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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
56/227

28 蹂躙

 鉄格子から出て来て、倒れるリュウの周りに立つガトルの部下達は、エンバに背を向け歩き出したリズの裸をニヤニヤと眺めていた。

 リズがガトルの言葉に素直に従っている間は、リュウへの手出しを待つつもりなのだろう。

 魔力を大量に消費した彼らは、それぞれが鉄の棒の先端を尖らせただけの槍や、それを地面に打ち込むのであろう大槌を携えていた。


『姉さま、もうココア許せないっ!』

『だめよ、ココア! 今この五人を仕留めても、あの男は危険よ!』


 倒れるリュウの内部では、ココアの怒りが限界に達していたが、ミルクはガトルの冷酷さでは犠牲が必ず出る、と必死にココアを抑えていた。


 風の刃を受けて吹き飛んだミルクとココアは、あのままでは姿を見せている限り永遠に狙われかねず、わざと魔法を防御もせずに受け、実体とのリンクを切って死んだフリをしていたのだ。

 因みに仮初の死体となって転がっている金属塊は、表面をカモフラージュしているだけで各機能は生きている為、マスターコアから通信接続すれば再起動可能だ。


『でも、このままじゃ、リズまで!』

『今は我慢するしかないの! それよりもご主人様の回復が先よ!』


 リズが鉄格子に向かうのを、偵察糸同様のカメラを右手に起動させてココアが焦った様に叫ぶが、ミルクは必死でココアを説得しつつリュウの状態をチェックしていた。


 リュウの肉体にはこれといった異常は見られなかった。

 だが何故か心臓が鼓動を再開せず、意識を消失したままであった。

 人工的に心肺機能を形成して肉体の維持には成功している為、本当ならミルクもココアの言う様に、リュウの肉体を掌握して戦いたかった。

 だが、闇の魔法や、無詠唱で魔法を行使するガトルが不気味で、万が一を考えると迂闊(うかつ)な真似は避けたかったのである。


 そうするうちに、リズがガトルの前に着いてしまった。


 ガトルがじろじろとリズの体を眺める中、青褪めた顔でリズは地面に膝を、そして両手を突いた。


「どうか、皆の命を助けて下さい……お願いします……」


 そう言ってリズは頭を深々と下げた。


 それを見て嗚咽を漏らすリーザの肩越しに、リズを見下ろすガトルは、ニヤリと笑うと右足をリズの目の前に投げ出した。

 リズは投げ出された足にビクッと身を震わせたが、その靴に震える両手を添えると、その先端に顔を近づける。


「ふん、もっと心を込めて舐めろ。リーザ、お前はもっと上手に出来たはずだよな? 隣で手本を見せてやれ」

「は、はい……」


 ポロポロと涙を流しながら懸命に心を殺して奉仕するリズに、ガトルは嘲りの目で見下ろしながら、更に要求する。

 それだけでは飽き足らず、ガトルはリーザにも同様の奉仕を要求し、首を解放されたリーザは地面に頭を擦り付けると、ガトルの左の靴に奉仕を始めた。


『姉さま! 今ならあいつを狙える! 姉さまはご主人様の体を掌握してっ!』

『ココア……わ、分かった! 一発で仕留めて!』


 リズだけでなくリーザまでをも奉仕させたが為に、ガトルの体はリュウの位置から丸見えだった。

 遂に待ちに待った反撃の機会を得てココアが叫び、ミルクも確かに今ならば、と反撃する覚悟を決める。


 手前に立つ部下達の足の間から、リュウの右手がガトルの額を捉えた時、ガトルはリーザ達を見下ろしていた。

 そして、先程リュウが撃った時よりも鋭い発射音と同時に、ガトルの頭が後方に弾けた。


「ぐあっ!」

「ぐええっ!」


 次の瞬間、リュウの体を掌握したミルクによって、リュウが素早く立ち上がり、それぞれの腕から射出された槍が部下の二人を貫いていた。


「リズっ! リーザさんっ! 今だ! 走れっ!」


 悔しさで口の端から血を流していたエンバは、睨みつけていたガトルの頭が弾けた事で我に返り、リュウが二人の男を倒す時にはリズ達に向けて声を張り上げた。


 その直後、リュウの右手から再び槍が走り、エンバの両足を貫く土の槍を粉砕し、リュウの左手の槍が三人目の部下を刺し貫いていた。

 そしてリズは、ガトルの足が突然離れた事で驚くものの、エンバの声に即座に反応し、状況を把握できず混乱するリーザの手を取って無理矢理立たせ、鉄格子の扉を目指して駆けた。


 だが、直後に鉄格子の開いていた扉が勝手に閉まり、四人目と五人目の部下に両腕を向けたリュウが背後の壁に吹き飛ばされる。


『なっ!? どうしてっ!?』

『何故、生きているの!?』


 壁に叩きつけられ、そのまま壁に目に見えない力で押さえ付けられるリュウ。

 その内部ではミルクとココアが驚愕の声を上げていた。


「やってくれるじゃねーか、にーちゃん……そのまま壁になってな……」


 声の方に目を向けると、そこには無傷のガトルが立っていた。


 閉じた扉がびくともせず、リズは振り返ってガトルを睨みつけたが、その隣ではリーザが青褪めガタガタと震えだしていた。

 誰よりも深く心に恐怖を植え込まれたリーザは、今度こそもう許してもらえないと、その心は壊れる寸前だった。


『姉さま! 何とか脱出してっ!』

『うっく、なんて力……』


 そしてリュウは、押し付けられた壁から溢れ出す土に頭や手足の先を残して体を覆われ、身動きが取れなくなっていた。

 ココアの叫びに応えようとするミルクであるが、体を覆う土が岩の様に固まってしまい、その力を完全に抑え込まれていた。


「何故だ! リュウ様に撃たれたはずだ!」


 エンバが皆の声を代弁して叫ぶ。


「ああ、撃たれたぜ。油断してると思ったろ? 残念だったな、俺の多重結界が抜けなくてよ……リーザ、逃げたな、分かってるな?」


 つまりはそういう事である。

 ガトルは自身の周りに幾重もの風を圧縮させた結界を張っていたのだ。

 ただし、頭部により強力な結界を張っていただけで、他の部位を狙われていれば、ガトルとて無事では済まなかったのだ。

 その太々しさが強運を呼び込んだ、としか言いようが無いのである。


「あ……あ……」


 リーザが顔面蒼白でその場にへたり込んで震えている。

 リズはそんなリーザを抱きしめるくらいしかできない。


 そんな時、生き残った二人の部下が、他の三人を瞬時に殺された恨みを壁に張り付けられたリュウに叩きつけた。


「よくもやってくれたな!」

「叩っ殺してやる!」


 一人が鉄の槍をザクザクとリュウの腹部を固める土に突き刺し、もう一人は大槌をリュウの胸に何度も叩きつける。

 その音と振動を聞きつけたのか、ガトルの背後の扉が開き、数人の男達が飛び出て来た。

 どうやら奥にはまだ部下達が居るのであろう。


 やがてリュウの胸や腹を覆う土に亀裂が生じ、どんどん大きくなっていく。

 これが割れてしまえば、リュウは直接その身で攻撃を受ける事になる。


『姉さま……これってある意味チャンスよね?』

『そ、そうね、この土が割れたら動けそうね……』


 亀裂が大きくなるのを見て、ココアがミルクに平然と尋ねると、ミルクは確かにその通りよね、と目の前で武器を振るう男達を(あわ)れんだ。

 リュウにとって一見ピンチに見えるこの状況が、実はチャンスであるとは部下達は思いもしないのだろう、一心不乱に武器を振るっている。


『ッ!? 姉さま、またっ!』

『どうしてっ!? こ、こんな時にっ!』


 その時、再び人工細胞がミルク達の制御を離れ始め、二人は盛大に慌てた。


『姉さま、このままじゃ生命維持が――』

『お願いっ! 言う事を聞いてっ!』


 二人が慌てたのは、先程と違って今回は人工心肺機能を形成している為だ。

 このまま制御が離れてしまえば、その機能は失われ、二度とリュウは目を覚まさなくなる。


『あっ――』

『だめっ――』


 自分達への影響を無視して、不安定になって行く人工細胞を懸命に制御しようと試みるミルクとココアだったが、その甲斐も無くリンクが勝手に切れてしまった。

 そして遂にリュウを覆う土の壁が破壊され、リュウの体が落下する。

 その胸を大槌が捉え、リュウの体を壁に叩きつけた。


「よっしゃ! このまま叩き潰してやる!」


 そう叫んだ男は、大槌を再度叩きつけようと大槌を引こうとしたが、大槌が何かに引っ掛かったのか動かなくなり、更に力を込めて引こうとした。

 それでも大槌はびくともせず、男は怪訝な顔で大槌の先端を覗き込む。


 ドクンッ――


『ご主人様っ!』


 リンクを切られたミルクは、最低限の人工細胞しか有していない状態でありながら、確かにリュウの鼓動を感じた。

 現状ではリュウの状態を窺い知る事はできはしないが、意識の回復もこれならば、とミルクは期待せずにはいられなかった。


『姉さま! これじゃ何も分からない、実体に移るわ!』

『分かった!』


 そんなミルクにココアからの提案が届き、ミルクも確かにそうだ、と同意する。

 すると、先程吹き飛ばされて転がっていた金属塊が、見る間にミルクとココアの姿に戻っていく。

 そうして二人は翼を展開し、リュウをサポートするべく状況の観察を始めるのであった。










 大槌の先端を上から覗き込んだ男は驚愕に目を見開いていた。

 大槌が動かなかったのは、何かに引っ掛かっていた訳では無かった。

 リュウの左手が、大槌の先端にその指を突き刺す様に掴んでいたからである。


「そんな馬鹿なっ!」


 一体どんな握力してやがるんだ、と男は思った。

 だがそんな事を思うよりも、男は大槌から手を離して逃げるべきだったのだ。


 大槌がぐいっと引かれ、踏鞴(たたら)を踏む男の顔面にリュウの右手が掴み掛かる。


「むぐうぅぅぅっ!」

「このくたばり損ないが! 離しやがれっ!」


 リュウの右手に顔を掴み上げられる男がくぐもった悲鳴を上げて、宙に浮いた足をばたつかせて必死にもがいている。

 その反対側、リュウの左側に居た男が、槍をリュウの顔目掛けて突き出した。


 だが、槍はリュウの顔の手前でピタリと止まっていた。

 大槌を掴んでいたリュウの左手が、そのまま大槌を粉砕し、槍を掴んだのだ。


「くそっ、びくともしねえっ!」


 槍を掴まれた男も他の武器を拾うという思考が働かないのか、武器を取り戻そうとやっきになっている。


 その直後、嫌な音を立てて右手に掴まれる男の顔が潰れ、その後頭部が槍を掴んでいた男の顔に叩きつけられる。

 槍を掴んでいた男は何の反応も出来ずに顔面を陥没させられて吹き飛んでいた。


「す、凄い……けど……」

「姉さま、ご主人様の意識は戻ってるの!?」


 あっという間に二人の男を絶命させたリュウであるが、ミルクはその凄惨な光景を作り出したのが本当にあの優しいリュウなのかと疑い、ココアも似た様な思いを抱いていた。


 リュウが右手をだらりと下げると、掴まれていた男がずるりと足元に落ちた。

 その顔は原形を留めておらず、無残なものであった。


 その時、無防備だったリュウの体を再び不可視の圧力が襲い掛かる。


「お前ら! 俺が抑えている間に、やっちまえ! 足でもどこでも切り飛ばせ!」


 新たに出て来た男達が呼んだのであろう、叫ぶガトルの背後には更に十人程の男達が出張って来ており、ガトルの指示で二人の男が鉄格子の外へ剣を持って恐る恐る出て来る。


「ウ……グ……」


 見えない壁に抑えられて(うめ)くリュウに、出て来た男達が意を決して剣を叩きつけるが、リュウの体はびくともしなかった。

 それでも男達は二度、三度と剣を叩きつける。


「ウ……グ……グルルルルルゥ……」

「何っ!? 今のはご主人様!?」

「一体何がどうなってるの!?」


 主人の喉から主人の物とは思えない声が発してミルクとココアは戸惑い、そして気付いた。

 主人の着るベストの下の胸を中心に、体がどす黒く変色している事を。


「姉さま、あれってヨルグヘイムから奪ったコアのせいなんじゃ……」

「包み込んだはずなのに……まさか、割れているの!?」


 黒く変色する部位からココアが思い当たる物と言えば、奪ったコアくらいしかなく、ミルクもその想像に異を唱えるつもりは無かった。

 だがミルクはそんな事よりも、またリュウが激痛に襲われるのでは、と気が気では無かった。


「くそっ! 何で効かねえ――ぐわっ!」


 ガトルの魔法により抑え込まれているはずのリュウの右手が振るわれ、男が鉄格子まで吹き飛ばされて鉄格子で体を切り裂かれた。


「お頭っ! た――」


 その光景に怯んだ男は、(きびす)を返す暇も、助けを求める間も無く、返す右手で頭を消し飛ばされていた。


「化け物がぁっ! お前ら! ありったけの魔法を叩きつけろ!」


 そのあまりに凄惨で異常な光景に、さすがのガトルも青褪めながら、それでも部下に指示を出し、自身の魔法に全力を注ぐ。

 部下達も青褪めてはいるが、距離が有る事もあってガトルの指示に従って、次々と魔法を放ちだした。


 リュウから数メートル横では両足を負傷して座り込んでいたエンバが、アイスをしっかりと腕に抱き、苦痛に脂汗を流しつつリュウから距離を取ろうと後ずさっている。

 鉄格子の扉の前では、リーザとリズがリュウの異変に目を奪われつつも、小さく身を寄せ合っていた。


 そして、ガトルの魔法に両足を踏みしめ抗うリュウは、その胸と背中、両腕をどす黒く染め、部下達から次々と放たれる魔法を浴びる事になった。


「グウ……ウ……ォォオオオオオッ!」


 リュウの口から雄叫びが迸り、黒く染まった両腕で魔法を次々と弾きながら、その体がゆっくりと前進を始める。


「コ、ココア……」

「嘘でしょ……」


 主人に何が起こっているのかと見守るミルクとココアが、言葉を発しかけて言葉を失っている。

 リュウから距離を取ろうとしていたエンバは、その動きを止めて、足の痛みも忘れて呆然とリュウを見上げ、その腕の中のアイスは酷い倦怠感の中、ぼんやりとリュウの姿を見つめていた。

 そして、次々と放たれる魔法から一番離れた場所に居たリーザとリズもまた、鉄格子を挟んでリュウの姿に視線を釘付けにされていた。


「ね、姉さん……」

「黒い……竜……」


 視線をリュウに奪われたまま、怯えから姉に呼び掛けるリズに、リーザもまた震える唇で目に映る存在を呟いていた。


 両腕を交差させて前傾しつつ前進するリュウの背中から、一枚の黒い竜の翼が生えていた。

 そしてメキメキと音を立てて、もう一枚の翼が生えて来ていた。










「こいつはヤベえかもな……」


 ガトルは目の前で起こる信じられない光景に、青褪め一人呟いていた。

 それだけではなく、じりじりと背後の扉ににじり寄っていた。


「お前ら! 正念場だ! ありったけの魔法をぶつけろ! 俺が止めを刺す!」


 ガトルが声を張り上げ、部下達は自分達の最も自信のある魔法を次々と放った。

 部下達はガトルを信頼していた。

 魔法の凄さは言うまでもなく、冷静な判断力と統率力の高さで、これまで何度も窮地を凌いできたのだ。

 故に今回もガトルが最後には何とかしてくれる、ただその思いで魔法を放つ。


 部下達の渾身の魔法を、リュウは左手を前に(かざ)すだけで受け止め前進する。

 いや、正確には魔法は左手に当たる直前で、弾かれていた。

 そして、前進を続けるリュウの右手が遂に鉄格子を掴むと、リュウが最初に剣で切り裂いた部分から鉄格子が飴の様にひしゃげ、ちぎり取られた。


「グルルルルゥ……」


 リュウが左手でひしゃげた鉄格子を押し退け、鉄格子の内部に踏み入る。

 そして突如リュウの姿が霞み、ダンッと地面を踏み鳴らして部下達の前に現れる。


「ひっ――」


 直後に振るわれた、リュウの右手に持つ千切れた鉄格子の直撃を受けて、ガトルの部下達の半数が体を切り裂かれて絶命した。


「お、お頭っ! 助けてくれえっ!」

「お頭ぁぁぁっ!」


 残った部下達が半狂乱になって、ガトルに助けを求めている。

 ガトルは、そんな部下達に右手を振り上げたリュウに向かって右手を翳す。


「炎流渦!」


 ガトルの叫びと共に、リズが放つそれよりも遥かに激しい炎の渦が、リュウを飲み込み、一斉に部下達がその場を離れる。


「――ッ!」


 炎の渦の脇を駆け抜けようとした一人の上半身が吹き飛び、その場に下半身だけが転がる。

 炎の中からリュウの腕が振るわれたのだ。


「じょ、冗談じゃねえ! 俺は逃げるぞ!」

「助けてくれえ!」

「女を盾にしろっ!」


 破壊された鉄格子から宿への通路へ逃げる者、ガトルの傍に這い寄る者、リズ達の下へ駆ける者、既に部下達に戦おうという気持ちは無かった。


 炎の渦からガランという音と共に、リュウが持っていた千切れた鉄格子が転がり出て来る。

 その音に釣られ、皆がその方を一斉に見やる。

 その目は、遂に倒したのかという期待に満ちたものと、リュウの安否を気遣うものの二色に別れている。


 皆の注目の中、炎の渦から黒い翼が大きく広がり、炎の渦が霧散する。

 現れたのはまるで無傷のリュウ。

 その右手がどす黒い(もや)(まと)っている。


風纏衣(ふうてんい)


 ガトルはその様子を注視しながら、身を低くして呟く様に呪文を唱えた。

 それは風の最上級に位置する魔法の一つであった。

 自らの体に風の衣を纏う魔法であるが、その効果とは風による防御と移動速度の上昇である。


 風纏衣を身に纏うべく、ガトルが身を低くした瞬間だった。

 リュウの右手が無造作にその場で振るわれ、右手の靄から何かが奔った。

 一拍の間を置き、エンバの背後で、リーザとリズの目の前で、ガトルの横で、ドサッという音と共に立っていた男達の上半身が地に落ち、次いで下半身が倒れた。

 一瞬で絶命したそれらの者達の中には、後から来た町の男達も含まれていた。


「ひっ……」


 リーザとリズの口から悲鳴が漏れ、慌てて二人は口を手で覆った。


「ッ! ご主人様! ダメです! ご主人様っ!」

「ま、まさか……みんなまで……」


 町の男達をも問答無用で切り殺してしまったリュウに、思わずミルクが叫び、ココアがリュウの理性の有無を疑う。


「リュウ……だめだよ……リュウ……」


 呆然とするエンバの腕の中で、アイスが力を掻き集めてリュウに声を掛ける。

 だが、今にも意識を失いそうなアイスには、それが精一杯だった。


「とんでもねえなぁ……にーちゃん……だがよ、勝つのは俺だぜ……」


 そんな中、ガトルだけが楽しそうにゆらりと立ち上がり、リュウに向かって歩き出した。

 余裕の態度でリュウに近付くガトルだが、頭の中はフル回転していた。


 近付くガトルにリュウの腕が届く直前で、リュウの眼前に炎が弾ける。

 同時に振るわれたリュウの右手が空を切り、ガトルはリュウの真横から、その腕を振り終えた体勢へと蹴りを放った。

 蹴りはリュウの左腕に弾かれ、再びリュウの右腕が振るわれる。


 ガトルはリュウの腕が当たるギリギリの位置で、付かず離れず攻防を繰り広げていた。

 それを可能にしているのは風纏衣のお蔭であった。

 本来より速いスピードで移動し、万が一攻撃を食らっても身に纏う風がするりと体を逃がすのだ。

 元魔導士でありながら、優れた体術をも駆使するガトルは、理性を有した獣そのものであった。


「リズさん、リーザさん、今の内にエンバさんの下へ急いで!」


 リュウとガトルの攻防の合間に、ミルクはリズ達の下へ飛び、少しでもリュウ達から距離を取らせようと耳元で囁く。

 それに出血が続くエンバの容体が気掛かりだった事もあった。


 リズに手を引かれてリーザがエンバの下へ向かい、震える手で治癒を施す。

 それを横目で見るガトルだが、それはもう今はどうでもいい事であった。

 ガトルの頭に有るのは、如何にしてこの窮地を乗り切るか、その一点であった。


 そんなガトルの体をリュウの拳が捉え、ガトルは壁に吹き飛ばされる。


「ぐあっ!」


 土煙が舞う中から、壁に叩きつけられたガトルがよろよろと姿を現す。

 普通の人間ならそれだけで即死しているはずだが、風纏衣による防御が見事に拳の威力を殺していた様だ。


「てめえなんざに殺られてたまるかよ……ぶっ殺してやる!」


 ガトルが吠えてリュウに再び挑み掛かる。

 だが、その無謀な行動はやはりリュウには通用せず、ガトルの右手首はリュウの左手に掴まれてしまう。


「くそが! 離しやがれ! 俺は――ぐあああああっ!」


 毒突くガトルの声を掻き消す様に、骨の砕ける音が響き、ガトルが絶叫する。

 そしてガトルの手首を掴んだまま、リュウの右拳がガトルを殴り飛ばし、ガトルは再び壁に激突する。

 右拳を振り抜いた後のリュウの左手は、ガトルの手首を掴んだままだ。


「ぎいいいいっ! て、てめえ! 殺す! 刺し違えても殺してやるっ!」


 たった二発で満身創痍とも言えるガトルだが、よろよろと壁を背に立ち上がり、千切れた右手首を左手で止血しながら治癒の光を纏わせている。


 もう誰もがガトルの死は(まぬが)れないと思っていた。

 だが、それでもまだ戦う事を諦めないガトルの狂気に、リーザやリズは震えを禁じ得なかった。


 ブツブツと何かを呟くガトルに、グルルルルゥと唸るリュウ。

 ガトルの目に力が満ち、意を決した表情になると、リュウはそれまで握っていた右拳を開いた。

 その指先には鋭い爪が伸びており、次が最後なのだと誰もが思った。


 それでもガトルは動く。

 リュウの周りを円を描く様に回りながらブツブツと何かを唱えると、リュウの目の前に再び小さな爆発が断続的に複数起き、更に土煙の渦が巻き起こる。


「食らえ! 化け物!」


 叫びと共にガトルが土煙に踏み込み、リュウの右腕が振るわれる。

 リュウの右腕が土煙を切り裂いたその瞬間、土煙が大爆発を起こした。

 その爆発の大きさに、リズ達はその場に咄嗟(とっさ)に伏せて頭を抱えた。


「ご主人様ぁっ!」


 ミルクとココアがリュウの無事を祈って飛び立つ先には、(おびただ)しい煙の中から黒い翼が見え隠れしていた。


「ご無事ですか!? ご主人様! あの男は――ッ!」


 リュウの姿を確認したミルクとココアは、リュウに近寄るとその動きを止めた。

 リュウの足元にバラバラになった黒焦げの手足を見付けたからだ。


「自爆……したの? なんだか、後味悪いね……」

「さすがに勝ち目が無かったから……道連れにしようとしたのかな……最後まで嫌な奴……」


 ミルクはガトルの呆気ない最後にモヤモヤしたものを感じ、ココアはスッキリしない終わり方に、あの男らしい厭らしさだと感じるのであった。

お気軽に、ご意見、ご感想、頂けたらなぁと思っております。

もしよければブックマークもお願いします。

次回更新は少しお時間頂くかもです。


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