表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
58/227

30 戦い済んで

「姉さんは何も悪くないんだからっ! そんなに自分を責めないで!」

「そうです、リーザさん。俺の傷も完全に癒えましたし、顔を上げて下さい!」


 広間では謝り泣き崩れるリーザを、リズとエンバが懸命に励ましていた。


「リ、リズぅ……く、苦しいよぉ……」


 そんな中、リーザに抱きつくリズの腕の中では、存在を忘れられていたアイスが潰れかけていた。


「ああっ!? す、済みませんアイス様っ! 大丈夫ですかっ!?」

「ふぅ……もう大丈夫ぅ……リーザも泣き止んで……ね?」


 慌ててリーザから体を離しアイスに謝罪するリズに、アイスはほっと一息吐くと、その小さな手をリーザの肩に置いた。


「は、はい……アイス様……申し訳ございません……」


 リーザはアイスにまで気を使わせてしまった事を謝罪したが、まだ涙が止まらないのか、体を起こしたが俯いたままであった。


 そんなリーザ達の様子を、困った顔で見下ろすミルクとココアは、主人に言われた通りに周囲の警戒に当たっていた。

 リュウから人工細胞を補充した際に三十センチ程になった身長は、腕に電撃機能を備えたニードルガンの武装を施した為に、二回り程小さくなっている。


「あ! ココア、ここお願いっ! ご主人様っ!」

「えっ!? ああっ! ずるい、姉さまぁ……」


 そんな中、広間奥の大きな穴から出て来た主人を見つけたミルクは、ココアにその場を任せて一目散に主人の下へ飛び、気付くのが遅れたココアはぷぅっと頬を膨らませた。


「ミルク、異常無かったか?」

「はい! あれから誰も来ていません!」


 リュウは飛んで来て直ぐ問われたにも関わらず元気良くはきはき答えるミルクに、別れ際の事を気にしているのか、と少し苦笑する。


「そっか、ご苦労さん。ただ武装はまだそのままにしといてくれな?」

「はい、ご主人様ぁ!」


 そして労いの言葉と警戒の継続を指示されて元気良く戻って行くミルクに、自然とリュウは笑顔にされていた。


「リュウ様! この度は私のせいで多大なご迷惑をお掛けして……な、なんてお詫びを――」

「いやいやいやいや、リーザさん! 私のせいじゃないからっ! ここのアホ共のせいだからっ! 何も謝る事なんか無いんですから、ほら、顔上げて!」


 だが戻って来るなりリーザに平身低頭で謝られるリュウは、慌てて止めようとするものの、再び泣き出してしまうリーザに途方に暮れる事となってしまった。


 リーザは、自分のせいで今回の事態を招いてしまった事、それによって皆が死んでもおかしくない状況に陥った事、自分の過去が暴かれてしまった事、怯えて何も出来なかった事、と様々な思いがぐちゃぐちゃに入り乱れて、自身でも感情を全くコントロール出来なくなっていた。

 そんなリーザを宥めるのは容易な事では無く、慟哭するリーザを前に皆おろおろするばかりだ。


「姉さま、ちょっと……」


 そんな中、ココアがミルクを手招きし、何やらごにょごにょと相談を始めた。

 途中ミルクが声を上げそうになったりしながらも、相談が終わったらしい二人は、揃って主人の下へすいーっと飛んでいく。


「あのぅ、ご主人様、ちょっといいですか?」

「何だよココア?」


 耳元で声を潜めて話し掛けるココアに、リュウも自然と声を絞って答える。


「この状況を一発で解消できる方法が有るんですけどぉ、ご主人様の協力が必要不可欠なのです……ただ、ちょっと問題も有りましてぇ……聞きますぅ?」

「はぁ? 何だよ……とりあえず言ってみろよ?」


 勿体ぶったココアの物言いに、怪訝な顔をするリュウではあったが、とりあえず話だけでもと聞いてみる事にする。


「なるほど……要は俺さえ照れなきゃ良い訳だな……」

「ご、ご主人様、本当にやる気ですか!?」

「このままここに居ても仕方ないだろ? お前も成功の確率、計算してくれたんだろ?」

「はい……でも、不確定要素も多いので……自信は有りません……」

「何だよ! 折角やる気になってんのに、不安にさせんなよ!」

「だってぇ……」

「大丈夫ですよ、ご主人様! 絶対成功します!」

「ココアの絶対か……不安だなぁ……しかし他に良い案も無いしなぁ……」


 ひそひそと相談するリュウ達だが、どうやらココアの原案にミルクが成功の確率を計算しているらしく、単にココアがはっちゃけてるのでは無いらしい。

 一抹の不安を覚えながらもリュウが作戦の実行を決定すると、ココアはリズの下にすいーっと飛んで、リズにごにょごにょと耳打ちする。


「ほ、本当にリュウ様が!? わ、分かりました! 援護はお任せ下さい!」


 ココアの話を聞いて声を潜めつつ驚くリズだが、彼女は作戦の成功を確信でもしているのか、キラリと目を光らせるとココアとリュウに向かってしっかりと頷く。


「頼りにしてるわよ、リズ! 加減は姉妹なんだから任せるわね!」

「はい、ココア様!」


 そしてココアに頼りにされ、リズはぐっと握り拳を胸元に掲げるのであった。










 地面に突っ伏して慟哭するリーザを前に、リュウは一つ大きく深呼吸して周りを見渡す。

 リズから説明を受けたエンバとアイスも含め、全員がコクリとリュウに向けて頷いた。


「リーザさん、このままずっと泣いてちゃ体に障りますよ……さあ、部屋に戻りましょう」


 リュウはリーザの右横に屈むと、声を掛けながら左肩を抱く様に、やや強引にリーザの身を起こした。

 リーザは涙でくしゃくしゃになった泣き顔を見られたくないのか、リュウから顔を背け抵抗したが、意外な程の力でリュウに上体を抱え起こされ、腰までもが浮いてしまった。

 すかさずリュウは、リーザの太ももの裏側に右腕を滑り込ませ、リーザを横抱きにすると一気に立ち上がる。


「ッ!? リュ、リュウ様! い、嫌っ! お、下ろして下さいっ!」

「ダメです、下ろしません。これはいつまでも泣いてる罰です!」


 突然リュウに抱き上げられ青褪めるリーザは、慌ててリュウの胸元や肩口を押して抗おうとするが、まるでリュウの力に逆らえず、抗議の声を上げる。

だが、リュウはピシャリとリーザに下ろさないと宣言すると、スタスタと来た道を戻り始めた。


「そ、そんなっ!? 泣き止みますっ! だから――」

「姉さん、酷い顔よ? ほら、貸してあげる」


 罰だと言われたリーザは、とにもかくにも泣き止む事を約束しようとして、横からリズにハンカチを手渡され、自分の顔が酷い状態だという事に気付く。


「ッ! こ、こんなのって、あ、あんまりですっ! み、見ないで下さい!」

「だってリーザさん、寒いのに全然泣き止んでくれないし、風邪引くじゃないですか……」


 慌ててハンカチで顔を拭って抗議するリーザであったが、リュウの言う事も尤もである。

 夜も遅い地下の広間はかなり気温が低いのだ。

 そうしている間にも、一行はずんずん来た道を戻る。


「す、済みません! も、もう大丈夫ですからっ!」

「いえ、心配ですから……大丈夫ですよ、リーザさん軽いから! それにこうしている方が温かいし……」


 逆にリュウに抗議されて謝るリーザだが、リュウは気にするどころか温かいとまで言い出す始末で、リーザの顔がみるみる赤く染まって行く。


「わー、姉さん何? 真っ赤じゃない! 羨ましい~」

「ッ! リ、リズっ! 怒るわよ!」


 そんなリーザをすかさずリズが(はや)し立て、眉を吊り上げるリーザ。


「リュウ様に怒った顔なんて見せていいの?」

「ッ! リュ、リュウ様……本当にもう下ろして下さい……」


 だが耳元でリズに囁かれたリーザは、ハッとして眉を下げると恥ずかしさからか消え入るような声でリュウに下ろす様に懇願する。


「姉さま、提案しておいて何だけど……とっても不愉快な光景よね……」

「何言ってるの……分かってた事でしょう? もう……ココアのバカぁ……」


 そんなリーザの様子を見ていたココアはミルクに愚痴を(こぼ)し、ミルクに呆れ顔を頂戴していた。

 ミルクはこうなる事は想定内であったが、実際に目の当たりにするとお姫様抱っこされているリーザが心底羨ましくて頬が膨れた。


 リュウがリーザの懇願を聞こえないとばかりにずんずん進んだ為に、真っ赤な顔のままリーザは借りて来た猫の様に、リュウの腕の中でおろおろと小さくなっていたのだが、ふと自分が失禁していた事を思い出して盛大に慌て始めた。


「リュウ様っ! 本当にもう大丈夫です! お願いですから下ろして下さい! もう泣きませんから、お願いします! お願いしますぅぅぅ!」


 急に駄々っ子の様に雰囲気が変わったリーザの本気の懇願に、リュウはクスッと笑いそうになったが、潤んだ瞳で真っ直ぐ見つめられて根負けしてしまった。


「あの、本当に済みませんでした……もう本当に大丈夫ですから……」


 ようやくリュウに下ろされたリーザは、気を使わせてしまった謝罪と、もう心配の必要が無い事を告げて、下ろされた事にほっと胸を撫で下ろす。

 そしてリュウから距離を取ろうとして、そのリュウに手を掴まれてしまう。


「え? あ、あの……リュウ様?」

「んじゃ、早く戻りましょう。もう、この上でしょ?」


 距離を取りたいリュウに手を取られて困惑するリーザなのだが、そんな事にまるで気が付かないリュウは、目の前の扉を開けるとリーザの手を引いて階段を上り出す。

 開いたままの床板の扉を抜け、リュウはリーザの手を引いて宿屋の厨房に戻って来た。


「ミルク、ココア、上空から周囲のチェックと車両と荷物のチェック頼む」

「分かりました!」

「了解ですぅ!」


 宿屋の玄関を開け放つリュウの指示でミルクとココアが宿屋を飛び出し、ミルクは車両に、ココアは上空へと向かった。

 その間にリーザとリズは厨房で幾つかの大鍋にお湯を沸かし始め、エンバは二階をチェックしに向かった。


「リーザさん、そんなにお湯沸かして何作るんですか?」

「えっ!? いえ、これは料理にではなくて、体の汚れを落とそうと……この宿には浴槽が無いので、部屋で体を拭くくらいしか出来ませんが……」

「あー、そうなんですね……風呂か……」


 厨房に戻ったリュウは大量の湯を沸かすリーザの意図を聞くと、再び玄関に向かい、ミルクを呼ぶ。


「ご主人様、車両は荷台共に無事でしたぁ」

「そっか、なら一先ずは安心だな。んじゃ、今からちょっと手伝ってくれ」


 ミルクから車両の無事を聞かされ安堵したリュウは、同じく周囲の安全を確認して戻って来たココアも連れて二階へ向かい、エンバをも巻き込んで何やらゴソゴソ始めるのだった。










 それから十五分程経った頃、リュウ達は全員が馬屋の前に集まっていた。

 表の広場には人の影はおろか、小動物の気配すら無く、この町に人が居るとは思えない程、辺りは静まり返っていた。


 そして馬屋の端に停めてある車両に繋がれた荷車の後部には、白いテントの様な物が置かれていた。


「あの、これは一体何ですか?」

「よくぞ聞いてくれました、これは簡易のシャワーブースでございます~」


 リズの問いに、リュウが嬉しそうに答えている。

 そのリュウの答えに合わせて、ミルクがテントの上のライトを点けた。


 白いテントの様な物は、そこらの木材を地面に突き立てた物にベッドシーツを掛け渡しただけの囲いであり、一部が荷車の後部を飲み込んでいる。

 その内側には人一人が立って入れるだけのシーツの囲いが二つ並んでおり、中央の柱に取り付けられたシャワーヘッドがそれぞれの囲いに向いていた。

 シャワーヘッドから伸びるホースは車両に繋がっており、車両はいつでもお湯を出せる様に、モーターが静かに唸っている。

 更に個々のシャワーブースは木箱で床を高く作られており、外側の囲いの外にまで木箱が並べられていて、足を汚さずに靴を履ける工夫まで成されていた。


「まー、使ってみて下さい。使い方は簡単ですから。ミルク説明よろしく~」

「はーい」


 リーザとリズはミルクに連れられ、囲いを潜り、荷車の後部に脱いだ服を置くと、それぞれのブースに入った。


「正面のレバーで湯量の調節、その横のレバーは温度の調節ができますよ」


 ミルクの簡単な説明を聞き、恐る恐るレバーを触る二人。

 だがシャワーヘッドから温かいお湯を浴び、二人の顔が驚きと喜びの顔に変わる。


「こんな便利な物が有るなんて……すごいです、ミルク様!」

「ほんと……お湯の熱さがこれだけで変わるなんて……感動です!」

「喜んで頂けて何よりですぅ!」


 シャワーを知らない二人がその便利さに喜び、ミルクも笑顔で答えるのだが、内心は主人の自重の無さに少々呆れていた。


 一度便利な物を知ってしまうと、なかなかそれを忘れる事は出来ないというのに、ご主人様はどうするつもりなのかしら……何も考えて無いんだろうな、というのがミルクの想像するところであり、実際その通りなのであった。


 女性陣がシャワーを始めると、エンバに抱かれたアイスがリュウに尋ねる。


「リュウ、アイスもシャワーブースに入るの?」

「ん? いや、お前にはもっと良い物を用意してあるぞ!」

「ほんと!?」

「嘘は言わねーって」


 自信有り気にリュウは答えると、少し離れた木箱の上に浅く広い鍋を置く。


「え、まさか……それ……?」

「お風呂だ! 知らんだろ?」

「おふろ?」


 背の低い寸胴の様な鍋を出されて唖然とするアイスに、リュウは堂々と宣言する。

 そして、リュウの予想通りアイスは風呂を知らない様だ。


 リュウは車両から伸びる別口のホースを鍋に入れると、ココアに頼んでお湯を出してもらう。

 そしてある程度お湯が溜まるとアイスをエンバから受け取り、困惑するアイスを無視して鍋に投入した。


「わぁぁ、あったかーい!」

「そだろ? 気持ち良いだろ? その深さなら寝ても沈まねーし安心だぞ」

「ココア、温度調節任せるぞー」

「はい、ご主人様ぁ!」


 喜ぶアイスにリュウも笑顔になるが、ココアにその場を任せ、リュウはエンバの下に戻る。


「さ~て、お楽しみと行きますか……」

「は? お楽しみ……ですか?」


 ニヤリとエンバに目配せするリュウに、怪訝な顔をするエンバ。


「ええ。っとその前に……ミルク~、念の為に上空から偵察頼む~」

「はーい!」


 リュウがミルクに呼び掛けると、ミルクは元気よく飛んで行く。


「ふっふっふ、これでうるさいのも居なくなった……ポチッとな!」


 ミルクが偵察に消え、リュウは実に嬉しそうに脳内ツールのスイッチをボタンに見立てて声に出す。


「ッ! これは……リュウ様……ま、まずいのでは……」

「いやいや、俺達は死に掛けたんですから、この位の権利は有るでしょう?」


 その場に突如出現した光景にエンバは息を呑み、リュウに危機感を訴えるのだが、リュウはそれを軽く流して有りもしない権利を主張する。


「は、はぁ……ッ! ぉぉ……」

「絶景っすね……」


 そんなリュウに呆れつつも立場的に流されかけるエンバは、刻々と変わる光景に不覚にも目を奪われて完全に流され、リュウもまたゴクリと喉を鳴らした。


 彼らが何に目を奪われているのか、それは囲いとなる白いシーツに浮かぶリーザとリズの裸のシルエットであった。

 リュウは脳内ツールのスイッチで、予め仕掛けておいたライトを点灯させたのだ。

 至福とも言える時を過ごすリュウとエンバ。

 だが、そんな時間は続かないものである。


「何をしてるんですか……ご主人様……」

「「ッ!」」


 絶対零度のミルクの声に、リュウとエンバがビクンと跳ねた。


「お、お前……て、偵察はどう……した……」

「ご主人様の心拍の上昇を感知しました……」

「まさかの裏切者ー!」


 振り返り、震え声でミルクに尋ねるリュウに想像もしなかった答えが返り、興奮を抑えられなかった自身の心臓に絶叫するリュウは、泣く泣くライトを消した。


「ご主人様、エンバさん、次は報告しますからね?」

「すんませんでしたー!」

「ははぁっ!」


 ミルクににっこりと最後通告を突きつけられる二人は、その場で見事な土下座を決めるのであった。

前回の反動が大きくてゆるゆるになってしまった…


感想、評価、ブックマーク、よろしくお願い致しますぅ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] フラッと来た主人公達に文明レベルを掻き混ぜられて現地住民が困惑する様子、堪りませんね。 こういう作風大好きです。 [気になる点] 最後は中じゃなくてシルエットなのが微笑ましいですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ