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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
76/227

48 スパイの真似事

 晩餐会を終えたリュウ達は五階にある東側の客室に通され、堅苦しい雰囲気から解放されていた。

 とは言え、晩餐会からその雰囲気は緩いものに変わっていたが。


「もう、アイス様に何て事させるんですかぁ!」

「え~、受けたからいいじゃん……」


 リュウがミルクに説教されて、ブー垂れている。

 ミルクとココアはそんな主人に呆れながら、特別に入室を許可されたボスの背中でせっせと主人が摂取したアルコールを分解している。


「アイス様、何でもリュウ様の言う事を聞かなくて良いんですよ?」

「でも、みんな喜んでくれたし……ちょっと恥ずかしかったけど、良いかなぁ……って思って……」


 一方、アイスも困り顔のリーザに優しく諭され、上目遣いで言い訳していた。


「そんな事よりミルク、城のチェックは?」

「そんな事って! もう……一応、済んでますぅ……」


 それを見終えたからか、それとも酔いが醒めたからなのか、リュウが話題を変えてしまうと、ミルクはぷぅっと頬を膨らませるものの、問いには素直に答える。

 ミルクは晩餐会の最中、主人の足から偵察糸を張り巡らせて城内外を隈なく調べていたのだ。


「それでハンナさんはどこだ?」

「地下の牢です」

「地下って事は湖より下? 外からは無理か?」

「位置的には湖の中ですけど、外から行く必要は無いかと……」

「どういう事?」

「牢の壁の裏は食料貯蔵庫なんです」

「なるほどな……」


 リュウとミルクのやり取りを聞き、皆が周りに集まって来る。


「リュウ様、まさかハンナさんを牢から出す気ですか?」

「はい、そのつもりですけど?」


 リーザに問われるリュウは、さも当然の様に答えた。


「ちょっと待って下さい! そんな事をしなくても他に方法が……」

「そうですよ! そんな事してリュウ様が……捕まる訳ないですね……」


 そんなリュウにリーザが慌てて別の方法を提示しようとして言葉に詰まり、リズはリュウが捕まった時の事を考えようとして、想像が付かなかった。


「一応、言っときますけど、魔王様と敵対するつもりなんか全然無いんですよ? ただ、いきなり死刑を強行されない様にと思ってるだけですよ?」

「そんな……」

「無いとは言い切れないでしょ?」

「……はい……」


 なのでリュウが理由を説明するとリーザは言葉を失うのだが、最悪の事態を思うと頷かざるを得なかった。

 それはリズ達にも伝わった様で、場を沈黙が支配する。


「リュウ……」

「心配すんなってアイス。あ、そうだ、もし俺がドジって捕まったりしたら助けてくれよ? その為にも、アイスは知らなかったって事にしといてくれよ?」

「う、うん……分かった。リュウ、気を付けてね?」


 そんな中、アイスが不安そうに声を掛けると、リュウは皆の不安を払う様に明るく冗談めかした口調で応じ、自身の独断だという事だけは念押ししておく。

 そうしてアイスが理解を示した事で、皆もそれ以上は何も言わなかった。


「んじゃ、行ってきます。何か有ればミルクかココアに伝言させますから」


 そう言ってリュウは立ち上がると、ミルクとココアを伴って窓へ向かう。

 そして窓を押し開くと窓の外に身を乗り出し、左手から伸ばしたワイヤーフックを外壁に取り付けると、皆に手を振りながら降下して行くのだった。










「よし、ミルク頼む」

「はい」


 三階の窓まで下りて左腕のワイヤーでぶら下がる主人の指示で、ミルクが窓の隙間から人工細胞を侵入させ、いとも簡単に窓の鍵を外す。

 キィと僅かな音を立てて窓を開くリュウは、音も無く内部に侵入を果たす。


「なんかちょっとドキドキすんな……スパイみたいだ……」

「その緊張感を保って下さいね? 進行ルートを視界にリンクさせます」


 侵入した部屋は真っ暗だったが、即座に視界を暗視モードに切り替えて軽口を叩く主人にクスクス笑うミルクは、主人の普段より僅かに速い鼓動から主人が程よく緊張している事を察知し、一先ず安心しながら主人の視界に進行ルートを反映させた。


「よし、サクッと済ませてしまおう……」


 視界に映るガイドに従って廊下に出るリュウは、素早く別の扉に入り込む。

 そこは二階の厨房から伸びる料理搬入用の直通階段であり、厨房からは別の階段が地下の食料貯蔵庫まで繋がっているのであった。

 夜も遅い厨房に料理人達の姿は既に無く、リュウは何の苦労も無く食料貯蔵庫まで辿り着いた。


「この裏がハンナさんの居る牢だな?」

「はい。その赤く表示されている石が、こちらから抜き取り易い石です」


 ガイドラインが石の壁にぶつかるのを見てリュウが問うと、ミルクは主人の視界を自身でも確認しつつ、これからの行動予定を話す。


「はぁ!? 何言ってんの!? 抜き取る? こんなデカい石を!?」


 石を抜き取れと言われ、リュウが思わず素っ頓狂な声を上げる。

 何故ならその石は奥行きが分からないものの、縦横一メートルも有るからだ。


「大丈夫ですよ、ご主人様。この石は奥行きが僅かに狭いので、こちらから引き抜く分には容易に動かせます。人工細胞で周りを包みますし、横に滑らせるだけなので、意外に簡単なはずですよ?」

「マジでえ?」


 ミルクの説明を聞いても半信半疑なリュウであったが、薄く伸ばされた人工細胞が件の石と周りの石や床の間に入り込み、摩擦抵抗を極力減らしてしまう。

 すると強化されたリュウの力が必要とは言え、石は信じられない滑らかさで、壁から滑り出してくるのであった。


「これは一体……どういう……」

「静かに……ハンナさん、俺です。リュウです」

「リュ、リュウ坊!?」


 突然、音も無く壁に穴が開いて驚くハンナは、リュウが声を殺して出て来た事で、更に驚いて固まった。


「ハンナさん、良かった無事で。とりあえずこっちに……」

「ちょ、ちょっと待っておくれよ!? リュウ坊……あたしゃ、これから犯した罪を償わなきゃならないんだよ……」


 リュウがそんなハンナの腕を取って穴の外へ連れ出そうとすると、ハッと我を取り戻すハンナは、慌ててその場に踏み留まろうとした。


「それは分かってます。でも、このままじゃダメなんです。今はとりあえずこっちにお願いします」


 だがリュウは強引にハンナを穴へと押しやると、そのまま食料貯蔵庫へとハンナを連れて抜けてしまった。


「リュウ坊……」

「ちょっと待って下さい、説明する前に……んぎぎぎ……」


 困惑するハンナを置いて、リュウはとりあえず開いた穴を塞ぐべく、全身で巨石を押し始める。

 最初こそ渾身の力を振り絞ったものの、巨石は動き始めると人工細胞の上を滑り出し、リュウは僅かな時間で穴を塞いでしまう。


「ふう……やっと会えましたね、ハンナさん。相談も無しだなんて酷いじゃないですか……」

「相談なんて出来る訳が無いよ。引き留められるに決まってるんだからさ……それにリーザが居ちゃ、あたしも決心が鈍るから……だからさ……」


 大きく息を吐いて振り返るリュウの苦言に、ハンナは肩を(すく)めるとぽつりぽつりと言い訳を口にする。


「ですよねぇ……だけど、このままだと死刑になる可能性が高いって聞いて、それでこうして来た訳なんです……」

「死刑ね……。それが魔王様の決めた事なら、あたしはそれに従うよ……どんな形であれ、裁きは裁きさ……それを受けてからでないと……」


 それに理解を示しつつ、リュウが来た目的を告げると、ハンナは肩を落として既に生を諦めたかの様な言葉を返した。


「いやいやいや! 死んじゃったら、その先も何も無いでしょ……そうならない様にするだけなんで、とりあえず俺に付いて来て下さい」

「ふぅ……分かったよ……」


 その発言に慌てるリュウは、一先ずここに居ても仕方が無いとハンナを連れ、来た道を戻ろうとする。

 通路を塞がれてしまっては戻る事も出来ず、ハンナは思い詰めた気持ちを無理矢理吐き出す様に息を吐くと、リュウの後に続くのだった。










 一方その頃、ジーグは晩餐の会場でリュウ達を見送った後、並びにある小会議室で主席司法官デルク・ロトと主席魔導士ブレア・ノースの三人で杯を傾けていた。

 この三人はジーグが幼少の頃からの親友なのである。


「しかし部下から聞きましたが、あの可憐なアイス様が竜の姿に変わられるとか。陛下はご覧になられたのでしたな、やはり絵画の様に恐ろしい感じなのですか?」


 ブレアが談笑の中、ふと部下から聞いた事を思い出し、ジーグに問う。

 ブレアの言う絵画とは、この城の最上階にある竜の間と呼ばれるドーム状の塔に飾られている物で、当時の高名な画家がその伝説となる姿を描き残した物であった。


「いや、アイス様の透き通る様な白い肌の如く、白く美しい竜であったぞ」

「そうなのですか……それは是非、一度拝見したいものですな。なあ、デルク殿」


 ジーグが昼間の出来事を思い出して聞かせると、ブレアは心底羨ましそうな表情を浮かべた後、デルクに声を掛ける。


「うん……そうだな……」

「どうしたデルク殿? 何か考え事か?」


 だがデルクの心此処にあらずといった様子に、ブレアが怪訝な表情になる。


「あ、いや……」

「わっはっは……如何に美しい竜とは言え、山を一つ消し去るのだからな……あの無邪気さが逆に恐ろしくもあるものよ……なあ、デルクよ」


 弁解しようとするデルクを大きな笑い声で遮り、ジーグが悪戯っぽい瞳をデルクに向ける。


「そう言って下さいますな、陛下……」


 対するデルクは冷や汗を拭う様にして髪をかき上げる。


「むぅ? どういう事です? 陛下……何か有ったのですか?」

「それがなブレア、実は……」


 二人を交互に見るブレアに問い掛けられてジーグが笑って答えようとしたその時、扉がノックされる。


「む? どうした、入れ」


 ジーグの許可に扉が開き、一人の近衛が一礼してデルクの下へ向かう。


「耳打ちなどせずとも良いぞ……デルクの耳に入るなら、余とブレアの耳にも入るのだからな」


 緊張した様子の近衛に、ジーグは静かに話し掛ける。

 近衛はそれでも、ちらりとデルクの顔を伺った。

 そしてデルクが頷くのを見て、ジーグに向かって報告を始める。


「実は今、牢から罪人が消えたとの報告がございまして……」

「なに? その罪人はどんな奴だ?」

「それが今日の昼に入った、主席自ら取り調べをなさったという女でして……」


 近衛の話を聞き、ジーグとデルクが顔を見合わせ納得した様な表情で頷き合うが、事情を知らぬブレアは一人難しい顔をしている。


「陛下――」

「待て、ブレア。今ここで説明するより、一緒に付いて来た方が良かろう」


 ブレアの質問を遮り、ジーグが言葉少なに立ち上がる。

 それを見てデルクも立ち上がると、近衛に他言無用を言い含めて持ち場に戻る様に指示してジーグに続き、ブレアもそれに続いた。


「む?」


 ジーグが廊下に出た時だった。

 薄暗い廊下の先の開かれた扉に入る人影と、それに続こうとするもう一人の人影をジーグは見逃さなかった。


「こんな時間に何処へ行くのだ、リュウ!」


 声を荒げた訳ではないが、誰も居ない廊下にジーグの声は良く通った。

 その声を受けて、人影はビクッと体を震わせたものの、


「ひ、人違いです……」


 そう言い残して、人影は扉へと消えるのであった。

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