42 森の妖精
リュウ達がミルク達に追い付いた場所は、そこら中の木々の幹が傷付いたり、枝が折れたり、と戦闘の形跡が見て取れた。
「どう見ても戦闘した跡みたいだけど、何と戦ったんだろ……」
「そうなんですぅ。これだけ派手に銃撃してるのに、エルナダ兵を襲ったのが何か、まるで分からないんですぅ……」
リュウが死体も何も残っていないのを不審がると、ココアもそれに同意する。
「むぅ……で、発信源ってのは?」
「これです」
リュウが首を捻りながら尋ねると、ミルクが自分の滞空している足元を指差す。
そこには表面が半分程溶けた無線機が落ちていた。
「これ、まだ生きてんの?」
「いえ、微弱な信号を発しているのみで、機能しているとは言えません……」
リュウの問いに、ミルクが申し訳なさそうに答えて俯く。
「済まなそうにすんなって。この戦闘跡だって、まだ無駄足と決まった……訳じゃ……無い……」
「ご主人様? ――ッ!?」
そんなミルクを励ますリュウの言葉が途切れ、怪訝に思ったミルクが主人の視線を辿って息を呑んだ。
リュウの視線の数メートル先、大木の脇に一人の女性が立っていたのだ。
背丈はアイス程だろうか、青い刺繍を配った白いドレスを身に纏ったその女性の表情や年齢を、ミルクは判別する事ができなかった。
何故ならその女性は、薄っすらと周囲に溶け込む様に霞んでいたからである。
「よ、妖精様!?」
同じくその存在に気付いたリーザの声に、皆が一斉に注目する。
「リーザさん、ご存知なんですか?」
「いえ、リズから聞いただけです……綺麗な蝶の羽を持った女性だと……だけど、こんな霞んだお姿だとは……一言も……」
ミルクの問いに、リーザはその女性を見つめたまま、困惑しながら答える。
だがリーザの言う通り、女性の背中には蝶らしき羽が薄っすらと見て取れる。
「ふーん、ミルク達パチもんとは違う、本物の妖精様か……」
「う……ご主人様、もう少しその、言葉を選んで下さい……」
女性を見つめたままポツリと呟く主人に、ミルクが訂正を求める。
「んじゃ、ミルク達バッタもんとは違う――」
「どっちも嫌ですぅ!」
なので言い直してみるリュウだが、すかさずココアに憤慨されて首を竦める。
「リュウ……」
そんな中、アイスが不安気にリュウに歩み寄って左腕に掴まると、女性はアイスに反応したのか、右手を手招きするかの様に伸ばし、踵を返した。
「追い……ますか?」
「そうだな、危なくはなさそうだし……付いて行ってみよう」
ミルクの問いにリュウが頷くとリーザもリュウの右腕に掴まり、ミルクとココアもリュウの肩に留まった。
「あー、アイス、リーザさん、俺の後ろで手を繋いでてくれる? これじゃ咄嗟に動けない……」
「う、うん……」
「分かりました」
歩き出すとリュウは身動きの取り辛さに、アイスとリーザに頼んで後方に下がってもらう。
前を行く女性は丈の長いスカートのせいでその足の運びが見えず、滑る様に進んで行く。
というか実際、足が動いていない様に見える。
時折リュウ達の方を振り返って進む女性は、霞み具合が不安定で酷く薄くなったり色濃くなったりと、まるで切れかけの電球の様であった。
そうやって五分程歩いただろうか、リュウ達は木々が途切れて大地が不自然に隆起した場所へと辿り着いた。
そこは直径十五メートル、中心部の高さは三メートル程の岩山であった。
女性はリュウ達をその場所に導くと、薄く霞んで見えなくなってしまった。
「あっ! リュウ、見て!」
キョロキョロと辺りを見渡していたアイスが叫ぶと同時に岩山を外れて駆け出し、皆も慌ててアイスを追う。
「な……」
「酷い……」
そこには、白い体を赤黒く染めたヴォルフがあちこちに横たわって死んでいた。
「エルナダ兵に撃たれたのか……てか、戦ったのか……義手の銃や装備があちこちに転がってる……けど、兵士の死体はどこだ?」
「見当たりません……あっ!? ご主人様っ!」
横たわるヴォルフを見つめ、辺りを窺うリュウが難しい顔をしていると、同じ様に辺りを窺いながら答えるミルクが、視界にまだ息のあるヴォルフを捉えた。
リュウがミルクを追った先には、数発の銃弾を受けて横たわるヴォルフが居た。
そのヴォルフは他の個体よりも明らかに大きく、リュウが近づくと起き上がろうと前足を動かすのだが、その動きに力は無く、何度も空を切っている。
「お前……リーザさんっ! こっちに!」
リュウはそのヴォルフを一目見て、オーグルトの森で撃退したヴォルフのボスだと分かって慌ててリーザを呼んだ。
リーザがすぐに駆け付けて治癒魔法を施し始めると、アイスもその隣で竜力で癒すべく両手を翳す。
未だに身体能力の向上と破壊の力でしか竜力を行使出来ないリュウは、アイス達の反対側でヴォルフを撫でながら、声を掛けてやる事しかできない。
「頑張れ。この二人は女神様だから、こんな傷はすぐに治る。心配すんな……」
「リュウ、ここの弾が邪魔で上手く治せない……取れないかな?」
「ミルク、ココア、頼む」
「「はい!」」
そんな中、アイスが治癒の上手くいかない箇所の弾丸の除去を訴えると、リュウは即座にミルクとココアに声を掛け、二人は即座に傷口の傍に降りると主人と自分達を人工細胞で繋ぎ、傷口から人工細胞を侵入させる。
「大丈夫だからね……」
「痛くないからねぇ~」
二人は慎重に人工細胞を弾丸に辿り着かせると、弾丸を分解、吸収していく。
「女神様が四人になったぞ。お前、超ラッキーだな……これで助かんねーと罰が当たるぞ?」
ヴォルフの頭を撫でながらリュウが笑って励ましてやると、ヴォルフはパタパタと尻尾を振りだした。
「大丈夫! もうちょっとで終わるからね!」
そんなヴォルフにアイスも笑顔で声を掛け、皆も次々に声を掛けた。
そうして治療を終え、皆がほっと安堵のため息を吐いていると、ヴォルフは力強く立ち上がった。
なのでアイスが怖がる事なく近付くと、ヴォルフは尻尾をパタパタさせてアイスに擦り寄り、その手をペロペロと舐め始めた。
「ちゃんと助けて貰った事を理解しているのですわ……リュウ様との戦いの際も引き際を分かっていましたし、かなり賢い様ですわね……」
そしてリーザもアイスの横に並んでヴォルフを撫でながら、浄化の光でヴォルフの汚れを落とし始めると、ミルクとココアが我慢の限界に達した様だ。
「はうぅ! 本物のモフモフですぅ!」
「サラサラで気持ちいいですぅ!」
ヴォルフの背中に降りるなり、その毛並みにダイブするミルクとココアがリアルモフモフを満喫し始めても、ヴォルフは大人しく彼女達に身を任せている。
「おい、あんま舐めんな……俺の分が減んだろ……それ、全部俺んだぞ?」
一人ポツンと取り残されるリュウがヴォルフが女性陣を独占している事に気付き、ヴォルフにジト目で文句を付ける。
「えへへ、リュウが妬いてる~」
そんなリュウにアイスが嬉しそうに照れ、リーザがクスクスと笑う。
ヴォルフの背中ではミルクがもじもじと、ココアはニンマリと口元を歪めているのだが、誰もがリュウを大人げないと窘める事無く、頬を赤く染めていた。
そしてヴォルフはというと、くるりとリュウに向かうと目の前まで近付く。
三メートル近い巨体故に胸の高さから見上げられる威圧感はハンパなく、リュウの喉がごくりと音を立てる。
「な、何だよ……」
「バウッ」
「のわあっ!?」
威圧感に耐えかねたリュウが口を開いたその時、ヴォルフが吠えながら飛び掛かる様にしてリュウを押し倒す。
一瞬ヒヤッとした女性陣が、次の瞬間にはほんわかとした笑顔に変わる。
リュウに伸し掛かったヴォルフが、リュウの顔をペロペロと舐めていたからだ。
「ちょっ! まっ! 怖え! 食われないと分かってても、怖え!」
「よしよし、良い子だからそこまでね~」
叫びながらジタバタともがくリュウだが、優に二百キロは有るであろうヴォルフはまるでびくともせず、アイスがヴォルフを宥めなければ、いつまでも舐められ続けただろう。
「うひぃ、ベタベタ……お前なぁ……あ?」
ヴォルフに解放されたリュウは、地面に寝転がったまま顔を拭い、起き上がろうとして何かに気付く。
そしてリュウはのそりと立ち上がると、岩山へ向かう。
そこは最初に岩山に辿り着いた地点から死角になっている所であった。
「お~、謎の洞窟発見……」
リュウは岩山にぽっかりと開いた、人が入れる程の穴を発見するのだった。
「危険じゃないですか?」
「だ、大丈夫だよ……リュ、リュウが守ってくれるもん……ね?」
岩山の穴に入ると言い出したリュウに、リーザが不安を口にし、宥めるアイスもまた不安の色を隠せていない。
「お前、成人したんだから俺より強いんじゃねーの? 一人で行ってみ?」
「ややや、やだよぉ! 暗いもん! 怖いもん! 」
そんなアイスがリュウにしれっと一人での潜入を勧められ、プルプルと首を振ってリーザにしがみつき、断固拒否の構えを見せる。
怯えた表情で抱き合う美女二人に縋る様な眼差しを向けられ、ついリュウの口元はニンマリと歪んでしまう。
「しょうがねえなぁ……ミルク、ココア、二人をサポートしてやれよ?」
「はい!」
「分かりました!」
そうしてリュウはミルクとココアにアイス達のサポートを任せ、穴の中へ入ろうとした。
「バウッ」
するとリュウ達の後ろからヴォルフが吠え、リュウはヴォルフに向き直る。
ヴォルフはお座りをして、尻尾をパタパタと振っている。
「お前はデカいからな、待っててくれるんなら見張りを頼むぞ?」
そう言ってリュウはヴォルフの頭を撫でると、今度こそ穴の中に入って行く。
アイスやリーザも同じ様にヴォルフを撫でると、リュウの後を追った。
「どうやら人工的に作られた感じだな……」
「そうですね、岩肌を利用して行き止まりだと勘違いする様な作りですね……」
穴に入って十メートルも進まない内に、穴は行き止まりかと思われた。
だが、行き止まりまで行ってみると、通路は鋭角に短い折り返しを繰り返し、行き止まりの裏側に出られる様になっていた。
それはまるで一本の通路を後から誰かが迂回路を作り、元の通路を塞いだかの様であり、行き止まりに突き当たるまで横道の存在に気付かなかった事も含めて、自然の産物とは到底思えなかったのである。
迂回路を抜けて奥へと進むリュウは、左手の甲に造り出したライトで先を照らして進む。
リュウだけならば視界を調整するだけで済むが、アイスやリーザを怯えさせない為には明るくしてやるしかない。
なのでミルクとココアも主人から人工細胞を補充して、ライトを点灯させている。
しばらく進むと穴は徐々に広がりを見せ、幅が三メートル、高さは五メートル程になっていた。
所々に鍾乳石が垂れ下がり、地面からは落ちた雫がリュウより高い石筍となっており、中にはそれらが繋がって石柱となっている物まであった。
「これ、元々有った鍾乳洞に、誰かがあの入口を作って繋いだのかな?」
「そう考えるのが妥当ですけど、一体誰が作ったんでしょう……」
リュウは色々ミルクと話しながら奥へ奥へと進んで行く。
「すごく神秘的な光景ですわね……」
「うん、色んな色が光に照らされて綺麗だよね~」
通路が広がってもリュウ達のライトの明かりが十分に明るい為、アイスとリーザもキョロキョロと様々な鍾乳石に目をやる余裕が生まれていた。
「でも、こういう場所は気を付けないとダメなんだぞ?」
「え? 何に気を付けるの?」
そんな青紫の瞳をキラキラさせるアイスにリュウが注意を促すと、アイスは意味が分からずにキョトンとした顔をリュウに向ける。
それはリーザやミルクとココアにも分からなかった様で、皆がリュウに注目した。
なのでリュウは口が歪みそうになるのを堪えて、さも当然の様に言う。
「ほら、壁のあちこちをよく見てみろ。沢山の顔が見えるだろ?」
「「「「――ッ!?」」」」
リュウの言葉を聞いた途端、女性陣は一斉にビクッと固まって、恐る恐る壁に目をやってしまう。
そして次の瞬間には、一斉に皆が無言のままリュウにしがみついていた。
「え~、何でミルクとココアまでしがみついてんだよ?」
「かかか、顔が!」
「不気味ですっ! 怖いですっ!」
AIであるミルクとココアまでもがリュウのベストにしがみつき、リュウは呆れた声を上げるのだが、ミルクとココアはライトに照らされた岩肌の陰影を顔と認識した様で、涙目で訴える。
「悪かった、悪かった、冗談だって! さ、先に進もうぜ!」
女性陣の予想以上の怯えっぷりにリュウは拍子抜けしてしまうのだが、とりあえず謝ってその場の収拾を図る。
だが内心はこの後に用意していたネタが使えず、少々がっかりしていたりする。
けれどもこれ以上調子に乗って嫌われても困るので、リュウは何とか自重する。
「リュウ様……冗談が過ぎます……」
「リュウのバカぁ……」
リーザもアイスも頬を膨らませて非難の目をリュウに向けているものの、その腕はしっかりとリュウの腕を抱きしめていた。
そんな二人にデレッと目尻を下げながら、リュウは更に奥へと向かうのだった。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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