15 プレゼント
「よっし……こんなもんか……」
「はい? ご主人様?」
リュウがぼそりと呟き、ミルクとココアは上体を起こして首を傾げた。
「お前達に大した物じゃないけど、プレゼントがある!」
「えっ!?」
「はぁ!?」
ベッドに仰向けに寝転んだまま、リュウが首だけを起こして両腕で枕の高さを調整しつつ、胸の上でで女の子座りするミルクとココアにニンマリとした口元で告げると二人は完全に想定外だったのだろう、キョトンと、或いはポカンとした表情で主人を見る。
「なんだよ、嬉しく無さそうだな。要らないんなら――」
「いえいえいえ、う、嬉しいですっ! 本当に!」
「欲しいですぅっ! 絶対欲しいですぅっ!」
二人の反応の薄さにリュウががっかりした声を上げると、二人はそれはもう全力で嬉しさを表現する。
「よし、んじゃ…」
「きゃあ!」
「あーっ!」
二人の嬉しいアピールに気を良くしたリュウは不意に体を左側を下に傾け、そのまま後ろへ下がる様にベッドを降りて、ベッドの脇に座り込む。
お蔭でミルクとココアはリュウの体を滑り落ち、ベッドの上でポヨンと跳ねる。
ミルクはささっとスカートの乱れを直したが、より長い距離を滑り落ちたココアは大きく跳ねて、あられもない格好を晒してしまっている。
「さすがココア、エロいの穿いてるなぁ……」
「あん……ご主人様のエッチ~」
捲れるココアのスカートから覗く黒のショーツと揃いのガーターベルトにリュウの目が素早くロックオン、思わず述べた感想にココアが甘ったるい声で形だけの抗議をする。
「ご、ご主人様ぁ! 扱いが雑ですぅ!」
「ベッドの上だから大丈夫だったろ?」
ミルクがココアの対応に赤面しながらも主人に注意するが、デレっと表情を緩める主人にはあまり届いていない様で、ぷぅっと頬を膨らませる。
「よし、ミルク。そこに立ってみ」
「は、はい」
「んじゃ、いくぞ~」
リュウはお構いなしにミルクを立たせると、新たな勉強の成果を披露する。
「ッ!? えっ!? ええっ!?」
ミルクの濃紺を基調にしたメイド服がぼやけ、その長いスカートの裾が太もも辺りまで上がり出してミルクは驚き困惑するが、ぼやけた服はすぐに色と形を取り戻すと、淡いピンク色のワンピースとなっていた。
「姉さま、可愛い!」
「う、嘘……」
ココアが素直に見たままを叫ぶが、ミルクの驚きはそこではなかった。
しかしリュウが鏡を置いてやると、視線は嫌でも自身の姿を捉えてしまう。
全体的にふわっとゆったりした感じのワンピースは、襟ぐりは広く深めだが胸元のドレープが大人っぽく、ウエストはリボンによってキュッと引き締められて、さりげなくミルクのスタイルの良さが分かる。
その少女らしさを残しつつも少し大人びた感じの自分の容姿を、頬を染めてしばし見つめるミルクが、ハッと我を取り戻す。
「ご、ご主人様! あの、これって……ど、どうやって……」
「どうだ、すげえだろ?」
驚き困惑するミルクに、リュウは自慢気にニィッと笑う。
リュウは人工細胞の操作の習得に留まらず、自身でも設定を変更できる様にツールをいじっている内に、ミルクのヴィジュアルプログラムに介入していたのだ。
これはミルクが用意したツールの優秀さもあるが、AIが制御不能に陥った場合やバグの対応等、メンテナンスが必要になった事態を想定してドクターゼムが予め用意していたマスター専用回線の存在所以である。
この回線は、人工細胞内で使われる回線の最高位に当たる回線であり、マスターコアと言えどもこの回線には介入できない。
そしてこの回線からの命令はどんなプログラムやツールでも最優先に処理される為、リュウとミルクが同じプログラムにアクセスした場合、ミルクが先にアクセスしていたとしても、リュウがアクセスすれば優先権がリュウに変更されるのである。
そしてその回線に今、偶然ではあったがリュウがアクセスしているのである。
マスター専用回線を使用するに当たっては、マスターコードが必要な訳なのだが、プロトタイプであるミルクにはコードが設定されておらず、デフォルトのままだった事もリュウがアクセスできた大きな要因であった。
「ま、まさか、ご主人様……マスター専用回線を……」
「あー、なんかそんな名前だったぞ? 便利だよな、これ」
すぐに見当が付いたミルクであるが、まさか主人がアクセスできるなんて思ってもみない。
対するリュウは使用する際に見た回線名がそんなのだったな、と聞かれた問いに呑気に答える。
「ちょ、ちょっと待って下さい! こ、これはドクターゼムのメンテナンス回線であって、マスターコードが必要なんです! だから――」
「マスターコード? そのまま使えたぞ? デフォルトだったんじゃねーの?」
「えっ!? そんなっ!? ド、ドクター……」
やはりそうだったのか、とミルクは青褪めながら何かの間違いで主人がアクセスしているとしても、本来の大切な目的の為に使ってはいけないと諫めようとしたが主人の言葉を聞いてドクターゼムの不用意さに力無く頽れた。
「マスター専用回線って名前なんだから、今は俺の専用回線だよな?」
「そ、そんなっ! 困ります!」
呑気に問い掛けてくる主人に、思わず青褪めて叫ぶミルク。
「なんで? ご主人様って、やっぱただの符丁だったって事?」
「ち、違いますっ! ご主人様はミルクの唯一のご主人様です!」
そんなミルクの反応にリュウがジト目になると、ミルクは首を横にぶんぶん振って全力で否定する。
「じゃあ、何が困るんだよ?」
「そ、それは……あ……う……」
まったく要領を得ないミルクの反応に、リュウが困った様に尋ねると、青褪めていたミルクの顔が、今度は一気に赤くなる。
何故これ程にミルクが主人にマスター専用回線を使われたくないのか、それはこの回線が、絶対にAIの暴走を止められる様に、AI側からのプロテクトに引っ掛からない絶対回線だからである。
それ故ミルクは、主人が知らずに自身の見られたくない領域に踏み込んで来ないかと気が気ではないのである。
そして理由を言ってしまうと、ご主人様権限などと言って、主人が堂々と覗きに来るかも知れない、と妄想全開で悶絶しているのであった。
リュウにその気が無かった場合、非常に失礼な妄想である。
「姉さま、ご主人様に納得して頂くには、説明以外にないかと……」
「あう……ご、ご主人様、ミルクはご主人様を信じています……」
「なんなんだ!? さっぱり分かんねえぞ!?」
「じ、実は……」
このままでは埒が明かないと感じたココアに促され、ミルクは仕方なくマスター専用回線の説明を行った。
ミルクがおどおどと上目遣いでリュウを見ている。
「なぁ、ココア。ココアもやっぱり見られるのは抵抗ある?」
「そうですね、姉さま程じゃありませんが、やはりココアも女ですので……」
「そっか、AIつっても人格があるし、今や心も有るんだもんな……」
ミルクの様子を見て、リュウはココアの意見も聞いてみる。
その答えに主人が納得する様子を見て、ミルクは自分の事ばかり気にしていた事を恥じた。
「よし、んじゃとりあえず、お前達の深い所に入らなきゃ、回線使っても良いよな? どうしてもって時は、事前に相談って事でどうだ?」
折角発見した便利な回線を手放したくないリュウは、何とか今後も使えないかと提案を出してみる。
「ココアは問題ありません。但し、見るだけにして頂かないと、予期せぬ不具合が生じる可能性があるので、注意して下さい」
「例えば?」
「そうですね、攻撃プログラムの場合だと、槍の射出方向が勝手に変わってしまうとか、発射すらできないとか……」
「そら、大問題だな。うん、気を付けないとな」
ココアは承諾すると共に、プログラムを触る危険性についても言及し、リュウも普段あまり見られない真面目なココアにしっかりと頷く。
「んじゃ、ミルクは?」
「は、はい、第三階層以降の階層でなければ……」
ミルクも提案を了承する様だが、階層に条件が付けられた。
なので、リュウは現在の状況を聞いてみる。
「今、俺がアクセスしてる、ヴィジュアルプログラムは何階層?」
「だ、第三階層です……」
「え~、それじゃ、いきなりダメじゃん……プレゼント無しじゃん……」
気まずそうなミルクの答えにリュウはがっくりと肩を落とす。
が、それはミルクも残念でした、と終わらせる訳にはいかなかった様で、
「え、あ、あう……で、では、ビジュアルプログラムは特例という事で……」
「マジで!? オッケー? AIには二言はあるとか無しだぞ!?」
「そんな、言いませんよぉ……お約束しますからぁ」
ミルクの特例措置に大喜びで念を押すリュウ。
ミルクはそんな主人の喜び様に、苦笑しつつも約束する。
「よっし! で、どうだ? 気に入ってくれたか?」
「は、はい、素敵だと思います。でも……も、もう少し丈が長い方が……」
ミルクの約束に気を良くし、リュウが思い出した様にミルクにワンピースの感想を尋ねてみる。
ミルクは素直に感想を述べるが、頬の赤みを濃くすると言い難そうに丈の短さに注文を付けた。
遠慮がちに言っているが丈が短い上に裾がふわっと広い為、下着が見えてしまいそうで気が気ではないのだ。
「え~、可愛いのになぁ……変更するんならしてもいいぞ?」
「い、いいんですか? それじゃ――」
残念そうにしながらも、リュウがスカート丈の変更を認めると、ミルクは明らかにホッとした表情で提案を受け入れようする。
だがそれに驚くココアが、ミルクに待ったをかける。
「姉さま!? 初めてのご主人様のプレゼントを変更しちゃうんですか!?」
「はうっ! い、いけないよね? やっぱり……」
ビクッとココアの方を向き、おどおどと上目遣いで尋ねるミルク。
ミルクもココアの言う事は分かるのだが、今でも十分に落ち着かないのだ。
「姉さま、今は慣れてないだけで、すぐに慣れますよ?」
「そ、そうかな? うん、そうだよね……ご主人様、やっぱりこのまま大事に着ます」
ココアに諭されて思い直すミルクは、照れながら主人に微笑んだ。
そうしてミルクは鏡の前に立つと、赤い顔であちこちチェックを始める。
その口元はずっとニマニマしっぱなしだ。
「ご主人様! 次はココアの番ですよね?」
ミルクが鏡の前でくるくる回りながらチェックを始めると、もう待ちきれないとばかりにココアが主人に声を掛ける。
「おう、ココアはどんなのが良い?」
満足そうにミルクを見ていたリュウは、ココアに呼ばれて向き直ると、ココアに対しては好みを聞いてみる。
「そうですねぇ、やっぱりご主人様好みの体のラインが出る様なのならワンピースでもセパレーツでもロングから超ミニまで何でもオッケーですよ!」
目をキラキラさせて答えるココアは、完璧な八頭身美人だ。
バストは数字的にミルクに負けるものの、その引き締まった褐色の体とラインが出る服装のお蔭で、ミルクよりも胸の主張が激しく色っぽい。
そして、元々用意していた黒のスーツの時は髪をアップにしているが、下ろすと更に妖艶な感じになり、ミルクの様に恥じらいは無いがあけすけでもなく、主人のツボをしっかり押さえている。
「そ、そうか……なら、これは丁度良いな……」
そんなココアであるから、新たな服装で主人の目を楽しませたいし、自身も注目されたかったのだが、リュウは少し罪悪感を感じながらも、心を鬼にしてニヤリと笑った。
その主人の笑みを見て、ココアは一体どんなエッチな格好をさせられるのだろう、とドキドキワクワクする。
ミルクもチェックを中断し、ココアが貰うプレゼントに興味津々の様子だ。
そうしてココアのスーツ姿がぼやけ始め、拡大し、ココアを覆う。
「ちょ、ちょっとご主人様!? これは……」
「きゃ~! 可愛い~!」
「え!? ええっ!?」
全身を包まれる感覚と突然暗くなった視界に困惑するココアだが、ミルクが思わず黄色い悲鳴を上げ、ココアは更に困惑する。
「ご、ご主人様!? これって――」
「あー、これは口が開くんだよ。なかなか似合ってるぞ、ココア!」
ココアが自分の状態を理解して抗議しようとするより早く、リュウの説明と共にココアの視界が確保される。
「きゃ~! お口が開くんですね~! ココア~、可愛い~!」
ココアの目に、目をキラキラさせてこっちを見るミルクが映る。
そして、その後ろの鏡に映るミルクの後ろ姿の更に後ろには、直立するヴォルフの姿があった。
そのヴォルフの口があーんと大きく開き、ココアの顔が覗いている。
「うあー! 違うっ! 違いますぅぅぅ! どうして着ぐるみなんですかー! 大体、似合ってるって……ココアの要素がどこにも無いじゃないですかぁぁぁ!」
「それはな、昨夜はっちゃけた罰だ! 朝までその格好でいたら許してやる」
頭を抱えて叫ぶココアに、嬉しそうに宣言するリュウ。
「そ、そんなぁ……」
ココアがその場に四つん這いに頽れ、力無くお尻を落とした。
「あ、お座りした……」
「ぷふっ! か、可愛い……わぁ、もふもふぅぅぅ!」
そんなココアをリュウが見たままに呟くと、ミルクはつい吹き出しつつもココアに抱きつき、その毛並みの手触りの良さに感動している。
ヴォルフの着ぐるみにミルクは既にメロメロだ。
「ご主人様ぁ、プレゼントも貰えないのに罰なんて、あんまりですぅ……」
「心配すんな。ちゃんと反省したら、明日ちゃんとプレゼントすっから」
抱きつくミルクをジト目で睨みながら抗議するココアだが、余程ショックなのか声に力が無い。
落ち込むココアに苦笑しながら、リュウもさすがにフォローを入れてやると、ココアの目と声に力が戻った。
「ほ、本当ですね!? コ、ココア頑張ります!」
「いや、頑張るんじゃねーよ。反省するんだよ……」
すくっと立ち上がるとガッツポーズを取ってずれた発言をするココアに、リュウは頭を掻きながら呆れ、ミルクはクスクスと笑うのであった。




