31 それぞれの夜
「くっそー、ミルクめぇ……ご主人様を土下座させるとか、ないわー」
拾った棒きれを振り回してブツブツと愚痴るリュウは、お風呂を堪能するアイスの下へ行く。
「お前は良いよなぁ、のんびり幸せそうで……」
「んー? あー、リュウ……お風呂って気持ち良いね~、ふにゅ~」
リュウの呟きに気付いたアイスではあるが、トロンとした目で鍋の縁に顎を乗せるその姿は、完全にふやけている。
「このまま混ぜると竜ガラスープが取れるんじゃね?」
「わぁっ! や、やめてよぉ! 目が回るぅぅぅ!」
「ご主人様! ガラじゃありませんよっ! 混ぜちゃダメぇっ!」
そんなアイスを見てニィッと笑ったリュウが、鍋に棒きれを突っ込んでくるくるとアイスを回しだし、アイスとミルクが悲鳴を上げる。
「リュウ様っ! アイス様でお出汁取っちゃダメですっ!」
「リュウ様、おふざけが過ぎますわ……でも、お出汁って、リズ……ぷふっ」
そこにシャワーを終えたリズが叫びながらアイスを救出し、続くリーザもリュウを窘めるものの、リズの発言に思わず吹き出していた。
「アイスのお出汁かぁ、美味いのかな?」
「わあああっ! 飲んじゃダメぇっ!」
リズの発言にはリュウも興味を惹かれた様で鍋に顔を近づけると、アイスは慌てて先走った叫びを上げる。
「飲むかよっ! ってか、その慌てぶり……おしっこしたな?」
アイスに叫ばれて憤慨するリュウであったが、口元をニヤリと歪めると、アイスをいつもの子供扱いしてシャワーに向かう。
「し、してないよっ! リュ、リュウのバカぁっ!」
そんなリュウにアイスも大憤慨するのだが、全身が白くなった今ではその顔が赤く染まっていた。
「もう……本当にご主人様は……アイス様、お風邪を引かないうちに先にお部屋に戻りましょう」
ぷりぷり怒るアイスを宥めながら、ミルクはリーザとアイスを抱いたリズを伴って先に部屋へ戻るのだった。
「もう! リュウったら、いつも子供扱いするんだから!」
「まぁまぁ、アイス様……ご主人様にはミルクが言っておきますから……」
一番奥の四人部屋、リーザ達の部屋では、リズのベッドの上でアイスが未だ憤慨しており、ミルクが付かず離れず宥めていた。
「えっと、アイス様……い、今まで聞いた事が無かったんですけど、アイス様っておいくつなんですか?」
そんなアイスを見ていたリズが、ふとそんな事をおずおずと切り出した。
「ん……えっとね、十五歳になったとこだよ?」
一瞬きょとんとリズを見るアイスは、何故か自慢げに翼を広げて答える。
その答えに一瞬目を丸くしてお互いを見るリーザとリズは「そうなんですねぇ」と笑顔を返した。
実は二人もリュウ程ではないが、もっと子供だと思っていたのだ。
「う……二人もアイスを子供っぽいって言いたいの?」
二人の変な間に敏感に反応するアイスが二人にジト目を向ける。
「いえいえいえ! アイス様はとっても愛らしくて美しいです!」
「そうですわ! 黒かった時も素敵でしたけど、今は真珠の様に綺麗ですわ!」
「えっ!? えへへ、そんな風に言われると照れちゃう……」
だが慌てて取り繕う二人の言葉を真に受けるアイスは、小さな両手を赤い頬に当ててモジモジと照れてしまった。
「「「か、可愛い~!」」」
そんなアイスの仕草にその場の女性陣は悶死寸前、アイスは恥ずかしさに耐え切れなくなり、リズの腰に顔を隠そうとしがみついたところを逆にリズに抱きしめられて例によって潰された。
そうやってわいわいと姦しく過ごす女性陣だったが、リュウ達がシャワーを終えて戻って来た気配を廊下に感じると、アイスとミルクはリュウの部屋へと戻って行くのだった。
「それにしてもお前、今回はあんまり疲れてない感じだよな?」
「うん、なんかね、竜力の回復が早い感じなの……」
「んじゃやっぱ、この白いのって成人の兆候じゃねーの?」
「そうなのかなぁ……だったら良いんだけど……」
囲いに使っていたシーツを畳みながら、リュウはアイスと部屋で話していた。
ナダムの時とは違い、アイスは竜力を枯渇させたにも関わらず、比較的元気に過ごしていたからだ。
だがアイスにも成人の兆候に体色の変化などがあるとは知らず、推測のみで結論は出なかった。
その後アイスが眠りに就くと、リュウはミルクに頼み事をして、ココアを連れてシーツを元の場所に返し、車両の給水に向かった。
同じ頃、リズはエンバに呼び出されて出て行ってしまい、リーザは一人ポツンと部屋で着替えの用意などをしていた。
そんな時、部屋の扉がノックされてリーザが扉を開けると、ミルクがすいーっと入って来た。
「ミルク様、どうされたのですか?」
「えっとリーザさんに用が有って……あの、その前に座って下さい」
「は、はい……」
ミルクの不意の訪問を不思議そうに尋ねるリーザは、逆にミルクに促されて戸惑いながらもベッドに腰掛けた。
するとミルクはすいーっとリーザの太ももに降り立ち、リーザのベルトに手を掛けて体を支える。
「あ、あの……ミルク様?」
「リーザさん、驚かないでじっとしていて下さいね?」
ミルクの意図が分からないリーザの不安気な声を無視して、ミルクは言いたい事だけ言うと、リーザのお腹に右手を当てる。
「ひゃっ!? な、何を……」
するとミルクの右手から溢れ出した銀色の液体が、リーザのショートパンツの内側に流れ込み、リーザが小さく悲鳴を上げた。
「大丈夫、ちょっと冷たいけど、我慢ですぅ……うん、これなら大丈夫そう!」
銀色の液体はリーザの下腹部で集まると、それより下には流れ落ちずに貼り付く様にその場に留まり、リーザを制するミルクは明るい声を上げた。
「リーザさん、今から刺青を除去します。細心の注意を払いますけど、少しでも痛かったりしたら言って下さいね?」
「えっ!? ほ、本当に……と、取れるのですか!?」
そうしてようやく訪問の意図を明かすミルクの信じられない言葉に、リーザは心の底から驚き、ふるふると震えた。
「そうですね、消したいと強く願えば願う程、良いかも知れませんねぇ」
「は、はいっ!」
にっこりと笑って言うミルクの言葉は、リーザを落ち着かせる為の方便であったが、その効果は絶大で、リーザは真剣に祈り始める。
細胞レベルより遥かに小さい人工細胞は、細胞を傷付ける事無く真皮へと到達し、定着してしまった顔料を分解し、体外へ運び出していく。
そしてそれは、ミルクという心を持ったAIによって繊細に管理され、リーザの体を本来あるべき姿へと戻していった。
「リーザさん、リーザさん。もう祈らなくてもいいですよ、終わりました……」
人工細胞が作業を終えて体から離れた事にも気付かず、一心不乱に祈り続けていたリーザは、ミルクの優しい声に気付くと目を開け、組んでいた手をほどいた。
「あ、あの……」
「終わりましたよ、どうぞ確認してみて下さい……」
不安そうにミルクを見るリーザにミルクはにっこりと確認を促し、すっとリーザの太ももを離れて空中に羽ばたいた。
ベッドに腰掛けたままのリーザは、恐る恐るショートパンツのボタンを外す。
そして、自身の下腹部にやった目が大きく見開かれ、両手で口元を覆った。
五年間リーザを苦しめて来た獣が、跡形もなく消え去っている。
信じられないといった表情で固まるリーザの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出す。
「あ、ありがとう……ございます……う……ありがと……ござい……」
ベッドから崩れる様に床に膝を突いたリーザは、そのまま両手を突き、突っ伏してミルクに感謝を告げるのだが、嗚咽が邪魔をして声にならない。
「そ、そんなに感謝されても困ります……ミルクはただ、ご主人様の言いつけでお手伝いしただけなんですから……」
リーザに感謝され恐縮するミルクが、リュウの言いつけだと話すと、リーザが泣きながらも体を起こした。
「リュウ様……が?」
「はい……その、折角『闇の獣』が居なくなったのに、いつまでも刺青が有ったら心の傷が癒えないだろうから、消せるなら消してあげて、と仰って……」
「リュウ様は……今、どちらに……」
ミルクの説明を聞き、リーザはハンカチを手に取るとよろよろと立ち上がり、何度も何度も涙を拭った。
そして、ミルクからリュウの居場所を聞くと部屋を出て、何度も涙を拭いながら階段を下りて行き、ミルクもその後に続くのだった。
「ふい~、小さく見えるのに水飲みすぎだろアイツ……」
「シャワーで随分使いましたからねぇ。お疲れ様です、ご主人様ぁ」
厨房の脇に有る井戸の手動ポンプの前で腰に手を当て伸びをするリュウに、労いの言葉を掛けるココア。
二人はシャワーで減ってしまった車両の水を、リュウが井戸水を汲み上げて、ココアがそれを浄化しつつ車両にホースで送り込む事で補充していたのだ。
「これでやっと寝れる~」
「あら? 誰か下りて来ましたね……」
「あ~?」
リュウがココアを連れて厨房を出ると、ココアが階段を下りて来る足音に気付き、リュウは階段下でリーザと出くわした。
「リュウ様……本当に何とお礼を……う……う……リュウ様っ!」
泣かずにお礼を言おうとしたはずなのに、リュウの顔を見た途端に涙が溢れ出し、リーザは感情の赴くままにリュウに抱きついてしまっていた。
「ええっ!? リーザさん!? おい、ミルク!? ココア!? えええ……」
いきなりリーザに抱きつかれて泣かれるリュウは、驚いて硬直しながらもミルクとココアに助けを求めようとしたのだが、ミルクが同じ様に驚くココアを連れて戻ってしまい、リュウはそのまま途方に暮れる事となった。
「姉さま! 姉さまったら! どうしてそんなに引っ張るの~!?」
「いいから来なさい! 今は邪魔しちゃダメなのっ!」
ミルクに腕を引かれるココアは、リュウ達の顛末を見たくて抵抗しようとしたのだが、ミルクの剣幕に負けて二階の廊下を仕方なく飛んでいた。
「え~……でもぉ……」
「でもぉ、じゃないの! 今のリーザさんの気持ち分かるでしょ?」
それでも踏ん切りがつかないココアに、ミルクが叱る様に諭す。
そのまま部屋のドアを二人で協力して開け、アイスの眠るベッドから離れたベッドに降り立った。
「分かるけどぉ……ご主人様が心配じゃないのぉ?」
だが、ココアはあんな雰囲気でリュウとリーザを二人きりで残す事に、嫌な予感がしてならなかった。
そうでなくとも、リーザはリュウを落としかけた張本人なのだ。
ご主人様の初めてを奪われやしないかと心配しているのである。
「そんなの……止められる訳無いでしょ……ミルクだって嫌だけどぉ……もっと嫌な子になりたくないもん……えっ……えっ……ひっく……」
それはミルクも分かっていたが、リーザの辛く悲しい過去を思うとミルクはそれを邪魔しようなどとは思えなかった。
一度邪魔をして凄く叱られた事も有るが、リュウがリーザを選ぶなら口を挟む権利など無く、悲しくてもせめて嫌われる様な事だけはすまいと思ったのだ。
だが、いくらそう自分に言い聞かせても、堪えきれずに泣き出すミルク。
「姉さまぁ……」
ベッドにぺたんと女の子座りで泣き出したミルクに、ココアはしょうがないなぁ、と掛け布団を引っ張ってきて、ミルクの背中を抱いて一緒に包まった。
そしてドレスチェンジするとヴォルフの格好になって、ミルクの耳元で囁く。
「今夜だけ姉さまの好きなヴォルフで寝てあげるワン」
「ココアぁ……ありがと……」
そんなココアの気遣いに、ミルクはクスッと笑ってモフモフの腕にしがみつく。
そしてミルクにお礼を言われるココアは、ミルクが泣き止むまで優しく頭を撫でてやるのだった。
「申し訳ありません、折角着替えられたのに……」
「い、いえ、全然気にしませんから! と、とことん泣いてスッキリしてくれる方が良いですから……はい……」
着替えのベストを涙で濡らしてしまった事を、泣き止んだリーザから謝罪されながら階段を上るリュウは、自分でも何を言ってるのか分からない程に緊張していた。
何故ならリーザが腕にしがみついたままだからである。
そして階段を上り切って長い廊下に出ると、リーザが意を決した様に口を開く。
「リュウ様、あの……こ、これ程のご恩を受けておきながら、心苦しいのですが、わ、私の厚かましい願いを……聞いて頂けませんか?」
「は、はい……何でしょうか……」
見るからに緊張した様子のリーザにリュウも緊張して答えると、リーザはリュウの腕から離れて目の前の扉を開き、中に踏み込むと振り返ってリュウを見つめた。
「こ、今夜は一緒に居て下さい。私は弱い人間です……どうか、私の浅ましい願いを聞いて下さい」
リュウの目を、潤んだ瞳で真っ直ぐ見つめて願うリーザ。
その胸の前で重ねる手が小刻みに震えている。
「いえ、全然浅ましくないです……あの、俺、上手く言えませんけど、リーザさんは強い人だと思います。あんな酷い人の死に様を見せられて、辛い思いをして、それでもずっと耐えて来たリーザさんは強いと思います……そんなリーザさんは皆の憧れで……その、お、俺みたいなガキには勿体ないというか……その……」
そこまでを懸命に言葉を紡いだリュウだったが、近付くリーザに慈愛の瞳で見つめられ、真っ赤になって俯いてしまった。
リーザは最初、断られるのかとビクビクしていた。
だが、リュウの懸命に言葉を紡ぐ姿に、そしてオーグルトの人達の事を気にしているのを聞いて、とても心が温かくなり、気が付けば近寄っていた。
そして今、真っ赤になって俯いているリュウを、とても愛おしいと思った。
リーザはリュウの頬に手を伸ばし、僅かに上げられたリュウの唇に、そっと唇を重ねる。
そして僅かに震えるリュウの手を引いて、部屋の中でもう一度唇を重ねた。
そして開かれていた扉は静かに閉じられ、それぞれの想いと共に夜は過ぎていくのだった。
うーむ、これで良かったのだろうか…もっと上手に書けたらなぁ…
てか、ネクトの町からまだ出れてねーじゃん…
拙作が読者の皆様にどう思われているのか知りたいです。
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評価の方でも結構です。
よろしくお願い致します。




