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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
34/227

06 妖精暴走

「味がしねえ……」

「ご主人様!」

「いえ、良いんですミルク様。すみません、リュウ様。今は胃を慣らしているので、濃い味付けは控えているのです」


 夕食時、ベッドで上半身を起こしたリュウは、重湯を口にしてぼそりと呟いた。

 慌ててミルクが声を上げるが、リズは怒った様子もなく、優しくリュウに説明する。

 その横では、アイスがせっせと果物を口に運んでいる。


「くそー、アイスめ……美味しそうに……」

「まぁ、そう仰らずに、リュウ様。ふー、ふー、はい、あーん」

「あーん……」


 幸せそうに果物を頬張るアイスを見て、リュウはブツブツ文句を言うが、リズににっこりと微笑まれ、ふーふーしたスプーンを運ばれると、素直に口を開ける。


『姉さま、危険ですよ! リズを排除しますか!?』

『ば、馬鹿な事言わないの、ココア! お世話して下さってるのに……』

『鈍感乙女ですか、姉さま。リズの目は絶対ご主人様を狙ってます!』

『か、考え過ぎよ、ココア! そりゃ、ちょっと近いなとは思うけど……』


 そんなリュウとリズの様子に、ココアがリズの危険性をミルクに秘話回線で訴え、ミルクはハラハラしながらも、リズを擁護している。


「くそー、ちょっと腹に穴が開いたくらいで……軟弱な胃袋め!」

「クスクス、リュウ様はお強いんですね……尊敬します! 魔人族の男達ときたら、すぐに痛いとか騒ぐんですよ? リュウ様が元気になったら、鍛えてやって下さい! はい、あーん」

「あーん……」


 リュウの軽口に、リズは表情をころころ変えて対応している。


『ね、姉さま! これでも危険じゃないと!?』

『ど、どこがなの!?』

『お強いんですねって! 尊敬しますって! 完全にうっとりしてます!』

『ココア、そんな……ご主人様を元気付けようとしてくれてるだけよ……』


 ココアの訴えに、ミルクはリズを擁護しつつも、どんどん自信が無くなっていく。

 そんなミルクとココアの不安をよそに、リュウ達の食事は進んで行く。


「ごちそうさまー!」

「うー、完食した……」


 アイスが満足気な声を上げ、リュウがなんとか重湯を流し込んだ。

 リズのふーふーが無ければとっくに挫折していた事だろう。


「どうですか? 胃が痛くなったりしていませんか?」

「ん、あー、大丈夫みたいです。す、すみません、リズさん」

「いいえ、大丈夫そうで安心しました」


 リズは心配そうな表情でリュウの顔を覗き込み、リュウはその綺麗な瞳にちょっとドキドキしている。

 そんなリュウを見てにっこり微笑むリズ。


『ね、姉さま! 近すぎます! ご主人様の唇が奪われますっ!』

『そんなっ!? いえ、でも、あう……ど、どうしよう、ココア!』


 秘話回線では、のぞき姉妹がパニック寸前に陥っていた。

 その時、のぞき姉妹を救うかの様に、救護室の扉がノックされた。

 リュウから笑顔を崩さずにすっと離れるリズは、誰にも気付かれぬ一瞬、ドアを睨むと「どうぞ」と声を掛ける。


 扉を開けて入って来たのは、魔力を回復させたリーザ達、治癒術士だ。


「少し早かったかしら、リズ?」

「いいえ、姉さん。今、済んだところよ」

「そう。リュウ様、妹を助けて頂き感謝します。姉のリーザ・アメットです」

「あ……いえ……治してもらって済みません。リュウ・アモウです……」


 短く姉妹で会話を交わし、席を立ったリズに代わってリーザがリュウの横に座り、リュウに深々と頭を下げるリーザ。

 妹に勝るとも劣らない深い谷間がリュウの思考を奪いかけるが、リュウは辛うじて言葉を紡いだ。


「では、今から治療を始めますね?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「じゃあ、みんな入って来て。今回は人が多いから、一気に怪我の酷い所を治してしまいましょう」

「はーい」


 リーザの合図でリュウの背後から、治癒術士達の足音が次々と入って来る。


「アイス様、皆の邪魔にならないように、外でお菓子でも食べませんか?」

「お菓子! た、食べますー! あ……リュ、リュウ、行って来てもいい?」

「たくさん食ってこい……」

「わーい」


 リュウとの時間を邪魔されたリズは、ちゃんと次策も考えてあった。

 「クルルル、ピィピィ」と足早に近付いて来たアイスをさっと抱き上げると、満面の笑みで一礼して部屋を出て行った。


「か、可愛い……」

「リズさん、羨ましい……」


 ポツリと呟きながら、治癒術士達は簡素な椅子を用意し、腰掛けていく。


『ミルク……これって……新手の詐欺か?』

『何言ってるんですか! 皆、ご主人様を治して下さるんですよ!』


 背もたれを倒しフラットになったベッドで、リュウは胡坐をかいた姿勢で、周囲を見やる。

 前後左右に二人ずつ、総勢八人の治癒術士にリュウは囲まれていた。

 昼間眠っていたリュウにとって、初見の女性達が自分を囲んでにこやかに微笑んでいるなんて、あり得ない事に思えたのだ。


「「「「癒しの光」」」」

「「昇華の光」」

「大いなる癒しの聖光」

「大いなる清めの浄光」


 リュウの周りで様々な魔法のトリガーが引かれ、リュウの体を優しい光が包む。


『凄いです……もう腹部は完璧に治ってます!』

『後頭部と背中も、もう治りますよ!』


 ミルクとココアが驚きの声を脳内で上げる。


『すげえな……これが本当の癒しなんだなぁ……ありがたや……』

『ご、ご主人様! 胸ばっかり見ないで下さい!』


 癒しの光にペカーっとあちこち光らせながら、至福の時を満喫するリュウ。

 ミルクはそんなリュウの視線を注意する。


『はぁ、ミルク……どこ向いても胸しかないのに無茶言うな――』

『何が無茶ですか! 胸じゃないところだってありますぅ!』


 やれやれといった仕草でミルクをあしらおうとするリュウだが、ミルクに速攻で反論され、背筋を正した。


『ばかもんっ!』

『はうっ!?』


 突然怒られてたじろぐミルク。


『これはな、頑張ったご褒美なんだ。見なくてどうする!』

『……ひ、開き直らないで下さいっ!』


 リュウは当然の権利とばかりに堂々と主張する。

 ミルクは一瞬言葉を失うが、何とか食い下がろうとした。

 だが、そこにココアが秘話回線で割り込んで来る。


『姉さま、良いじゃないですか、ご褒美で……』

『えっ!? コ、ココアは平気なの!? ご主人様が他の人の――』

『まぁ、見てて下さい。ご主人様、多分困った事になりますよ……』

『困った事?』

『そうなったら、今回は姉さまにお任せしますね!』

『ちょ、ちょっと待って、ココア!? ココア!』


 言うだけ言って、ココアは秘話回線を切ってしまった。

 困惑するミルクは、困った事とは何なのか、リュウをじっと観察する。


 リュウは少し顔を赤らめて、満足そうな視線を周囲に向けている。

 戦っていた時と同一人物とは思えない、デレッとだらしのない表情。

 だがしばらくすると、リュウが妙に落ち着きなく、そわそわしだした。

 ゆるく胡坐をかいていた足を座禅を組むように組み直し、かかとに両手を置き、背筋を伸ばしてやや前傾姿勢を取る。


「リュウ様、そんなに窮屈に足を組まれると、足の怪我に障りますよ? まだ足は治療してないのですから……」

「い、いえ、いいんです! 今はこの方が楽で……」

「そうですか……」


 リーザが優しくリュウに声を掛けると、リュウは慌てた様に弁解した。

 それを聞いたリーザは、にっこり微笑んで治療を続ける。

 そして、リュウの体をチェックしていたミルクは気付いてしまった。

 リュウの竜が大きくなっている事に。


『!? は……う……コ、ココア! どど、どうしたらいいのっ!?』


 気付いた瞬間から目を背け、自身で考える事も放棄して、ココアに縋ろうとするミルクだが、ココアからの返事が返ってこない。


『ココア!? 聞こえないの!? ご主人様の……あう……あう……』


 再度呼んでも、ココアからの応答が無い。

 ミルクが盛大にパニクっていると、魔力を随分消費した治癒術士達が立ち上がり始める。


「リーザさん、私達は限界です。すみません」

「いいのよ。お疲れ様でした。ゆっくり休んでちょうだいね」

「はい、ありがとうございます。では、リュウ様、お先に失礼致します」

「は、はい! ありがとうございました!」


 魔力を消費してしまった下位クラスの治癒術士達が、リーザに申し訳なさそうに頭を下げるが、リーザはにっこり微笑んで労いの言葉を掛ける。

 そして治癒術士達は、リュウに一礼するとぞろぞろと部屋を後にした。

 リュウは元気よく礼を言いつつ、更に困った状況になるであろうに、席を立つ際のぷるるんと弾む双丘達から目を離せない。


『はうっ! な、何故、自ら窮地に!? コ、ココア! お願い返事して!』


 ミルクはリュウの業の深さを知る由も無く、ココアに助けを求め続ける。


「リーザ、私もそろそろ限界よ、後を任せ……リュウ様にちょっかい出しちゃ駄目よ?」

「ミ、ミーニャ! 何言ってるの!」


 リーザと同じクラスのミーニャは、治療を終えて下がろうとして、いたずらっぽい目でリーザに釘を差す。

 労いの言葉を用意していたリーザは、まさかの言葉に顔を真っ赤にして慌てた。


「クスクス……リュウ様、失礼しますわね」

「は、はい、ありがとうございました!」


 リーザの珍しく慌てた様子に、ミーニャは手を口に当てて笑うと、リュウに挨拶して部屋を出た。

 リュウはそんな仕草にポーッとしつつも、元気よく礼を返した。


「もう……し、失礼しました、リュウ様」

「い、いえ……」


 リーザが赤い顔のまま、リュウに頭を下げる。

 リュウは凛々しい雰囲気だったリーザの可愛らしい姿を見る事ができ、ミーニャに感謝した。


「ふう……私も魔力がそろそろ限界です。でも大きな怪我は、粗方治療できたはず……明日は腕や足のお怪我を治療しますわね」

「はい、助かります。ありがとうございました」

「いいえ、礼など不要です、リュウ様。それよりも、もう無理して座っている必要はありません。さ、横になってお休み下さい」


 頬の赤みが薄れ、リーザは一息吐くと明日の予定をリュウに伝える。

 そしてリュウの礼もそこそこにリュウの横に回ると、リュウの背中に左腕を回し、右手で胸を軽く押してリュウを優しく寝かそうとした。


「いや、あの……」

「遠慮は要りません。さ、どうぞ……」


 さすがにそれはまずい、とリュウは抵抗しようとしたが、間近に迫ったリーザの微笑みに見惚れて寝かされてしまった。

 そしてリーザは、リュウの足元の薄い掛け布団を取ろうとして、リュウの股間に気付いてしまう。


「す、すみません! その――」

「いいえ、何も恥ずかしい事じゃありません。リュウ様はお若いですし、当然の事です」


 絶対軽蔑された、と顔を真っ赤にして言い訳しようとするリュウ。

 しかしリーザにそんな様子は見られず、とても理解ある言葉と共に、慈愛に満ちた微笑みをリュウに返した。


『リーザさん……す、凄い……ミルク恥ずかしいです……』


 慌てふためいていたミルクはリーザの相手を気遣う対応に感嘆し、自身の無様さを恥じていた。

 だがリーザの慈愛に満ちた表情は見る間に赤く染まり、リュウに向けた瞳が潤んでいく。


「……あの、リュウ様……そ、その、もしよろしければ、わ、私が静めて差し上げても……お辛いですわよね?」

「え!? マ、マジ……で……?」

『へっ!? リーザさん!? ……ご、ご主人様……ダ、ダメ……』


 リュウは一瞬耳を疑い、こんなサプライズ有ってもいいのか、と思いつつも鼓動が高鳴る。

 そしてミルクは、突然のリーザの変貌に一瞬フリーズし、リュウの反応に盛大に慌て始めた。


 真っ赤なリュウの顔の傍から、スッと離れるほんのり赤いリーザの顔。

 そしてリーザの細い指が、リュウのズボンに伸ばされる。


『ど……どうしよう……えっと……えっと……これで! ……ど……う?』

「っ!?!?!?」

「あ……ら……!?」


 ご主人様最大のピンチ……ではなく自身の最大のピンチに、ミルクはパニクる頭をフル回転させ、唯一思い付いた作戦に人工細胞を投入した。

 その直後、唐突に怒りを鎮めていく股間の竜にリュウは混乱、リーザは呆然としている。

 そしてリーザはハッと我に返ると、床に頭を擦り付けんばかりに謝罪する。


「リュウ様、はしたない真似をお許し下さい! リュウ様がこんなにご自身を律していらっしゃるのに、私ときたら……恥ずかしい限りです……」

「え……あ……え!?」

「で、では、私はこれで。明日また伺います……そ、その、今の事は内密に……」


 一方のリュウは未だ混乱から脱しておらず、リーザの声がよく聞こえていない。

 リーザは顔を上げると真っ赤な顔のまま立ち上がり、リュウに一礼すると扉に向かった。

 そして少しの間、扉の前で呼吸を整えて顔の火照りを収めると「失礼しました」と小さな声で呟く様に部屋を出て行った。

 そして一人ポツンとベッドの上に残されたリュウは、呆然とした状態を脱すると、右手を睨む。


「ど、どういう事……だ……ココア! お前の仕業か!?」

『ち、違います、ご主人様! その……っぷ……な、なんと言いますか……』


 わなわなと震えるリュウは、突然意気消沈した原因を十八禁解除設定のココアの仕業かと疑った。

 リュウの声から本気の怒りを感じたココアは真剣に否定し、説明をどうすべきかと考えたが、込み上げる笑いを抑えるのに必死で言葉を紡げない。


「何!? 聞こえんぞ! 姿見せて、はっきり言え!」

「ね、姉さまが……ぶふっ……抜いた……血を……し、死ぬぅ……」


 ココアの様子から原因を知っていると確信したリュウは、絶対許さんとばかりに声を上げ、ココアは俯いた状態で姿を見せるが、その肩がびくんびくんと震えている。


「ミルク……出てこい!」

「ちちち、違うんですっ! ミ、ミルクは、ご主人様が困ってらっしゃったので、な、何とかしないとって思っただけなんです!」


 聞いたことの無いリュウの怖い声に、真っ青になったミルクが怒りを鎮めようと、慌てながらも言い訳する。


「思っただけで、萎むかぁぁぁぁ!」

「ぶふぅっ! す、すみませ……んっ、んんっ、ぶふっ……っく、ひぃ……」


 リュウの落とした雷に、ココアが四つん這いに頽れて、悶死した。


「ど、どうしたら治まるかと思って、その、血を抜けば良いんだと思って……ご、ごめんなさいっ! ご主人様、もうしませんから許して下さいっ!」


 そしてミルクも瞬時に土下座し、必死に許しを乞う。

 だが、邪魔しようとしてやったとは恐ろしくて言えなかった。

 ミルクに海綿体の血液を抜かれたと知ったリュウは、しばし固まった。


「なんで、んな馬鹿な真似すんだよ……」


 ミルクのマジ土下座に少し落ち着きを取り戻したリュウは、声のトーンを落としてミルクに問う。


「ご、ご主人様が困ってて、コ、ココアに助けを求めたんですけど、コ……コアが……出て来てくれ……なくて……ひっく……ごめんなさいぃぃぃ……」

「ココア……許さんからな……」


 言い訳していたミルクが、堪えきれずに泣き出し、やはりココアの仕業だったと分かったリュウは、静かな恨みをココアに向けた。


「も、もうしませんっ! ね、姉さまの慌てる様子につい! 許して下さい!」


 これには笑い転げていたココアもさすがにまずいと感じたのだろう、ミルク同様に土下座して許しを乞う。


「もういい……消えろ……一人にしてくれ……」

「は、はい、ぐすっ、申し訳ありませんでした……」

「申し訳ありませんでした……」


 こうしてリュウの、綺麗なお姉さんともしかしたら……的なサプライズは、儚く夢と消えたのであった。

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