45 魔王の城へ
城郭都市である魔都アデリアは、その中央に東西約二キロ、南北約一キロ半の丸い湖を有している。
その中央には東西にやや長い城壁で四角く囲まれた小島が有り、城壁の各面中央に有る跳ね橋は、東西南北それぞれの湖畔から伸びる長大な橋と繋がっている。
そして城壁の内側には、やはり東西にやや長いアデリア城が城下町を見下ろす様に聳えていた。
リュウ達は破壊された城壁から三十分程を掛けて、東の湖畔から城へと向かう橋に足を踏み入れた所であった。
「自然を利用した要塞みたいな城だなぁ……奥は跳ね橋になってんのか……」
「はい。東西南北それぞれの城門は跳ね橋になってまして、万一の際には堅固に王をお守り出来る様になっているのですわ……」
見たままを呟くリュウが、橋の城側に巨大な鎖が伸びているのを見てその仕掛けに気付くと、隣りでボスに跨るリーザがどこか誇らしげに答えている。
「だけど、アイスビームを食らったら一瞬で無くなるんだろうなぁ……」
「そ、そんな事しないもんっ!」
なのにリュウの軽口が一瞬で皆の頬を引きつらせ、アイスが慌てて否定する。
「しかし、よくこんな長い橋を作ったよなぁ……門まで約八百メートルって。しかも石造りだし……」
「私も聞いただけですけど、数百年前に作られたそうですよ?」
「当然、人力だよな……如何に魔法が有るとは言え、人って凄いよなぁ……」
視界に表示される城門までの距離に、リュウが当時の苦労を偲んでいると、前方がにわかに騒がしくなる。
「何か来たぞ……ハイテンションで……」
「ぷふっ……リュ、リュウ様! 魔王様です!」
その原因に気付くジト目のリュウの呟きが、思わず皆を吹き出させる。
そんなリュウを、慌てて気を引き締めるリーザが窘める。
そうしてやって来たのは豪華な馬車。
御者台には御者の隣に魔王ジーグが乗っており、バタバタとマントをはためかせている。
「アイス様~! お迎えに上がりましたぞ~!」
「陛下! 危のうございます! どうか、立ち上がらないで下され! 陛下!」
立ち上がって手を振るジーグの隣りでは、御者のギーファが悲鳴を上げている。
リュウ達がぽかんと口を開けていると馬車は速度を落とし、リュウ達の結構手前で停車してしまった。
「何故、こんな手前で止まるのだ、ギーファ!」
「それが陛下、馬がこれ以上進みませぬ!」
ぎゃいぎゃいと喧しく騒ぐ御者台の二人に、リュウが苦笑しながらぽりぽりと鼻の頭を掻いて近付いて行く。
「魔王様、これ以上は多分無理ですよ……ヴォルフが居るんで……」
「何? ヴォルフだと……うおっ!? でかっ……って、何故にヴォルフが人を乗せて………………う、美しい……」
そしてリュウが御者台を見上げてジーグに声を掛けると、ジーグはボスの大きさと人を乗せて大人しくしている事に驚くのだが、そこに座るアイスを見た途端、ボスの事も忘れて見惚れてしまった。
「アイスですよ?」
「な!? おお……その美しい少女がアイス様!? なんと……」
そんなジーグに苦笑いしながらリュウが種を明かすと、ジーグは一瞬リュウに目をやるものの、再びアイスに見惚れている。
するとアイスがボスから降り、おずおずとリュウの横にやって来る。
「ま、魔王様……さっきはお山を壊してしまって、ごめんなさい……」
アイスはずっと気にしていた事を素直に謝って、ペコリと頭を下げた。
だが許して貰えなかったらどうしようという思いが、涙となって滲んでくる。
「様など不要ですぞアイス様。ジーグで構いませぬ。それに何も謝る事はありませんぞ……むしろこれを機に、あの山より北の山脈を、アイス山脈に改名しようかと思っておったくらいです!」
「えええ……それはやだぁ……」
しゅんとするアイスに、ジーグは慌ててアイスの機嫌を回復させるべく、名案を披露するのだが、アイスに赤い顔で引かれてしまった。
「と、とにかく! 城まではまだまだ距離がある故、こちらに。先ずは皆も旅の疲れを癒すがよかろう」
アイスに引かれてしまって少しショックなジーグだが、気を取り直してリュウ達に馬車を勧めると、自らも馬車に乗り込んだ。
リュウとミルクとココア、そしてアイスはジーグと一緒の馬車に、リズとエンバは後方に控えていた近衛の馬車に乗り込み、ボスの手綱を握るリーザは一人、最後尾を付いて行くのだった。
馬車に乗ってしまうと城まではあっという間であった。
リュウ達は馬車を降り、ジーグの後を付いて行こうとしていた。
だがボスに馬達が怯えてしまい、後方が騒がしくなる。
するとアイスがジーグから離れ、怯える馬達の下へと軽やかに向かう。
「大丈夫、ボスは怖くないよ! えへへ、良い子だね!」
アイスが撫でながら声を掛けると、馬達はたちまち大人しくなり、アイスに甘える様に擦り寄った。
馬達に囲まれて無邪気な笑顔を見せるアイスは、星巡竜だと知らない者であっても天使の様に見え、ジーグを始めとする城の者達が陶然と見つめている。
因みにボスは、少し離れた場所でリーザに撫でられて大人しく座っていた。
「あ、そうだ……魔王様、済みませんが、ボスに餌と水を用意できませんか?」
「うむ、分かった。ギーファ、手配を頼む」
「畏まりました、陛下」
大人しく座るボスを見てリュウがボスの食事を頼んでみると、ジーグはあっさりと了承してギーファに指示を出した。
ギーファが恭しく一礼して去ると、ジーグは数名の近衛を連れてリュウ達を一階の中庭へと案内する。
その広い中庭の一角には、リュウ達の二輌の荷車と前部が無残にひしゃげた車両が置かれていた。
「守護者殿、これで馬車の何倍もの速度で旅をして来たというのは本当か?」
「はい。まぁ、見ての通り壊れちゃいましたけどね。それより魔王様、守護者殿って言うの止めにしませんか? リュウって呼び捨てにされる方が気が楽で助かるんですけど……」
ジーグにリズ達から聞いたのであろう車両の事を尋ねられ、リュウは苦笑いで肯定する。
だがリュウはそんな事よりも、魔王様から守護者殿と呼ばれる事の方が気になっており、言い辛そうにしながらも呼び捨てにしてくれと頼んでみる。
各町の町長ならまだしも、魔人族の王にまで守護者殿と呼ばれるのはさすがに気が引けるからだ。
「そうか、ではこれからはリュウと呼ばせてもらうとしよう」
「ありがとうございます。ミルク、ココア、車両を分解して装備にしてくれ」
「はい、分かりました」
「了解ですぅ」
ジーグがそんなリュウの申し出をあっさりと受け入れると、リュウはペコリと頭を下げ、ミルクとココアに指示を出す。
するとミルク達は一旦主人に触れてコードを繋ぐと、車両に取り付いた。
車両は見る間にどんどん形を崩すと、それに応じてリュウの手足にプロテクターが形成されていく。
その光景を、ジーグや背後の近衛達がまたも呆然とした表情で見つめている。
「なんと……もう驚かんと思っておったのにな……妖精とは凄い力を秘めておるのだな……」
「ありがとうございます、魔王様」
「ありがとうございますぅ」
ジーグがため息を吐くかの様に感嘆すると、ミルクとココアは丁寧にお辞儀をし、すいーっと飛んで主人の肩に腰を下ろした。
「さて、その扉の部屋が一先ずはそなたらの部屋だ。アイス様には最上階に部屋を用意しておりますが……今はそちらの方がよろしいですかな?」
それを待ってジーグはリュウ達に部屋を勧めてアイスに向き直り、一人では寂しいだろうかとリュウ達と相部屋が良いかを尋ねた。
「はい。一緒でいいですよ、魔王様」
「アイス様。アイス様は星巡竜であらせられるのですから、私に様は不要です」
屈託なく答えるアイスに、ジーグは立場の違いを明確にしようとする。
「え……でもぉ……」
「アイス様、ジーグ王とお呼びすれば魔王様も納得して下さると思いますよ?」
しかしアイスが困った様な表情を見せると、ミルクがすっとアイスの耳元へ行き、笑顔でアドバイスする。
「えっと……じゃあ、アイスはみんなと一緒に居ます。ジーグ王……」
「はい、アイス様。では、しばしこちらでお休み下さい。何か有れば、このオルセに申しつけ下さいますよう……オルセ、頼んだぞ」
「は、陛下」
そして改めてアイスに言い直されるジーグは、笑みを浮かべて頷くと一人の近衛を残して去って行くのだった。
「はぁ~、何か今までで一番疲れた気がする……」
部屋に入るなりプロテクターを外すリュウは、ふかふかのソファにどっしりと身を預け、大きくため息を吐いた。
「リュウ様、お疲れ様です。で、敵はどうなったんですか?」
そう聞いて来るのは、リュウの向かいのソファにエンバと共に座ったリズだ。
「魔都を襲った連中はアイスが山ごと吹き飛ばして終わりでした……ただ……」
リュウがリズに答えていると、隣りにアイスがくっつく様に腰掛け、リュウは話を中断する。
するとリーザもソファへと来るのだが、彼女はリュウの横には座らずアイスを挟む様に腰を下ろした。
そうして話を再開するリュウは、妖精様と出会った事、ボスを見付け治療した事、そこで洞窟を発見し、妖精様の真実とその最後を看取った事などを話した。
真剣に話を聞くリズとエンバは、その驚愕の内容にしばし言葉を発せなかった。
だがアイスがエルノアールを思い出して涙してしまうと、リズはリーザと挟む様にしてアイスを慰め、入れ替わる様に席を立つリュウはそのままそっと部屋を出る。
リュウが外に出ると、近衛のオルセが綺麗な姿勢で立っていた。
オルセは三十歳になったばかりの背の高い精悍な容姿を持つ男だった。
そのオルセはリュウを見て僅かに頭を下げると、中庭の一点に視線を向ける。
そこにはボスが伏せており、その上でミルクとココアが寝転がっていた。
「ボスの相手頼んだのに、ボスの方がお前達を守ってる感じだな……」
幸せそうにボスの背で寝転ぶミルクとココアに比べ、ボスは伏せてはいるものの、首を立てて耳をピンと伸ばしてキリッと周囲を警戒しており、リュウが呆れる。
「だってご主人様ぁ、もふもふなんですよ?」
「しかも、サラサラなんですよぅ?」
「ぶふっ……何が『だって』なのか分かんねえ……っと……」
二人の緩い言い訳に思わず吹き出すリュウは、ボスのすぐ傍に腰を下ろす。
するとボスがリュウへと前足を伸ばしてよじよじと匍匐前進し、リュウの膝の上に顎を乗せると上目遣いにリュウを見る。
「なんだよ、そんな大きいのに甘えてんのかぁ? よしよし……」
大きなボスのそんな姿にリュウが目尻を下げながらあちこち撫でてやると、ボスは甘えても大丈夫なんだと理解した様で、より一層リュウにじゃれつき始める。
「おくつろぎの所、申し訳ありません。守護……リュウ様」
「あ、はい。えっとギーファさんでしたよね?」
しばらくボスとじゃれ合っていたリュウは、ギーファの声で振り向いた。
「恐縮です、リュウ様。皆様の軽い食事とヴォルフ……ボスでしたか……の餌を用意しました。ここは一般の者も立ち入り出来ますので、お部屋にどうぞ……」
リュウに名を覚えられていた事にギーファは僅かな笑みと共に腰を折ると、軽食の用意が出来た事を告げ、リュウを部屋へと促した。
「分かりました。あの、ボスは……」
「一緒で構いません。実は、皆が怖がっておりましてな……」
「あ……あはは……ボス、行くぞ~」
立ち上がったリュウがボスも同室して良いのか訊ねると、ギーファは頷いた後で肩を竦めて見せ、リュウは漸く周囲の人々が遠巻きにこちらを伺っているのに気付き、ポリポリと鼻の頭を掻いて部屋に向かった。
「しかし驚きですな、これ程の立派なヴォルフがこんなにも人に懐くとは……」
「やっぱり珍しいですか?」
「それはもう。ヴォルフは魔獣の中でも特に恐ろしいとされていますから……リュウ様はどうやって手懐けられたのですか?」
歩きながら、大人しく付いて来るボスに感心するギーファが、今度は興味深そうにリュウへと話し掛ける。
「いやあ、こいつとは一度オーグルトで戦って退けたんですよ。その後傷ついているのを発見して治してやったら、懐いちゃって……」
「なるほど……何にせよ、ヴォルフより強くなくては始まらないのですな……」
なのでリュウが簡単に経緯を説明すると、ギーファは納得したのかうんうんと頷きながら、到着した部屋の扉を開けるのだった。
リュウがボスを連れて部屋に戻ると、アイスは既に落ち着いており、リズと一緒にボスを撫でたり話し掛けたり、笑顔を見せていた。
ギーファは手際よく皆のお茶とお茶請けを用意すると、大きい皿に肉の塊を入れて恐々とボスの前に差し出し、皆に一礼して部屋を出ようとする。
「ギーファさん、少し聞きたい事があるんですが、いいですか?」
「はい、何でございましょう?」
そこへリュウに声を掛けられ、ギーファはくるりとリュウに向き直った。
「実は俺達にはもう一人、ハンナさんと言う仲間が居るんです。ですがここに来てハンナさんは捕らえられ、牢に入れられたらしいんです……その事をギーファさんはご存知ですか?」
「いえ、初耳でございます……」
そしてリュウの口から語られる内容に、かなり困惑した表情で答えるギーファ。
「そうですか……今後の予定とか、色々教えて頂いてもらって構いませんか?」
「は、はい……私に答えられる類の話ならば良いのですが……」
そして残念そうに呟いたリュウに更に聞きたい事があると言われ、ギーファは緊張しつつ応じた。
そうしてリュウ達がギーファから聞いたのは、この後もうしばらくすればアイスの歓迎式典と晩餐会が行われ、かつての王属魔導士の中にガトル・レナスという優れた魔導士が確かに存在していた事、ハンナを捕らえた事を魔王は知らず、捕らえたのは近衛の判断であろう事、闇の獣に関わる者は死刑となる可能性が高いだろう、という事であった。
「ギーファさん、長々と済みませんでした。最後に一つ、お願い、というか魔王様に伝えて欲しいんですが……歓迎式典とか晩餐会なんですけど、なるべく堅苦しいのは勘弁して欲しいと……出来れば皆が参加できる様にと……お願いします」
「畏まりました、リュウ様。必ずや陛下に……では皆様、失礼致します」
最後にリュウが魔王様への伝言を頼むと、ギーファは恭しく一礼して部屋を去って行った。
「ふぅ、こんなもんかなぁ……あとはダメ元で魔王様に頼んでみるか……」
ギーファが去り、ため息を吐くとリュウはポツリと呟く。
「リュウ様……」
「大丈夫ですよリーザさん、悪いのは闇の獣ですから……」
リーザが心配そうにリュウの腕を掴み、リュウはその手に自身の手を重ねる。
「ご主人様、アイス様の服をドレス風に変更してもいいですか?」
「ん? あー、そだな! 晴れ舞台だもんな!」
するとミルクが重たくなりそうな空気を払う様に明るい声で主人に尋ね、リュウも明るく許可を出した。
「え~、ミルクぅ、これでいいよぅ……」
「ダメですよ、アイス様。せめてもう少しちゃんとした格好をしないと……」
恥ずかしいのか、遠慮しようとするアイスに、ミルクは優しく微笑んで諭しながら主人やその装備から必要な材料を集めていく。
「アイス様、ご主人様の視線を釘付けにできますよ?」
「ほんと!? じゃ、じゃあ着る!」
そんなアイスにココアが耳打ちすると、アイスの態度は一変し、その表情もパッと明るいものに変わった。
そのお蔭で場の空気も一気に明るい雰囲気に変わり、リズも加わってわいわいと姦しくドレスが作成され始めた。
「リーザさんも手伝ってやって下さい。考えすぎるのも体に悪いですよ?」
「ええ……そうですわね……」
そしてリュウは不安そうなリーザの背中をトントンと軽く叩いて気分転換を促し、リーザも軽く頭を振って立ち上がると、アイス達の輪に加わった。
それを横目で眺めながら、リュウは今後の事について思いを巡らすのであった。
お待たせした割に少な目ですみません…
風邪を引いてしまって…
皆様は風邪などお召しにならないように…




