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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
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14 ご褒美

 支部長室では、応接セットでリュウとガット支部長が談笑していた。


「町長達が悔しがってましてね、付いて行けば良かったと……」

「あー、それは残念な事を……しちゃったのかな……あはは……」

「いや本当に。私も生涯忘れんでしょうな。はっはっは……」

「いやぁ、そんな……」


 にこやかに話す支部長に対してリュウは終始照れるのみだったが、思い出した様に支部長が席を立ち、事務机から手の平に乗るサイズの革袋を取り出した。

 そして応接セットに戻ると、テーブルの上に革袋を置く。

 その横には、町長がナイフを落とした時の穴が塞がれる事無く開いたままだ。


「リュウ殿、これはヴォルフの群れを撃退した報酬です。正当な報酬なので、遠慮なく受け取って下さい」

「これは、どうも……」

「良かったですね、ご主人様!」


 改まった態度の支部長に恐縮するリュウだったが、ミルクの明るい声に自然と笑顔になっていく。

 リュウが革袋を開いてみると、中には大きい銀貨が十枚と少し小さい金貨が二枚入っていた。


「ミルク、これっていくらになんの?」

「大銀貨十枚で金貨一枚分ですので、金貨三枚は日本円で約三十万円ですね」


 ミルクに価値を教えて貰うリュウは、その金額にちょっと驚く。


「こ、こんなに貰っていいんですか?」

「こんなにって……これでも少ないかと町長達は気に病んでいましたよ? それ程、ヴォルフは我々にとって脅威なのです。何せ装備が無ければ、目の前に立つ事もできないのですから……」

「わ、分かりました。大事に使わせて頂きます……」


 だが、ガット支部長の話を聞いて、そういうものなのかも知れない、とリュウは素直に貰う事にした。

 今後何をするにもお金は必要だろうし、必要になる度に狩などやっていられないだろうと思ったからだ。


「ええ、そうして下さい。では、また何か有りましたら、よろしく頼みます」

「はい……何も無い方がいいですけどね……」

「まったくその通りですなぁ……」

「では、これで……アイス、行くぞ~」


 話を終え、部屋の隅で丸くなっていたアイスを腕に抱くリュウは、一礼して支部長室を後にした。

 そして階段を降りながら、リュウはアイスに話し掛ける。


「なんで、部屋の隅で丸くなってたんだ? 抱っこ嫌だったのか?」

「ううん、お話の邪魔しちゃいけないと思って……それだけだよ」


 リズと居る以外はリュウから離れないアイスが、自分からリュウの膝を飛び降りて部屋の隅に行った事が、リュウは少し気になっていた。

 だがアイスの返事は単に気を利かせただけ、という事だった。

 本当は右肘の内側に白いシミの様なものを発見し、気になって部屋の隅で調べていたのだが。


「早くみんなと話せる様になればいいのにな?」

「そうだね……やってみようかなぁ?」


 そして何気ないリュウの言葉に、その気になるアイス。


「できんのかぁ?」

「できるよぉ!」


 悪戯っぽく疑いの目を向けるリュウにアイスは心外だとばかりに胸を張って答えるが、リュウは竜力が枯渇して動けなくなったアイスを思い出す。


「あ、でも、やった後に竜力枯渇とか勘弁してくれよ?」

「それは大丈夫だよ……多分……」

「多分かよ!? んじゃ、ちっと……あ!」


 アイスの返事に不安を覚えるリュウがもう少し待てと言おうとするが、それよりも早くリュウの腕を飛び出したアイスが、階段の途中に滞空して無邪気な願いを叫ぶ。


「みんなとお話しできる様に、なぁれ!」


 一階のロビーや吹き抜けに居たハンター達は、突然聞こえた「クルルルルゥ!」という鳴き声に、一斉に視線を向ける。

 だが、そこに有ったのは眩い光だった。

 その光が一気に拡大した、そう思った時には光は無く、黒く小さな竜がパタパタと滞空しているだけだった。

 ぽかんと口を開け、狐につままれた様な表情をするハンター達だったが、やがて何事もなかったかの様に動き始める。


「なんだ? 反応薄っ! 失敗しちゃったか?」

「そんな事ないよう……多分……」


 あまりの周囲の反応の薄さに、リュウはアイスの失敗かと不安がったが、アイスは自信があるのかパタパタと階段を降りて行き、食堂に座るリズの下へ向かう。

 実はこの時のアイスの力は、オーグルトの町をすっぽりと包み込んでいた。


「アイス様、今の鳴き声は……と聞いても分かりませんね……」


 テーブルに降り立つアイスにリズは先程の鳴き声の意図を聞こうとして、分かるはずも無いと少し悲しそうに微笑んだ。


「リズぅ、聞こえる? 言葉分かる?」

「ふえっ!? ア、アイス……様? 今、言葉を……わ、分かりますっ!」


 そんなリズに初めて理解できるアイスの言葉が届き、リズは目を見開いて驚くと瞳を涙で潤ませていく。


「リュウ~! 成功だったよ~! リズ聞こえてるよ~! わぷっ!」


 リュウの方へ向き直り、竜力の行使が成功したことを伝えるアイスは、背後から伸びるリズの両腕に抱きしめられる。


「ほ、本当に、お話しできる様になったんですね! アイス様!」

「そ、そうだよ、リズ……く、苦しいよぉ……」


 アイスを胸に抱き、ぽろぽろと涙を(こぼ)すリズ。

 甲斐甲斐しく世話を焼いて来たリズにとって、これ以上無いサプライズだったのだろう。

 一方のアイスは、その胸に押し潰されそうになっていたが。


「アイス、なんか食べられそうだな~」

「す、済みません! つい……」


 そこへやって来たリュウが愉快そうに声を掛けると、リズは慌ててアイスを抱く腕の力を抜いた。


「どうです? アイスと話してみて……お子ちゃまでしょ?」

「あう……むぅ……子供じゃないもん……」

「か、感動です! こんなに早くお話し出来る様になるなんて!」


 リズに感想を尋ねるリュウにニィっと笑われるアイスは、一瞬ガーンとした表情になるも、次の瞬間にはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 そんなアイスを微笑ましく見つめながらリズが答えつつ涙を拭っていると、いつの間にかリズの周囲には人だかりが出来ていた。


「ギャラリーが増えたなぁ……よし、アイス! 皆さんにご挨拶だ!」


 周囲を見やり、リュウはそっぽを向いたままのアイスを気にする事無く明るい声で挨拶を促し、リズは抱きしめていたアイスをテーブルの上に放した。


「うえっ!? あ……う……ア、アイスです! よ、よろしくです!」


 突然用意された挨拶の舞台に困惑するアイスだが、周囲の人達の期待する眼差しを見て、狼狽えながらも挨拶しなきゃ、と震える喉に力を込めた。

 一拍の間を置いて、周囲から起こる拍手。

 加えて「アイス様ー!」「よろしくー!」等という声も方々で上がっている。


 初めて経験する周囲の注目と拍手の渦の中、アイスは嬉しさと恥ずかしさで胸が一杯になり、どうしていいのか分からず小さな両手で頬を押さえる。

 そんなアイスの仕草は「可愛い~!」「キャ~!」という女性達の声を呼び、居た堪れなくなったアイスはリズに向かって駆け出し、その胸に飛び込んで小さくなってしまった。


「ほらほら、あんまり騒ぐからアイス様が困ってしまったじゃないか~! これからもご一緒できるんだから、ほら散った散った!」


 リズは自分の胸の中でフルフルしているアイスを守る様に、ギャラリーを解散させると「もう大丈夫ですよ~」と優しくアイスに声を掛ける。


「あう……リズぅ、ありがとう……わぷぅっ!」


 そして胸元からアイスに見上げられて感謝されるリズは、またも感激してアイスを抱きしめてしまうのだった。

 そんなアイスとリズの様子を、リュウ達はしばし微笑ましく見守るのだった。










 その後、リュウは自室に戻ってベッドでごろごろしていた。

 アイスはリズにお菓子を買いに行こうと誘われ、喜んで付いて行ってしまった。


「ご主人様ぁ、折角お天気も良いんですから、お外に行きませんか?」

「外でごろごろしたら汚れるじゃん……それに今はやる事がある……」


 ベッドに寝そべるリュウの枕元で、女の子座りしたミルクが退屈そうに話し掛けるが、リュウは起きる素振りも見せずに気怠そうに答えるのみである。


「ごろごろするのは確定なんですかぁ……何もしてないじゃないですかぁ……」

「そう見えるだけで、実はどこぞの可愛い子が作ってくれたツールでお勉強中なのだよ、これが……」

「え、そ、そんなぁ……」


 どう見ても寝ているだけの主人に軽く頬を膨らませるミルクだが、主人の言葉にポッと頬を赤く染めると、両手で抑えて幸せそうに俯いてしまう。


「姉さま、そんな所でモジモジしてないで、こっちに来ませんかぁ?」


 そんなミルクに声を掛けるココアは、主人の胸の上で寝そべってコロコロ転がっていた。


「あー! ずるい、ココア! ご主人様の許可取ったの?」

「ご主人様は、こんな事で怒ったりしませんよぉ……」


 いつの間にか主人の胸の上を独占していたココアにミルクがやっかむが、ココアは大袈裟だなぁ、とコロコロ転がりながら幸せそうな声でのんびり答える。


「んー、怒んないぞぉ……」

「そ、そうなんですね……じゃ、じゃあ、ミルクも……」


 そんなココアに主人がのんびりと同意すると、ミルクも主人の左肩から胸へと這い上がった。

 そして四つん這いでココアの傍へ行くと、ココアを見習ってコロンと横になる。


「ご主人様、温かいでしょ……姉さま」

「う、うん……な、なんだかちょっと照れるね……」

「姉さま、今、ご主人様の胸に抱かれているんですよ?」

「はう……そ、そういう事言わないで、ココア! き、緊張するでしょ!」

「クスクス、姉さま、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい真っ赤ですぅ!」

「も、もう! ココアのバカぁ……」


 ドキドキしながら横になるミルクはココアにからかわれて真っ赤になり、追撃から逃れる様にココアに背を向ける。

 ココアはそんなミルクを見てクスクス笑うと、ミルクを構うのを止めてうつ伏せになって両手を広げ、リュウの胸に頬ずりする。


 実体像のミルクとココアの体は、サイズ的には人間の十分の一から十一分の一程のサイズではあるが、ある程度人体と同様の構成が成されていた。

 だから涙も流せるし、その時の心情に合わせて顔色も変化するのであるが、本来のエルナダの技術では当然ここまでの完成度には至っていない。

 ヨルグヘイムによって極小化された人工細胞と、アイスの竜力による恩恵があってこそなのである。


 だがその完成度の高さ故に、ミルクは困り果てていた。

 

 ――ご主人様の胸に抱かれている


 そのココアの一言によって、ミルクの鼓動の高鳴りが一向に治まらないからだ。

 だからと言ってここから離れるのも嫌なミルクは、嬉しさと恥ずかしさで、どうしていいのか分からなくなっていたのである。

 だがそんな悶々とした時間も主人の正確に刻まれる鼓動を耳にするうちに、次第に安らかな時間へと変わり、ミルクの心は幸福で満たされていくのだった。

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[良い点] アイスたんかわゆい回❤︎
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