25 捜索
今回はいつもより短めです。
まだリーザがハンナに連れられて地下の通路を進んでいる頃、リズは部屋に一人で悩んでいた。
「お疲れのリュウ様の所に行ってもすぐに夕食だし、かと言ってハンナさんに姉さんのお礼を言いに行っても、お手伝いとか出来ないし……う~ん……暇ね……」
要するにリズは暇を持て余しているだけなのだが、空腹な事もあって何かせずにはいられない、そんな心境なのだった。
「えーい、格好つけても始まんないや、食堂に行こ……」
結局、リズはハンナの所に行く事にした。
「お礼を言いに行こう」ではなくて「食堂に行こう」と言ってしまう辺り、リズの空腹は限界に近い様だ。
そして、あわよくばつまみ食いできるかも、とさえ思っているリズであった。
「ハンナさん? 姉さん? どこ? 料理は結構出来てるみたいなのに……」
カウンターで呼んでも返事が無くて厨房に足を踏み入れるリズは、キョロキョロと辺りを見回す。
そして皿に盛りつけられた美味しそうなハムを、ひょいと摘まむと口に放り込む。
「はうぅ、も、もうちょっとだけ……ハンナさんごめんなさい……」
ばれない様にそれぞれの皿から一つずつハムを失敬するリズ。
更に一つずつハムを失敬して空腹が癒えたのか、リズはふと我に返った。
「なんで戻って来ないの? いつもなら姉さんの怒鳴り声が聞こえるのに……」
普段ならそろそろ「リズ! 何してるの!」と怒られるはずなのに、とリズは口をもぐもぐしながら奥の扉を開けるが、人の気配は無い。
その後、正面玄関に回っても誰も居ない事に不安を覚えたリズは、慌てて二階へと駆け戻って行くのだった。
「誰も居ないんですか? え~、メシどうすんの!?」
リズに呼ばれて事情を聞いた、残りのメンバーの第一声がリュウのそれである。
「ご主人様! ご飯より、リーザさん達ですぅ! 探しに行きましょう!」
「ほーい……」
ミルクに叱られ、促され、リュウがアイスを抱いて階段に向かうと、残りの皆も後に続いた。
「マジで誰も居ないのな……ミルク、ココア、何か分かるか?」
厨房に入ってリュウは呟くと、ミルクとココアに聞いてみる。
「そうは言われましても……」
「む! これは!」
いきなり聞かれても、と困惑するミルクだが、ココアは何かに気付いた様だ。
「ご主人様! お皿の盛り付けが不自然に乱れてます!」
「はぁ!? その情報必要?」
ビシッと皿を指差すココアに、リュウの呆れ声が厨房に響く。
「す、すみませんっ! それはつい、私が……ごめんなさいっ!」
真っ赤な顔でリズがつまみ食いを白状し、一同は固まった。
リズの後ろに居たエンバが頭痛を抑える様に頭に手をやり、上を向いている。
「やるなぁ、リズさん……んじゃ、俺も!」
「じゃ、じゃあ、アイスも!」
気まずい空気を払拭する様に、リュウはリズにニヤリと笑うと明るく叫んでハムを摘まみ、アイスがすかさずそれに続いた。
「ほら、エンバさんも!」
「い、いや、俺は……」
「事件かも知れないでしょ? 腹が減っては戦はできねーっすよ?」
「そ、そうですね、では……」
リュウに勧められてエンバは遠慮しようとしたが、リュウに尤もらしい事を言われると、皿に手を伸ばした。
「よし! 全員同罪! もっと食べよう! いただきまーす!」
エンバがハムを口に放り込むのを見てリュウが明るく叫び、皿を手に取り本格的に食べ始める。
「「同罪!?」」
一瞬呆気に取られるリズとエンバだったが、二人共笑ってリュウに倣った。
そしてアイスはもう皿を平らげていた。
そんな厨房の片隅でガツガツと食事をするリュウ達に、ミルクとココアが声を掛ける。
「ご主人様、分かりました! 地下です!」
「時間的にも間違いないですぅ!」
ミルクとココアは視界を切り替え、床下に沈んでいく残留熱量を捉えていた。
そしてそのデータをリュウの視界に反映させる。
「あ、なるほど……サーモグラフィか……ナイス、ミルクココア!」
「「くっつけないで下さい!」」
「相変わらず見事なシンクロだな……」
視界に赤外線画像が重ねられるとリュウにもはっきりと床下に消える人影が見え、ミルクとココアを纏めて褒めて、見事に二人にハモられる。
リュウは皿を置くと、人影が沈み込む床の取っ手に手を掛けて一気に引き開ける。
そこには当然、階段が見える。
「どういう経緯か分かりませんけど、二人は多分この先です。急げば追いつけるかもです」
「分かりました、行きましょう!」
リュウの言葉に、リズが間髪入れずに答えて階段に近付き、アイスが慌ててリズに掴まった。
「先頭は俺が行きます。リズさんはアイスを頼みます。エンバさんは後方を警戒して下さい」
そう言うとリュウは階段を下り、リズとエンバはしっかりと頷いて後に続いた。
「ご主人様、大雑把な画像データからの推測ですが、料理中に誰かが裏口に来て荷物を搬入した様です。その後すぐに二人は地下へと下りている事から、やはりその辺りで何かが有ったのだと思われます……」
リュウが地下への通路を進んでいると、画像の解析が終了したミルクから報告が上がる。
「何かが有ったって……何が有るんだよ?」
「さあ、それは……」
だがリュウにはまるで見当が付かず、ミルクもそれには答えられない。
「あの……リュウ様、実は……姉さんは昔、攫われた事が有るんです……」
「ええっ!?」
それにリズが言い難そうに答え、エンバを除く皆が驚く。
「それで、この町に姉さんが逃げて来て、ハンナさんに助けてもらったと……」
「マジか……」
リーザの過去を聞かされ、絶句するリュウ。
「リズさん、それって今朝リーザさんが言ってた『闇の獣』の事なんですか?」
「はい……」
一瞬の沈黙を破ってミルクがリズに質問すると、リズは答えながらコクリと頷く。
「という事は、裏口から来た奴がその一味で、リーザさんがそれに気付いて、慌ててハンナさんが連れて逃げてる……って事か?」
それを受けてリュウが厨房での出来事を推測するが、アイスはその推測に疑問を感じた。
「でも、それだとリーザはリュウに知らせに来ない?」
「あ……」
アイスの純粋な疑問に、ミルクの中で一つの仮定が浮かび上がる。
「何だよミルク?」
「ハンナさんも一味なのかも知れません……」
リュウに問われ、ミルクはその仮定を元にハンナのあらゆる可能性を計算する。
「えっ!?」
「この通路、宿屋の前の広場の下なんです。脱出路なら町の外に向けて作るべきじゃないですか?」
先程リズからハンナがリーザを助けたと聞かされていた為、そんな考えが微塵にも浮かばなかったリュウは驚くが、ミルクはマッピングされたデータを元に地下通路の不自然さを指摘する。
「うーん、何か信じたくねーなー。ミルクの事は信頼してるんだけどな……」
ミルクの確信的な物言いに、リュウは有り得そうだと思いつつも、願望を口にしてしまい、ミルクにフォローを入れる。
「は、はい。すみませんご主人様、先走って……」
「別に謝んなくてもいいって……」
ミルクは主人にフォローさせてしまったのは、自身が結論を急ぎ過ぎた事が原因だと反省したが、リュウはそんなミルクを真面目な奴だなぁと苦笑いしつつ、辿り着いた扉を押し開けた。
「止まって下さい!」
「ッ!? なんだ? 罠か?」
扉を潜ろうとしたリュウをミルクが制し、リュウは罠の存在を疑う。
「いえ、熱量が増えました。ココア、データを送るから解析して」
「いつでも、姉さま」
ミルクは短く答えると、ココアの協力を仰ぐ。
ココアの返答を待って、ミルクはその場に有る残留熱量を隈なく測定、データをココアに送って行く。
ココアはそのデータを受けて、時系列毎に並び替え、補正していく。
表情豊かなミルクとココアが、無機質な表情で作業に取り組む様子に、リュウはやっぱこいつらすげーな、と感心するが、後ろのリズとエンバは意味が分からず、ポカーンとしていた。
「どう? ココア……」
「うん、出来たよ姉さま。ご主人様の視界にリンク――」
データを送り終えたミルクがココアに尋ねると、ココアも解析を終了させた様で、主人にデータを送ろうとして主人に遮られる。
「待てココア。この空間に映像を投影できるか?」
「ご主人様の細胞を使えばできますよ?」
リュウに尋ねられ、ココアは即答する。
自身のサイズでは不可能だが、元々ココア達は実体を得る前はプロジェクターで姿を見せていたのだ。
この空間に投影するだけなら、その規模を大きくするだけで可能なのだ。
「んじゃ、それで。リズさんとエンバさんも知りたいだろうからさ……」
「分かりましたぁ。 ご主人様、右手を前に翳して下さい」
主人に投影の目的を聞き、ココアは頷くと主人に指示を出した。
そして言われたままリュウが右手を前に翳すと、その手から光が発し、目の前の空間にオレンジ色の人影が現れる。
「手前がハンナさんで、奥がリーザさんだな……ココア、時間が惜しいから早送りで頼む。その都度指示する」
「了解ですぅ」
リュウの言葉に、リズ達が頷く。
ココアが再生を開始し、皆その人影の動きをじっと見つめる。
途中気になる部分を通常再生したりしながら、リュウ達はリーザがナイフをハンナに向けただろう事や、叫んでいるだろう事まで把握できた。
それはココアの画像補正によるところが大きかった。
その後、更に二つの人影が現れ、ハンナの人影は残り、リーザの人影はもう二人の人影に挟まれて奥へと消えた。
リュウ達は奥へと消えるリーザの人影が、力無く項垂れている事まで見えていた。
「決まりだな……リーザさんは脅されるか、騙されるかして、連れて来られたんだ。ハンナさんに……」
「姉さん……」
リュウが残念そうにハンナの立場を決定すると、姉の身を案じるリズは小さく呟いた。
「リズさんのお蔭で、まだリーザさんがここから連れ去られて然程経っていません。急いで後を追いましょう!」
そう言ってミルクが皆を促して残留する熱を追って移動すると、皆も急いでその後を追うのであった。
リュウ達がリーザを再び追い始めた頃、リーザは男達に捕らえられた場所よりも更に広い空間に連れて来られた。
そこは中央を鉄格子で仕切られた、一見牢屋にも見える部屋だが、鉄格子の手前も奥も、壁には幾つもの扉が付いている。
二人の男に挟まれるリーザは、鉄格子を前にガタガタと震えていた。
五年前に逃げた時は、油断した連中に鉄格子の外に連れ出された時だった。
この鉄格子の中に入ってしまえば、もう二度と地上には出られない。
だがそれよりも、リーザの目は鉄格子の奥の、ある物に釘付けになっていた。
それは、膨らみの無い黒い樽を横向きに二つ並べた様な物体だ。
それぞれが中心に軸が通り、軸受けで地上から一メートルくらいの高さで固定されている、奇妙な物体であった。
錆び付いた音を軋ませながら、鉄格子に設置された扉が開き、リーザは何の抵抗もできぬまま扉の内側へと連れ込まれ、再び男達に両脇を固められる。
その時、リーザの先にある木製の扉の一つが開き、複数の男達が入って来た。
リーザの背後では再び軋みを立てて扉が閉まり、鍵の掛かる音がしんと静まる部屋にやけに大きく響いた。
「ほう、これはまた懐かしい顔じゃねえか……え、リーザ」
木製の扉から入って来た男達がリーザの前にやって来て、その内の一人がニヤリと口元を歪めて言うが、その目は笑っておらず鋭く光を放っている。
「ガ、ガ……トル……さ、様……」
余程目の前の男、ガトルが恐ろしいのか、リーザの歯がカチカチと鳴っている。
何故なら、この男こそが「闇の獣」を率い、数々の略奪を行ってきた首魁だったからである。
「帰って来れば許してもらえると思ってんのか? おい、用意しろ!」
「へい!」
ガトルはリーザに嘲る様に言うと、傍に控える男達に言い放つ。
男達は即答すると、一人は二つ並ぶ樽の所へ行き、三人が別の扉に消えた。
男が樽の横に付いているハンドルを回すと、それを支える軸受けが横に滑り、二つ並んでいた樽の間隔が少しずつ開いて行く。
それぞれの樽の表面には内側から外側にナイフを突き刺したかの様に、無数の刃がびっしりと飛び出ており、二つ並んだそれは拷問道具、いや、処刑道具の様だ。
「ゆ、許し……て……くだ……さ……い……」
「ああ?」
「許して下さいっ! も、もう逃げないから……た、助けて下さいっ!」
顔面蒼白のリーザが、涙を流しながら許しを乞うが、聞こえないぞと言わんばかりのガトルに、必死に声を絞り出した。
「ふん、なら誰と来たのか全部吐け。そうすればまた飼ってやってもいいぜ……だが、嘘を吐けば分かってんな? その場で醜い姿に変えてやる……話せ」
リーザの命乞いをガトルは鼻で笑い、同行者の情報を要求する。
そしてそれを拒む事など、今のリーザには出来るはずも無かった。
ああ……リーザが可哀想……
……感想等お待ちしております。




