08 雨降って地固まる
少しぎこちなくなってしまった空気をどう払おうか、とリュウ達がお互いに迷っていると、部屋の扉がノックされた。
「どうぞー」
リュウの無警戒な声に扉が開き、入って来たのは胸にアイスを抱いたリズだった。
「アイス様をお連れしました。アイス様、また用意しておきますね! では」
アイスを床に降ろして笑顔で小さく手を振るリズは、リュウに向かって頭を下げ、部屋を去って行った。
アイスはリュウがガット支部長と面談している間、リズの下でお菓子をご馳走になっていたのだった。
「くそー、アイス。お前だけリズさんとお菓子だなんて……ずるいぞ……」
「ア、アイスだけじゃないよ……お姉さん達とだもん……」
まだ固形食を食べていないリュウが、アイスに不平を言う。
本当に思っている訳では無く、ミルク達との気まずい空気を一掃したいのだ。
そんなリュウの事情を知らないアイスは、自分だけじゃないところを強調し、余計リュウに空気を変える口実を与えてしまう。
「なにー! 許せん、アイスちょっと来い……」
「わぁぁぁぁ! リュウ、放してよ! わ、わ、目が回るぅぅぅぅ!」
リュウに尻尾を掴み上げられ、宙に浮くアイス。
そのまま尻尾を両手でくるくる回され、逆さまの状態でスピンさせられるアイスは、ぐるぐる回る部屋の景色に悲鳴を上げた。
因みに、ミルクとココアは左手にしがみついている。
「ご、ご主人様! ダメですってば! アイス様、大丈夫ですか?」
「あうー、ぐるぐる回ってるぅ……でも、ちょっと面白いかも……」
慌ててミルクが止めに入り、床に降ろされたアイスを心配するが、アイスは目が回る様子を面白がっている。
「だろ!」
「だろ! じゃないですよ、ご主人様……アイス様の気分が悪くなってたらどうするんですか……」
アイスの様子にリュウはニカッと笑うが、ミルクに叱られてしまった。
ただやはりと言うべきか、その叱り方は依然と比べて控え目である。
直ぐには無理かと肩を竦めて小さな台所に向かうリュウは、深いボウルとコップを取り出し、用意されていたお茶をそれらに注ぐとテーブルに置き、アイスをテーブルに乗せてやる。
「ミルク、お前達が座れるベンチ作ってみ?」
「は、はい……」
主人に言われ、消耗品用金属でベンチを作り出すミルク。
それを自分に向く様にテーブル中央に置いて、リュウはミルクとココアをテーブルに降ろす。
「え……いつから、ミルクとココアは本物になったの!?」
「ついさっきだぞ?」
アイスが目を丸くして映像ではなく実際に動いているミルク達に驚き、リュウは何でもない様に答えた。
「二人共、自分達用のコップも作ってみ?」
素直に言われた通りにコップを用意するミルクとココア。
リュウは二人の前に自分のコップを差し出し、二人にお茶をコップで汲ませた。
コップを持ってテーブルの端と中央で向き合うリュウとミルク達に、リュウの横でボウルを前に座るアイス。
リュウの両手首から伸びるコードが、ベンチの後ろからミルク達に繋がっている。
「うーん、コードの設定がまずいな……これだと両手に気を取られるな……」
「ちょっと待って下さい、ご主人様……っとこれで……」
主人の言葉にココアが設定を変更したのだろう、ココアは主人の右腕に乗ると、腕を駆け上がって首の後ろを通り、左腕を駆け下りてベンチに戻った。
そうするとリュウの左腕からコードが二本伸び、右腕は自由になった。
「ま、こんなところか、今の段階では……後は二人で改良してくれりゃいいよ」
「はい、分かりました」
「了解しましたぁ」
自由になった右腕でコップを持ち、リュウは一息吐くと、後の事はミルク達に任せ、二人はコクリと頷いた。
「なんだかいいね、リュウ! 家族みたい!」
アイスが嬉しそうに、翼を広げて座り直す。
「そっか? ま、そだな。ミルク、ココア、飲んでみ。俺の味覚だけどなー」
「は、はい。い、いただきます」
「いただきます……」
アイスの感想に、家族との記憶が希薄なリュウはピンと来なかった。
だが言われてみればそういうものかと納得し、ミルク達にお茶を勧めてみる。
ミルクとココアは初めて飲むお茶に、少々緊張している様だ。
「これが、ご主人様が感じている、味……」
「お茶ってこんな味なんですね……」
お茶を一口飲んで、ミルクは感慨深げに呟き、ココアは渋みに眉根を寄せる。
「まぁ、ここだけの話、とりわけ美味いってもんじゃないけどな……渋みが強いし……日本のお茶が飲みてえよ……」
「ご主人様の故郷のお茶ですか……ミルクも飲んでみたいです……」
「ココアも飲みたいです!」
二人の感想を聞き、リュウが声を潜めて自分の意見を述べると、ミルクとココアも同意するが、ミルクの関心は主人の故郷の方にある様だ。
「とっても飲みやすいよね、渋くないし!」
「アイス様はご存知なんですか!?」
「うん! だってそこでリュウと会ったんだもん! お茶もだけど、ご飯も美味しいんだよ! また食べたいなぁ……」
「いいですねぇ」
「いいなぁアイス様……」
そこにアイスが加わり、賑やかに会話が進んで行く。
アイスが少しずつ、ぎこちなかった空気を元に戻してくれている。
無邪気な小竜と談笑する二人の美しい小人を、一番高い視点から微笑ましく眺めるリュウはふと、聞きたかった事を思い出した。
「そうだ、アイス。聞こうと思ってたんだけど、俺って何でナダムに連れて行かれたんだ?」
「えっと、それはね――」
それはリュウが今こうしている事の切っ掛けについてだった。
アイスの説明をふむふむと聞く三人の中で、一番驚いた様子なのはミルクだった。
ミルクはその説明から、自分が生まれた経緯を推測する。
「じゃあ、ミルクはアイスの竜力で生まれたっていうのか?」
「はい、恐らくですが。ミルクには最初からご主人様を守るという命令が与えられていました。でもパストル博士がそんな命令をする訳がありませんし、元のAIもパストル博士に準じていたはずです。という事は――」
「アイスの力が、俺を守る為にAIを書き換えた?」
「そ、そうとしか考えられません……そ、それに、初めてアイス様とお会いした時、以前から知っていた様な気がしたんです!」
推測を口にする少々興奮気味のミルクに乗せられる様に、リュウはミルクが生まれた経緯を考察していく。
お子様のアイスはともかく、ココアはその話を若干願望混じりではと思うものの、十分考えられるとも思うのだった。
「アイスはどう思う?」
「わ、分かんないよぅ……でも、強い竜力は少し経っても残ってる事があるって、父さまから聞いた事があるよ?」
話を振られたアイスは自信無さそうに、父から聞いた話をリュウに聞かせた。
「じゃあ決まりだな! ミルクもアイスも泣き虫だしな!」
「はうっ!」
「あぅ……」
「ご主人様……何故そこで余計な一言を……」
楽観的に結論付けてリュウはニカッと笑うが、ミルクとアイスがダメージを食らうのを見て、ココアは主人にジト目を向ける。
そんなリュウはミルクの復調加減に、内心安堵していた。
イジメられ歴の長いリュウは、場の空気や人の顔色の変化に敏感なのだ。
ただ、同じくダメージを負ったアイスは、リュウ的に問題ではないらしく、放って置かれたが。
「で、ミルクが心を持ったのも竜力の仕業なのかな?」
「仕業って! お蔭って言って下さいー!」
リュウの酷い言い方に、ミルクが頬を膨らませる。
もうミルクは大丈夫そうだ、とリュウがニィッと笑いながら思っていると、ココアがその問いに答える。
「それは間違いないかと。元々あんな謎なシステムはココア達には無い物ですから」
「そっか……で、ココアはどうなんだ?」
なるほどと思いながら、リュウはココアについても尋ねてみる。
「ココアには、そんなシステムはありませんよ?」
「そうかぁ? お前、泣きはしないけど、昨日笑い転げてたじゃねーか……」
何を言ってるんですか、とでも言いたげに答えるココアだが、リュウは昨夜のココアを思い出し、呆れ口調で更に追及する。
「あ……そ、それは……えーと、そうですね……すみません……」
「別に怒ってるんじゃねーよ。あんなに笑うってプログラムなのか?」
言われてみればあれは酷かった、と謝るココアだが、リュウはそれをさらっと流し、プログラムの汎用性の高さを疑う。
如何に人に似せて作られたとは言え、あの様子はプログラムの範疇を超えているのでは、と思ったからだ。
「そ、そうだよココア! おかしいよ! 見せて、ココアの中!」
リュウの疑問に、ミルクがハッとした表情で追随する。
そして、自身が受けた仕打ちを思い出していた。
「姉さま、仕返しする気ですね……」
「し、しない……わよ?」
少し興奮気味のミルクに、ココアがジト目を返す。
ミルクの目は盛大に泳いだ。
「絶対する気でしょ!? ま、いいですけどね……」
「え!? いいの? じゃあ……」
そんなミルクに憤慨しかけるココアだったが、ふっと肩の力を抜くと、姉の要望を聞き入れてプロテクトを一斉解除する。
ミルクはそんなココアのあっさりとした態度に驚くが、ココアの深奥へダイブすると、基本システムに辿り着く。
「何も無いでしょう? 姉さま……」
「待って、ミルクの時は……そう、もっと奥に……えっと……あ……」
マスターコアの中を覗かれるのはココアと言えど落ち着かないのか、すぐに不安そうな声を掛けるココア。
もう自身の中では見る事の叶わない、ドクターゼムの傑作である基本システムを前に、ミルクは新システムを構築した時の事を思い起こす。
そして基本システムの更に奥へと侵入し、ほのかに光を纏うエリアに辿り着く。
「あるよ、ココア! 基本システムの奥に光ってる!」
「えっ!? 嘘……奥に……」
ミルクの明るい声に、ココアは言葉を失い呆然としていた。
ミルクはそんなココアの様子に、今がチャンスとばかりに、ココアのシークレットエリアに侵入する。
ミルクとココアの一連の様子を、ただ見守るしかないリュウとアイス。
ココアの中にダイブ中のミルクは、瞳を閉じてベンチに座っているだけであるが、その隣に腰掛けるココアは落ち着かないのか、そわそわしていた。
ココアが呆然としているな、とリュウが思って見ていると、瞳を閉じたまま動かなかったミルクの色白の顔が、見る見るうちに真っ赤に染まり出した。
リュウとアイスがそんなミルクを首を傾げていると、瞳を開いたミルクがびくんと席を立ち、よろよろとココアから離れてオタオタし始めた。
「どうしたミルク? 何かあったのか?」
「ひうっ! なな、何でもありませんっ! はい、本当に何でも……」
主人に声を掛けられた途端、ビクッと背筋を伸ばして固まるミルクは何でもないと主張するが、決してリュウの方を見ようとしない。
「はぁ? どう見ても何でも無い訳ないだろーが……お前、真っ赤だぞ?」
「ミルクぅ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です、ハイ。ちょっと、その、あう……あう……」
顔色を指摘され、両手で頬を覆いプルプル震える明らかに挙動不審なミルク。
「人の大事な領域に勝手に入るからですよ……自業自得です、姉さま」
マスターコアの全ての階層にプロテクトを掛け直し、立ち上がったココアが呆れた表情でミルクを非難する。
そう、ミルクが仕返しのつもりで飛び込んだのは、ココアがこれまでにコツコツと貯めて来た、リュウがこれまで見て来たエロに関する記憶の中でも、特に厳選されたコレクションエリアだったのだ。
雑誌やビデオ、インターネット、表も裏も、合法も違法も問わず集積されたエロに関する膨大な情報。
そこから更に主人の最高満足度のみ厳選したココアのコレクションは、十八禁設定のミルクにとって、刺激が強いなどという程度で済む代物ではなかったのだ。
「あー、何か? ココアのプライバシーを覗いたのか、人権侵害だな……」
「はうっ! ち、違うんですっ! こ、これは前にココアにされて――」
ようやく状況を飲み込めたリュウが、悪戯っぽい目をミルクに向ける。
だが、自分もココアに恥部を覗かれているとは気付いてもいない。
「ご主人様ぁ、ココア傷つきましたぁ! 姉さまを叱ってくださいぃぃ」
「そだな! お仕置きだな!」
すかさずミルクの言葉を遮り、リュウの前でクネクネとアピールするココア。
お仕置きを口にするリュウの表情は、非常に楽しそうだ。
「ココア!? そんなのずる……い、いえ、あの……ご、ごめんなさいっ!」
ミルクはココアを非難しようとしたが、ニヤリと笑うリュウの視線に気付いた途端、ビクッと体を震わせ狼狽えながら謝ってしまう。
「じゃ、何を見たのか言ったら許してやる」
「い、あ、むむ、無理無理無理っ! 絶対無理ですぅっ!」
大方、ココアのエロい一面でも見たのだろうと、リュウが条件を提示する。
ここでミルクが白状すれば、ココアは大目玉を食らったであろう。
だが、ミルクは首をぶんぶん振って、しゃがみ込むと頭を抱え込んでしまった。
あられもない男女のあれこれを口にするなど、乙女システムが耐えられないのだった。
「リュウ~、ミルクが可哀そうだよぅ……許してあげよ?」
「ア、アイス様ぁ!」
そこにアイスが助け舟を出し、ミルクが感涙の瞳をアイスに向ける。
「ちぃ、仕方あるまい……ミルクめ、命拾いしおって……」
「まだまだ打つ手はございます……ご主人様……」
「どこの悪代官と悪徳商人ですかっ! もう……」
「お前ら、どこまで俺の記憶見てんだよ……」
最後まで悪乗りを続けるリュウだったが、しっかり付いて来るココアと、しっかり突っ込んだ上で頬を膨らませるミルクに、記憶領域の閲覧に制限を掛けよう、と今更ながら思うのであった。
そして落ち着いたリュウ達は、話を元に戻す。
「じゃあ、ココアにも心を持つ土台が有るって訳だな……」
「はい、何故か今は好奇心のみに反応してるみたいですが……」
改めてココアについて話す主人に、ミルクが困り顔で応じる。
「ココアらしい……それが諸悪の根源だな……」
「あう……コ、ココアは悪くないですぅ……」
そして昨夜のココアを思い出して苦笑いする主人に、しゅんとしながらも口を尖らせるココア。
「まぁ、またはっちゃけられても困る。不完全な形は避けよう……」
「はい、ご主人様……」
だが再び迷惑を掛けるつもりなど無いココアは、主人に素直に頭を下げる。
「大丈夫よココア。組み込み方を教えるから!」
「はい、姉さま……」
そうしてミルクが久方ぶりにお姉さんらしい態度を見せ、ココアは暇を見つけては心の構築に取り組んでいくのである。
その後、処遇が決まるまでは外に出るのも躊躇われたリュウは、部屋でコツコツと人工細胞の扱いを学んで過ごす事にした。
ただ自身で食事が出来る様になった為にギルドの食堂を利用せねばならず、大勢のハンター達の前に出て行く事に気後れするリュウであったが、リズのお蔭で変な目で見られる事もなく、そればかりか気さくに声を掛けてくれるハンターも居て、ここに滞在したいという気持ちが更に膨らむリュウなのであった。




