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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
83/227

55 不安と助言

『ママ~、どうしてもう帰るの~?』

『施設の子と遊んじゃいけませんって、いつも言ってるでしょ!』

「……」


『天生君、授業中に後ろを向かない!』

『お前、後ろ向いても意味ねーじゃん!』

『そうそう、天国なんだから上向いてろよ~』

『こらっ! 参観日だからって浮かれてないで静かにする!』

「……?」


『施設に居るくせにパソコン持ってるなんて生意気だよな……』

『しょーがねーじゃん、天生は遺産がっぽりなんだからよー』

『良いよなぁ、うちの親も死なねーかなぁ……』

「……!」


『明日の本番は親が見に来るんだから、頑張れよ!』

『先生~、天生は頑張らなくてもいいんですか~?』

『馬鹿たれ! 天生だってご両親が見に来る! 天生、頑張れよ!』

『明日、天生写したら、心霊写真撮れんじゃね?』

『ぎゃはははは~』

「ご……さ……!」


『毎週、毎週、ここに来てばっかり……』

『そう言わんの! お父さんの会社大変なんやで?』

『せやかて、うちも相手くらい選ばして~な……』

『リュウ君の遺産、数億やで! そこらの男より、よっぽどええやんか!』

「ご主……さ……!」


『喰らえ! 化け物!』

『何だよ、にーちゃん英雄気取りかよ……悪の親玉倒した俺、偉いってか?』

『この化けも――』

「ご主人様っ!」

「ッ!!」


 ミルクの叫び声で、リュウはビクンッと跳ねる様に目覚めた。


「ご主人様……大丈夫ですか? 酷くうなされてましたけど……」

「あ……うん、大丈夫……う、凄え頭痛……」


 ミルクに心配そうに声を掛けられて体を起こす汗まみれのリュウは、大丈夫だとは言うものの、ズキンズキンと脈を打つ頭痛に顔を(しか)め、こめかみを押さえた。


「リーザさん、お願いしますぅ……」

「はい。リュウ様、本当に大丈夫ですか?」


 ミルクと共に来ていたリーザが、心配しつつリュウの頭部に手を(かざ)す。

 するとたちまち頭部が暖かな光で包まれ、リュウはじっと目を閉じる。


「ふわぁ、痛みが治まっていく~。リーザさん、いつも済みません……」

「いえ、そんな……治癒術士なんですから、当然の事です……」


 次第に引いていく痛みに表情を弛緩させるリュウは、リーザに礼を言いながら体の向きを変えてベッドに腰掛ける。

 だが酷い夢の内容を思い出すと、リュウは力無く背中を丸め、深いため息を吐いてしまう。


「リュウ様、凄い汗です……そんなに酷い夢だったのですか?」

「いやぁ、まぁ……人を羨んだら罰が当たった、みたいな夢です……はは……」


 リーザがハンカチでリュウの汗を拭いつつ心配そうに尋ねるが、リュウは具体的な言及は避けて、力無く笑った。


「ご主人様ぁ、聞かない方がいいですか?」

「ん~、まぁ、言ったところで所詮夢だしな……解決策なんてねーから、いいよ」


 そんな主人にミルクも遠慮がちに尋ねるが、リュウは苦笑混じりに答えるのみで、ミルクとリーザは困惑するばかりだ。


「でも、人に話す事で、気持ちが楽になる事も有りますけど?」

「そうですね……でも、人に聞かせる様な話でも無いんで……」

「そうですか……」


 それでもリュウが話したくないのだと分かると、リーザはにっこり微笑んで頷き、それ以上尋ねる事はしなかった。

 それは、話す事に気が進まないリュウにとって有難く、ともすれば暗くなりそうなリュウの気持ちを明るく、軽くしてくれた。


「それはそうと、みんなはどうしてるんです?」

「ああ、それは……」


 頭痛が和らぎ、気分も軽くなったリュウは、その時になってようやく他の皆の事が気になった。

 だが問われたリーザは言葉に詰まり、視線でミルクに助けを求めた。

 本当は別の用件で来たのだが、今のリュウに聞かせる様な内容ではないし、こんな状況も想定していなかった為、上手い言い訳が出て来なかったのだ。


「ミ、ミルクがご主人様の異変を察知したので、リーザさんと二人で来たんです。 騒がしくしてもいけないと思って、みんなは隣の部屋で待ってるんです……」

「そっか……サンキュ、ミルク」


 リーザの瞳の困惑を瞬時に読み取るミルクは、瞬時に最適解を導き出すと、主人に違和感を感じさせる事無くすらすらと事情を説明する。

 見た目や普段の言動から忘れがちだが、あらゆる可能性を超高速で同時推論できるミルクにとって、この程度の事は朝飯前なのだ。

 竜力により強化されたとは言え、さすがはエルナダの最高技術の結晶である。


「ふぅ……リーザさん、もう大丈夫です。あ、そうだ……今日の夕食って魔王様達と一緒だって聞いてます?」

「ええ、ギーファさんから伺いました。後で呼びに来て下さるそうです」

「そっかぁ、んじゃ俺は今の内に汗流します」

「分かりました。では隣の部屋でお待ちしてますわね」


 すっかり頭痛が治まったリュウは、夕食の確認を取ると洗面所へ向かい、リーザ達は隣室へ移った。


 洗面所にはシャワーブースそっくりな個室が有り、リュウは入るなり天井に手を翳す。

 すると魔風石の結界が反応し、魔水石、魔炎石それぞれを起動させる。

 そうやって天井裏のタンクにお湯を溜め、天井の小窓を開けば、細かく開けられた穴からシャワーの様にお湯が落ちて来る寸法なのだ。


「この世界では便利なんだろうけど、勢いが弱いよなぁ……石鹸もあんまり泡が立たないし……」


 ぶつぶつ言いながらシャワーを済ませたリュウは、体を拭きながら日本での生活を思い出し、その有難みを痛感する。

 この世界を馬鹿にする気は無いリュウなのだが、日本とのギャップを感じてしまうと、ついため息が漏れてしまうのであった。










 リーザとミルクが隣室に移ると、そこには全員が待っていた。


「あれじゃ、ちょっと言い出せないわよね……」

「えっ、どうして……」

「ココアね!? 覗いてたんでしょ!」


 隣室での出来事を見ていたと言わんばかりのリズの言葉にリーザが目を丸くするが、ミルクは即座にココアの偵察糸を疑った。


「だ、だってみんな心配だったんだから、仕方ないでしょ……」


 アイスの肩に隠れる様にしてココアがあっさりと認めると、皆はココアを庇う様に頷いた。

 皆の心配事、それは人間族領へ向かうリュウにリーザが同行せず、リュウの帰りを待つ、という事についてであった。


 リーザ達は中庭へ降りてのんびりとした時間を過ごしていたが、買い物から帰って来たアイス達が合流すると、リーザは皆に迷う胸の内を打ち明けた。

 その中で、リュウに付いて行くべきと主張したのはリズとハンナ。

 帰りを待つ方が良いと主張したのは、ミルクとココア、そしてエンバ。

 答えを出せなかったのは、リーザ本人とアイスである。


 結局のところ、命の保証も無く、足枷になりかねない、という理由を誰も覆す事が出来ず、リーザはハンナの手伝いをしてネクトの町でリュウを待つ事を決心、夕食の前にリュウに打ち明けるつもりだったのである。


「ま、夕食の場で魔王様方に気まずい思いをさせる事を思えば、かえって良かったのかも知れないねぇ……」


 ハンナがそう言って苦笑いを浮かべると、皆もコクリと頷く。


「リーザぁ……本当にいいの?」

「アイス様……はい。確かにリュウ様とは一緒に居たいですけど、それでリュウ様を縛る様な真似は、やはり私には出来ません。ならば私は、リュウ様やアイス様がいつ帰って来られても良い様に、いつでもゆっくりとお休み頂ける場所を用意していたいと思います……」


 そんな中、眉を下げるアイスが問い掛けると、リーザはにっこりと微笑んで自身の決意を静かに聞かせた。


「うん、絶対に帰って来るもん……」


 泣くのを堪えてアイスがリーザに抱きつく。


「アイス様……ありがとうございます……」


 リーザはそんなアイスをしっかりと抱き留め、自身が言った言葉を反芻する。

 そして、これは決別では無い、きっとリュウ様も分かって下さる、そう自身に言い聞かせるリーザなのであった。










 魔王一家との夕食は終始和やかな雰囲気で進み、今は皆が食後のデザートに舌鼓を打ちながら談笑していた。

 中でもジーグは超がつく程の上機嫌であり、二人の王子も机の下に目をやっては、ニマニマと口元が緩むのを抑えられないでいる。


「私共がおもてなしをする立場ですのに、こんなに気を使って頂いて……」

「いえいえ、オーグルトのミガルさんという腕の良い鍛冶師さんから頂いたので、友好の証に丁度良いと思っただけですから……魔王様のは、そのついでです……」


 申し訳無さそうなシエラ王妃に、ぺこぺこ頭を下げて照れるリュウ。

 リュウはミガルに貰った二本のナイフを二人の王子にプレゼントしたのだ。

 友好の証にと言ってはいるが、そこから噂が広まる事も期待していた。


「ついででも何でも構わぬぞリュウよ。それでこれ程の逸品が手に入るのなら、幾らでもついでにしてくれ。わっはっは……」

「まあ、呆れた……先程はあんなに拗ねていたのに……」


 リュウについでと言われても、ジーグは全く気を悪くした様子も無く豪快に笑い、シエラはやれやれと言わんばかりに苦笑する。


 二人の息子が素晴らしい切れ味のナイフをプレゼントされたというのに、自分のは無いのかとジーグが駄々をこねた為、リュウがミルクとココアに頼んでジーグの剣をチューンアップさせたのである。

 そうして手にした剣の出来栄えを壁に飾ってあった甲冑で試し斬りしたジーグは、その見事な切れ味に歓喜したのだ。


「ま、良いではないか……それよりリュウ、エンバ、飲もう……クリフ、カリス、お前達も付き合うがいい」

「はいはい、本当に殿方ときたら……カリス、あなたはお酒はダメよ?」

「は、はい、母上……」


 少々ばつが悪かったのか、ジーグは軽くシエラを宥めると少し離れた席へと移り、男連中はそれに従った。

 それをやれやれと見送るシエラは、まだ十四才のカリスも同席するのを見て母親の顔を覗かせる。

 だがそれも、正面でにこにことそれは美味しそうにデザートを頬張るアイスを見てしまえば、ふんわりと和らいだ表情になった。


「アイス様、お気に召して頂けた様で何よりですわ」

「う、うん。とっても甘くて美味しいの……あ……」


 シエラに声を掛けられて、ハッと我に返るアイスは満面の笑みでデザートを褒めるのだが、背後で鳴ったガシャリという金属の音に視線を向けた。

 そこには、試し斬りをして転がっていたままの甲冑を運び出そうとするギーファの姿が有った。


「ギーファお爺ちゃんも大変だね?」

「いえいえ、アイス様。この程度、何と言う事もありません」


 アイスの背後を通って甲冑を運び出そうとするギーファにアイスが困った様な顔を向けると、ギーファは一旦立ち止まって答え、丁寧に頭を下げる。

 そんなギーファに疲れを見たのだろう、アイスは「ん~」と何やら考える素振りを見せると、ギーファに向けて体を捻り、両手を伸ばした。


「ギーファお爺ちゃん、元気にな~れ!」


 そしてアイスの無邪気な願いと共に、ギーファの体がぼんやりと光に包まれる。


「お、おお!? 体の中から何か……漲るっ! か、感謝致しますぞ、アイス様! これならば、爺はまだまだ戦えますぞ!」


 突如として自身の体に力が漲るのを感じるギーファは、アイスに感謝を述べるのもそこそこに、意気揚々と甲冑を軽やかに運び出して行ってしまった。


「ギーファさんの仕事場は戦場なんですねぇ……」

「ギーファさん、アイス様の爺やになっちゃってますねぇ……」

「もう、ギーファったら……」


 そんなギーファにツッコミを入れるミルクとココアに、苦笑いするシエラ。

 だが自身も足を治してもらったシエラには、ギーファのはしゃぎ様がまるで自身の事の様に理解できるのであった。


「リーザさん、まだ迷ってらっしゃるのかしら?」


 シエラはそんな中、一点に視線を固定したままのリーザに気付き、声を掛ける。

 するとリーザはハッと我に返り、少し驚いた様な表情をシエラに向けた。


「陛下から事情は伺っていますわ……お辛いわね?」

「い、いえ……もう決心は付いているんです。ただ……どう話をすれば良いのかと考えてしまって……」


 シエラに同情の瞳を向けられ、リーザはちらりとリュウ達の方を見て万が一にも声が届かぬ様に声を絞って答えた。

 リュウと離れて待つ事を決心したリーザの目下の悩みは、どういう風に話をすればリュウに納得してもらえるか、という事なのだった。


「そうね……如何に強大な力を持っていると言っても、リュウ様はクリフより若いんだものね……」


 リーザの悩みにシエラは、最近ようやくしっかりしてきたと思えるクリフよりも二つも年下のリュウについて考える。

 しっかりしている様に見えてはいても、子供っぽさが抜けきっているとは言えないのがリュウくらいの年頃の少年なのだ、と。


「本当にいいのかい? あたしゃ、申し訳ないよ……」

「いえ、ハンナさん。これが一番現実的な判断だと自分でも思うんです。ですからハンナさんが気に病む事は無いんです」

「そうかねぇ……リュウ坊は許してくれるかねぇ……」


 リーザの決断にハンナは申し訳無さそうに肩を落とすが、リーザはそんなハンナの肩に手を置き、優しく気遣う。


「リュウは優しいから大丈夫だよぅ……」


 だがそんなリーザ達にアイスは、何をそんなに心配する事があるの? と言いたげに口を尖らせる。

 アイスにしてみれば、リュウはいつだって困った時に助けてくれる、頼れる存在なのだ。


「でも、ご主人様って時々、思考が悪い方へ悪い方へと傾く事があるんですよ……そういう時はどうしたらいいのか本当に困ってしまいますぅ……」

「ご主人様って怒ると怖いもんねぇ……」


 だがリュウの優しい部分以外の所も見て来たミルクとしては、敬愛するアイスの言葉でも素直に頷く事はできず、ココアはトラウマとも言える出来事を思い出してしまい、身を(すく)めた。


「やはり、まずはきちんと謝って許して頂かないと……」

「それは良くないわね、リーザさん。まずは何故自分が残るのか、それをきちんと説明する事よ。謝るのは理解を得られてからの方が良いと思うわ?」

「でも、それではリュウ様が不快な思いをするのでは……」

「何故? どうして? となる事は有っても、それで不快になったり、怒ったりはしないでしょう……むしろあなたは一緒に行く事での不安と、必ず待っているのだという事をきちんと伝える事よ……」

「……そうですね……ありがとうございます、シエラ王妃……」


 ミルクやココアの言葉や残留する負い目からか、リュウに謝る事を優先しようとしていたリーザは、シエラの意見にその通りだと迷いが晴れる思いであった。

 シエラもリーザの瞳から迷いが失せたのを見て、にっこりと微笑む。


 そうしてしばしの間、談笑に時を忘れる皆であったが、リーザを思い遣るシエラの計らいで夕食会はお開きとなり、リュウ達は口々に感謝を告げて部屋へと戻って行くのであった。

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