50 新たな故郷
酒やつまみを用意し終えて女官が退室すると早速、喉を潤したジーグが口を開く。
「闇の獣の首魁がガトル・レナスだったとはな……」
「少々型破りな面も有りましたが、まさか奴が陛下に仇成すとは……」
「しかしハンナはガトル・レナスだと証言しております」
「名を騙った者が居たとは考えられぬか?」
「畏れながら陛下、無詠唱で魔法を行使できる者となると……」
「ふむ……疑う余地は無しか……」
リュウをこの場に残した理由も告げず、ジーグ達は闇の獣の首魁であったガトルについて話し出すが、ジーグは未だ信じたくない様子であった。
「あのう……ご覧になりますかぁ?」
その場に不似合いな艶っぽい声を耳にして、ジーグ達は声の主へと目をやった。
それはリュウの右肩に座るココアだ。
「ぬ? どうやって見るというのか?」
ココアの提案にジーグが怪訝な表情で問い、デルクとブレアも顔を見合わせる。
「ご主人様……いいですよね?」
「へいへい……」
少し出しゃばってしまったかなと自身でも思うココアは、実にあざとく上目遣いで主人の了承を得て、主人の左手首の外側にプロジェクターを形成する。
「では、映しますね」
ジーグ達がリュウの手首に現れたプロジェクターに目を見張る中、ココアによってプロジェクターが起動されると、テーブルの上の空間に饒舌に話すガトルの姿が映し出される。
「なんと……」
「これは……間違いありません、ガトル・レナスです……」
空間に浮かぶ鮮明な映像に三人が驚くのも束の間、映し出された男を見てブレアが部下であったガトルだと確信する。
「しかし……あれ程の男がここまで変わるものなのか?」
「分からん……賊になったからこうなったのか、元々我らを欺いていたのか……」
デルクの疑問に応じるブレアだが、ガトルの上司だった彼にも今となっては真実など分かるはずもない。
「なぁ、ココア……お前はガトルから何か聞いてないのか?」
「ご主人様が苦しんでいた時に、エンバさんが何か話してたと思うんですけど……ココアと姉さまは、ご主人様の事で精一杯で……」
「ふーん……今、ミルクと連絡取れるか?」
「多分大丈夫かと」
「んじゃ、エンバさんに此処に来てもらう様に言ってくれる?」
「了解でーす」
その横ではリュウとココアがひそひそと話を始めるのだが、ジーグ達に聞こえないはずが無く、彼らは会話を止めるとリュウ達の会話に耳を傾けるのだった。
「なるほど……そういう事であったか……奴が懇意にしていた賢者と言えば……」
「オースですな……あの無精者め……」
急いでやって来たエンバからガトルと交わしたやりとりを聞き、納得しつつ記憶を掘り起こそうとするジーグを待たず、魔導士だけでなく賢者をも統括するブレアが、即座に苦虫を噛み潰した様な表情で毒突いた。
オースと言う賢者は魔法の技術は確かなのだがそれ以外の事には頓着せず、何かとトラブルの種になる人物であった。
「ブレアさん、ご存知なんですね」
「ええ、私が魔導士と賢者を統括していますので……しかし、甘かった様です」
リュウの問いに答えるブレアは、自身の監督の甘さに忸怩たる思いを抱かずにはいられなかった。
「でも、今後は対策も出来るし大丈夫ですよね?」
「勿論です。二度とここから反逆者など出しません」
そんなブレアを気遣うリュウの更なる問いにブレアがしっかりと頷くと、リュウもうんうんと頷いてブレアにニカッと笑顔を返した。
「んじゃ、今後は魔王様の目が光ってるって事で一安心する事にして……魔王様、これを……オーグルトで預かって来ました」
これで一件落着だな、と胸を撫で下ろすリュウは、懐から一通の手紙を取り出してジーグに手渡した。
手紙はハンターギルドのオーグルト支部長であり、エンバの父親でもあるゾリス・ガットから預かったものだ。
「ん、そうか……その前にリュウ、お主はどうやって闇魔法に対処したのだ?」
「え~っと……どう言えばいいんだろ……」
だがジーグにはまだ疑問が残っていた様で、受け取った手紙を見もせずにリュウに質問し、リュウはどこから説明すべきか、どこまで話すべきかに迷う。
「ご主人様ぁ、口で説明するには難し過ぎると思いますよ?」
「だからと言って、あんな映像見せられるかよ……」
そこへココアが小声で口を挟むのだが、リュウはココアの意図を察すると、同じく小声で否定する。
そんな悪い結末を想像し始めたリュウが、一人で勝手に負の連鎖に陥って顔色を悪くしていると、新たに隣の椅子に腰掛けるエンバがリュウに向かって口を開く。
「リュウ様。ココア様の言う様に説明は難しいのでは? 俺は後になって驚かれるよりは、今見て貰った方が良いと思いますが……」
「いやいやいや、エンバさん! それはマズイでしょ……あれ、ただの残虐ショーですよ!?」
エンバのココアより踏み込んだ発言に、この人何言い出すの!? と慌てて反対するリュウの声が思わず大きくなる。
「確かに俺も、あの時は恐ろしかったです……ですが、リュウ様はみんなを救ってくれましたし、その後も何一つ変わってないじゃないですか。それに、あれを見たからと言って、国王陛下やその臣たる方達が、リュウ様に対して今更意見を変える様な事はなさいませんよ」
エンバは慌てるリュウに、当時の心境を口にしつつも、リュウを安心させようと僅かに笑顔を浮かべながら話した。
普段、寡黙で冷静なエンバが笑顔を見せるのは珍しいが、物事をよく見ており、リュウの今の顔色についても彼にはおおよその見当が付いていた。
だから彼は、少しでもリュウの不安を減らそうと、また、ジーグ達が後になって驚いたりしない様にと、敢えて今見て貰った方が良いと考えたのであった。
「いや、そうは言っても――」
「リュウ、そう心配するな。余はお主に国の守護を頼んだのだぞ? 多少の事には動じるはずも無かろう」
それでも渋るリュウの言葉を遮ったのは他でもないジーグであった。
ジーグはリュウの星巡竜の守護者としての力に興味が有った。
エンバの言葉から、それは昼間の出来事とは比べ物にならぬ事なのだろう、とは思うジーグだが、威厳を保つ為にも誰よりも先に見ておく必要が有るのだ。
それにブレアが大きく頷くが、デルクは頷きつつも、やや緊張した面持ちだ。
「はぁ、分かりましたよ……ココア、頼む」
「はい、ご主人様ぁ」
そうして流されるココア視点のリュウの初めての覚醒映像は、壁に張り付けられた所から壁に大穴を開けるまで、ノーカットでお届けされてしまった。
因みにリーザとリズの裸の映像は、リュウがプロジェクターの前に右手を翳して隠したのでセーフだ。
食い入る様に映像に釘付けになっていたジーグ達は、映像が終了してもしばらくは言葉も発さず固まっていた。
中でもデルクは相当ショックだったのか、顔色がかなり悪い。
やがて大きく深呼吸して、ジーグが口を開く。
「今のがリュウの真の姿なのか?」
「違いますよぉ! 真の姿はこっちですよ……あれは奪った星巡竜の力が偶然に作用した結果です……」
ジーグの問いに、リュウは相手が国王だというのも忘れて声を上げ、慌てて声量を絞った。
「星巡竜の力を奪っただと!?」
「はい……別の星でアイスとその両親が別の星巡竜と戦いになった時、俺はアイスの側に加勢したんです。そしたら星巡竜の力が俺の中に入ってしまったんですよ」
「なんと……」
それからというもの、リュウはジーグ達から質問攻めにされる羽目になった。
だが真面目に答え続けた甲斐があったからか、ジーグの疑問が尽きたのか、しばらくジーグは考え込んで大きく息を吐くと、心配する様な表情をリュウに向ける。
「ふう……。我らよりも遥かに進んだ文明の戦いと、それに巻き込まれながらも生き残り、守護者となった少年……か。リュウ、お主はそれで良いのか?」
「え……それで良いって言いますと?」
ジーグに問われ、リュウはきょとんとした顔を向ける。
「望んだ訳でも無い力をその身に宿した事や、争いに巻き込まれた憤りは無いのか? 故郷に戻りたくはないのか?」
リュウの反応にジーグは少し苛立った様子で、具体的な例を挙げる。
もし自分が争いに巻き込まれて国にも帰れないとなったら、途方に暮れるのではないか……そう思うジーグは、リュウにそういう雰囲気がまるで皆無な事が不思議に思えたのだ。
「そりゃあ、最初は戸惑いもしましたけど、俺を故郷から連れ出したのはアイスですし、この子達が居なければ俺は早々に死んでました。だから感謝はしても憤ったり、恨んだりはしてません……それに俺には両親とか居ないので、大して帰りたいって気持ちも無いんですよね……それより今は何よりもやる事が有るし、何て言うか……故郷に居た時よりも充実した毎日を送っていますよ?」
それに対してリュウは、自身の嘘偽りの無い率直な気持ちを答えた。
その言葉に、肩に乗るココアが感激してリュウの首に抱きついている。
「そうか、ならば良いのだ。リュウ、いつでもここに帰って来てくれて構わぬぞ。これからはここが、この国が、お主の第二の故郷だと思ってくれ」
ジーグはリュウの言葉に目元を和らげると、リュウに思うままの言葉を掛ける。
そこには国王としての威厳を感じさせない、人としての優しさが有った。
「え、あ、ありがとうございます。きょ、恐縮です……」
ジーグの予想外の温かい言葉に、リュウは少し照れたのか、それとも嬉しかったのか、僅かに頬を赤らめて答えた。
そんなリュウにジーグが静かに頷く。
「さて……と、この手紙が残っておったな……」
いよいよ話を終えようとして、ジーグは自身が手に持つ手紙に気付く。
そして徐に手紙を開封すると、じっと目を通し始めた。
「そうか、エンバはゾリスの息子であったか……なるほど、そう思って見れば確かに面影が有る」
「なんと、ゾリスの……くそう、ゾリスめ……こんな立派な息子が居るとは……」
「わっはっは、お主だって立派な息子がおるではないか……」
「何を仰います。親の気も知らぬ馬鹿息子ですぞ、陛下……」
「まぁ、そう言ってやるな……進む道が違うだけではないか……」
「はぁ……折角忘れておったのに……」
ハンターギルドのオーグルト支部長であるゾリス・ガットからの手紙には、息子のエンバと、同行するリズを評議会に出席させたい旨が認められており、ジーグがその事に言及すると、ブレアが悔しそうな表情を滲ませた。
突然のジーグとブレアの主従を感じさせないやり取りに、リュウとエンバは呆気に取られ、デルクは事情を知っているのか苦笑している。
「あの、オーグルトの支部長さんとは知り合いなんですか?」
それについてリュウが尋ねると、ジーグが悪戯っぽい表情でリュウに応じる。
「知り合いも何も、我ら三人とゾリスは、ここで共に魔道を学んでおった仲なのだ。だがゾリスは魔導士にはならず、女を連れてオーグルトに帰ってしまった。その女というのが美人でな。ゾリスとブレアが、くっくっく……取り合っていたのよ」
「ほえ~、やるなぁ支部長さん……」
ジーグからガット支部長とブレアの昔話を聞かされ、リュウの口元が緩む。
エンバは父が魔王様と旧知の中だと知って目を丸くしたが、その後の話を聞いて、少し顔が赤い。
「くそう……今でもあいつの勝ち誇った顔が忘れられん……しかも息子まで……」
「わっはっはっは、ブレア、やけ酒なら付き合ってやるぞ! くっくっく……」
もう随分と過去の話だというのに心底悔しそうなブレアと、可笑しくて仕方ない様子のジーグ。
つい先程までの折り目正しい主従関係が嘘の様だ。
「息子さんというのは?」
「ブレアは魔導士にと思っていた様だが、鍛冶師を目指しておってな……」
「良いじゃないですか、鍛冶師! オーグルトにも良い職人さん居ますよ!」
「リュウ殿、鍛冶師などこの国に何人居るとお思いですか? ちょっとやそっとで大成できるものではありませんぞ……」
そうしてリュウが無責任にブレアの息子を応援すると、ブレアはジト目をリュウに向け、ため息混じりに嘆くのだった。
「陛下、お戯れはその辺にして、そろそろ……」
「む、ついつい話し込んでしまったわ。長々と引き留めて悪かったな、リュウ」
「いえ、俺の方こそ勝手して済みませんでした」
「エンバ、評議会の方は余に任せておくが良い」
「はっ、ありがとうございます!」
そんな中、デルクがジーグに切り出してその場はお開きとなり、リュウとエンバは立ち上がると皆に一礼して退室した。
リュウ達が退室するのを見届けるジーグが杯を手に取り、背もたれに深くその身を預ける。
「陛下、よろしかったのですか?」
「ん? 何がだ?」
デルクに声を掛けられ、ジーグは杯を傾けるのを止める。
「その……国の守護にアイス様の了解を得る事が叶いませんでしたが……」
「なに、これで良かったのだ。頼みごとを引き受けると、『頼まれたから』、『約束だから』とつい義務的に物事を処理してしまいがちだ。ひょっとしたら、リュウもそうなるやも知れぬ。だがそんなものに縛られぬアイス様は、ただ全力でリュウの行いをサポートすると思わぬか?」
デルクが言い難そうにリュウとしか約束を結べなかった事に触れると、ジーグは動じる事無く自身の考えを話して聞かせた。
「なるほど。リュウ殿さえ味方でいてくれるならば、リュウ殿を慕うアイス様は、必ず行動を共にしてくれる、という訳ですな……しかも迷い無く……」
ジーグの考えはデルクにもすぐに理解できた。
晩餐会で見ただけでも、アイスがリュウに好意を寄せているのは明白だったからである。
「うむ。アイス様のは、もはや慕うというよりはベタ惚れであろう……その上で、アイス様がこの国を故郷の様に思ってくれれば、これに勝るものはない」
「その為にも、我らはこの国をより素晴らしいものにせねばなりませんな」
そうしてジーグとデルクが頷き合っていると、ブレアが口を挟む。
「さすが陛下、人を見る目は若い頃から変わりませぬな……」
「だから、あの時も余の忠告を信じておれば良かったのだ」
「ぬぐぅ……」
が、それは再びブレアの古傷を抉り、ブレアは杯を一気に傾ける。
「おいおい、明日に障るぞ……」
「なに……一日くらい俺が居なくても、何の支障も無いわ……」
「わっはっは、これは重症だな……デルク、付き合ってやろうではないか!」
「やれやれ……仕方ありません……」
デルクの制止も虚しくブレアが更に酒を呷って開き直った発言をすれば、ジーグが豪快に笑って容認し、デルクも肩を竦めて杯を手にするのだった。
意外に話が進まないですが、雑にならない様に2章を締めたいので、
もうしばらくお付き合いください。
感想、評価等、お待ちしております。
よろしくお願いします。




