46 式典前
時は少し遡り、リュウ達と別れたジーグがこの先に予定される歓迎式典の会場に向かっていた時だった。
ジーグは主席司法官、デルク・ロトに呼び止められていた。
歳の近い二人だが、がっしりとした体格で豪快な雰囲気のジーグに対しデルクはやや細身で引き締まった口元が怜悧な印象を与えている。
「何!? それは誠か?」
「はい、陛下。私が先程本人から直接確認を取りました」
デルクから闇の獣が壊滅したと聞かされて驚いたジーグは、最後にリュウ達と共にやって来た女をその共謀者として捕らえたと聞いて耳を疑ったが、報告するデルクは顔色も変えず、淡々としたものだ。
「これから式典だというのに、そんな事をして……歓迎も何も無いであろうが!」
「だからです、陛下。如何に捕らえた者が星巡竜様と共に来たと言っても、その者が本心を隠しておれば、式典で何が起こるか分かりませぬ」
ジーグは落ち着き払ったデルクに対して声を荒げるが、デルクの表情が変わる事は無く、必要な措置であると譲らない。
「で……その者は、本心を隠しておるのか?」
「いえ、それはまだ分かりませぬ。しかし、かの者の罪は明白。後日、処罰せねば成りますまい」
大きく一つ息を吐いてジーグは声のトーンを落としたが、デルクの返答にまたも声を荒げる事となる。
「何だと!? それでは折角の星巡竜様との繋がりを断ってしまうではないか!」
「そうとは限りますまい。陛下、我らの法は我らに秩序をもたらすものであって、星巡竜様には何ら関係の無いもの。如何に星巡竜様がかの者と懇意であったとしても、それで我らが法を曲げる事など有ってはならぬのです。もし一つでも特例を作れば、たちまち法は軽んじられる事になるでしょう……」
ジーグに一喝されるデルクだが、そんな事には慣れているのか、淡々とした口調で法の番人としての態度を崩さない。
それ故に彼は「鋼の男」と揶揄される事も有るのだが、そんな彼だからこそ主席司法官の座に就いたのだとも言える。
「デルクよ、そなたの言はいつも正しい。だが今回はそれを曲げよ。国が滅びても良いのか?」
ジーグはデルクの事を認めている。
認めているが故に、デルクが生半可な事では折れぬ事も承知している。
そんなデルクを折れさせるのに、ジーグは国の存亡を持ち出した。
「我らは我らの法に従い、罪を犯した者を処罰する。ただそれだけなのです。それで国が滅びるなどと――」
それを聞いてデルクは、如何なる干渉も受けず、ただ決められた事を行うだけだというのに何を大袈裟な、とさすがに鼻白んだ。
「先程の襲撃の際、山が一つ消し飛んだのを知らんのか?」
「は!?」
だがジーグに話を被せられると、デルクはおよそ彼らしくない声で、目を見開いてしまっていた。
なのでジーグは先の出来事を話して聞かせる。
「余が東の森で狙撃された際、アイス様が怒りに任せて敵を撃ったのよ。その結果、森は放射状に抉れ、山が一つ消失したのだ。アイス様はまだまだ大人ではない。そのアイス様を歓迎しておいてそんな真似をしてみろ、純粋に怒りを買うに決まっておるわ!」
「し、しかし、それは余りに理不尽ではありませぬか!」
そしてジーグは話して聞かせる内にその結果を想像して、つい声を荒げてしまうのだが、デルクもジーグの話の内容とその口調に、思わず憤慨してしまう。
「そうよ、理不尽極まりないわ……だがな、それが星巡竜という我ら魔人族を救ってくれた存在なのだぞ……」
ジーグはデルクの憤慨に理解を示すと共に、だからこそ敵に回す様な真似をすべきではないのだと暗に示す。
「し、しかし……なれば、そのアイス様は伝説の星巡竜様とは別の星巡竜という事でありましょう? で、あれば、今回は――」
だが理不尽に屈したくはないのだろう、デルクは何とか出来はしないか、と言葉を探す。
「無かった事にせよとでも言う気か? 先の襲撃を救ってくれた恩も忘れろと?」
「それは……」
だが、その言葉を口にするまでもなくジーグに言い当てられ、デルクもさすがに口を噤んだ。
襲撃者に城壁を破壊された事はデルクも聞き及んでいた。
それは魔人族にとって、襲撃者が圧倒的な戦力を有している事を意味していた。
そんな脅威から救ってくれた存在を無視する事など出来る訳が無い、とデルクも思ってしまったからである。
「そんな事は出来ぬ。それにな、いつまた外敵に侵略されるやも分からぬ……魔法が万能ではない以上、我らは星巡竜様の庇護を得ねばならんのだ……」
ジーグにはデルクの心情が痛い程分かっていたが、敢えてその先を口にした。
「はい……お、畏れながら陛下、今しばらく時間を頂けませぬか……その、納得し、頭を整理する時間を……未練がましいとお思いでしょうが……」
それをデルクは無理矢理飲み込むかの様に頷いて短く返答するのだが、決断までの時間が欲しいとジーグに願い出る。
そのやや俯いた、目を固く閉じた表情に、彼の心情が如実に表れている。
「うむ、分かった。だが、明日までには頼むぞ……無理を言って済まぬ……」
「はっ、恐縮にございます……陛下……」
ジーグはしっかりと頷くと、デルクに信念を曲げさせる事を詫びた。
そしてデルクは深々と頭を下げ、その場を辞したのであった。
リュウ達は現在、使いの者に案内されて東の階段から三階に上がり、大広間の横にある待機室に通されていた。
「はぁ~、嫌だなぁ……絶対堅苦しいよな……作法とかさっぱり分かんねーぞ?」
「リュウ様、心配など要りませんわ。魔人族ならいざ知らず、リュウ様もアイス様もこの国の方ではないのですから、賓客を辱める事など魔王様はなさいませんよ」
テーブルに突っ伏してグダグダするリュウに皆が苦笑を溢す中、リーザが優しくリュウの不安を払おうとしていた。
「そうですか? 何かこう、嫌味ったらしい大臣とか居て『こんな事もご存知無いのですかな?』とか言われて『大臣殿、人間族なのだから仕方無いではありませんか。かっかっかっ』とか笑われるんですよぉ……きっとぉぉぉ……」
「ぷふぅっ……よくそんな妄想がすぐに出てきますね……あ~可笑しい……」
だが、リュウは不安が拭えないらしく、勝手な妄想をしては頭を抱えてしまい、ついリズが吹き出した事で、リーザとエンバも釣られてしまう。
「皆さん、お待たせしましたぁ!」
そんな中、待機室の脇の小さな扉が開いてミルクとココアが飛び出し、更に奥から着替えを済ませたアイスがちょこんと出て来た。
「はう……アイス様……お綺麗です……」
「本当に天使の様ですわね……」
リズとリーザのうっとりとした眼差しに映るアイスは、淡い桜色のロングドレスに身を包み、髪をシンプルな銀色の髪飾りでアップに纏め、同じく銀色のイヤリングとブレスレットにさりげなく、アイスの瞳の色に似た紫水晶を輝かせていた。
因みに、イヤリングとブレスレットに配われた紫水晶は、エルノアールの洞窟でリュウがちょいと失敬してきたのを、ミルクとココアが加工したものである。
「あはは……リュウとエンバが同じ顔してる……」
リュウとエンバが赤い顔で口を半開きにしているのを見てアイスが笑うと、二人はようやく我に返り、不可抗力だと開き直った。
「しかし、そうやって見るとアレだな……アイスって、砂時計みたいだな……」
「ほんと……見惚れてしまいます……」
開き直りついでにリュウがアイスをそう評すると、リズも頷きつつ羨望の眼差しをアイスに向ける。
だがアイスは砂時計が分からなくてキョトンとしており、ココアが映像付きで説明している。
「や、やだなぁ……みんな、そんなに見ないでよぅ……恥ずかしいよぅ……」
皆がいつまでもアイスを見つめていると、アイスは顔を赤くして照れだした。
「何言ってんだ、アイス……これからもっと大勢の人に見られるんだぞ? 一発芸くらい披露しなきゃな?」
「そんなの出来ないよぅ……もう……」
そんなアイスにリュウが自分の事は棚に上げて、いい加減な事を言ってニイっと笑うと、アイスは頬を膨らませるのだが、それすらも皆には可愛い様で誰もアイスから視線を外そうとはしない。
「そういや、アイス成人したんだし、父ちゃんみたいに竜珠は出せないのか?」
「え? う~ん……よく分かんない……出来るのかなぁ?」
「何だ、分かんないのか?」
「うん……出来そうな気もするけど、どう願っていいのか分かんない……」
更にリュウは思い出したかの様に竜珠の事を聞いてみるのだが、それについてはアイスにもよく分からない様であった。
「願う?」
「うん。竜力を使う時は、いつもコアにお願いする感じなの……」
「ふ~ん、そうなのか……」
アイスに竜力を使う感覚を聞いてもピンと来ないリュウが、それについて思案していると、ミルクが声を掛けてくる。
「ご主人様は違うんですか?」
「そんなの意識した事ないぞ……勝手に出るんじゃねーの?」
「勝手に出たら危な過ぎですぅ!」
だがリュウのいい加減な返事は、ミルクを呆れさせるだけであった。
そんな風に待機室で賑やかに過ごすリュウ達であったが、いざ案内の女官が恭しくお辞儀をして入って来ると、そわそわと落ち着きが無くなっていく。
だが女官の方もアイスを目にすると、ぽーっとアイスに見惚れてしまい、リーザに声を掛けられて慌てて式典の説明を始めるのだった。
城の三階に有る大広間では、多くの魔人族の面々が右往左往していた。
「有りました! 陛下、これが歓迎式典の配置図ですぞ!」
「でかしたぞ、ギーファ! 五主席と侍従長はすぐに配置を変更せよ!」
そんな中、ギーファが書庫から一冊の古い本を持って駆け込み、ジーグは各組織の長に指示を飛ばした。
因みに五主席とは、司法官、行政官、魔導士、近衛、衛士、それぞれの長である。
何故、今こんな事になっているのか。
それは単純に時間的余裕が無い為であり、性急な性分のジーグのせいである。
ジーグがリュウ達と最初に接触し、城に戻って歓迎式典を執り行うと言い出したのは昼過ぎであり、皆は突然の事に困惑しながらも大慌てで準備に取り掛かった。
着替えを取りに一旦家に戻る者や列席者を呼びに行く者などもそうだが、会場の準備は手の空いた衛士や近衛までもが駆り出された。
中でも一番の問題は式典後の晩餐会の料理であった。
城内には十分過ぎる程の厨房設備が備わってはいるが、料理人は普段数名が常駐するのみであり、急遽、人材と食材が掻き集められた。
だが何とか人や食材が集まっても肝心のアイスが居ない為、好き嫌いなどの確認が出来ず、料理人達は今も戦々恐々としながら腕を振るっているのだった。
「陛下、大丈夫なのですか?」
険しい顔をして腕を組み、会場の配置が変更されるのを見守るジーグの背後から、涼やかな声が駆けられる。
そこには、落ち着いた紺のドレスに身を包んだ、淑やかな女性が数人の侍女に支えられる様に立っていた。
「おお、済まんなシエラ……急かしてしまったな……」
振り向くジーグは、先程の表情が嘘の様に穏やかな笑みをもって、妻である王妃、シエラ・レガルト・アデリアに答えた。
「私の事は良いのです。それよりも、やはり性急過ぎたのでは?」
「む……いや、もうすぐ準備は終わる。それにしても形だけでもと思ったのだが、性に合わぬ事はするものではないな……父ならば上手くやったのだろうがな、俺では見ての有様だ……」
心配そうに問い掛けるシエラにジーグは胸を張って答えたかと思うと、ちらりと背後の慌ただしい様子を見やり、肩を竦めた。
「呆れた……陛下は思い付きで令を下しただけじゃありませんか……」
「違いない……わっはっはっは……」
そんな哀愁を漂わせるジーグにシエラは一瞬ぽかんとした表情を見せたが、次の瞬間には隠すことも無く呆れた表情をジーグに向け、ジーグは豪快に笑った。
「もう……ちゃんと後で皆を労ってやって下さいましな……」
「うむ、分かっておる!」
そしてシエラの困った様な顔を見て、再び魔王としての顔に戻るのだった。




