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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
49/227

21 魔都へ向けて

 表通りが西日で彩られる頃、薄暗くなったハンターギルドの裏手には多くの人達が集まっていた。

 その中心では、リュウ達が雑談しながら車両のタンクに水を注ぎ込んでいる。

 とは言っても、実際はリュウから伸ばした人工細胞のホースが井戸水を汲み上げてタンクに注いでいるだけなので、作業をしているという感じでもない。


「これが馬五十頭分以上の力で物を引っ張れるなんて……信じられん……」

「水が貯まったら、皆で力比べしてみようぜ!」


 そんな会話があちこちで聞こえる中、リュウは騒ぎに出て来たガット支部長と小声で話していた。


「エンバさんを一緒に?」

「ええ。息子は風の魔法を十分に扱えますし、父親が言うのも何ですが、責任感も強い。ただ、魔都へ行く機会に恵まれず、未だ評議会に出てもおりません……」

「評議会? ですか……」

「ええ、王立人民評議会。魔王陛下によって設立された、我ら魔人族の様々な適性を見てくれる機関です。ここで承認を得られれば、ハンターギルドの運営やその他公職に就く事ができ、将来設計の幅がぐっと広くなるのです」

「なるほど……エンバさんの将来ですか……」


 支部長の話を聞いてリュウは、自分の親も生きていたらそんな事を考えてくれたのかなぁ……と漠然と思い、エンバを少し羨ましく思った。


「親馬鹿で申し訳ないのですが、護衛を受け入れてもらえませんか?」

「いえ、そういう事なら喜んで。遠慮なく道中頼らせてもらいます」


 気恥ずかしそうに言い募る支部長に、リュウは了承するとニカッと笑った。


「良かった。では後で部屋へ伺わせます。それにしても、ミルク様は凄い物を用意されましたな……」


 ほっとした表情を見せた支部長は、視線を車両に移すと感嘆と呆れが入り混じった様に呟く。


「マズかったですかね? 魔王様に見つかったら、ヤバいですか?」

「陛下は心の広い方です。悪い様にはならんでしょう……」

「だったらいーなー……」


 今更ながらにリュウは車両の影響を心配するのだが、支部長の諦めた様な口調に、やってしまった事は仕方ない、と気にしない事にした。


 その後、水を満載した車両と、盛り上がった野次馬達による綱引きが行われ、その性能を遺憾なく発揮した車両は、皆の喝采を浴びてハンターギルド内のロビーの脇に保管を許可される事となった。










 車両を見に来る人々で賑わっていたギルド内部も、夕食の時間には落ち着きを取り戻していた。

 夕食を済ませたリュウの部屋には、明日から行動を共にする全員が集まっていた。


「姉さんからもう一人来るって聞いてたけど、エンバだったとはね……」

「実は俺もさっき聞かされた所なんだ……リュウ様、よろしくお願いします」


 独り言の様なリズの言葉に、エンバは困惑した様に答えると、リュウに向かって頭を下げた。


「こちらこそ。エンバさんには大怪我の時に運んでもらったのに、またお世話になります……」

「いえ、気にしないで下さい。足を引っ張らぬ様、頑張ります……」


 年上の、しかも世話になったエンバに頭を下げられ、リュウも恐縮して頭を下げるが、エンバはそれを手で制すと、立場が違うと言わんばかりに再び頭を下げた。


「あの……俺、十六のガキなんで、年上の人にそんな風に頭を下げられると恐縮するって言うか……出来るだけ普通に接してもらえると助かります……」

「はぁ、しかし……」

「リュウ様はたった一人でヴォルフを撃退する凄い人なんですよ? 全然そんな事気にする事ないです!」


 そんなエンバに居心地の悪さを感じるリュウは、状況の改善を求めてみるのだが、言い淀むエンバに代わって口を開いたリズによって却下されてしまった。


「そうですわ。星巡竜様は私達にとって神様にも等しい存在。その星巡竜様であるアイス様を、リュウ様は守護する方ですもの……敬われるのは当然の事かと」

「はぁ……そっすか……」


 そしてリズに続いてリーザにも優しく説得され、リュウはダメだこりゃ、と諦めるしか無かった。

 と同時に、リュウはこの部屋で年下なのがアイスだけなのに気付く。

 そのアイスを見て、年下のこいつだけがタメ口ってどうよ……とジト目になった。


「リュウ、どうしたの?」

「何でもない……はぁ……」


 だが視線に気付いたアイスに尋ねられると説明する気にはなれず、リュウは大きくため息を吐くのだった。


 その後は皆で今後について色々と話し合い、その場はお開きとなった。

 明日は早朝から荷車への荷物の積み込みを始め、準備ができ次第オーグルトを出発する予定である。


「アイス、明日出発だけど、調子が悪くなったら我慢せずに言うんだぞ?」

「う、うん。リュウ、ありがと……」


 就寝間際、リュウは左腕に掴まるアイスに声を掛ける。

 アイスは心配してくれるリュウに感謝すると、掴まる腕をぎゅっと抱く。


「ミルク、ココア、お前達も頼むな……」

「はい。お任せ下さい、ご主人様」

「頑張りますぅ!」


 次にミルクとココアにも声を掛け、頼もしい返事を貰ったリュウはここでの色々な出来事を思い出しながら、やがて眠りに落ちていくのだった。










 翌早朝、誰よりも早く目覚めたリュウは、まだ眠っているアイスの下にココアを残し、ミルクを伴って部屋を出る。

 無人のロビーから車両を外に出し、荷車を繋ぎに廃品置き場へとまだ薄暗い中を車両に付いて歩く。


「なんか……長い様で短い滞在だったなぁ……」

「この世界に落ちて来て十日、この町で過ごしたのは八日ですねぇ……」


 そんな中、リュウがぽつりと呟き、ミルクは具体的に日数で答える。


「ナダムに居たより長いんだな……」

「たった五日でしたけど、ナダムは中身が濃すぎでしたねぇ……」


 ナダムでのあれこれを思い出しながら、それより長いのかと感慨に浸るリュウとミルク。


「死にかけで運ばれて来て、死にかけで放り出されたもんなぁ……」

「アイス様が居なかったら、今こうしてる事はないんですねぇ……」


 そして、よく生きてるよな、とリュウは苦笑いし、ミルクはアイスに感謝する。


「ん? 待てよ……アイスに会わなかったら、そもそも死にかけないじゃん!」

「はうっ! あ、会わない方が良かったんですか!?」


 折角良い感じに終わりそうだった話を主人に台無しにされそうになり、素っ頓狂な声を上げるミルク。


「いや……そしたら、つまんねー毎日だったからなぁ……」

「じゃ、じゃあ、アイス様に感謝ですね!」


 するとリュウも先の発言を思い直し、ミルクはほっと胸を撫で下ろす。


「しゃーねえ、感謝してやるかぁ」


 やれやれと言った具合でアイスへの感謝の気持ちを認めるリュウと、それを見てクスクス笑うミルクは、やがて廃品置き場に到着し車両に荷車を連結した。

 そして主人が荷車に乗り込むのを確認すると、ミルクはハンターギルドへと車両を引き返させるのだった。










 ヒューンという耳障りの良い静かなモーター音と共にリュウがハンターギルドに戻って来ると、ギルド前には十名ほどの人達が集まっていた。


「おはようございまーす。お待たせしましたー」


 元気よくリュウが挨拶しつつ車両が停止すると、皆口々に挨拶を返しながらリズの指示で荷車に荷物を積み込み始める。

 その間にリュウはアイスを起こしに部屋へ戻った。


「おはよう、リュウ」

「起きてたか……おはよ、アイス」


 リュウが部屋に入ると、アイスはベッドの上にココアと座っていた。

 体の白いまだら模様は昨日よりも多くなった様に見える。

 実際、白く変色した部分は、アイスの体の半分を占める程に広がっていた。


「なぁ、アイス。どっか痛かったり、痒かったりするの?」

「ううん、どこもそんな事は無いよ」

「お前、そのまま白い竜になるだけなんじゃねーの?」

「分かんないよう……聞いた事ないもん……」

「白染病だと弱っていくらしいけど、お前元気なまんまだよな?」

「う、うん……」

「まぁ、今考えてもしゃーねーな……おくるみすっか……」

「うん……」


 体の色の変化以外にはアイスに病気らしい様子が伺えず、ついリュウはあれこれと質問をしてしまう。

 だが困惑するアイスを見て、その為に魔都に行くんだった、とアイスをシーツで包む。

 そうしてベッドの脇に掛けていた金属製バックパックの中身を確認すると、右肩に背負い、左手でアイスを抱っこして扉に向かった。


 扉を開いて部屋を出るリュウは、その扉を閉めようとしてふと、その視線を部屋に留める。


「ご主人様?」


 その様子に、ミルクが首を傾げる。


「いや、短い間でも色々有ったなぁ、と思ってさ……」

「そ、そうですね、本当に……」


 過去の自分達の映像を見ているかの様な、少し笑みを浮かべてポツリと呟く主人の横顔に、少年らしからぬ大人びたものを感じて一瞬見惚れてしまうミルクは、慌てて同意すると頬の赤みを隠す様に俯く。


「さて、行くか……」


 そしてペコリと部屋に頭を下げると、リュウは静かに扉を閉じて歩き出す。

 口元に笑みを残して歩き出した主人に、右肩に座るココアがしんみりと尋ねる。


「ご主人様ぁ、あの部屋で何が一番印象に残ってますかぁ?」


 階段を前に尋ねられるリュウは立ち止まって一瞬考えると、階段を降りながら口を開く。


「……ミルクのパンチラ……」

「忘れて下さいぃぃぃ! 折角の思い出が台無しですぅぅぅ!」

「さすがご主人様! ブレませんねぇ~!」

「お黙りっ! 馬鹿ココア~!」

「ミルクぅ、怖いよぉ!」


 それまでの雰囲気を台無しに、ぎゃいぎゃいと(やかま)しくリュウ達はロビーへ降りて行くのだった。










「皆さん、急にこんな事になって、ごめんなさい……」

「謝る事など何もありませんぞ、アイス様。道中どうかお気を付けて……」

「そうです。向こうに着けば、必ず病の疑いは晴れますとも!」

「町長、副町長、ありがとう……」


 出発間際、リュウに抱っこされたまま集う人達に突然の旅立ちを詫びるアイスは、町長や副町長から旅の無事を祈られ、皆からも激励を受けていた。


「リュウ殿、またいつでも戻って来て下さい。部屋は開けておきますよ」

「はい、ありがとうございます。じゃあ、行って来ます……」

 

 そしてリュウは支部長と挨拶を交わすと頭を下げ、荷車に乗り込む。


 見送る人達が口々に温かい言葉を掛ける中、静かに車両が動き出すと、リュウ達は手を振ってそれに応えた。

 オーグルトの門を潜って街道に出ると車両は徐々に加速し、見送る人達が見る見るうちに遠ざかっていく。


「こんな早い馬車……じゃなかった、車両……初めて乗ります!」


 見送る人達が見えなくなり、前に向かって座り直したリズが、少々興奮した様子で口を開く。

 別れの際のしんみりした空気を払う意図もあったのかも知れない。


「そうですか? ミルク、もっとスピード出せねぇの?」


 リズの発言に、自転車より遅いのになぁ、とリュウは苦笑しつつ、ミルクに速度を上げられないか聞いてみる。


「これ以上は揺れが酷くなりますし、荷車の車輪に負荷が掛かり過ぎます……」

「そっか……」


 だが、ミルクのもっともな説明を聞き、リュウは残念そうに納得する。


「リュウ様、これでも十分に速いですわ。それにベッドのマットを敷いたお蔭で揺れも気になりませんし、快適に思えますけど……?」

「あ、いや、そうなんですけどね……あはは……」


 そんなリュウの様子に、リュウの世界を知らないリーザは、何が不満なのだろうと不思議そうに尋ねるが、リュウは笑って誤魔化すのみだ。


「ご主人様ぁ、みんなご主人様の世界を知らないんですから、納得できるはずがないですよぅ……ちょっとだけ見せてあげても良いですかぁ?」

「あー、んじゃ車のとこだけな……」


 そこにココアがしゃしゃり出て、主人に無邪気に提案すると、リュウは仕方ないかと手を皆の前に差し出し、その腕にココアがくっついた。


「では、ご主人様の世界を映しまーす」


 ココアの声と共に、リュウが伸ばす手の上の空間にノイズが走り、次いでリュウが暮らしていた町の駅前の風景が映し出される。


「これが、リュウ様の世界……?」

「凄い……」

「車両がこんなに……」


 駅前の国道を走る多くの車の映像を、リーザもリズもエンバも食い入る様に見つめている。


「まぁ移動手段としては優れてますけど、多すぎると混むし、ぶつかれば人が死ぬしで、問題も多いんですよ……空気も汚れるし……」

「でも、こういうのを知っていれば、今の状況が遅いと感じるのは無理ありませんわね……」


 知らない方が良かったかなぁ、と苦笑いしつつデメリットを挙げていくリュウに、リーザが先程のリュウの残念そうな様子に理解を示した。


「一度便利な物を知ってしまうと、元には戻れないんですよね、人間って……」

「確かに。ミガルさんの新しいナイフを知ったら、もう前のナイフは使えませんからね……」


 ポリポリと鼻の頭を残る手で掻きながらのリュウの言葉に、エンバは深く頷くと、腰から新品のナイフを取り出して眺め、リュウに向かってニィと笑った。


「あー! もう入手済みなんですね! どうです、使い心地は?」


 リュウは手を振って映像を消してしまうと、エンバの持つナイフに食いついた。


「すごい切れ味ですよ! 父のは更に凄かったですけど、俺はこれでも十分に満足ですよ!」

「そうですかぁ、何だよミガルさん教えてくれればいいのにぃ……」


 珍しく落ち着いた感じのエンバが興奮気味に話し、リュウは自分の事の様な嬉しさを感じつつ、ミガルが自分に知らせてくれなかった事に口を尖らせる。


「いえ、違うんですリュウ様。今朝私達もミガルさんからナイフを受け取ったんですが、その時リュウ様は荷車を繋ぎに行かれてて……」

「待つ様に言ったんですけど、もっと腕が上がってからでいい、とこの箱を置いて帰ってしまったんです……」


 口を尖らせるリュウをクスクスと笑い、リーザが事情を説明し、リズが困った顔で説明を引き継ぎ、預かっていた箱をリュウに差し出した。


「え~、そんな事気にしなくてもいいのに……職人さんだなぁ……」


 少し呆れた感じで箱を受け取るリュウはポツリと呟きながら箱を開け、ニンマリと笑う。


「なんだよ、ミガルさん……自信有るんじゃん……」


 箱の中には新品のナイフが二本、柄に巻かれた革に「グラ」の焼き印が押されていた。

 リュウは箱をそっと閉じると、丁寧にバックパックにしまい込んだ。


 その後も皆、くつろいだ様子で雑談していたが、リーザがふと景色に目をやる。


「もう、こんな所まで……やっぱり速いですね。馬車ならもう少しで昼食を摂る辺りなのに……」


 目印となる大木が目に入り、リーザが独り言の様に口を開くと、他の者も釣られる様に前方に目を向けた。

 リュウには目印の大木など分かりもしないが、車両が進む先の光景にしばし目を奪われる。


 真っ直ぐに伸びる赤茶色の道と、青々と茂る右側の森や山、キラキラと輝く左側の草原。

 草原の先はすぐ海らしいが、今は見えず、潮の香りも分からない。


「アイスー、調子はどうだー?」


 景色からマットに寝そべるアイスに目を移すと、リュウはのんびり声を掛ける。


「全然大丈夫だよ? 風は気持ちいいし、マットふかふかだし、最高だよ!」


 くてーっと腹ばいに寝そべっていたアイスは、首を起こしてリュウにきょとんとした顔を向けると、元気に答える。


「そだな! 疲れ知らずの車両に、万能姉妹の妖精と美人姉妹のガイドさんとイケメンの護衛付き……最高の旅だな!」

「うん!」


 明るいアイスの返事にリュウもまた明るく返し、笑い声が街道に漏れる。


 車両のヒューンという静かなモーター音と、カタコトという車輪の軋みを奏でる荷車に身を任せるリュウ達の旅は、まだ始まったばかり。

 リーザ以外の者達にとって、この先は未だ見ぬ世界であり、その目は希望に満ちている。

 そんな彼らをリーザは一人、羨ましそうに微笑むのだった。

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

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