09 町長達との面談
二日後、不在だったオーグルト町長が戻り、リュウはハンターギルドの支部長室に呼ばれていた。
「リュウ殿は人間族ですが、二人の妖精様を従え、更に星巡竜様とも親交を深められています。それに、他の人間族には無い技術で息子達を助けてくれました。私は彼がこの地に留まりたいと願うなら、叶えたいと思うのですが……」
ガット支部長が、応接用のテーブルで対面に座る二人の男に話している。
一人はオーグルト町長のラムダ・クロウ、もう一人は副町長のレイル・コレットであった。
二人共ガット支部長より年上の様だが、引き締まった体躯をしている。
「うむ、話は分かったよ、支部長。妖精様だけでなく、星巡竜様も行動を共にされているんだ、私としても異論は無いさ。だが、何故そんな彼を立たせているんだね? まるで判決を待つ罪人の様じゃないか、支部長……」
魔人族特有の褐色の肌、というよりは浅黒い感じのクロウ町長は、ガット支部長に非難の目を向けた。
「いえ、私は同席する様勧めたのです。ですが、リュウ殿が人間族を好ましく思わない方が居てはいけない、と申されまして……」
慌ててガット支部長が弁解し、町長達は少し驚いた様な表情でリュウを見る。
「リュウ・アモウ殿でしたな、そんな気遣いは無用ですぞ。確かに我々は人間族と戦った過去が有りますが、それは遠い昔の事。今の世に人間族を憎んだりする者はおりません。中にはただ人間族というだけで、嫌ったり下に見たりする者も居るでしょうが、それは人間族でも同じでしょう……なぁ? 副町長」
クロウ町長がリュウに向かい気遣いの無用さを説き、隣のコレット副町長に同意を求める。
「そうですな。リュウ殿はここで過ごす事を望まれているのでしょう? ならば、自分から線引きする様な真似をしてはいけませんな……」
それに頷くコレット副町長は静かな声でリュウの行為を窘めつつ、手振りでガット支部長の横の空いている席を勧めた。
「す、すみません、かえって失礼な真似を。よろしくお願いします」
少し顔を赤らめるリュウは、余計な気遣いを謝りながら席に着き、頭を下げた。
「うむ、別の星から来た、と言うのは本当の様だ。服装もそうだが、私の知る彼らは、そんなにすぐ頭を下げたりしませんからな」
目の前に座るリュウを見て、クロウ町長はニコリと笑った。
因みにリュウの服装は、魔人族の革のベストと学ランのズボン、スニーカーだ。
ナダムで貰った服はボロボロに破れていた為、リズが用意してくれたのだった。
スニーカーの裏もココアが針を発射したので穴が開いているが、そこは人工細胞で塞いでいる。
「そうなんですか?」
「うむ、迷い込んで来てしまった者としか会った事は無いが、一般の者は殺されたりせぬかと怯え、騎士達は舐められぬ様に、と頭を下げる者は少ない……」
クロウ町長は、何度か森で迷い世話をした人間達の事を思い出して、苦笑する。
隣のコレット副町長もうんうんと頷いている。
「騎士……マジか……」
「それよりリュウ殿、今は妖精様とは一緒ではないのですかな?」
リュウは騎士という単語に、しばし言葉を失った。
魔法といい、騎士といい、この世界はマジでファンタジーの世界じゃん、と。
そしてクロウ町長の声に、ハッと我に返る。
「あ、いえ、一緒に居ますよ。ミルク、ココア、ご挨拶しなさーい」
ガット支部長の左に座るリュウは、左手をテーブルの端に伸ばして二人を呼ぶ。
直後に左手から二つの金属が溢れ出し、たちまちミルクとココアの姿となった。
「初めまして、皆様。ミルクと申します」
「同じくココアでぇす。よろしくお願いしまぁす」
二人はリュウの手からテーブルに降り立つと、町長たち三人から見える位置に並び立ち、可愛らしくお辞儀をする。
リュウが尻尾の様で可愛いと思っていたコードはより実用的に偵察糸に変更されている為、町長達はその存在に気付く事無く目を見開いてしばし固まり、そして孫でも見る様なそれは優しい顔になった。
「なんと、可愛らしい……いや失礼しました、妖精様。町長のクロウと申します」
そう言うと町長は握手のつもりか、右手の人差し指を差し出した。
その指先を交互に両手で挟んでは頭を下げるミルクとココア。
可愛らしいと言われて、二人共頬が少し赤い。
因みに、未だ言葉が通じないアイスは、例によってリズにお世話されている。
そして町長を見習ってか、同じ様に副町長と支部長がそれに続いた。
『あの、ご主人様。皆さんに何か出来れば、この町で優遇してもらえるかも知れませんけど、余計な真似でしょうか?』
挨拶を交わすミルクから脳内会話が届き、リュウはそれもそうかと思案する。
『よし。提案してみるから、その時は頼むぞ!』
『はい! ご主人様!』
『お任せ下さい!』
リュウの意見採用に、ミルクとココアの声が弾む。
ただ、笑顔で町長達と挨拶を交わしながらの会話に、リュウはAIというよりも、女って怖え……と、ちょっと思ったりするのだが。
「あの、皆さん。お近付きの印に、何かさせて欲しいんですけど、皆さんもナイフとか持ってたりしますか? その他の金属類でも構いませんけど……」
「ええ、我々は必ず一振りナイフは持っていますが……一体……」
挨拶が済み、リュウが三人に聞いてみると、ガット支部長が戸惑いながらも腰から一振りのナイフを取り出した。
「あの、これって誰かの形見とか、触っちゃいけない品だったりします?」
「いえいえ、これはただの量産品ですよ。魔力を使わずに身を守る時や、木や蔓を切ったり、そんな程度にしか使わない物ですよ」
一応念の為に、大事な物かを確認するリュウに、ガット支部長は丁寧に用途なども添えてその価値を伝える。
「良かった。じゃあ、ちょっとお借りしますね。ミルク、サイン入りで!」
「はい! 分かりました!」
リュウはナイフを受け取ると、ミルクの前に置く。
身長十五センチ程のミルクの倍以上あるナイフは手入れをしてあるものの、長年の使用で所々に傷があり、根本付近には刃こぼれもあった。
ミルクがそんなナイフに両手をそっと触れる。
するとミルクの両手から銀色の液体が溢れ出し、床に零れる事なくナイフを包んでいく。
その様子を呆然と見守る町長たち三人。
そうして銀色の液体がミルクの手に戻り始め、ナイフの切っ先が現れると、部屋の明かりを美しく跳ね返した。
「おお!?」
見る間に現れてくるナイフに、町長達三人だけでなくリュウまでもが目を見開いている。
現れたナイフは傷も刃こぼれも無く、見事な輝きを放っていた。
刃の根元にはさりげなくMILKと英語で彫られている。
どうせこっちの文字は見ないと分かんないし、いいか、とリュウはそれを手に取ると、ガット支部長へ返した。
「これは……凄い……この文字が、ミルク様のお名前なのですか……」
ガット支部長は手に取ったナイフを陶然と見つめ、テーブルの下から紙を一枚取り出すと紙の上を持って皆の前に垂らし、横からナイフを滑らせる。
僅かに引っ掛かる事もなく紙を割いて行くナイフ。
「紙の抵抗を全く感じないなんて……はは、素晴らしい切れ味だ……」
ガット支部長が青褪めた表情で笑っているのが、少し怖い。
向かいの二人がごくりと喉を鳴らしている。
「で、では、私も構いませぬか? コ、ココア様、よろしくお願い致します!」
町長を差し置いて、コレット副町長が懐からナイフを鞘ごと取り出す。
「お~、ココア、ご指名だぞ! しっかりな」
「はい! お任せ下さい! コレット様、ココア頑張ります!」
リュウがかなり古ぼけた鞘ごと、ナイフをココアの前に置く。
ココアは満面の笑みで返事をすると、コレット副町長に向けてウインクした。
それを見たリュウはちょっと口元が引き攣ったが、コレット副町長の顔は年甲斐もなく真っ赤だ。
「ココア、鞘ごと包んで大丈夫か?」
「もちろん大丈夫ですよ、ご主人様!」
鞘ごと人工細胞に包まれるナイフを見て、ちょっと不安気なリュウに、ココアはその体に比して大きな胸を反らして返事する。
そして人工細胞が回収されると、鞘ごと新品同様のナイフが現れる。
「うお……鞘までピカピカじゃん……」
「革繊維の綻びも修復しましたからね! 分子より遥かに小さいんですから当然ですよぉ!」
「人工細胞やべえな……」
金属限定と思い込んでいたリュウだったが、ココアの説明を聞いて、そういや俺の体も治せるんだもんな、と改めて人工細胞の凄さを認識する。
「ありがとうございます」
リュウからナイフを受け取り、コレット副町長が鞘からナイフを恐る恐る引き抜くと、先程同様にキラリと部屋の光を跳ね返す刃が現れる。
「おお……素晴らしい……ココア様の名が浮かんでいる……」
真っ赤な顔のまま満面の笑みで、皆の前にナイフを披露する副町長。
残る三人の目はナイフに釘付けだ。
刃の根元には浮彫りでCOCOAの文字が配われている。
「で、では次は私の番ですな……少し大振りなのですが……」
「んじゃ、ミルクとココアで頼むな!」
「はい!」
「了解です!」
クロウ町長が取り出したナイフは、他の二本より一〇センチ程長い腰鉈と呼ばれるタイプの形状をしていた。
リュウの頼みに、元気よく答えるミルクとココア。
先程より少し時間を掛けて出来上がったナイフは、その形状が真っ直ぐな剣鉈状に変わっており、グリップの端には穴が開けられている。
そして鞘も当然ながら、その形状を変更されている。
「素晴らしい……家宝にしますぞ、ミルク様、ココア様……」
「そんな大袈裟です、クロウ様……あっ!」
震える手でナイフを翳し、うっとりと眺めながらミルクとココアに感激する町長に、ミルクが謙遜し、次の瞬間、咄嗟に声を上げた。
クロウ町長の震える手からナイフが滑り落ちたのだ。
運良くテーブルの中央に落ちたナイフであったが、刃を下に向けて落ちたナイフは、その長い刃の中程までをテーブルに沈み込ませていた。
テーブルより上に突き立つ刃に、MILK&COCOAの文字が輝いている。
「こ、怖っ! お前ら、やりすぎだろ、これ!」
「そ、そんなっ! が、頑張ったのに……」
「ショックですぅ……」
当然、刃はテーブルの天板を突き抜いている訳で、リュウは青褪めながら、思わず二人を非難し、ミルクとココアは肩を落とした。
「いやいや、私が悪いのです! 申し訳ない! そ、それにしても、この切れ味は扱うのが恐ろしいくらいですな……」
「この硬い木をこうも簡単に……」
「ふ、ふふ……素晴らしい……あちこち試し切りしたくなりますな……」
慌てて謝罪してクロウ町長はナイフを引き抜くが、何の抵抗も無くするりと抜けるナイフに、冷や汗を流しながら恐る恐るナイフをしまう。
ナイフの刺さった穴を見て、呆然と呟くのはガット支部長。
そしてコレット副町長は、子供の様に目をキラキラさせて、危ない笑みを浮かべている。
「えー、ま、まぁ、この様な切れ味ですんで、取り扱いにはご注意を……それと、できればこの子達のサイン第一号なので、大事にしてやって下さい……」
「もちろんです! そうか、ココア様のサイン第一号……」
思わぬアクシデントに冷や汗をかいたリュウが、改めて注意を促しつつ、付加価値をさりげなくアピールする。
コレット副町長が即座に反応し、また顔を赤くして懐のナイフを撫でている。
『副町長、ちょっと怖いですぅ……』
『だ、大丈夫だ、多分……』
ココアの声が震えている。
宥めるリュウも、かなり引いている。
「そうか、これはミルク様のサイン第一号なのか……ふふ……」
『ッ!? い、今……支部長、笑いませんでしたか?』
『き、気のせいだ……』
ガット支部長が感慨深げにナイフを見やり、俯いて口元を緩めた。
ミルクがまさか、という表情でリュウを見るが、リュウはミルクと目を合わせようとはしなかった。
「なんだ、私のは二番目という事か……」
クロウ町長が、副町長と支部長を見ながら残念そうに呟いた。
リュウはその呟きに、想定済みとフォローを入れる。
「いいえ、町長。それはミルクとココアの、ペアサイン第一号です」
「ペアサイン……第一号……おお……」
クロウ町長の目がクワッと開かれ、プルプルしながらリュウの言葉を復唱し、陶然としている。
『ご、ご主人様……ミ、ミルク、なんだか怖いです……』
『ココア、帰りたいです……』
『ま、待て、笑顔を絶やすな! 俺達の今後の為に頑張ってくれ! な!』
陶然とする三人の大人達の脇で、リュウは怯え始めたミルクとココアを懸命に鼓舞するのだった。




