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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
51/227

23 リーザの恩人

 リーザの案内で宿屋に向かうリュウのネクトへの印象は「(さび)れた町」だった。

 西へ向かって町に入った事もあり、ぽつりぽつりと建つ建物はどれも薄暗く、人影も探さねば見つからない程である。


「町って言うより、村って感じだな……」

「いいじゃないですか、車両に人だかりが出来る心配が無くて……」


 リュウが少しがっかりしてボソッと呟くと、ミルクが励ます様に答える。

 他の者達はキョロキョロと周りを伺うが、その寂しさに言葉が出ない様だ。


 やがて広場らしき場所に出ると、宿屋は広場に面した所に建っていた。


「思ったよりでかくて、何かほっとするなぁ……」

「確かに。他の建物は小さい物ばかりでしたからね……」


 リュウの言葉にエンバが同意し、アイスやリズも頷いている。


 平屋や二階建ての小屋の様な他の建物と違い、宿屋は大きめの公民館か、小さめの体育館の様な二階建ての建物であった。

 正面に向かって左半分の一階は馬屋の様で大きく壁が無く、ミルクはそこに車両を停めた。


「これで今晩はゆっくりベッドで眠れるなぁ……」

「そうですわね、では行きましょうか」


 荷台から降りるアイスを左腕に抱いたリュウが、のんびりと皆の気持ちを代弁すると、リーザはクスッと笑って皆の先に立ち、すぐ横の玄関へと向かった。


 玄関扉を抜けると奥に向かう広い通路があり、右側にはハンターギルドにある様な食堂が広がっていた。

 一行が奥にあるカウンターに向かうと、奥から大柄の中年女性が姿を見せる。


「ハンナさん、ご無沙汰してます」

「おや、リーザじゃないか! 久し振りだねえ……また魔都へ向かうのかい? それにしても、えらく少ないけど残りは外かい?」


 リーザに声を掛けられた宿屋の女将ハンナは、即座にリーザだと気付くと満面の笑みで迎えるが、リーザ達の人数を見て怪訝な顔になった。


「いえ、それなんですけど実は――」


 リーザの説明を聞くハンナの驚く視線が、リーザからリュウ達の間を何度も行き来し、目を回してしまいそうになっている。


「はぁ……この目で本当に星巡竜様や妖精様を見る日が来るなんてねぇ……」

「そういう訳なので、今夜の食事と部屋、明朝の食事をお願いします」


 呆然とした感じでハンナがリーザに笑い掛けると、リーザは笑みを返しつつ部屋と食事を頼んだ。


「ああ、分かったよ。今夜はあんた達以外に客は居ないから、上で適当に部屋を選ぶといいよ。で、食事は皆一緒でいいのかい?」

「はい、一緒で構いません。では、よろしくお願いします」

「はいよ。あ、食事が出来たらこの鐘を鳴らすから、下りてきておくれ」

「ええ、分かりました」


 ハンナはリーザと話を終えると、カウンター奥の厨房に向かい、てきぱきと動き始めた。

 リュウはその様子を見て、肝っ玉母ちゃんみたいだ、と頼もしく感じながら皆の後に付いて階段を上った。


 二階に上がると廊下が真っ直ぐ伸びており、その両脇に扉が幾つも並んでいるが、その間隔はまばらだった。


「あー、個室って無いんだ……」


 手近な扉を開けると十人程の大部屋だった為、その隣へ、隣へ、と扉を開ける内に端まで行ってしまい、リュウはポリポリと鼻を掻く。


「リュウ様、個室は魔都の高級宿くらいにしか無いんです。オーグルトでも一番小さくて四人部屋ですよ」

「あー、そうなんですね……んじゃここでいいか……」


 リーザの説明を聞き、リュウは扉を一つ戻ると、六人部屋を選んだ。

 エンバはその隣の一番奥の四人部屋、リズとリーザはエンバの向かいの四人部屋に決めた様だ。


「ん? なんかごわごわすんな……ん、これが良いか……」


 手近なベッドに腰掛けたリュウは、その座り心地が気になった。

 なので一つ一つベッドを押し、一番柔らかいベッドに座り直し、アイスを降ろす。


「ふい~、とりあえず何もする事無いし、夕食までのんびりすっか……」

「うん、そうだね……ミルクとココアもおいでよ~」

「「は~い」」


 ごろんと体をベッドに横たえるリュウの左腕にアイスがくっついて寝そべると、ミルクとココアはリュウの胸の上でコロンと横になる。

 だだっ広い六人部屋だというのに、相変わらずのリュウ達であった。










 一方、リーザとリズの部屋では、リズが自分の手荷物をベッドの上にぶちまけて、何やら探し物をしていた。


「姉さん、私の鏡知らない?」

「知らないわよ?」


 困り顔のリズに声を掛けられるリーザは、自分の手鏡で髪形を整えている最中な事もあり、素っ気なく答える。


「あれえ? 確かここに入れたと思ったのに……」

「もう……ほら、貸してあげるから。ちゃんと返してね?」


 だが、しょんぼりとしたリズの声が耳に届き、リーザはやれやれと手を止めると、手鏡をリズに手渡した。


「ありがとう……って姉さん、どこ行くのっ!?」


 肩を(すく)めて手鏡を受け取ったリズは、リーザが扉に向かったのを見て、慌てて行き先を尋ねる。

 リュウ様の所に抜け駆けさせてなるものか、という思い丸出しな訳だが、リーザの答えはそれとは違った。


「何よ、大きな声で……ハンナさんの所よ。お世話になった人だから、何かお手伝いできるかなって思って……」

「あ! そうか、この町が……」


 リーザの返答でリズは、この寂れた町こそが五年前、傷ついた姉を保護してくれた町なのだと気付いた。

 今の今まで、その寂れっぷりに気を取られて、結び付かなかったのだ。


「そうよ、私を助けてくれた町。ハンナさんは大恩人なのよ……また後でね」


 そう言うとリーザは静かに扉を出て、ハンナの下へと向かった。

 静かに廊下を歩きながら、リズに説明したせいか、リーザは当時を思い出す。


 捕らわれていた洞窟の様な場所から、僅かな隙を突いて横穴の一つに飛び込み、声を殺して必死に逃げた事を。


 すぐに明かりは届かなくなり、裸のまま真っ暗な中をひたすら進んだ。

 次第に横穴は狭くなり、体をあちこちぶつけ、血が出るのも構わず、あちこち擦りながら這い進んだ。

 先がどうなっているのかなど考えもせず、ただただ恐怖から遠ざかりたかった。

 やがて、這い進む先に差し込む明かりが見え、這い出た先は森の中だった。


 それからは、ひたすら森の中を彷徨った。

 森の獣達に襲われる恐怖は有ったが、彼らは生きる為に獲物を狩るだけだ。

 だが「闇の獣」は人の心を弄び、踏みにじり、不要となれば無慈悲に殺す。

 そう考えれば、心に手を出さない森の獣達は慈悲深いとさえ思えた。


 どのくらい森を彷徨っていたのか、日が落ちると街道の向こうに明かりを見付け、恐る恐る慎重に明かりを目指した。

 幾つもの建物の陰を隠れ進みながら、そのどれにも飛び込む勇気は、裸の身では出なかった。

 暫くすると人の声が聞こえて様子を伺っていると、一際大きな建物の前に女性の姿を発見し、思わず駆けた。

 何度も転びながら女性の下に駆け寄った時には、涸れ果てたはずの涙が溢れ出していた。


 あの時の女性、ハンナが居なければ自分はどうなっていたのだろう、とリーザは思う。


 ハンナは傷だらけのリーザを付きっきりで治療し、服を与え、その時たまたま宿泊していた、魔都からオーグルトより東に位置するバナンザへ帰還する一団に預けただけだ。

 だがそのお蔭で、リーザは今こうしていられるのだ。


 そして三年前、新たな若者を評議会に連れて行く一団に、リーザは護衛として志願する。


 五年前の一団よりその規模が大きかった事もあるが、あの忌まわしい街道を抜ける事で恐怖を克服したかったのだ。

 そして、街道を抜けた先の町にはハンナが居る。

 どんなに言葉を尽くしても足りないかも知れないが、ようやく会ってお礼が言える、それこそがリーザが立ち直り、頑張って来られた理由であった。


 そうして、リーザはハンナと再会を果たした訳だが、ハンナの顔見た途端、周囲の目も(はばか)らずわんわん泣いてしまい、逆にハンナに慰められるという散々な結果になってしまう。

 その今思い出しても、顔から火が出る様な苦い思い出は、その帰路に再びハンナと会って帳消しにしたつもりだが。


 そこまでを思い出しながら、リーザは階段をゆっくりと下りる。


 オーグルトでは今や高嶺の花と思われているリーザも、ハンナの前では子供の様になってしまう。

 もう自分は二十三才、立派な女性、大人になったと言われなくちゃ、とリーザは一人気合を入れ、カウンターに向かうのであった。










「ハ、ハンナさん、リーザです。何かお手伝い出来る事はありませんか?」


 すぅっと深呼吸をして、リーザは厨房に向かって声を掛けた。


「おや、リーザ。何だい、あんたはお客さんなんだから、そんなに気を使わなくていいんだよ?」

「いえ、でも、お手伝いしたいんです。その、迷惑じゃなければ……」


 前掛けで手を拭いながら呆れ顔のハンナが出てくると、リーザは上目遣いに手伝いを申し出る。

 先程入れた気合はどこへ行ったのか、すでに子供の様なリーザである。


「迷惑なもんかね。じゃあ、手伝ってもらおうかねぇ、それでリーザの気が済むんならさ……」

「そ、そんなハンナさん……」


 やれやれしょうがないねぇ、とハンナが肩を竦める様子に、リーザは自分の行為がかえって迷惑なのでは、と項垂れた。

 そんなしゅんとしてしまったリーザにハンナは歩み寄ると、リーザの頭を自分の肩に引き寄せ、優しく頭を撫でてやる。


「いいかい、リーザ。あんたはもう十分に感謝を尽くしたよ。これ以上感謝されたら罰が当たっちまうってもんさ。それにこの町はもうすぐ消えてしまう様なちっぽけな町なんだ、あんたみたいな優秀な治癒術士がいつまでもこんな所に縛られてちゃいけないのさ……」


 そう言ってハンナはそのままリーザの頭を撫で続ける。

 リーザが嗚咽を漏らしていたからだ。


 リーザはハンナの温かさを感じながらも、その言葉がとても悲しかった。

 ハンナが自分の事を考えて、突き放してくれているのだと頭では理解できるが、リーザとしてはもっと必要とされたかったのである。


「ほら、もう泣き止んでおくれよ……あんた手伝いに来たんだろ?」

「は、はい。ごめんなさい、ハンナさん……もう泣かないと決めてたのに……」


 しばらくそうしていた二人だったが、ハンナにからかう様に言われ、リーザは体を離すと、慌てて涙を拭うのだった。

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