36 終わり良ければ
一方その頃、リュウとリーザを除く全員は、最奥の一室に集まっていた。
「ふぅ~ん、リーザもなかなかやるもんだねぇ……」
「さ、最後が頂けませんよっ!」
「リュウって甘えん坊なんだね~」
「意外でした……」
「でも良かった、リュウ様が分かってくれて……」
ミルクを除く皆が口にしているのは、別室で行われていたお説教の様子についてであるが、それを可能にしているのは当然、ココアの偵察糸である。
モニターに映し出されるリアルタイムの映像を食い入る様に見つめる皆であったが、リュウがリーザを押し倒した辺りでさすがにマズいとココアも映像を切った為、先の感想が漏れたのである。
「姉さま? どうしたの、黙り込んじゃって……」
ココアが先程から言葉も発さず何かを考え込む様なミルクに声を掛ける。
「リーザさん凄いなぁと思って……ミルクもあんな風に上手に話せる様に成れるのかなぁって……」
するとミルクはモニターの有った空間を見つめたまま、嘆息する様に感想を述べた。
予てからリーザの事は認めていたが、リュウに関する事では度々嫉妬を覚える事もあったミルク。
だが、今はそんな事すら吹き飛んで、憧れとも言える感情をリーザに抱いていた。
「ミルク様だって成れますよ……今はまだ、おチビちゃんだけどねぇ?」
「あう……」
そんなミルクにハンナが優しく声を掛け、そして悪戯っぽく笑うと、ミルクは顔を赤くして俯いてしまった。
「あっはっは、ミルク様は可愛いねぇ……さてと、あの様子じゃ二人は当分部屋から出て来ないねぇ……先に食事を済まさないかい?」
「賛成~!」
ハンナは笑いながら俯くミルクをそっと両手で抱き上げ、皆に食事を提案すると、待ってましたと言わんばかりにアイスが声を上げた為、一同はリュウ達を置いて先に食堂へと向かう。
廊下に足音が響き、リュウとリーザはビクリと動きを止め、息を潜めていた。
そんな自分達の滑稽さに、つい笑いが込み上げそうになるのを堪えながら。
やがて足音が去ると、リュウはベッドからぴょこっと頭をもたげる。
「あー、笑いそうだった……今の足音……みんな食事に行ったのかな?」
「クスクス……どうしましょう……私達も行きますか?」
「え……行きたいんですか?」
「そんな……リュウ様と……一緒がいいです……」
「ですよねー」
そしてリーザの甘え声で、デレッと表情を崩すリュウは再びベッドに潜り込む。
「心配して損したよ……まさか食堂の奥に個室があるなんてさ……」
「ですよね! あれって、普段はお偉いさん専用なんでしょうね!」
「あんな美味い酒……初めて飲んだ……」
「そうよね! オーグルトにも有るのかな?」
「もう食べられない……」
「もうってアイス様、食べ過ぎですよぉ!」
「お腹壊さないで下さいね?」
食事を済ませた先行組はわいわいと階段を上っていた。
食事に向かった時はアイスやミルク達が注目を集めてしまうのでは、と懸念したリズ達であったが、マスターの計らいで貴賓室に通され、最上級の食事と酒を堪能する事になったのだ。
それは偏にリュウが支払った金貨のお蔭なのであるが、その後リュウとリーザが同じ待遇を受けたとしても、マスターには大銀貨七枚以上の儲けがあるのだった。
ハンナ達が三階に到着し、長い廊下へと出た時だった。
扉の一つが開き、デレッと緩み切った表情のリュウが廊下に出て来たかと思うと、出て来た扉に向けて肘を張った。
するとリーザが出てきて扉を閉め、くるりとリュウに向き直ると、ぴょんと跳ねてリュウの肘を張った腕に抱きついた。
そして二人はニマニマとした笑みを交わし、階段に向かおうとして凍り付く。
「はぁ……呆れて言葉が出ないねぇ……」
「あれ、ほんとに私の姉さんなの……」
「……」
「リュウ……デレデレしてる……」
「リーザさん可愛い……」
「っち……」
リュウ達の視線の先には、呆れた様な表情の見知った面々。
「ご主人様……」
「う……なんだよ……」
「緩みすぎですぅ……」
「うぐう……」
ミルクとココアの呆れた視線に真っ赤な顔で呻くリュウ。
「お説教してた割には、えらくツヤツヤだねえ、リーザ?」
「ハハハ、ハンナさん違うんです、これには訳が……」
「ま、それは良いんだよ……ほれ、仲良く食事に行っておいで!」
「は、はい……」
ハンナにからかわれて食事を促されるリーザの顔は、これ以上ない程真っ赤だ。
「アニー達喜ぶだろうなぁ……」
「?」
そそくさとその場を離れようとする二人にリズが声を掛け、リーザが振り返る。
するとリズは隣に居るエンバから少し距離を取り、くるりとエンバへ振り返ると、ぴょんと跳ねてその腕に抱きつき、リーザに向かってニィッと笑った。
「やぁぁぁっ! リ、リズっ! 言わないでっ! 忘れてぇぇぇ!」
その瞬間、リーザは悲鳴と共にリズにしがみついて、懇願していた。
リーザの姉としての威厳が崩壊の危機である。
「リズさん酷い……リーザさん何も悪くないのにぃ……」
「隙を見せる方が悪いんですよ? 姉さま……」
「か、からかう方が悪いんですぅ!」
「ほらほら、ケンカしないの、おチビちゃん達……部屋に戻るよ!」
その光景に自身を重ねて、すっかりリーザに同情しているミルクは、しれっと隣でのたまうココアに憤慨するのだが、ハンナはそんな二人を仲裁すると皆を連れて部屋に戻ってしまうのだった。
その後、リュウとリーザは先行組と同じ様に貴賓室に通され、そこでも二人きりの甘い時間を過ごすかと思われたが、何気ないリュウの質問から物価の勉強となって、リュウは青褪める羽目になる。
だがそんな出来事も部屋へと帰ってしまえば忘れ去られ、それはそれは甘い時間を二人は過ごすのであった。
そしてリズとエンバが部屋を去り、いつまで経ってもリュウが顔を出さず放って置かれたアイスとミルク、ココアは、ハンナに宥められながら騒がしい夜を過ごすのであった。
「いでぇっ!」
翌朝、リュウは足に走った痛みに跳ね起きた。
翌朝とは言っても、もう日は随分と高い。
「ご主人様! いつまで寝てるんですか、もうみんなお食事済んでますよ!」
両手を腰に当てて、怒ってますポーズを取るミルクだが、半分は呆れている。
その隣ではココアが、当然の様に主人に電気を流すミルクにドン引きしていた。
「え~、マジでぇ……めっちゃ眠い……てか、この起こし方やめろ……」
リュウは眠い目を擦り、足をさすりながらぼけーっとベッドから出ようとした。
「きゃあああっ!?」
「わお!」
「!? おわあっ!」
その際に布団が捲れてリュウの屹立した股間が露わになり、ミルクは悲鳴を上げて後ろを向き、ココアは食い入るように見つめ、リュウは布団を引っ掴んで股間を隠した。
「どど、どうして全裸で寝てるんですかぁ!」
「んなもん、しょーがねーだろ……」
「はうっ!?」
後ろを向いたままのミルクの文句に、口を尖らせるリュウであったが、ニヤリと笑うと、ミルクを背後から掴み取る。
「やられっぱなしじゃ、寝覚めが悪い。ご主人様の威厳を堪能しろ」
そう言い放つと、リュウはそのまま股間を覆う布団の中に、ミルクをポイッと放り込む。
「きゃーっ! きゃーっ!」
「ご主人様、やり過ぎですぅ!」
だがココアが同時に飛び込んだ為、ミルクはほんの数秒で救い出されるのだが、余程ショックだったのか、ココアにしがみついてプルプルしている。
「今度からあんな起こし方すんなよ? したらまたお仕置きだぞ?」
「ひう……ごめんなさい……もうしません!」
そうしてリュウに警告されたミルクは怯えた目で主人に謝り、一目散に部屋を飛び出して行った。
「ご主人様ぁ、姉さまにあれは刺激が強すぎますぅ……」
「懲りなきゃ意味ねーじゃん……てか、お前はさすがに大丈夫なんだな……」
残されたココアがリュウに苦言を呈すると、リュウは肩を竦めてココアにジト目を向ける。
「当たり前ですよぉ、うふ……生のご主人様を見れました!」
「俺を副産物みたいに言ってんじゃねーよ……」
するとココアは嬉しそうに感想を述べるのだが、その不本意な言い様にリュウはふくれっ面だ。
「みんなはお買い物に出てますからね、先に行ってまーす!」
そんな主人をクスクスと笑うココアは、皆の動向を伝えると元気よくミルクの後を追い、リュウも服を着ると宿を出て、皆の姿を探すのであった。
リュウが外に出ると、町の人々の視線が集まるものの、話し掛けたりされる様な事は無く、リーザ達を探し歩くのに不都合は無かった。
所々の露店でリーザ達の行方を尋ねながら歩いていると、リーザ達はすぐに見つける事が出来た。
「こ、これで本当に内緒にしてね? ぜ、絶対よ?」
雑貨店の入り口で、リーザが薄っすらと赤い顔でリズに言い寄っている。
「分かってるわよ、姉さん! こんな良い手鏡……ありがと!」
「うぅ……一生の不覚だわ……」
リズが紛失した手鏡よりも良い品をプレゼントされて満面の笑みを溢し、リーザが悔しがっている。
リズは昨夜の廊下での出来事を内緒にする代わりに、リーザに手鏡をねだっていたのだ。
「お早うございまーす」
「お早うございます、リュウ様。よく眠れました?」
「リュウ様、お早うございます。随分と遅いですが……」
そこへリュウがやって来ると、リーザはすぐにリュウの傍に歩み寄り、リズは挨拶しながらも何か言いたそうにニンマリしている。
それを察したリュウは、先制攻撃を開始する。
「いやぁ、隣りの声が激しくてついつい聞き入っちゃいました……」
「! そうですよね、あんな声を聞かされたら……ねぇ、リュウ様……」
「う、嘘ですっ! そ、そんな訳……ありませんっ!」
リュウの言葉を即座に理解したリーザも援護射撃を始め、青褪めて否定するリズの顔が徐々に赤くなっていく。
「いやぁ、エンバさんの気持ちわかるなぁ、あんな可愛い声出されたら、そりゃ頑張るでしょ……」
「は……う……ね、姉さん! ほ、本当に……き、聞こえてたの!?」
「黙っといてあげるから、ね?」
リーザに夢中のリュウがリズの声など聞いている訳が無いというのに、心当たりのあるリズは、リュウの追撃にどんどん自信が無くなっていく。
二人のやり取りをクスクスと笑うリーザは、真っ赤な顔のリズに真相を尋ねられると、お返しとばかりに意味深な笑みを返すのであった。
やがてアイスを抱っこしたエンバと、ミルクとココアを肩に座らせたハンナも合流するのだが、他にも数人の供を連れた男性が一緒にやって来る。
「失礼ですが、リュウ アモウ殿で間違いありませんか?」
「はい、そうですけど……」
丁寧な口調で問われ、リュウは素直に答えてぺこりと頭を下げる。
「私はこの町の町長を務めております、ダナンと申します。実は昨夜ダーバから話を伺いまして、この町のハンターがお連れ様にご迷惑をお掛けして、あなたが大金で事を収めたと……今朝やって来ましたら、こちらのアイス様やミルク様、ココア様ともお話しする事が出来まして、お待ちしておったのです」
より深く頭を下げた相手は、このルドルの町の町長であった。
彼は昨夜、宿のマスターからの報告で伝説の星巡竜を連れた一行が宿に宿泊していると聞かされて今朝出向いて来たのであったが、丁度買い物に出ていたアイス達に出会い、先に話を済ませていたのだった。
「あー、ダーバさんって宿のマスターさんですか……」
リュウは町長の話を聞く内に、ダーバなる人物が誰か分かり、納得する。
「そうです。争い無く事を収めて頂き、感謝致します。つきましては、掛かった費用はこちらで肩代わりさせて頂きます。他にご入用の物等有りましたら、遠慮なくお申し付け下さい。この町での事は全てに於いて、私が対応させて頂きます」
そう言って町長が再び頭を下げると、供の一人が前へ出てリュウに革の袋を恭しく差し出した。
リュウがぺこぺこと頭を下げながら革袋を受け取ると、中には金貨が二枚入っていた。
「うえっ!? あ、あの、一枚多いんですけど……」
「それはせめてものお詫びの印です。この地に伝わる伝説の星巡竜様とその御一行様に、少しでもこの町の印象を回復したいですからな……はっはっは」
リュウが驚いて慌てて金貨を返そうとすると、町長はそれを手で制し、訳を話すと快活に笑った。
「良かったですわね、リュウ様……」
「え、ええ、では有難く……あの、伝説ってどういうのですか?」
リーザに微笑まれて金貨を貰う事にしたリュウは、もう一つ気になっていた事を聞くことにした。
これまではその存在を知っているというだけで、具体的な話は聞けなかったからである。
「それは大昔にこの地が獣魔族に襲われた際、星巡竜様が現れて獣魔族を追い払い、この地の裏側に有るという獣の地に閉じ込めた、という話です。古い言い伝えなのでそれ以上の詳しい話は魔都にでも行かないと分かりませんが、私は本当の事だと思っております……」
「そんな言い伝えだったんですか……なるほど……」
町長の話は、これまでの話より具体的な物ではあったが、それ以上の詳しい話は魔都でという事なので、リュウはもうアイスの白染病を疑っていなかったが、魔都に行く目的が増えたなぁ、と思った。
「もう出発されるのですか?」
そんなリュウの雰囲気を悟ったのか、町長がリュウに声を掛ける。
「そうですね、今の話で益々魔都に興味が湧きましたからね……」
リュウは答えながら仲間達を見渡すと、皆も異論は無いのか頷いていた。
「町長さん、ありがとう」
「恐縮です、アイス様。旅の無事を祈っております」
アイスが町長に礼を言うと、町長は静かに頭を下げる。
するとお供の人達もそれに倣い、リュウ達は口々に挨拶を済ませて宿に向かう。
しばらくして準備が整ったリュウ達は車両に乗り込み、ルドルの町を後にする。
その時には無関心を装っていた町の人達も、手を振って見送ってくれていた。
後で分かった事であるが、リュウ達が安心して滞在できる様にと昨夜の内に町長からお達しが回されていたのである。
ルドルの町の入口が遠ざかり、リュウは一つ深くため息を吐く。
「はぁ~、良かったぁぁぁ、お金返ってきて~!」
「あっはっは、そんな心配してたのかい!」
へなへなと荷台の柵にもたれ掛かるリュウに、ハンナが豪快に笑う。
「リュウ様、昨日の食事の時に正しい物価を聞いて真っ青でしたものね……」
「あっはっは、肝が大きいんだか小さいんだか分かんないねぇ、リュウ坊は!」
昨夜のリュウの様子を語るリーザにハンナは再び笑うと、自分に一番しっくりくる呼び名でリュウを呼ぶ。
「ハ、ハンナさん! さすがにリュウ坊は……」
「え、いいっすよ? なんならリズさんも呼びます?」
「いえいえいえ、私はリュウ様とお呼びします……」
慌ててそれをリズが咎めようとすると、リュウは気に入った様子でリズにも勧めてみるのだが、リズには畏れ多いらしく固辞されてしまった。
「ちぇっ、ガット夫人は冷たいなぁ……」
「えっ? ガット夫人? あっ! いえ、それはまだ……早……すぎ……」
そんなリズにリュウが拗ねて見せるとリズは一瞬ぽかんとしたが、それがエンバの苗字だと気付くと一瞬で真っ赤になり、隣りのエンバも被弾して赤くなった。
「まだ、だってさ! 時間の問題じゃないか……料理はできないけどねぇ?」
「はうぅ、ハンナさん、それは言わないでぇ……」
ニマニマとした視線を皆から向けられるリズは、照れながらも嬉しそうだったが、ハンナに弱点を突かれるとエンバの陰に隠れてしまい、車両は笑いに包まれながら、魔都へと走り続けるのであった。




