05 治癒術士
もう日は高く昇り、お昼を過ぎた頃。
「あ! リズ姉だ! リズ姉~!」
「ほんとだ! リズ姉~!」
延々と続く高さ二メートル程の塀に嵌る両開きの門。
その上に組まれた櫓から子供達が手を振って、川沿いを帰って来たリズ達を迎えた。
子供達に手を振り返しながら門を潜った一行は、そこから程遠くない大きな建物に向かった。
その建物はハンターギルドと呼ばれ、自然溢れる惑星ウィリデステラに多数生息する、鳥獣や魔獣を狩るハンター達にとって無くてはならない組合だ。
ギルドはハンター達に仕事を斡旋、仲介するだけでなく、ハンターの育成や生活の保障、ランク分けによる実力に見合った仕事の振り分け、緊急時に於けるハンターの統括などを行い、ハンター達から全幅の信頼を得ていた。
ハンターには、ギルドに所属して安定した収入を得る者と、フリーで活躍し高額な報酬を得る者と、大きく二つに分けられるが、どちらもギルドを利用でき、違うのは利用料の高さだけである。
ただし、たまに利用料を渋ったフリーのハンターによる事故が起こる為、ギルドはハンター達にギルドの所属を呼び掛けている。
そして、リュウ達が出会ったリズ達五人は、このオーグルトのハンターギルドに所属する、Bランクのハンターであった。
リズはギルドに入ると、一階ロビー正面の受付でいつも穏やかな笑みで皆を出迎えてくれる、ローズリーの下に向かった。
グレア達の男四人は、リュウを担いだまま右の救護室へ向かった。
グレア達の緊張した様子とリュウの脇に居るアイスに、一階や二階に居たハンター達の視線が集まる。
「リズ、どうしたんだい!? 人間族の少年と……あれは竜かい!?」
気の良いおばさん、といった感じのローズリーは、受付から左に運ばれていく少年の皮膚の色と耳の形から少年が人間族だと気付き、更にその横に大人しく座る本でしか見たことの無い竜を見て、大きく目を見開く。
「ローズリーさん、ええと、まず先に治癒術士を何人かお願いします。それと、ドンガの群れを仕留めました。十六頭です」
「え!? あんた達がドンガを十六頭!? Aランクになってたのかい!?」
リズとローズリーのやり取りに、周囲がざわつき始めた。
「いえ、私達だけでは無理でした。あの少年が助けてくれたのです。それよりも早く治癒術士をお願いします。細かい話は後で……」
「ああ、そうだったね。すぐ呼んでくるから」
ローズリーが席を立って治癒術士の詰め所に向かうと、リズの背後に他のハンター達が集まって来ていた。
「リズ、なんか大変だったみたいだな。回収まだなんだろ?」
「そうなんだよ。オージ、頼まれてくれるの?」
どうやら先の話が聞こえていた様で、察しの良いオージと呼ばれた男がドンガを回収に向かってくれる様だ。
「当たり前よ、俺の嫁が困ってんだからな!」
「殺すぞ、オージ! リズは俺の嫁だって何回言わせんだ!」
「ちょっと待て、お前ら! 俺こそが――」
「私は誰の嫁にもなったつもりは無いよ……とっとと行かないと燃やすよ?」
どうやら男達はリズの気を少しでも引きたい様だが、リズはうんざりした様子で熱そうなセリフで冷たくあしらい、男達は冷や汗まじりにその場から退散した。
そしてギルドの外でドタバタと何やら用意して、音は遠ざかって行った。
ドンガを回収しに向かったのだろう。
リズは一つため息を吐くと、救護室に向けて歩き出す。
リズがリュウの寝かされる救護室に入ると、入れ替わる様にリュウを運んできた四人の男達はドンガの回収に向かった。
その後すぐに、ローズリーから話を聞いた治癒術士が三人入って来る。
治癒術士と言っても皆リズより若く、服装も似た様な格好だが、褐色の肌と明るい笑顔が健康的な印象を与えている。
「リズさん、この少年ですか? こんな酷い……って、これ魔石ですか!? こんな大きな魔石見た事無い……え!? 竜の子供!? これって――」
「アニー。そういうのは一先ず置いといて、仕事してよ」
部屋に入って来るなりアニーと呼ばれた治癒術士は、リュウの怪我の酷さに眉間に皺を寄せ、次に治癒の竜珠に目を奪われ、更にアイスに気を取られ、くるくると表情を変えていたが、リズに促されて我に返った。
「は、はいはーい。じゃ、アーシャは私と腹部を。エマは――」
「後頭部と背中もお願いしますっ!」
「はっ!? えええ!? よ、妖精様!? な、な……」
「アニー、後で説明するから、落ち着け。仕事、仕事」
そして治療箇所を分担しようとしたアニーは、今度は突然現れたミルクに驚いて再びリズによって我に返される。
「は、はい、じゃあ、エマは後頭部を!」
「りょ、了解でーす……」
他の二人の治癒術士も大層驚いていたが、アニーの元気な声に治療を開始する。
「癒しの光」
「癒しの光」
「昇華の光」
アニーが腹部に、エマが頭部に、それぞれ両手を患部に翳し魔法を発動させると、患部がぼんやりと暖かな光に包まれる。
次いでアーシャが魔法を発動させると、腹部の光が輝きを増した。
「あ、凄い……治っていきます! 皆さん凄いです!」
患部の状態を監視していたミルクが、どんどん修復されていく患部に明るい声を発した。
「あ、ダメ……どんどん持って行かれちゃう。リズさん、他の人も呼んできてください!」
「わかった。ちょっと待っててくれ」
だがアニーは魔力が患部にどんどん吸い取られる様子に慌ててリズに応援を頼み、リズはすぐに部屋を出て行った。
そうしてリズが出て行くと、心配そうな顔でミルクがアニーに尋ねる。
「あの、どういう事でしょうか?」
「いえ、傷の具合が思った以上に酷いみたいで、魔力が結構な勢いで吸い取られていくので、完治させるには手が足らないのですよ。でも完治に時間が掛かるというだけで必ず治りますから心配はしないで下さい」
「そうですか、良かった……お手数をお掛けします……」
アニーの説明にミルクはほっと一息吐くと、アニー達に深々と頭を下げた。
「い、いえ! そんな、妖精様……あの、それよりも、この少年はどうしてこんな酷い怪我を?」
「私はこの怪我で生きてる事の方が、不思議ですけど……」
ミルクに頭を下げられて、アニーは慌ててリュウがこんな状態になった経緯に話題を転換するが、隣のアーシャはリュウの生存自体が疑問の様だ。
「そ、それは……」
「邪悪な神様みたいな奴と戦ったんですよ! ご主人様は凄い方なんです!」
ミルクがどう答えれば良いかと言いあぐねていると、右手から自慢するように胸を張ってココアが現れ、ミルクの代わりに答えた。
「え!? よ、妖精様が、もう一人……」
「び、びっくりした……」
「ふわ!? き、綺麗……」
リズと似た反応をするアニーに、驚くアーシャ、そして今まで黙っていたエマが一瞬驚き、次いでココアの容姿にうっとりと呟いた。
「ッ! 綺麗!? 姉さま、聞いた!? ココア、綺麗だって!」
「もう……ココア、急に……先にご挨拶でしょ!」
エマの呟きに瞬時に反応したココアは、バッと音が鳴るかの様な勢いでミルクの方に振り向くと満面の笑みを浮かべるが、ミルクは呆れた様に挨拶を促す。
そうしてココアとアニー達が挨拶を交わしていると、リズが応援を連れて戻って来た。
「すみません、みんな出払ってて姉さんしか見つけられませんでした……」
「お姉さん?」
「はい。リズを助けて頂き感謝致します。リズの姉のリーザと申します」
「ミ、ミルクと申します、初めまして……」
「む……妹のココアです」
ミルク達に頭を下げる落ち着いた雰囲気の治癒術士は、リズの姉でリーザと名乗った。
彼女も他の者と同じ様な格好だが、その雰囲気のせいか妖艶な感じがして、ミルクとココアは少し警戒した。
「アニー、代わるわ。替わりに熱を下げてあげなさいな。アーシャはエマを補助しなさい」
「は、はい。鎮めの光」
「分かりました~」
そんなミルクとココアの警戒を余所に、リーザはてきぱきとアニーとアーシャに指示を出し、エマの横に移動したアーシャの空いた位置に移ると、両手を腹部に翳す。
「大いなる癒しの聖光」
リーザの凛とした声が響き、リュウの腹部が黄金色に輝くと、見る間に傷が塞がっていく。
「凄い……」
「さすがAランク……」
「いつ見ても綺麗……」
ミルク達を始め、他の治癒術士達もが、リーザの魔法に目を奪われている。
その様子に少し照れた様なリーザが、ミルクに微笑み掛ける。
「ミルク様、今、集中的に内臓を修復していますので、治療後から少しずつ食事は可能です。できれば数日は重湯で胃を慣れさせてあげて下さい」
「は、はい、リーザ様! ありがとうございます! 何てお礼を――」
「様は不要です、ミルク様。どうぞリーザと呼んで下さい。それにリズを助けて頂いたのですから、ご恩に報いるのは当然の事です」
リーザの説明に感激するミルクは感謝を述べて尚も言い募ろうとするが、リーザはそれを遮り、立場の違いを明確にしようとした。
だが彼女のそんな姿勢はミルクにとって心苦しいものであり、真実を告げた方が良いのでは、と思うミルクなのだが、リュウに意見を聞かぬまま勝手な事をする訳にもいかない。
「あ、あの、ミルクもココアも、皆様が敬う妖精様とは違います。もしよろしければ、皆様の言う妖精様についてお聞かせ願えませんか?」
なのでミルクは、自分達の立場をぼかしつつ、魔人族が敬う妖精様について聞いてみる事にした。
「そうですね……私も聞いただけの話なのですが――」
そうして教えて貰った妖精様の話は、まだリーザも生まれていない昔、魔人族領の森が突然枯れて多数の魔獣が食料を求めて山を下り、魔人族に多大な被害が出たのを妖精様が現れて森を再生し、魔人族を危機から救ったというものだった。
それからというもの魔人族は森で度々妖精様に出会い、怪我を癒してもらったり、知恵を授けてもらったり、と妖精様の恩恵にあやかってきたのだという事だった。
「凄い方なんですね……リーザさんはお会いした事は無いのですか?」
「はい、私は一度も……リズは山火事を消しに出た際に、一度お会いした事が有るとか……ふう、少し休憩にしましょう。また魔力を回復させて、夜に伺います。リズ、後は任せてもいいわね?」
「はい、姉さん」
「では、ミルク様、ココア様、一旦失礼させて頂きます。みんな、行きますよ」
リーザはミルクとココアに頭を下げ、アニー達三人の治癒術士を連れて部屋を出て行った。
リズは熱が下がり穏やかに寝息を立てるリュウのベッドの横で、持ってきた食事を机に並べていた。
「お昼を随分過ぎてしまいましたが……ミルク様とココア様に、我々の食事がお口に合うのか分かりませんが……」
「あ、済みません、リズさん。ミルク達は食事は不要なのです」
「ご主人様の……何て説明すればいいの? 姉さま……」
恐る恐るといった感じで、リズが食事を勧めようとしたが、ミルクがそれを辞退し、ココアは補足しようとして言葉に詰まった。
「え、ええっと……そう、生命力を分けて頂いているのです……」
「そ、そうなのですか……」
少し考え、ミルクがリズに分かり易いであろう言葉で補足し、リズは少し残念そうに了承した。
実際にはミルク達はリュウの生体電気エネルギーを人工細胞に蓄え、足りない分は自ら生み出して活動しているのだが。
「でもアイス様は、お食べになりますよ」
「! そうなのですね! ア、アイス様、こちらにどうぞ!」
ミルクの一言で、残念そうだったリズの表情は一転、瞳を輝かせてアイスを呼んだ。
皆の邪魔にならない様に、部屋の隅でちょこんと座っていたアイスが、トコトコとリズの元へとやって来る。
「アイス様、さあ、こちらに!」
「ミルクぅ……」
「大丈夫ですよ、アイス様。お食事なさって下さい」
「う、うん」
満面の笑みで両手をアイスに伸ばすリズに、アイスはちょっと引き気味なのか、ミルクにどうすべきか聞こうとしたが、そのミルクに勧められて、おずおずと従った。
当然、「クルルルルゥ」としか聞こえないリズには、そんなアイスの心情など分かるはずもなく、近付いて来たアイスを抱き上げると、自分の膝の上に座らせる。
「ア、アイス様、どれでもお好きな物を食べて下さいね。美味しくない物は無理に食べなくて良いですからね」
アイスの目の前に皿を寄せ、アイスに語り掛けるリズの顔が赤い。
彼女は今、至福の時の中にいた。
リズは魔人族に伝わる星巡竜の話や、本で見た竜の姿から、竜とは恐ろしい存在だと思っていた。
だが、本で見た竜を思いっきりデフォルメした様なアイスの姿は、リズの心を鷲掴みにしてしまっていたのだった。
アイスが目の前の瑞々しい果物を小さな手で掴み、口に運ぶ。
「ちゃんとお手々で……か、可愛すぎます……アイス様!」
「ちょっと恥ずかし……あ、美味しい!」
「良かったですね、アイス様」
横から覗き込む様にリズに見つめられ、アイスは目を泳がせるが、口に入れた果物の甘さに、つい我を忘れて次の果物に手を伸ばす。
ミルクとココアはそんなアイスを微笑まし気に眺めるのだった。
「それでは皆様、夕食時に重湯をお持ちします。それまでは自由にこちらでお過ごし下さい。何かありましたら、そちらの鐘を鳴らして下さい。職員が駆け付けますので」
「リズ、ありがとう!」
「すみません、リズさん。よろしくお願いします」
「ありがとう、リズさん」
アイスの食事が済み、リズは満足そうな表情で食器を片付けると、アイスをリュウの横に運び、丁寧にお辞儀をして部屋を後にした。
アイスは食事に満足して、すっかりリズに安心し、リュウの横で丸くなった。
「アイス様、後はミルクとココアに任せて、ゆっくり休んで下さいね」
「うん、ありがとうミルク。ココアもありがとう」
こうしてリュウ達は、ハンターギルドの救護室の一室で体を癒す事になった。




