47 歓迎式典と晩餐会
ようやく大広間での準備が整い、三百名程が中央を空けて左右に三列ずつの形で整列していた。
その周囲には近衛が配置され、その他の城内各所も同様に近衛によって厳戒態勢が敷かれていた。
広間奥は一段高くなっており、そこには魔王と王妃、そして二人の王子が並び、近衛と侍従が周囲に控えているのだが、王妃の背後には二人の侍女が王妃に寄り添う様に付いていた。
一方、リュウ達は女官に連れられ、待機室を出て大広間の入り口へと来ていた。
大きな両開きの扉の脇では、二人の近衛が直立不動で入場の合図を待っている。
少し顔が赤いのはアイスを見てしまったからであろう。
そして入場の合図で扉が大きく開かれ、扉の両端一杯に女官二人が入場し、その中央やや後方にアイス、両肩にミルクとココアを乗せたリュウ、リーザ、リズ、エンバと続く。
最初アイスはリュウと並んでの入場を希望したのだが、後ろの方がアイスを守り易いだろうという事で、今の並びとなったのであった。
三百名の魔人族で作られた通路を進みながら、こんなのは入学式以来だなぁ、と思うリュウ。
大勢の父兄の代わりに、整列するのは褐色の外国人ばかりであるが、何より異質なのは拍手などが一切無いことであった。
これは単純に魔人族の面々がアイスに見惚れてしまっているだけなのだが、そんな事を知らないリュウは次第に緊張感が増していく。
だが、王妃シエラが手を叩いた事を切っ掛けに、その場は盛大な拍手に満たされていった。
そしてアイスとリュウは壇上に並ぶ魔王と王妃の前へと向かい、リーザ達は女官に誘導されて壇上の脇に控えた。
「アイス様、偉大なる星巡竜のご来訪、我ら魔人族、心より歓迎申し上げる」
ジーグは静かだが良く響く声で、アイスに一礼する。
「ア、アイシャンテ・エール・ヴォイドです。此度はこのような場を設けて下さり、感謝致します。ア、アイス達はこの星に来て、多くの魔人族の方々に助けて貰いました……それは皆さんが星巡竜を忘れずにいてくれたお陰です。アイスは魔人族の皆さんと出会えて本当に良かったと思います」
アイスは、ミルクに教わった挨拶を最初こそは返す事が出来た。
だが、すぐに緊張から元の口調に戻ってしまった。
そんな少し顔を赤く染めたアイスを誰もが微笑ましく見守り、アイスがペコリと頭を下げると、再び会場は拍手の渦に呑まれていくのであった。
その後、アイスは王妃と二人の王子、各組織の長である五主席達とも挨拶を交わし、魔王の宣言の下、式典はつつがなく終了した。
ジーグと共に退出するアイスに続くリュウは、広い廊下に出るとさすがに大きくため息を吐いた。
「リュウ、なるべく堅苦しくない様にしたつもりだったが、緊張したか?」
「はい……あんな大それた場所は初めてで……もう懲り懲りです……」
ジーグに愉快そうな表情で問われ、リュウは正直な気持ちを吐き出す。
「わっはっはっはっは……そうか、守護者と言えど苦手な物は有るのだな!」
「陛下! 失礼ですわ……申し訳ありません、リュウ様……」
今度こそ愉快だと言わんばかりにジーグが豪快に笑い出し、両脇を侍女に支えられて歩くシエラは、すぐ前を歩くリュウに夫の態度を詫びた。
「い、いえ、気にしないで下さい……まったくその通りなので……」
後ろからの声に、リュウは振り向きながらペコリと頭を下げる。
「まぁ、ご謙遜を……リュウ様はアイス様を守護なさってこられたのでしょう? とてもご立派ですわ……」
「きょ、恐縮です……」
するとシエラがふわりと微笑んでリュウを褒め、再び頭を下げるリュウは、赤い顔を隠す様に前を向き、ポリポリと鼻の頭を掻くのだった。
廊下の先には扉の開かれた部屋が有り、そこが晩餐会の会場であった。
会場中央には三十人程が座れそうなドーナツ型の大きな円卓が用意されていた。
円卓の一部は途切れていて円卓の内側に入れる様になっており、給仕の者が数名、現在もテーブルセットを一つ一つ丁寧に配置している。
会場内には近衛は配置されず、侍従職の者達、特に女官の姿が多く見られ、会場により華やいだ雰囲気を与えていた。
そうして皆が着席すると色とりどりの料理や酒が運ばれ、ジーグの乾杯の音頭で晩餐の幕が開ける。
円卓の途切れた部分の対極の位置にアイスが座り、中心から見てアイスの右側へとリュウ、リーザ、リズ、エンバ、更に右に五次席が座る。
アイスの左側には、ジーグ、シエラ、二人の王子、五主席が座っている。
乾杯する前からジーグ達が気さくに会話を交わしてくれていた事もあり、晩餐は終始リラックスした雰囲気で時には笑い声も聞かれた。
だが、シエラが何故常に侍女に支えられているのかとアイスが問うと、その場の空気が重いものに変わる。
「おい、アイス――」
「リュウ様、いいのです……やはり気になりますわよね? 実は昨年階段から落ちてしまって……怪我は治ったのですけど、右足が動かなくなってしまって……」
リュウがアイスを窘めようとするのをシエラが遮り、自身の足について語った。
「治癒の魔法が効かなかったって事ですか?」
「いや、怪我は二日程で完治した。だが、その日からシエラの足は動かなくなったのだ……なので病を疑ったが、侍医達にも原因が分からず仕舞でな……」
話を聞いてリュウが疑問を問うと、シエラに代わってジーグが答え、沈黙がその場を支配する。
「シエラ王妃……ごめんなさい……」
「い、いいえ、気にしないで下さいアイス様。最初に言っておくべきでしたのに、こちらこそ黙っていて申し訳ありません」
沈黙を破ってアイスがシエラに謝ると、シエラは慌てて自身の配慮不足を詫びた。
「ちと湿っぽくなってしまったな……気分を変えようではないか! エバン、お前の技を久し振りに見たくなったわ!」
「そうですわね。エバン、失敗はしないでくださいましね」
そんな湿った空気をジーグの声が払い、シエラも明るい声で続いた。
「では僭越ながら、次席近衛エバン・ロアがナイフの芸をご覧に入れましょう」
するとエンバの二つ隣の男がすくっと立ち上がり、周りの者達からナイフを借りて円卓の内側でジャグリングを披露する。
三本から四本、五本と増えていくナイフに、皆が拍手喝采を送る。
やや強引な気分転換ではあったが、先程の雰囲気が払拭され、ジーグがリュウに次の番を指名する。
「リュウも見せてくれぬか。あの盾はどこから出したのだ? 余には全く見えなかったぞ」
「あ~、あれですか……体の中ですねえ……」
リュウに剣を尽く盾で往なされた時の事を思い出したジーグに興奮気味に問われ、リュウはポリポリと鼻の頭を掻きながら立ち上がる。
「体の中だと!?」
「ええ……こんな風に……」
予想外の答えに半信半疑なジーグに、リュウは左腕を掲げて盾を形成する。
「「「おおっ!!」」」
本当に何も持っていない生身の腕から盾が生み出され、ジーグだけでなく周りの者達までもが驚きの声を上げる。
「種明かしになるのか分かりませんけど、俺の体内には目に見えないくらい小さい金属の粒が無数に有るんですよ。それを集めて作り出し、分解して吸収する訳です。こんな感じで……」
説明しながらリュウは盾を腕に戻し、右手から剣を出して見せる。
「なんと剣もか……リュウはアイス様の守護者であったな……という事はリュウも星巡竜……なのか?」
「いえいえ、違いますよ。俺はただの人間です。ただ、この子達のお蔭で金属を扱える様になったんですよ……」
感心したのか呆れたのか、微妙なため息を吐いてジーグがリュウの立場から疑問を問うが、リュウは笑って否定し、すぐ脇のテーブル上に座るミルクとココアの頭を撫でた。
「そう言えば、妖精の二人はあっという間に車を溶かしてしまっていたな。その力がリュウにも働いている……という事か……」
「平たく言えばそうですかね……ミルク、ココア。次はお前達の番な」
ジーグが漠然とではあるがリュウの答えに納得すると、リュウはミルクとココアに交代を促す。
「はーい」
「分かりましたぁ」
元気よく返事する二人は、テーブル上に飾り立ててあった銀の燭台に触れる。
すると燭台はその形を崩したかと思うと、あっという間に一本の花の蕾に変化し、周囲の者を驚かせる。
二人はその蕾の両脇を持って羽ばたくと、シエラの下へ降り立った。
「シエラ様、どうぞお受け取り下さい」
ミルクがそう言って蕾に手を触れると蕾が開き、アイスとお揃いのイヤリングが部屋の光を反射していた。
「まあ! 素敵なプレゼントをありがとう! あなた達みたいに可愛いわね!」
シエラはそれを手に取るとミルクとココアに満面の笑みで礼を言い、二人は照れた様にお辞儀をすると、赤い顔でリュウの下へ戻った。
「うん、今なら出来そう……」
「どした、アイス?」
それを見ていたアイスがポツリと呟き、リュウが首を傾げる。
アイスはリュウを見て答えずにニヘっと笑うと、左手で右手を包む様に胸の前に掲げ、正面に向き直って瞳を閉じた。
皆がアイスの仕草を見守っていると、アイスの右手が輝き出し、皆が息を呑む。
そしてその輝きが収まると、アイスの右手には拳より少し小さい青紫色の竜珠のネックレスが握られていた。
「お! 出来たじゃん、アイス!」
「ま、まだちゃんと出来たか分かんないよぅ……」
思わずリュウが声を上げ、アイスは赤い顔で嬉しそうにしながらも、自信無さげに答える。
そしてアイスは立ち上がるとシエラの下へ行き、シエラの首に竜珠を掛けた。
だが、竜珠は部屋の明かりを跳ね返すのみで、アインダークの治癒の竜珠の様には輝かなかった。
「失敗……しちゃったか?」
リュウが心配そうにアイスに声を掛ける。
周りの者達も、心配そうにアイスを見守っている。
「まだ、分かんないよ……シエラ王妃、足が治る様に願ってみて下さい」
するとアイスはちらりとリュウを見て答え、次いでシエラに微笑み掛けた。
シエラはその微笑みに吸い込まれそうになりながらも、言われた通りに瞳を閉じて右足が治る様に願う。
その途端、竜珠は燦然と輝きを放ち出す。
皆が感嘆の声を発する中、アイスはほっとした様な表情を見せた。
「うん、多分、これならいけそう……」
しかしまだシエラの足が治った訳ではないからか、アイスは少し自信が無さそうに呟くのみだった。
「アイス、そんなに輝いてんだから大丈夫だろ。それって治癒の竜珠なのか?」
「ううん。えっとね、えっと……願いの竜珠……かな?」
そんなアイスにリュウが能天気に声を掛けて竜珠について聞くと、アイスは少し考えて、やはり自信無さげに答える。
「かな? って聞かれても困るんだが……」
「えっとね、多分王妃の足は治ってるから、治癒の竜珠や魔法は効果が無いと思うの……だから、掛けた人の願いが叶う様にってコアにお願いしたの……」
苦笑いするリュウに、アイスは竜珠を作った経緯を説明する。
「んじゃ、世界征服を願ったら叶うのか?」
「無理だよぅ……体の事だけだもん……」
「んじゃ、争いの種にもならず安心だな!」
そして試しに他の願いについて聞いてみるリュウは、アイスの困った様な答えを聞いてニカッと笑い、釣られる様にアイスもニヘっと笑った。
「アイス様、こんな凄いものを……ありがとうございます……」
「え……まだ、治ると決まった訳じゃないし、どれくらい時間が掛かるかも分かんないので、凄いかどうかは分かんないです……ごめんなさい……」
リュウとアイスの会話が終わったと見て、シエラがアイスに深々と頭を下げると、アイスは慌てて手を振りながら、あたふたと言い訳して謝った。
「アイスぅ……んな、自信の無い物をプレゼントするのはダメだなぁ……」
「あう……」
それをリュウにダメ出しされて、しょぼんと項垂れるアイス。
周りの者達は、そんなアイスの姿に同情の眼差しを向けている。
「罰として、一発芸を披露してもらおう!」
「む、無理だよぅ! そんなのぉ!」
だが続くリュウの無茶振りに、アイスはリュウに飛びつかんばかりに抗議した。
周りの皆が、突然のアイスの困る仕草に見惚れている。
「いや、出来る。ちょっと耳貸してみろ」
「で、出来ないよぅ……」
だがリュウに耳打ちされると顔を赤らめるアイスの拒否が弱々しいものに変わり、誰もがアイスが何を言われているのか、それはもう興味津々で見つめている。
「え~、出来ないの? 見たかったなぁ……」
「す、するっ!」
更にリュウにがっくりと肩を落とされてしまえば、もはやアイスに拒否するという選択肢は無かった。
大好きなリュウが喜んでくれるなら、その一心で立ち上がるアイス。
そんなアイスに大半の者が好奇心を大いにくすぐられ、隣で口元をニヤリと歪めるリュウに気付いた幾人かがドン引きしている。
「ご主人様、アイス様に何を言ったんですか!?」
「内緒だ。見れば分かる! はい皆さん、アイスにしか出来ませんから、お見逃しの無い様に! 拍手、拍手~」
アイスがお腹の前で腕を組む様な格好でトコトコと円卓の切れ目に向かう中、皆の気持ちを代弁する様にミルクが主人に問い掛けるが、リュウは答えずに円卓の中心に向かうアイスに皆を注目させた。
リーザやリズがハラハラと手に汗を握り、他の者も固唾を飲んでアイスを見守っている。
見ればその周りの給仕の者達までが、動きを止めてアイスを見つめていた。
アイスは円卓の中心に立つと、ちらりとリュウ達の方を見る。
皆、心配そうな表情を向ける中、リュウだけがニカッと笑ったのを見て、アイスの顔が赤くなる。
「すっ……」
「す?」
何かを言いかけて止めるアイスに皆が首を傾げる間に、アイスは両手を肩幅よりも広く上に伸ばす。
「砂時計っ!」
「うっ……うおおおおおおおー!!」
そう叫んで真っ赤な顔で制止するアイス。
一拍の間を置いて、会場は本日最高の拍手喝采に見舞われるのであった。




