35 軽挙と反省
更に二日を掛けてルドルの町に夕方頃到着したリュウ達ではあったが、大勢の魔人族に囲まれる事となってしまっていた。
原因は物珍しい車両、妖精、星巡竜、である。
「待っておくれよ! いっぺんに聞かれても困るよ!」
「待ってください、押さないで! リズ! 一先ずリュウ様達を宿の中へ!」
わいわいと群がる群衆をハンナとエンバが抑えている間に、リュウ達は宿屋の中に転がり込む。
「ふぃ~、ネクトの町とえらい違いだ……」
「怖かったよぉ……」
集まって来た人の多さに冷や汗を拭うリュウと、その圧迫感から逃れて安堵の声を漏らすアイス。
「もう……アイス様を怖がらせるなんて……」
「ご主人様ぁ、ココア武装しましょうか?」
そしてミルクはアイスを怯えさせた群衆に憤慨し、ココアに至ってはやる気満々である。
「待て待て、みんな物珍しいだけだって。ハンナさんとエンバさんが何とか事情を説明してくれるって。だから、ここはなるべく穏便にいこう――」
「きゃあっ!」
自分達が原因で揉め事など起きて欲しくないリュウは、慌ててココアを宥めるのだが、今度はカウンターに向かったリーザの悲鳴が上がり、見ると数人の男がリーザに詰め寄り、一人はリーザの腕を掴んでいる。
「そんなに怖がるなって、お姉ちゃん……ちょっと付き合ってくれりゃ――」
「ちょっと止めなさいよ! 酔っぱらうのはあんた達の勝手だけど、他人に迷惑掛けるんじゃないわよ!」
明らかに酔っ払いと分かる男達にリーザが絡まれ、リズが声を張り上げる。
「おお! こっちの姉ちゃんもえらい別嬪さんだな! 姉ちゃんも来なって!」
「ちょ、ちょっと!? 放して! いやあああ!」
だが、酔っ払い達はリズの剣幕を無視してリズの腕をも掴んで引っ張りだし、あまりの強引さにさすがのリズも悲鳴を上げた。
「あのー、すいません……あの人達ってどういう人達なんですか?」
「いやぁ、普段は気の良い連中なんですけど、酒と女に目が無くて……」
リュウは直ぐにリーザ達を助けに向かわずカウンターへ向かい、そこで困り顔のマスターだろう男に声を掛け、酔っ払い達の事を聞く。
「なるほど……んじゃ、これでお酒を振舞うって事で彼女達を穏便に返して貰ってきてくれませんか? 余ったらお礼として、残りは全部差し上げますよ?」
するとリュウは、バックパックの中から金貨を一枚取り出し、マスターに手渡して交渉してみる。
「えっ!? こ、これで!? わ、分かりました!」
するとマスターは目を見開いて驚くものの、カウンターを飛び出すと酔っ払い達の下に駆けていく。
「ご主人様! い、今、何を渡したんですかっ!?」
主人がお金で平和的に解決するのだろう、と一部始終を見ていたミルクだったが、マスターの手から漏れる光を見て、主人の下にすっ飛んで叫ぶ。
「え……金貨だけど?」
慌てるミルクに、リュウは何か問題でも? と言いたげに答える。
「か、返してもらって下さい! 高すぎますよ! 大銀貨一枚で十分です!」
「え、でもさ……足りなかったら格好悪いじゃん?」
そんな主人にミルクは対価が高すぎると訴えるのだが、リュウは万が一にも不足が出たら、という事を懸念している様だ。
「足りますって! 絶対足りますぅ!」
「でもさー、お酒って高いやつとかあるじゃん……あれなら何飲まれても大丈夫だろ? それにお釣りが出ないとマスターさんも儲け無いじゃん……」
ぶんぶん首を振って抵抗するミルクだが、根本的なミスに気付かないままリュウはマスターの儲けも必要だと譲らない。
確かに日本なら、十万円程度ならば十分リュウの言い分も通用したであろう。
だが、ここは日本より遥かに物価が安いのだ。
十万円も出せば高級酒でも千杯は飲めるだろう。
こうなったそもそもの原因は、ミルクにあった。
ヴォルフの報酬を貰った際に、ミルクは主人に分かり易く、日本の物価換算で金貨三枚分を三十万円だと説明してしまっていたからだ。
これがそもそもの間違いであり、この世界で生活するならば、日本の約十分の一である魔人族の物価で説明するべきだったのだ。
「マスターさんボロ儲けですよっ!? 勿体なさすぎます!」
「えー、でも今更返してなんてダセえ事言えねーって……いいって……」
顔を真っ赤にして訴えるミルクにさすがに不安を覚えるリュウであったが、結局「返して」の一言を言う勇気は無い様で肩を竦めて諦めてしまい、ミルクはがっくりと項垂れてフラフラと落ちてゆき、ココアに慌てて支えられるのだった。
そうこうしている間にハンナとエンバが疲れた顔で、リーザとリズが憤慨しながらリュウの下にやって来る。
それに続いて満面の笑みを浮かべたマスターが戻り、リュウ達は宿の最上階である三階にノーチェックで通された。
そして最奥の六部屋を好きに使って良いと告げると、マスターは恭しく頭を下げて階段を下りて行った。
呆気に取られるリュウ達だったが、一先ず部屋に入るか、とリュウは指定された一番手前の部屋に入る。
そこはハンナの宿とは比べ物にならないくらいの綺麗な四人部屋であった。
「おー、何か良さげな部屋じゃん……」
呑気に部屋の感想を述べながら荷物を降ろすリュウが、一息吐いて振り返ると、そこにはリーザ達が自分達の部屋に行かずに入って来ていた。
「リュウ様……どういう事か説明して頂けます?」
「え……リーザさん、なんか……怒ってます?」
笑顔なのに、どこか引き攣って見えるリーザの問いに、リュウは薄ら寒いものを感じた。
「リュウ様、この部屋はこの宿の最上級の部屋です。それを六部屋ノーチェックで貸してくれる……何故こんな事になっているのですか?」
「え~と……ミルク、やっぱ俺……やらかした?」
抑揚の無い声で淡々と現状を告げた後に質問してくるリーザに、盛大に目を泳がせるリュウは、ミルクを見つけると上目遣いで尋ねてみる。
すると一斉に皆の視線がミルクに向かい、ミルクはそれは深くため息を吐くと、一部始終を報告するのであった。
「今更、間違ってたって言って返してくれるかな?」
「無理だろうねぇ、あたしの宿でも突っぱねるよ……」
「ですよねぇ……」
リズが困った顔でハンナに問い、ハンナも難しい顔で答えている。
依然として皆、リュウが入った部屋のまんまだ。
「リュウ様、物価について勉強しましょうって言ったじゃないですか……なのに何故お一人で解決されてしまったのですか……ミルク様が直ぐに気付いて下さったというのに……それすらもお聞きにならないなんて……」
リーザが青ざめた顔でリュウに訴えている。
リーザはリュウの物価に対する認識がズレていると知っていた為、今回の事態に責任を感じていた。
で、リュウはと言うと、正座で反省を促されている様だが、その表情はブスッとむくれていた。
未だ物価の認識がズレているリュウにしてみれば、自分のお金で平和的に物事を解決した上に、皆が良い部屋に泊れるんだから良いじゃないか、という気持ちが大きいのである。
「あの、とりあえずこの場は私に任せて皆さんは部屋で休んで下さい。リズ、ハンナさん、アイス様とミルク様、ココア様をお願いします……」
リーザはリュウの様子から、ちゃんと話さなければと思い、他の皆に休憩を促す。
「あの、それならミルクも……」
「いえ、ミルク様。物価を教えると言った私には責任が有ります……どうか今は私にお任せ下さい……」
リーザの意図を察したミルクが自分も残ろうとするが、真剣な表情のリーザに深々と頭を下げられるとそれ以上は何も言えず、皆と共に部屋を後にするのだった。
「リュウ様……リュウ様のお金は確かにリュウ様が自由に使っていいものです。ですが、あのお金はリュウ様が命懸けでヴォルフを退治されたお金でしょう? それをあんな風に使ってはいけないのです」
「でも、自分のお金だし……他に迷惑は……掛けてないし……」
皆が退室するとリーザは正座するリュウの前で同じ様に座り、リュウの手を取って優しく話し掛けるのだが、リュウは納得がいかないのか口を尖らせる。
「リュウ様……リュウ様が揉め事を起こす事無く、私達を助けようとしてくれた事は本当に感謝していますし、とても嬉しいです……私は怒ってるんじゃありません……お金の価値をちゃんと知らないままに行動してしまったリュウ様が心配なのです……どうか分かってくれませんか?」
「……」
それでもリーザはリュウにゆっくりと話し掛け、リュウの行動自体には理解を示し、怒っていない事、何より心配しているのだと訴える。
そんなリーザの目に薄っすらと涙が浮かぶのを見て、リュウは動揺した。
確かにお金を無駄遣いしたとは思うが、それで泣く様な事なのだろうかと。
「リュウ様は私達の暮らしを見て、どう思われましたか? リュウ様の居た世界と比べて、随分と劣った世界だと思われましたか? そこに生きる者達も劣った存在なのでしょうか……わ、私達が三ヶ月は暮らしていけるお金を、あんな風に使ってしまえるリュウ様が、私はとても悲しいです……」
「え……三ヶ月……」
突然リーザの話がこれまでの内容と変わって困惑するリュウであったが、話を聞く内にガーンと頭を殴られた様なショックを受けた。
それが自分が思っていた以上の物価の違いである事は明白であったが、それ以上に気付いた事が有ったのだ。
リーザが泣いて悲しんでいるのは、無駄遣いした金額などでは無かった。
それによって浮き彫りになった価値観の違いに、人種や世界の隔たりなど関係なく接してくれていたリュウが、やはり別の世界の人間なのかと遠い存在に思えたのだ。
そして、無駄遣いでも自分が納得してるのだからいいじゃないか、という傲慢な考え方も、質素に暮らして来たリーザにとっては到底受け入れられるものでは無かったのだ。
「ごめんなさい……」
リュウはポツリと一言謝った。
他に何を言えば良いのか分からなかった。
確かに格好つけたいという気持ちがあったのは確かだ。
それによって、皆が凄いと喜んでくれるものだと思っていた。
良かれと思ってした事がこんな事になるとは思ってもみなかった。
ただ、今になって取り返しのつかないミスをしてしまったのだと思った。
リーザは少し驚いたというよりは、意外に感じたと言うべきか。
リーザは自分の言葉がリュウに届くのか自信が持てていなかった。
もっとこの年頃の少年は意地を張るか、不貞腐れたままかと思っていたからだ。
だがリュウはポツリとだが謝って、肩を落として項垂れてしまっている。
その姿を見て、リーザの心はより一層大きくリュウに傾いていく。
最初はその圧倒的な強さに惹かれた。
ネクトの町では憧れに似た畏怖の様な物を感じ、頼り、甘えた。
だがこの町に来て、英雄的に思えていたリュウを遠くに感じ悲しかった。
そして今、そのリュウが等身大に見えている。
リーザは思った。
リュウの事をちゃんと見る事が出来ていなかったのは自分なのだと。
リュウは確かに強大な力を秘めた存在なのかも知れないが、ちゃんとリーザの言葉を受け止め、理解してくれたのだ。
人種や世界の隔たりを超えて、自分を理解してくれているのだと。
「リュウ様……大好きです……」
リーザはリュウの手を取ったまま真っ直ぐリュウの目を見つめ、心のままを口にする。
「は!? え……?」
一方のリュウは、間抜けな声と共に顔を上げ、何故リーザが自分に微笑み掛けているのか分からず、これから怒られるのか? と、おろおろしている。
「ありがとうございます、私の言葉を分かって下さって……とても嬉しいです」
「いえ、その、ごめんなさい……俺、傲慢でした……その、反省してます……」
そんなリュウの両手を熱く握りしめている事も忘れて、リーザが喜びを伝えると、リュウの口から正にリーザが懸念していた事が語られ、リーザは思わずリュウの手を引き寄せ、その頭を胸に抱きしめてしまっていた。
「その言葉だけで十分です……これからは何でも私に話して下さい。リュウ様の事、もっと一杯知りたいです……」
そしてリュウの頭を抱いたまま、瞳を閉じて幸せそうに語り掛けるリーザ。
「む~……」
「? あっ! すみませんっ!」
だが、リュウのくぐもった声が自分のせいだと分かると、慌ててリュウの頭を胸から解放した。
「リーザさんの胸で傲慢な俺は窒息死しました……」
「ぷふっ、では夕食までの間、少しお勉強しましょう」
解放されたリュウが照れた様にそう言ってニカッと笑い、つい吹き出してしまうリーザはにこやかに物価の勉強について切り出した。
「え……そんなの無理っす……」
「だ、ダメです……お勉強が先です……」
「こんな状態で頭になんか入らないっす……」
だが今度はリュウがリーザに抱きついてしまい、赤面するリーザは慌ててリュウを押し退けようとするのだが、理性が限界のリュウは駄々っ子状態と化してしまう。
「もう……リュウ様ったら……じゃあ、後で必ずお勉強ですよ?」
「や、約束します!」
そんな甘えを見せるリュウに咎める口調とは裏腹に微笑むリーザは、心底リュウが愛おしくて仕方のない様子で、耳元で甘く囁かれたリュウは辛うじて約束を口にすると、そのままリーザを押し倒してしまうのであった。




