様をお待ちしたいと思います……」
そこまでを一気に話すと、リーザは静かに息を吐いた。
対するリュウは、呆然とした様子で後ろにあったベッドに腰を下ろし、ガシガシと頭を掻く。
「いや、でも……じゃ、じゃあ、もし戦闘になった時はリーザさんには安全な場所で待機しててもらう……とかはダメなんですか?」
「多くの人間族の中に残されるのは怖いです……どんな扱いを受けるか分かりませんし、そんな中でリュウ様の帰りを待つなんて……」
リュウは何とかリーザに考え直してもらえないかと提案するのだが、リーザの不安そうな表情に事態の深刻さを噛みしめる。
リュウを受け入れてくれた魔人族の様に、人間族がリーザを受け入れてくれるかは全くの未知数なのだ。
「そ、そっか……ん~、参ったな……でもなぁ、リーザさんと離れるなんて考えてなかったし、えぇぇ……」
リーザの不安は理解できるリュウなのだが、自身の願望を捨てきれず頭を抱えてしまう。
そんなリュウの葛藤に自分への想いを見た気がして、思わずリーザは膝をつくと、リュウを見上げて微笑み掛ける。
「私はリュウ様がどこに行かれようとも、ずっとリュウ様の事を想っていますし、何年でも待っています。ですから今は、リュウ様もお仲間を探す事に全力を注いで下さい。そして全てが終わったら私の下に帰って来て下さい……リュウ様、愛しています」
そうしてリーザはリュウの手を取ると、はっきりとリュウへの想いを告げる。
自身の顔が赤くなるのを自覚するリュウは、リーザから思わず目を逸らすのだが、すぐにそれは失礼だとリーザを見つめ返した。
リュウの目に映るリーザも顔が赤く、目には涙が薄っすらと滲んでいる。
「えっと、その、ありがとうございます……俺もリーザさんが大好きです。けど、その……何て言うか俺、まだまだガキだからか愛とかどういう事なのか良く分かりません……でも、そうですね……とっとと用事を済ませたら一目散にリーザさんの所に帰ります……おわっ!?」
普段おちゃらけているリュウも、この時ばかりは真面目に言葉を返す。
こういう場面に慣れていない為、その顔は真っ赤なリュウだが、リーザには十分に気持ちが伝わった様で、リーザに抱きつかれてベッドに押し倒される。
「リュウ様! 大好きです、リュウ様……」
そしてリーザからのキスの雨が降り、リュウの理性がオーバーヒートする。
「は、始まったよ! ほら、ミルク、ちゃんと見ないと!」
「ア、アイス様……叱られちゃいますよぅ……」
「もう、姉さま……ココアの偵察糸がバレる訳無いじゃないですかぁ……」
ハンナの部屋では、お酒を飲んで眠ってしまったハンナの隣のベッドでアイス、ミルク、ココアの三人が布団をすっぽりと被り、リュウとリーザの様子をココアの偵察糸によってモニターしていた。
リーザが怒られたりしないか心配だ、と言う理由で始められたモニターはもはやただの覗き見ツールと化している。
「はうぅ、あ、あんな事するんだ……ひぅ、あんな事まで……す、凄いね……」
「アイス様、あれくらいは序の口ですよぉ、姉さま! 顔から手をどける!」
「ミ、ミルクは見れないよぉ……」
「ダメだよぅ、ミルクぅ……リュウの事もっと知りたくないのぉ?」
「え、そ、そうですね……あう……あうぅ……」
布団の中でモニターを凝視するアイスの目が爛々と輝いている。
ミルクは真っ赤な顔を両手で覆っていたが、アイスに悲しそうに問われてしまうと仕方なくモニターを見つめ、煙を吹き出しそうになっている。
「うわぁ……リーザのあんなうっとりとした表情初めて見るね……いいなぁ……」
「はいぃ……正直、羨ましいですぅ……」
「うう、あんなにキスして……リーザめぇぇ……ココアだって大きくなれば……」
初めて見る男女の営みに、ぼうっとした表情で羨ましがるアイス。
真っ赤な顔で本音を覗かせるミルクも、モニターから既に目が離せない様だ。
リーザに対抗心をメラメラと燃やしているココアも、その顔を赤く染めている。
そうして三人三様にため息を漏らしていだが、リュウとリーザは更に激しく互いを求め合う。
「ふぁっ!? ま、また始まった!? お、終わりじゃないのぉ!?」
「えっ!? ほ、本当ですね……今度はリーザさんが……あう……あう……」
「リーザぁぁぁ! そんな事までぇ! ココアの一番をどれだけ取るのぉ!」
その後も三人は魅入られたかの様にリュウ達をモニターし続け、モニターから解放されたのは夜中をとっくに過ぎた、明け方が近い時間帯であった。
「あうぅ……全然眠れないよぉ……」
「ミ、ミルクの記憶領域に凄くエッチな領域がぁぁ……でも消せないぃぃ……」
「おのれぇ、リーザめぇぇ、明日からはココアがぁぁ……」
こうして覗き魔の三人は、朝を迎えるまで悶々と布団の中で過ごす羽目に陥るのであった。
翌朝、小食堂ではアイスがぼーっとパンを齧っていた。
「アイス様、大丈夫ですか? なんだか凄く眠そうですけど……」
「おはよう、リズぅ……うん、あんまり眠れなかったの……」
後からやって来て心配そうに声を掛けるツヤツヤのリズに答えながら、昨夜の事を思い出したのか顔を赤らめるアイス。
「おチビちゃん達も何だか疲れた顔だねえ? 大丈夫かい?」
「おはようございます、ハンナさん……ミルク達は大丈夫ですぅ……」
同じくハンナに心配され、赤い顔で答えるミルク。
ココアは不機嫌な表情とデレッと緩んだ表情を交互に繰り返している。
きっと昨夜の出来事を思い出し、今後の出来事を妄想しているのであろう。
「おはよーっす」
「おはようございます」
そこへやって来た、上機嫌のリュウとリズ以上にツヤッツヤのリーザ。
しかも二人は堂々と腕を組んでいる。
「おや、まぁ、朝っぱらからお熱い事だねえ……」
「姉さん吹っ切れたわねぇ……」
その口調とは裏腹にハンナがにっこりと微笑み、リズは肩を竦めて笑う。
しばしの別れとなるリュウとリーザの為に、これでも湿っぽくならない様にと気を遣っている二人なのだ。
「い、一度してみたかったのよ……一度くらい、いいでしょ……」
そんな二人にリーザは上目遣いで開き直ろうと頑張るが、顔の赤みはさすがに隠せない様だ。
「ダメだなんて言ってないじゃない……」
「帰ってきたら、毎日出来ますって!」
「えっ? あ、は、はい……」
リズはそんな姉の姿にクスクスと笑うが、続くリュウの呑気な言葉にリーザは一瞬驚き、直後に顔を真っ赤にしてコクリと頷いた。
「はいはい、ご馳走様、ご馳走様。ほら、いつまでもくっついてないで、席に着いとくれよ……あたしゃ、胸やけしそうだよ……」
「へーい」
見かねたハンナに促され、ようやくリュウとリーザは席に着いて食事を始める。
「ん? アイス、どうした?」
「な、何でもないよぅ……」
そんな中、アイスに見つめられてリュウが何かと尋ねるが、アイスは慌てて視線をパンに戻して齧り始める。
アイスは自分も構ってと言い掛けたのだが、会えなくなる二人を想って自重したのだ。
「んじゃ、食べながらになるけど、これからの予定を話すぞ?」
「う、うん」
そうしてリュウはこれから行動を共にするアイス、ミルク、ココアに簡単な予定を話し始める。
とは言っても別に大した内容ではなく、人間族領に行くまでの行程だ。
リュウ達はアイスに竜化してもらい、現在地から中央山脈に至るまで、大森林上空からエルナダ軍が魔人族領へ侵攻していないかチェックしながら運んでもらうのだ。
そして中央山脈からはエルナダ軍に注意しつつ徒歩で山を越え、無害そうな人物と接触して情報収集の手を広げていく予定なのである。
それが、人間族領については何の情報も持たないリュウに考えられる方法だったのだが、そこまで行けばミルクとココアによる反則とも言える情報収集も可能なのではないか、とも思っていたのである。
「お任せ下さい、ご主人様。必ずミルクがロダ少佐とドクターゼムの情報を掴んでみせます!」
「コ、ココアだって頑張りますぅ!」
「うん、頼りにしてっぞ? しかし、こうして話してみると、行き当たりばったり感が凄いな……」
話しを聞き終えてミルクとココアがやる気を見せると、リュウは満足そうに頷くのだが、自分で話した内容に自身で突っ込みを入れた。
「仕方ありませんよ、ご主人様……相手の情報がほとんど無いんですから……」
「ま、いつもの事だな……」
そうしてミルクに宥められて肩を竦めるリュウは、リーザ達の今後を尋ねる。
「私とハンナさんは、ネクトへの支援部隊が編制されるまでここに留まり、彼らと共にネクトに向かいます……その後は、ハンナさんをお手伝いしながらリュウ様をお待ちします」
「俺とリズは数日後に行われる評議会に出席し、その日の内にオーグルトへと出発する事になるそうです。魔王様の計らいで帰りの道中はここの衛士から護衛を付けて下さるそうですので、何の心配も有りません」
リーザとエンバの報告にうんうんと頷くリュウは、ぐるっと皆の顔を見る。
「不安なはずの見知らぬ土地での生活は、とても楽しい毎日の連続でした。その上、アイスも無事に成人する事が出来て……皆さんのお蔭です、本当に感謝です」
そう言ってリュウは頭を下げる。
「もうすぐ暫しのお別れですけど、俺達は帰って来るんで心配しないで待っていて下さい……あと、湿っぽいのは苦手なんで、泣くの禁止でお願いしますね?」
そして泣かれない様にとリュウは先手を打つのだが、リーザとリズはもう既に瞳を潤ませてしまっていた。
それを見て、リュウの口元がニヤリと歪む。
「リズさん……帰りの道中護衛が居たら、エンバさんとイチャイチャ出来ないですねぇ……残念ですねぇ……」
「そ、そんな事っ! ……しません……」
俯いていたリズは、リュウにからかわれて慌てて顔を上げるのだが、全員の視線が自分に集中しているのを知り、途端に顔を真っ赤にして消え入る様に否定する。
「エンバさん聞きました? しないんですって!」
「残念です……」
「エンバっ!?」
それを聞いたリュウが悲しそうな顔でエンバに振ると、エンバはリュウに同調して肩を落とし、驚愕するリズに皆が笑った。
「そうそう、俺達はこうでないとね! あ、ハンナさん。リーザさんの事、頼みますね? とっても甘えん坊なんで……」
それに気を良くするリュウの次の餌食はリーザであった。
「リュ、リュウ様っ!?」
「あっはっは! 任せときな、リュウ坊!」
真っ赤な顔で目を丸くするリーザに、ハンナが豪快に笑う。
こうしていつもの如く、リュウ達は賑やかに朝食を取るのであった。
食事を終えてしばらく部屋でゆっくりしていたリュウ達は、ギーファに呼ばれて竜の間上階にあるドームにやって来ていた。
そこにはリュウ達を見送る為、ジーグを始めとした晩餐会に顔を連ねていた面々が集まっていた。
「これが伝説の……」
「うむ、我ら魔人族を救って下さった星巡竜様だ……」
壁に掛かる黒い星巡竜の肖像画を見て息を呑むリズに、ジーグが頷いている。
「どうだ? アイス」
「父さまに似てる……けど、色が違う……父さまは紅いの……」
「そっかぁ……ま、もうじき会えるって!」
「うん!」
その横ではリュウに尋ねられたアイスが、肖像画を見て少し残念そうに答えているが、リュウに明るい声で励まされると、たちまち笑顔を見せる。
そんなアイスは身軽な格好だが、リュウはバックパックを腕に下げている。
「折角、魔王様に竜の間を案内して頂いたのに……そこから旅立ってしまうなんて、皮肉ですねぇ……」
「でも、リュウ様とアイス様にはお似合いの旅立ち方ではないかしら?」
他方では、ミルクが折角紹介された素敵な部屋からの旅立ちを嘆き、シエラに宥められていた。
そんな中、階下で起こったどよめきに皆が階段へと目をやると、階段の下り口からボスがひょっこりと顔を覗かせていた。
「ボス! こっちだよ!」
アイスの呼び掛けに軽やかに残りの階段を上るボスは、リュウとアイスの間に体をねじ込む様にしてお座りする。
「ボス、見送りご苦労! いいか、お前はリーザさん達を守るんだぞ?」
「リーザの言う事よく聞いて、守ってあげてね?」
「バウッ」
リュウとアイスに撫でられながらリーザの護衛を任されるボスは「任せろ」と言わんばかりに返事する。
元々ボスは連れて行けない、とリュウは当初リズ達にボスを預ける予定だったが、リーザが残留する事になった為、急遽その護衛役に抜擢したのだ。
ボスもリーザには相当懐いている為、異を唱える者は誰も居なかった。
「あうぅ……モフモフと暫くお別れですぅ……」
「姉さま、向こうで新しいモフモフを探せばいいんですよぅ……」
すかさずボスの背中に飛びついて名残を惜しむミルクを、ココアが呆れ顔で宥めている。
そうしてしばしの間、皆それぞれにリュウ達と別れの挨拶を交わしていき、一通り挨拶が済むと、リュウはテラスへの大きな扉を押し開いた。
そして両肩にミルクとココアを乗せたリュウは、アイスを伴ってテラスへ出ようとして、ふと足を止めて振り返る。
「あー、そう言えば、ネクトへの支援の件って具体的にはどうでしたっけ?」
その言葉に、主席行政官ロネ・オンスがすっと前に出る。
「支援部隊に先行して、我々はバナンザまでの各町で参加者を募ります。なので二月程はバタバタする事になるでしょうが、後は落ち着いてネクトの開拓が進められるでしょう……私はここへと戻らねばなりませんが、その後はこのウルトがネクトに常駐して定期的に報告をくれる手筈ですので、ご安心を」
ロネは説明を終えると、隣りの次席行政官ウルト・ルースに続きを促す。
「数日後には先行隊が、その十日後辺りには支援部隊が出発します。先行隊は身軽で足が速いので、支援部隊がネクトに到着する頃には、各町の支援希望者が集まる手筈です。また、治安維持には衛士隊も派遣されますので、どうかご安心下さい」
ウルトは前に出ると、にこやかにリュウに説明し、すっと元の列に戻ると同時にちらりと隣に目をやった。
そこにはリュウをじっと見つめるリーザの姿が有り、ウルトの顔が僅かに緩む。
「ウルトさんはずっとネクトに残るんですか? 大丈夫ですか?」
リュウは次席行政官のウルトが常駐すると聞いて、必要とは言え、大変な役回りだなぁ、と心配する。
「なに、ウルトはこの若さで次席となった男だぞ。心配など無用だ。それにウルトもロネの目から逃れて羽が伸ばせるというものよ……なぁ?」
リュウの心配をジーグが一掃し、悪戯っぽい目をウルトに向ける。
「い、いえいえ、陛下。羽を伸ばすなんてそんな……わ、私は独り身で身軽なのでこういう仕事に適任かと……」
慌てて否定するウルトだが、隣でリーザがクスリと笑ったのを見て、赤い顔で言い訳する。
言い訳がアピールに聞こえなくもない、とロネが天を仰いでいる。
「そうですか、じゃあウルトさん、ネクトの人達をお願いします」
「は、はい。お任せ下さい!」
だがリュウに頭を下げられると、ウルトはきりりと返礼して胸を張った。
「リュウ様、お気を付けて……お帰りを待っています」
そうして場の空気が別れの雰囲気へと変わると、耐えかねたリーザがリュウに抱き付いて口づけし、ロネは苦笑と共にウルトの肩をポンポンと叩く。
ロネには、ウルトの口からは魂が抜けかけているのが見えていたらしい。
「リーザ、大丈夫だよ。アイスがリュウを守って見せるから!」
「そうです! ミルクとココアもお守りしますから!」
「アイス様、ミルク様、ココア様……皆様もどうかご無事で……」
傷心のウルトに気付く事無くアイス達に励まされ、リーザはアイスの手を取って深々と頭を下げる。
そんな湿っぽくなりかけた空気を、肩を竦めたリュウの軽口が払う。
「俺、守護者なんだろ? チビ共に守られてちゃ世話ねーじゃんか……」
「ア、アイス大きくなったもん!」
「チビ共って! いくらご主人様でもその言い方は酷いですぅ!」
「全くですぅ!」
その言われ様に、アイスが青紫の瞳を真ん丸にして、ミルク達は頬を膨らませて抗議する。
そんなリュウ達を見送りの面々は微笑ましく眺めている。
「へいへい。ったく、最後まで締まらねえなぁ……ほら、ビシッと締めるぞ~」
リュウは抗議に苦笑しつつ、アイスの頭を撫でて合図する。
するとアイスが一人でテラスに出て、くるりと皆の方に向き直ると、ふわりと浮き上がった。
そして手摺を越えて空中にふわふわと浮かぶアイスが、光を纏い出す。
その光景に一同は、天使を見るかの様に陶然と目を奪われていたが、光が爆発的に眩さを増すと、そこには一頭の純白の竜が姿を現し、皆の目が見開かれる。
「こ、これが……」
皆が息を呑む中、純白の竜がふわりとテラスに降り立つ。
「皆さん、お元気で。またお会いしましょう……リーザさん、行ってきます」
リュウに声を掛けられて皆がハッと視線を戻し、再び目を見開く。
両肩にミルクとココアを乗せたリュウが、黒い翼を生やしていたからだ。
「リュウ様……い、行ってらっしゃいませ……」
リーザが懸命に笑顔を作る中、リュウは笑顔でふわりと浮き上がるとアイスの首の付け根に跨り、翼を畳んでバックパックを背負った。
「アイス、これでいいか?」
「うん、大丈夫だよ!」
リュウが確認を取ると、アイスは首を後ろに回して元気に返事する。
その時、城下からどよめきと歓声が上がり、リュウ達は城下に目を向ける。
大勢の人々がアイスに向けて手を振り、口々に何かを叫んでいるのが見える。
「あう……何だかちょっと照れるね……」
「何言ってんだよ、翼を開いて応えてやれって」
少し顔を赤らめて照れるアイスは、リュウに言われて翼を大きく開く。
すると歓声が一際大きくなり、リュウは凄え、と感動を噛みしめる。
「んじゃ、皆さん、ありがとうございました! 俺達は行きます!」
「みんな、ありがとう! きっと帰って来るからね!」
リュウの言葉を合図に、アイスはふわりと浮き上がる。
そしてアイスはテラスに出て来た一同に向けて帰還を約束すると、ゆっくり上昇を始めた。
「ボスぅぅぅ! いい子で待っててねー!」
「リーザ! ご主人様は任せてねー!」
リュウの肩ではミルクがボスに、ココアがリーザにそれぞれ声を張り上げる。
誰もが「さよなら」を言わない。
リュウ達が帰って来ると言うのを、誰もが信じてくれているのだ。
アイスがぐんぐんと上昇し、やがて城の上空をゆっくりと旋回する。
もう眼下の声は届かないが、まだテラスの人達の手を振る姿は見える。
「あー、やっぱり泣いちゃったかぁ……まぁ泣いても超美人なんだけど!」
「必ず帰って笑顔にしてあげればいいんですぅ!」
「そうだよ! ミルクの言う通りだよ!」
涙を流してこちらを見上げるリーザをズームして捉えたリュウが、苦笑いしつつも吹っ切る様に明るい声でのろけると、ミルクが耳元で励まし、アイスも同意する。
「今日からは、ココアがリーザの代わりになりますね! ご主人様ぁ!」
「「ずるいよ、ココア! アイス(ミルク)だって!」」
「珍しいシンクロだな……」
そんな主人にココアが艶っぽい声でアピールすると、慌てた様にアイスとミルクが見事にハモり、リュウはクスリと笑ってしまう。
「いつまでもクルクルしててもキリが無ぇ……行くか!」
「うん!」
そうして未練を断つ様にリュウが告げると、アイスは元気よく翼を大森林に向けて打つ。
見る見る姿を小さくしていくアイスの後ろ姿に、もうリュウの姿は見えない。
それでもリーザは、すぐにぼやける視界を拭いながら、懸命にその姿を追う。
「リュウ様……」
リーザの微かな呟きを、隣で座るボスは聞き逃さない。
「ウオォォォーン……」
直後に放たれたボスの遠吠えは、まるでリーザの代わりに届けと言わんばかりにどこまでも遠く響くのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
これにて2章はお終いです。
1話からここまで約7カ月半、下書きから数えると約10カ月……書き方のルールとか調べたり教わったりしながら、よくここまで続けられたな…と思っております。
3章は構想は有るのですが、これから書くので暫くお時間を頂いて、たっぷり書き貯めを作ろうかと思っております。
2章を終えて暫く休むつもりが、1週間もしない内に書きたくなるとは…
自分でも気付かぬ内にえらくハマったもんだと呆れております(笑)
拙作にブックマーク、評価くださいました方、この場を借りて御礼申し上げます。
再開する事になりましたら、活動報告にてお知らせ致します。




