49 夜更けの会談
小会議室にジーグ、デルク、ブレアの三人は戻って来ていた。
だがその三人に挟まれる様に、今回はリュウとハンナが座っている。
「くっくっくっくっ、まだ腹が痛いわ……よくもあの状況で、人違いなどと言えたものだな……ぶっくっくっく……」
ジーグが心底愉快とばかりに笑う中、デルクとブレアは呆れた様な、困惑した様な微妙な表情でリュウを見ている。
脱獄がバレて小さく縮こまる二人だが、表情を強張らせて青褪めるハンナに対し、リュウは諦めつつも拗ねている様な、どこかコミカルな表情である。
その表情が先程のすっとぼけた台詞と相まって、ジーグのツボに嵌っている訳なのだが、魔王相手によくやる、というのがデルクとブレアが思うところである様だ。
「で、リュウよ。如何なる理由で罪人を牢から連れ出したのだ?」
「え~と……いきなり死刑にされない為っす……」
「ほう……何故そう思ったのだ?」
「ギーファさんに……闇の獣に与した者は死刑の可能性が高い……と聞いて……」
「ギーファめ……」
「あー、ギーファさんは悪くないです。俺が無理に聞いたんで!」
ジーグの問い掛けにポツポツとばつが悪そうに答えるリュウだったが、ギーファを庇った辺りから緊張が解けた様で、口調が滑らかになる。
そこでジーグが背もたれから体を起こし、デルクとブレアが表情を引き締める。
「ふむ……それで、それが事実だとしたら……どうするのだ?」
「ハンナさんは……いや、ネクトの町の人達は、確かに闇の獣を手助けしたかも知れませんけど、そうせざるを得ない事情が有ったと思うんです。というか、元々は彼らも飢饉の犠牲者でしょ? 痩せた大地で物資も届かないという状況じゃ、闇の獣にいい様に利用されてもある意味仕方なかったんじゃ、って思うんです……」
ジーグの問いに、リュウが自身の考えを語り始める。
偉い人達の前で多少は緊張するリュウではあるが、その口調は淀みなく、リュウが自分なりに色々と考えていたであろう事はジーグ達にも窺い知れた。
「確かにネクトの人達は、襲われた人達の物資を受け取ったり、遺体を隠したり、と許されない事をしたと俺も思います。けど彼らも仲間達を人質に取られ、自身が生きていく為には選択の余地など無かったとも言えると思います。ガトルは恐ろしい奴で、みんな逆らえませんでしたし……なので、その辺の事情を考慮して――」
『ご主人様! 睨んじゃダメですぅ!』
「! ……情状酌量してくれませんかね?」
話終えると一呼吸置くリュウは情状酌量をお願いしようとして、つい目力を入れてしまい、脳内でミルクに呼び掛けられて、慌てて笑顔でお願いしてみた。
だがその引きつって見える笑顔の不気味さに、デルクが思わず青褪める。
アイスが山を吹き飛ばした事を知るデルクは、その守護者であるリュウも同じ様な力を持っていたら、もし強硬手段に訴えてきたら、と気が気ではないのだ。
「ふむ……リュウの言いたい事は分かった。で、如何にしてその者を牢から出したのだ?」
「え、そ、それはですね……」
リュウの考えに一定の理解を示した様なジーグであったが、一先ずそれを置くと、ハンナを脱獄させたその方法に話題を変えた。
途端に目を泳がせるリュウであったが、誤魔化せるものでもないので、包み隠さずこれまでの事を白状する。
「なんと……石積みを引き抜くとか、信じられん事をするものよ……」
「陛下――」
「良い。そんな事はリュウにしか出来ぬ……捨て置け」
リュウの話を聞いて呆れるジーグは、デルクが口を挟もうとするのを止め、ため息混じりに対処不要とした。
デルクの言わんとする事が警備体制についてであろうと、ジーグには察しが付いていた様だ。
「さて、リュウ……魔人族でもないお主がそこまでして救おうとする者達を、一体どうするのが良いと思うか?」
ジーグは一旦姿勢を改めると、再びネクトの町についてリュウに意見を求める。
「そうですね……みんなずっと怯えて生きてきた様ですし、闇の獣を壊滅させた時は町長さんから、これからは裁かれる時まで人としての心を忘れずに生きる、と言われました……でも、それだけじゃ全然足りないと思います」
「ほう……それはもっと罰が必要だと聞こえるが?」
そうして語られるリュウの最後の言葉に、ジーグが意外そうに答える。
デルクもブレアも同様の表情で、ミルクとココアも意外というか不安そうな表情になっているが、ハンナは俯いたままであった。
「だって、これで許したとしてもネクトの町は貧しいままじゃないですか。もっとみんなで協力してあの町やその周辺の土地を開拓しないと、気持ちは有ってもまた同じことの繰り返しです。あの町は北と東を繋ぐ重要な場所なんでしょ? なら、もっと彼らが十分に生活できる基盤を作ってあげないとダメですよ」
「ぬ……お主は罪を問わぬばかりか、更に施せと言うのか?」
だが、皆の予想を裏切るリュウの言葉に、ジーグが眉間に皺を寄せる。
そんなジーグにリュウは顔色一つ変えずに言葉を続ける。
「他の町と同じレベルで考えるからダメなんですよ……これからは誰にも頼らず、自分達だけで旅人の安全を守りながら生きていく……他の町では当たり前に出来てる事ですけど、それが出来ていなかった彼らには十分罰になると思いますよ?」
リュウの言葉にジーグ達が思案顔になった。
ここへ来て初めて顔を上げるハンナが、驚いた様にリュウを見つめている。
そのリュウの横顔は、これじゃダメなの? と不満げな表情であった。
「一つ伺いたい、リュウ殿。殺された者達や遺族については、どうお考えか?」
ここまでのリュウを見て、強硬手段に訴える様な人物ではないと分かったデルクがリュウに問い掛ける。
デルクはリュウの意見に聞くべき価値を見出してはいたが、犠牲者や遺族達の事も考えない訳にはいかないのだ。
「闇の獣に関する事って、まだ俺達しか知らない事ですよね?」
「はい。まだ外部の者には知らせていません」
「なら、闇の獣に全て被って貰えばいいんじゃないですか? ネクトの町の人には箝口令を敷いて、絶対に口外しない、というのも罰に加えて……正直、遺族の人達には申し訳ないんですけど、話さなくても良い真実ってのも有ると思いますよ?」
するとリュウは、デルクに事実が外部に漏れていない事を確認すると、闇の獣に全てを押し付ける事を提案する。
その実にあっけらかんとしたリュウの態度に、デルクの口が半開きになっている。
「ふむ、悪くないだろう……しかし報告では、かの地は痩せた大地しかなく、作物を育てるのは容易ではないとの事だが……」
「そりゃ、一朝一夕にはいかないでしょうけど、魔人族の皆さんが一致団結すれば解決出来るんじゃないですか?」
リュウの意見に理解を示すジーグだが、如何にしてネクトの町を活性化させるかと思案し、もしやリュウに良い案でもあるのかと期待に満ちた目を向けるのだが、当のリュウは他人事の様に適当な事を言い出した。
「何、お主……何か案が有る訳じゃないのか?」
「は!? 俺より農業に詳しい人がそっちには一杯居るでしょう?」
そんなリュウに呆れ声を上げるジーグだが、リュウもそこは魔人族で解決してよと言わんばかりであった。
「はぁ、まあ良いわ……ネクトの町に関しては以上だな。なら、残る問題は……」
「あれ? まだ何か有りましたっけ?」
そんなリュウにまたも呆れるジーグだが、ネクトの町については自身の中で一応の方針が立った様で話を締めた。
それによって肩の荷が下りた気がするリュウだったが、ジーグが次の話に移ろうとすると、きょとんとした顔をジーグに向けた。
「とぼけるでないわ……罪人を脱獄させた者の処分が残っておるわ!」
するとジーグが額に青筋を立てて一喝し、デルクとブレアもどこまで本気なんだとリュウにジト目を向けた。
そしてリュウはと言うと、盛大に目を泳がせながら肩に座るミルクを引っ掴むと、そっとジーグの前に差し出した。
「首謀者を引き渡します……」
「ええええっ!? 酷いっ! ご主人様が主犯じゃないですかぁぁぁ!」
「ご主人様のピンチを救うのがお前の役目だろ?」
「そんなっ!? ミルクはご主人様の指示に従っただけなのにぃ!」
「姉さま……面会に行きますね!」
「はうっ! ココアも共犯じゃないのぉぉぉ! どうしてミルクだけぇぇぇ!」
途端にぎゃいぎゃいと騒ぎだすリュウ達に、しばし呆気に取られるジーグ達。
しかし彼らも、いつまでも呆けている訳にはいかない。
「ええい、やかましいわ! リュウよ、余の願いを聞いてくれるのであれば、不問に付しても良いぞ?」
「え……何でしょう?」
ジーグはリュウ達を一喝すると、一段と威厳のある声で取引を持ち掛け、リュウはピタリと動きを止めると、その内容が何かと訝しんだ。
その隙を突いてミルクは主人の手から脱出し、ハンナの肩にしがみつく。
「我が国、アデリア王国の守護を頼みたい。その見返りとして、リュウとアイス様には最大限の便宜を図り、リュウには更に牢破りの罪も問わぬ。どうだ?」
「あー、うー、そのぉ、期限とか……有るんですか?」
姿勢を正したジーグの真剣な眼差しに気圧されるリュウは、何と答えて良いのか分からず、とりあえず思い付いた事を聞いてみる。
「そうだな……リュウやアイス様が我が国に愛想を尽かすまで……で、どうだ? それならば一方的な願いではなく、我らも約定に胡坐をかく事無く、今後も二人に愛想を尽かされぬ様、余だけでなく王子達も国の未来をしっかりと考えてゆく事が出来るだろう……」
リュウにはジーグの真剣さが十分過ぎる程伝わっていた。
なので、リュウにアイスの事まで勝手に決める権利など無いが、自分も真面目に返答せねば、と思った。
「お気持ちは分かりました。俺もこの国の人達にたくさん助けられましたし、この国をとても気に入っています。ただ……俺が勝手にアイスの事までを決める訳にはいきません……なので、俺で良ければ、出来る限りの事はさせて頂きます」
「うむ、それで結構だ。リュウ、感謝する」
姿勢を正したリュウの言葉を選びながらの回答に、ジーグは満足そうに頷いた。
ジーグ自身、無茶を言っている自覚はあるのだが、リュウが思いの外真摯に答えてくれた事が嬉しかったのだ。
「はぁ……あ! 感謝されといてアレなんですけど、この後、俺は人間族の領土へ行かなくてはならないんです……それにアイスは星巡竜なので、もしかしたら別の星に行く可能性も……」
だが、リュウはふと、これからの自身の目的を思い出し、更にそれ以上の可能性がある事にも気付き、ばつの悪い表情になった。
「ふっふっ……それは構わぬ。リュウが他の星へ旅立ったとしても、我らとの約定を忘れずにいてくれればそれで良いのだ……ならば我らは再び会えるその時まで、お主が戻って来て良かったと思える国にしておれば良いのだからな……」
そんなリュウにジーグは相好を崩すと、実に清々しい表情でリュウに自身の思いを聞かせた。
王国は数百年に渡り、星巡竜の庇護を得る事で、平和で豊かな未来を手にする事が出来ると信じて来た。
そして今、ジーグはその大役を半ば果たした気になっていたのだ。
「はぁ……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えさせて貰います……」
「うむ。よろしく頼むぞ、リュウ!」
ここに居る時以外はそれ程責任を感じる必要が無いと分かり、リュウはホッと胸を撫で下ろし、ジーグも満足気に頷いた。
だが、リュウには多少の気掛かりが残っている。
「あの、それで……ハンナさん達の実質的な処遇とかって……」
「リュウ殿が彼女の行動に責任を持って下さるなら、釈放しましょう。ネクトの町の住人達については今後の開拓の事も含めて、我々の監視下に置かせて頂きます。但し、これは永続的な話ではなくネクトの町が生まれ変わったと陛下が判断されるまで、とさせて頂きますが……よろしいですか?」
「はい、それで結構です。あの、無理を聞いて貰ってありがとうございます」
リュウの問いに、口を開いたのはデルクであった。
毅然とした態度で淡々と語るデルクだがその表情は穏やかであり、リュウは無理を言った自覚もあって、デルクに深々と頭を下げた。
そんなリュウが意外だったのかデルクは一瞬驚いた様な顔をしたが、納得がいったのかコクリと頷くと、俯くハンナへと視線を向ける。
「ハンナ・ルドル」
「は、はい……」
デルクに静かな声で呼ばれ、ハンナはおずおずと顔を上げた。
「罰によって罪を償いたいという申し出だったが、聞いての通り、闇の獣とネクトの町は無関係という事になった以上、お前を罰する理由は無くなった。リュウ殿とアイス様に感謝し、身を処すが良い……故に闇の獣については今後、一切の言及を禁ずる……良いな?」
「は、はい……あ、ありがとう……ございます……ご温情、生涯忘れません……」
デルクの目を見て真摯に言葉を受け止めるハンナの瞳に、みるみる涙が溜まっていく。
そしてハンナは深々と頭を下げると、ぽろぽろと涙を溢した。
「リュウ、これで良いな?」
「はい、ありがとうございます」
ジーグの問いにリュウが頭を下げるが、上げた時には満足いく結果を得て、口元がニィっと緩んでしまっていた。
そんなリュウに釣られる様に、ジーグもまた口元を歪める。
「ではハンナは客間に移り、休むが良い……リュウは少し残ってくれ」
「はい……ミルク、ハンナさんに付いてあげてくれ」
「はい、ご主人様!」
ジーグがハンナに退室を命じるとデルクが扉を開いて近衛を呼び、ハンナを客間に通す様に通達する。
リュウはハンナの肩に座るミルクにそのままハンナと同行する様に頼み、ミルクは最良と言える結果を引っ張り出した主人に、満面の笑みで答えた。
嬉しそうなミルクの後に続くハンナが、何度も何度も頭を下げながら退室すると、入れ替わる様に女官が一名、ワゴンを押して入って来る。
どうやら女官は、酒やつまみのお代わりを用意してきた様である。
女官が音も無く杯や食器を取り替えていく。
その美しい所作をぼんやりと眺めながら、何で俺は残されたんだろう、とリュウはそんな事を思うのであった。
長らくお待たせして申し訳ないです。
気持ちばかり焦る3週間でした…
まだ咳が出たりしますが、体調はほぼ元に戻ったかと。
今年もよろしくお願い致します。




