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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
38/227

10 町に迫る脅威

 ハンターのランクはA、B、C、の三ランクあり、一人前になるまではCランクで、個人でも行える比較的安全な植物採集や鉱石採集が主な仕事だ。

 そうして経験を積んだ者は、Bランク以上のパーティーに臨時要員として参加する事も許される。


 Bランクはハンターの中で最も数が多く、狩猟全般を担っている。

 五人程のパーティーで依頼に取り組み、一度狩に出ると数日は戻らない事も多い。

 装備もそれなりに多くなり、様々な知識と相応の体力が求められる。


 そのBランクから更に経験を積み、実力を認められた者はAランクとなるが、これは任意で成れるものではなく、ギルドによって選出される。

 普段はBランクと変わらないが、国や町からの依頼や緊急時には、高額な報酬を約束される代わりに、必ず参加せねばならない。


 そんなハンターギルド一階ロビー奥の食堂は、食事や酒はもちろんのこと、談笑混じりに情報交換する、依頼を探しに来た者、依頼を済ませ休む者、任務によって待機する者などで賑わっていた。


「ヴォルフが出たって本当ですか!?」


 そんな中、十数人の人だかりから男の声が響いた。

 周囲の者達もその声に反応し、中には席を立ち近付く者もいた。


「声がでけえぞ、オージ。まぁ、ヴォルフが出たのは本当だ。まいったぜ……」

「す、すんません。で、皆、無事なんですか?」


 丸テーブルに肘を乗せ、酒を片手に精悍だが疲れた様な表情の男が、声を上げた男、オージを(たしな)め、残る手で頭をガシガシと掻いた。

 オージは肩を(すく)めて謝ると、男のパーティーメンバーを心配する。


「ああ、俺達はな。だが、バナンザのハンターが数人やられた」


 男は頷くと、眉をひそめ奥歯を噛み締める。


「さ、さすがAランクですね、テペロさん!」

「まぁな。ヴォルフ用の装備なんざしてねえから、速攻で尻尾を巻いて逃げ出したのよ!」


 だが、オージは暗くなりそうな雰囲気を敢えて無視し、明るい声で男を称えた。

 テペロと呼ばれた男も、オージの意図に気付き、自慢げに胸を張って見せる。

 途端に起こる笑いの渦。


「さて、とりあえずアルバが戻って来るまでは待つしかねえな……」


 笑いが収まり、テペロはそう呟くと、酒を置いて食事を始めるのだった。










 支部長室ではリュウの滞在が認められ、面談も円満に終わろうとしていた時だったが、緊急の要件という事で、一人のハンターが入室を許可されていた。

 因みにミルクとココアは、好条件を得られた事で、満面の笑みで感謝を述べながら、リュウの体内に逃げ込んでいた。


「ヴォルフが出ただと!? どこだ!」


 ガット支部長がそれまでの雰囲気をがらりと変えて、緊張した声を発した。

 

「オーグルトから北東に約一日の地点、街道に近い森の中です」

「大森林をそこまで南下してきたのか……何故……」

「ドンガの群れを追ってきたと思われます」


 問われた男が落ち着いた声で答えると、ガット支部長は信じられないといった様子で呟き、男は聞き逃す事なくそれにも答える。


「ドンガの状況は? 多いのか?」

「およそ五十頭程ですが、風の結界によって北上を始めています。が、ヴォルフは何故か南西に向かっており、早ければ明日にでもユール川に達するかと……」

「むう……ヴォルフの数は?」

「正確には分かりませんが、一〇頭以上は居るかと……」

「被害は出ているのか?」

「先行していたバナンザのパーティーが……数名死んだ様です……」

「現在のヴォルフの動向は分かるのか?」

「ディンとラーナが残って追跡しています」

「そうか……アルバ、ご苦労だった。すまんが他の者と待機していてくれ」

「分かりました。では」


 ガット支部長は次々と必要な情報を集めると、男――アルバを言葉少なに労って済まなそうに待機を命じる。


「まさかヴォルフがそんな所まで下りて来るとはな……」

「どうするんだ? 支部長……」


 クロウ町長も信じられぬという感じで呟き、コレット副町長は不安気にガット支部長に対処を尋ねる。


「あの~、ヴォルフって魔獣ですか? 俺、ドンガしか見た事無いんですけど、どんな奴か教えて貰えます?」


 そこにリュウが横からガット支部長に質問する。

 世話になりっぱなしのリュウは、ドンガの時みたいに攻撃できれば、自分でも役に立つのでは、と思いついての発言だった。


「ヴォルフはドンガよりやや小さいものの、群れを成す肉食の魔獣で危険度はトップクラスです。姿は犬を大きくした感じですが、遥かに速く固有魔法は(いかずち)です」

「そうですか……対処法はあるんですか?」


 ガット支部長の説明で、リュウはヴォルフのイメージが出来てしまった。

 かなり大きなオオカミの群れ、しかも雷付き。

 そしてリュウの次なる問いに、支部長は眉根を寄せて答える。


「ヴォルフは賢い魔獣なので、多数で半包囲しながら追い返します。ただ、犠牲は覚悟せねばならぬでしょう……」

「支部長、既にバナンザで犠牲者が出ておるのだろう? これ以上は……」

「ですが、絶縁服の在庫がありません。電気トカゲの皮の在庫では上着一着しか作れません……」

「うむむ、普段絶縁服など必要無いからのう……魔都には有るんだろうが……」


 話し込む町長達の顔色が悪い。

 どうやら現状では犠牲はやむを得ないと考えるガット支部長に対して、町長達は何とか犠牲を出さずに済ませたいのだろう。

 人を痺れさせ麻痺させる電気トカゲと違い、ヴォルフの雷は即死を免れない。

 なのでヴォルフを相手にする時は、絶縁体としての性質を持つ電気トカゲの皮で作った絶縁服の着用が必須なのであった。


『なぁ、ミルク……俺達だったら、ヴォルフを追い返せねーかな?』

『う……雷は問題ありませんけど……噛まれでもしたら……』


 町長達が話し始めた事で、早速リュウはミルクに相談する。

 ミルクは、予想しなかった訳では無いが、できればリュウに危ない真似をしてほしくなかった。

 しかし、それはそれ、とミルクは主人の期待に応えようとして万が一を考えてしまい、言葉に窮する。

 如何にドンガよりは小さいとは言え、噛まれればその体重で引き倒されてしまうだろうし、何より相手は複数なのだ。


『自信無いか? ココアに代わってもらうか? でもなぁ、ココアかぁ……』

『ご主人様!? ココアじゃダメなんですか!?』


 ミルクの不安そうな声に、リュウは代案を提案しておきながら、不安になった。

 それを聞いていたココアが、心外だとばかりに声を上げる。


『いや、いつもミルクに任せてたし……お前、エロいし……』

『戦闘中にエロい事なんてしませんよぉ!』


 リュウは言い訳をしようとして、つい余計な一言を言ってしまう。

 さすがに憤慨するココアだったが、ミルクは十八禁制限の無いココアに、大事なご主人様の体を預けられないと危機感を抱き、思わず叫ぶ。


『ミ、ミルクがしますっ!』

『はぁ!?』

『えっ!?』

『え……あのぅ?』


 リュウとココアが呆気に取られ、ミルクは意外な空気に戸惑った。


『何する気なんだ……ミルク……』

『姉さま、いやらしい……』


 明らかに引いているリュウと、軽蔑の声を上げるココア。

 それでようやくミルクも、自身の発言のタイミングの悪さに気が付いた。


『え!? あ! ち、違います! そ、そうじゃなくて、ご主人様の体を――』

『弄ぶ気か!?』

『堪能する気ですね!?』


 慌てて言い直そうとするミルクだが、リュウとココアは早速じゃれ始める。

 こういう時のリュウとココアの息はピッタリなのだ。


『ち、違いますぅ! 誤解ですぅ! い、いつも通りにミルクが体の制御をお預かりするんですー!』


 そして誤解を解こうと懸命に弁解するミルクに、リュウとココアはほっこりするのだった。










「よう、アルバどうだった?」


 食堂では食事を済ませたテペロが、戻って来たアルバに声を掛けていた。

 アルバの回答如何では、もう少し酒を飲めるかも知れん、と期待しての事だ。


「酒ならやめといた方がいいな。支部長の事だ、すぐに対応策が出る……」

「みたいだな……もうお出ましか……町長達も居るじゃねえか……」


 テペロと付き合いの長いアルバは、テペロの質問の意図が酒をまだ飲めるかどうかだと分かっていた。

 そして、ガット支部長の対応の速さも折り紙付きだ。

 ならば言う事は決まっていた。

 対するテペロは、アルバの背後に階段を下りて来るガット支部長や後に続くクロウ町長とコレット副町長を見て、小さく愚痴を(こぼ)した。


「支部長、メンバー招集しますか?」

「いや、それはまだいい。今のうちに英気を養っておいてくれ。テペロ、あと二杯までなら構わんぞ」


 アルバが生真面目に、やって来たガット支部長に問う。

 だが、ガット支部長は意外にも休養を指示し、テペロには酒を勧めて町長達と出て行ってしまった。


「おいおい、どうなってんだ……雪でも降るんじゃねえか?」

「急いでいる割には上機嫌だったな……というか、さっきの少年も居るな……」


 ぽかんと口を開けていたテペロは、ハッと我に返ると軽口を叩く。

 アルバも少し驚いた表情だが、町長達に続くリュウを(いぶか)しんだ。


「迷い人じゃないのか?」


 テペロは興味無さげにそう言って、酒のお代わりを取りに行った。


「そんな風には見えなかったがな……」


 アルバはそんなテペロにやれやれといった視線を送りつつ、少年が出て行った扉を見つめ、ぼそりと呟くのだった。










「リュウ殿、ここが資材倉庫で、向こうが廃品置き場です」


 ガット支部長にリュウが連れて来られたのは、資材倉庫と廃品置き場だった。

 リュウは手持ちの金属を増量する事にしたのだ。


「よし、ミルク、ココア。まず廃品置き場から選別して回収していこう」

「はい、ご主人様」

「了解しました~」


 廃品置き場には、廃棄された鍋などが沢山置かれていた。

 ミルクとココアがそれぞれの金属を調べ、使える物は分解していく。 


「人工細胞に適したものは無さそうですねぇ……」

「消耗品用ばかりですねぇ……」

「よし、じゃあ次は資材倉庫だな」


 廃品置き場の使える金属を運びやすく加工して、リュウ達は資材倉庫に向かう。

 その過程を見ていた町長達は見る間に形を変えていく金属類に呆然としていたが、リュウ達が移動すると、慌てて付いて行く。


「コ、ココア見て! ゼノマイトより優れてる!」

「え!? 本当だ……姉さま、これがもっとあれば!」


 資材倉庫の片隅に置かれていた鉱石を分析していたミルクは、そこに含有されていた金属に驚きの声を上げた。

 そしてココアもそれに手を伸ばすと、分析を開始し、興奮した声を発した。


「ゼノマイトって何だよ? 俺にも分かる様に教えろよ……」

「人工細胞を形成する金属の一種ですよ、ご主人様。ゼノマイトは中でも最高硬度を持つ金属なのです」

「一種類の金属で出来てるんじゃないのか……」

「はい。一種の金属では色んな特性を生み出せないので、多数の金属で補い合っているのです」


 二人で盛り上がるミルクとココアに、リュウが拗ねた様に横から口を挟む。

 ミルクはそんなリュウに、にっこり微笑んで分かり易く説明していく。


「ところで、ご主人様。この鉱石が他にも無いか聞いてもらえませんか?」

「ん。ちょっと待ってろ、聞いてくる」


 ミルクの頼みに、リュウは鉱石を一つ掴むと、入口で町長達と雑談しているガット支部長の所に向かう。


「支部長さん、この鉱石って他にも無いですか? ミルクが欲しがってるんですけど……」

「それなら、鍛冶師の所へ行けば有るでしょう。これから行きましょうか?」

「ミルク、ココア、有るらしいぞ~。先に行ってみよう」

「「はーい!」」


 ガット支部長の好感触な回答に、リュウの声も明るく弾み、倉庫の奥からミルクとココアが元気よく駆けてくる。

 リュウがしゃがんで左手を地面まで下ろすと、ミルクとココアが手に乗るのを待って、腰を上げる。

 ミルクとココアはリュウの両肩にそれぞれ乗ると腰を下ろし、リュウのベストの首元を掴む。


 鍛冶師の下に向かうリュウ達は、あちこちで町長達に挨拶してくる人達に紹介され、ミルクとココアはあっという間に人気者になっていく。

 中には既にリズ達から聞いていたのか、リュウに気さくに声を掛けてくる者も居て、リュウはやはりここの人達は最高だ、と滞在できる事を改めて喜んだ。


「はぁ、これを探して……裏に沢山ありますぞ?」


 リュウが持っていた鉱石を手に取り、鍛冶師のミガル・グラは怪訝そうな顔で答えた。

 ミガルの工房の裏に回ると、同じ様な鉱石が本当に沢山転がっていた。


「ミガルさん、これもう使わないんですか?」

「使うも何も、使える物は全て抽出しちまって、他は廃棄するだけですぞ?」

「了解です。ミルク、ココア、頼むな」

「「はーい!」」


 リュウが確認すると、ミガルは再び怪訝そうな顔で答える。

 ミガルにとって、残りは硬すぎて加工できないただの厄介な石なのだ。

 リュウの言葉に、ミルクとココアが作業に取り掛かる。


「なんと……あの硬いアウラ鋼を……いとも簡単に……」


 ミルクとココアの鉱石を分解していく様子に、ミガルは呆けた様に呟く。

 そんなミガルの肩をポンポンと叩くのはコレット副町長だ。


「ミルク様とココア様は金属の妖精様だからな、これを見てくれ――」


 そう言って、コレット副町長は、ミガル相手に新調されたナイフを披露する。

 ミガルが目を見開いて、その素晴らしさを堪能している。

 クロウ町長とガット支部長は、その様子に苦笑いだ。

 そうした中、ミルクとココアの作業は着々と進んで行くのであった。










「どうだ? おかしくないか?」

「大丈夫ですよ、ご主人様!」

「格好いいですぅ!」


 ミガルの工房で人工細胞を増やすことが出来たリュウは、再び廃品置き場に戻り、消耗品用として確保していた金属塊を回収した。

 その際、リュウは体内に取り込む事を良しとせず、装備として身に着ける形を望んだ為、ミルクとココアによって成形された装備を試着しているのだ。


 その姿とは、両腕前腕と両足の脛にプロテクター、背中にバックパックという出で立ちである。

 当然ベルト等は無く、体と触れる部分で融合する形を取っている。

 なので仕方なく、ベストの背面には小さく幾つかの穴が開けられている。


「これで、マジ百キロ? 全然わかんねえぞ……」


 その装備重量は二十キロに及ぶのだが、体内の人工細胞によって、リュウには重さがほぼ感じられない。

 そのリュウ自身の体重も今や八十キロ、総重量は百キロ程となっているのだが、普段と変わらない感覚にリュウは戸惑う。

 因みにリュウの外見だが、身長は変わってはいないが、線の細さは消えてがっしりとしている。

 特にズボンに隠れた太ももや脹脛(ふくらはぎ)は逞しくなっている。


「体感的には、体重六十キロの時と然程変わらないはずです」

「動くともっと凄いですよ、ご主人様!」


 ミルクの確信に満ちた声に続く、ココアの少し興奮した様な声。

 その声に従い、リュウは前方に見える大木に向かって、軽く駆けてみる。


「うお!?」


 体が嘘のように軽く感じ、リュウの口元がにやける。

 ダッシュ、急停止、ジャンプ。

 その全てが、リュウの記憶を遥かに上回る動きなのだ。


「ちょっと怖えな、慣れないと……」

「大丈夫ですよ。ご主人様なら、すぐに慣れます!」

「ご主人様なら、楽勝です!」


 想像以上の動きに戸惑うリュウに、微笑み励ますミルクとココア。

 そんなリュウ達をぽかんと口を開けて固まる支部長、町長、副町長。


「えっと……皆さん?」

「は……人間にあんな動きが可能だなんて……驚きました……」


 リュウに声を掛けられ、ガット支部長が辛うじて声を発する。

 後の二人はコクコクと頷くだけだ。


「ミルク達のお蔭ですよ。それより、お待たせしました、準備完了です」

「では、私達は吉報を待たせてもらいますぞ、リュウ殿。支部長、頼んだぞ」

「分かりました。ではリュウ殿、一旦ギルドに戻りましょう」


 少し照れたように謙遜し、リュウが用意が整った事を告げると、クロウ町長は祈るような目をリュウに向け、次いでガット支部長に信頼の眼差しを向ける。

 ガット支部長は町長達に頷くと、リュウを伴ってギルドへと向かうのであった。

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