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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
32/227

04 ドンガ

 再び歩き始めて二十分位経った頃だろうか、リュウを担いでいた男達の内の一人が、リズを呼び止めた。


「どうした、エンバ?」

「リズ、ドンガが居る。多分、群れだ……」


 エンバと呼ばれた細身の男は、左の指をこめかみに当て、目を閉じて答えた。


「どの辺だ!?」

「下流だ、そう遠くない。川の傍……渡ってくるかも知れん」


 それを聞いたリズの声が緊張を孕み、エンバの声も緊張感を増していく。


「あの、どうして分かるんです? で、そのドンガって何ですか?」

「エンバは風の魔法で、周囲を警戒していたのです。そしてドンガとは群れを好む魔獣で、群れの場合、突進して来ると非常に危険です」


 その緊張感の中、何も分からないリュウが尋ねる。

 そしてどういう危険が待っているのか、おぼろげながら理解する。


 少し進み、リュウは大木の陰に降ろされた。


「リュウ様、我々はドンガを追い払うか、倒すかせねばなりません。その間、こちらで身を隠していて下さい」


 リズは地面に降ろされたリュウの前で片膝を突き、決意を秘めた目を向ける。


「逃げないんですか?」

「これより先に我々の町が有ります。そこへ行かせる訳にはいかないのです」

「そうですか……」

「グレア、お前はここでリュウ様とアイス様を守ってくれ」

「分かった」


 そしてリュウの問いに決意の訳を答えると、大柄な如何にも戦士風な男にリュウとアイスの護衛を任せた。


「よし、では行くぞ!」


 グレアを残して、四人は身を低くして素早く移動を開始した。


「グレアさんは行かなくて良かったんですか?」

「はい。俺の魔法はドンガに相性が悪いのです」

「どういう事です?」

「ドンガは水の魔法を使います。そして俺の魔法も水なので、ドンガは俺の魔法を無効化してしまうのです。そうなれば突進されて、吹き飛ばされるだけです」

「なるほど……ミルク、ベッド一旦収納してくれ」


 リュウは残ったグレアにドンガの特性を聞くと、ミルクにベッドを収納する様にと命じた。

 薄い金属のベッドが見る間に小さくなり、グレアが驚いた表情で見つめている。


「グレアさん、済みませんがドンガが見える位置まで、肩を貸して下さい」

「え!?」

「いや、どんな魔獣なのか見てみたいなぁ、と思って……お願いします」

「わ、わかりました。でも、ぎりぎり見える所までですよ?」

「はい、もちろんです」


 突然のリュウの言葉に、グレアは更に驚いた。

 が、軽い口調とは対照的なリュウの瞳を見て、グレアは気圧されてしまっていた。


『ど、どうしよう、ココア! ご主人様、また無茶するんじゃ……』

『姉さま、落ち着いて! まだ戦闘になるとは決まってないから!』


 そんなリュウの様子に、リュウに聞かれない秘話回線でミルクは狼狽え、ココアはそんなミルクを宥めていた。










 リズ達は木の陰から、川向こうの木々が開けた場所に、ドンガの群れを見ていた。

 距離は五十メートル程、その数は十六頭。

 多い、とリズは思った。


 リズは火と水の魔法を扱えるが、ドンガに水は役に立たない。

 エンバは風、あとの二人のレシェとフェイは地の魔法だ。

 そして攻撃魔法に関して言うならば、リズとエンバは範囲攻撃を持っているが、レシェとフェイは単体攻撃しか持っていない。


 それに群れといっても寄り集まっている訳ではなく、結構な範囲に分散している為、範囲攻撃を同時に撃っても、五、六頭倒すのが精一杯だろう。

 その後、残った群れに突進されれば、範囲防御を展開しても、被害が出るだろう。


 そう分析していたリズだったが、ドンガの数頭が向こう岸から川を渡ろうとするのを見て、覚悟を決めざるを得なくなった。


「レシェ、フェイ、川を渡る奴を仕留めてくれ! エンバと私で後続を!」


 一瞬で指示を出し、リズとエンバは身構え、レシェとフェイが右手を伸ばし魔法を発動する。


「「地重槍!」」


 同時に発動された川底から突き出た槍は、川を渡ろうとしていた二頭のドンガの腹から背に突き通り、一瞬で二頭を絶命させた。

 だが、その仲間の突然の死に、残った群れが反応し、川に向かって突進を始めた。


「炎流渦!」

「風刃渦!」


 そしてリズとエンバの範囲攻撃が、ドンガの群れを飲み込もうとした寸前にそれは起こった。


「ブモォォォォ!」


 ドンガの群れの前に巻き上がる水。

 それはリズとエンバの魔法の威力を半減させ、先頭を走る三頭を犠牲にしたものの、残りの十一頭をほぼ無傷で守った。


「ちいっ! これだけかっ!」

「地障壁!」

「地重槍!」


 リズの叫びに、レシェが二十メートル前方に範囲防御を展開し、土の壁がドンガの前に立ち塞がると、フェイの槍がその内の一頭を再び串刺しにした。

 だが後続のドンガが土の壁を破壊し、残ったドンガは再び加速する。










「猪じゃん……あ、角生えてる……」


 グレアに連れて来られたリュウは、リズ達から少し離れた場所から、ドンガを見ていた。

 ドンガは、大型の猪に二本の角を加えたような姿をしていた。

 そして突然始まった魔法攻撃に、ドンガの群れが突進を始め、リュウはその場から見物しながら、ミルクとココアに指示を出す。


『ミルク、ココア、万が一に備えて、撃てる様にしといてくれ!』

『はい……ご主人様、知りませんよ? 後で痛くなっても……』

『姉さま、ご主人様は言い出したら聞いてくれませんよ?』

『後の事より、今の事だ。頼りにしてるぞ!』

『わ、分かりました』

『任せて下さい!』


 木にもたれた体勢で、折れた左腕を肘から先だけ前に、無傷の右手を肩から前に伸ばし、構えるリュウ。


「あの、リュウ……様?」


 リュウの様子を、横で見ていたグレアが不思議そうに尋ねる。


 土の壁が破られ、十頭のドンガがリズ達に迫るが、前の四頭が見えない何かに切り裂かれ、次の三頭が燃え上がる。

 だが残りの三頭がリズとエンバの目前に迫る。


「撃てっ!」


 リュウの声を合図に、大気を切り裂くかの様な連続する発射音。

 グレアの目が驚愕に開かれる。

 そして辺りには静寂が戻った。










 土の壁を突破した十頭のドンガに向けてエンバが再び魔法を放って先行する四頭を切り裂き、リズも突っ込んで来るドンガに二発目の魔法を放った。

 だがそれは三頭のドンガを仕留めたが、残りの三頭まで範囲が及ばず、無傷で残してしまった。

 そしてその内の一頭はエンバに、残る二頭がリズに向かって突進し、エンバとリズは木の陰で身構えるのが精一杯だった。


 ドンガの体当たりは今リズ達が盾にする直径二十センチ程度の木なら、へし折ってしまう。

 ただドンガは愚直に直進する為、逃げ間違わなければ回避も可能だ。

 だがリズは二頭に迫られ、青褪めた。


 リズとエンバが覚悟を決めて歯を食いしばるその時、風を斬る様な音と共に、迫る三頭のドンガが突進する勢いのまま地面を転がった。

 そして三頭のドンガは、そのまま立ち上がる事無く倒れている。


「え……」


 しばし呆然とするリズとエンバ。

 レシェとフェイも狐につままれた様な表情だ。


「い、一体、何が……」


 転がるドンガの一頭に近付き、リズは呟きながらドンガを凝視する。

 ドンガの頭部に二つの穴が開き、(おびただ)しい血が流れている。

 そして、もう二頭のドンガも同じ様に、頭部に二つの穴が開いていた。

 リズ達は他のドンガの確認も忘れ、しばし頭部から血を流すドンガを見つめていたが、少し離れた所から騒がしい声が聞こえ、そちらに目をやった。


「グレアさん、歩けますから降ろして下さいって! 恥ずいって!」


 声の主は、グレアにお姫様抱っこをされて顔を真っ赤にして抗議する、上流から下って来たリュウであった。










 リズ達と合流し、ようやく地面に降ろされたリュウは、地面に座り込んで額の汗を拭っている。


「えっと……ミルク、ココア、ちょっと足の痛み消せる?」

「やっぱり無理して……もう……」

「あまり効果は期待できませんよ? ご主人様……」


 ミルクとココアは主人の要望に応える為に、怪我の中ではまだマシな部類の足から人工細胞を集め対応したが、筋繊維が微細に断裂している箇所が多数ある為、リュウはかなりやせ我慢していた。


「もう無理しないから、そんなに怒んなよ……な?」


 頬を膨らませるミルクと、困ったような表情のココアを軽く宥めて、リュウは少し痛みが引いたのか、ホッとため息を吐く。


「グレア、待っていろと言ったのに……あれはお前が?」

「違う、リュウ様だ。リュウ様が……よく分からんが、残りのドンガに向けて何かを撃って下さったのだ」


 まだ少し呆然とした感じを残したままリズがグレアに尋ねると、グレアは対照的に興奮した様子でリズに見たままを語った。


「な……リュ、リュウ様、感謝致します! お蔭で助かりました!」

「いえいえ、礼ならミルクとココアに。撃ったのは彼女達ですから……」


 やはり、という感じでリズはリュウに感謝を述べるが、リュウは疲れたのか、顔も上げずに両腕を上げ、ミルクとココアを前に出した。


「ミルク様、ココア様、感謝致します。危ないところを――」

「いいえ、リズさん。それよりも川で冷たい布を。やはり無茶でした、ご主人様の熱が上がっています」

「は、はい! 直ぐに!」


 改めて礼を言うリズを遮り、ミルクはリズにリュウの応急措置を乞うた。

 僅かに余る人工細胞だけでは、リュウの上がる熱に対応できなかったのだ。


 リズは自ら川に入り、布を冷たい川に浸すと軽く絞って戻って来た。

 その時にはリュウの背には再び簡易ベッドが形成され、残る四人の男達は感嘆の声を上げていた。

 だがそのベッドの上のリュウは、急激に上昇し始めた熱に玉の汗を浮かべていた。


「どうぞ、これを」

「は~、冷てぇ~。助かります、リズさん」


 額に冷たいおしぼりを当ててもらい、お礼を言うリュウだが、再び急接近してきた双丘に視線は釘付けだ。


「い、いえ、リュウ様はお休みになって下さい。後はお任せを」

「じゃあ、済みませんが――」


 少しでも双丘を間近に見ていたいのか、まだ何か言おうとするリュウだったが、主人の視線に気づいていたミルクの我慢が限界になった。


「ご主人様! あとはミルクが対応しますので、早く休んで下さい!」

「へいへい……」

「ほんとにもう……リズさん、すみません」

「いえ、構いません。では、向かいましょうか」

「はい、よろしくお願いします」


 プンスカするミルクにリュウが熱のせいかあっさり引き下がると、一行は再び川に沿って歩き始める。










「生きている金属……ですか!?」

「はい、そう言うのが一番分かり易いかと……」


 町を目指し歩きながら、リズはミルクとココアにリュウの事を色々尋ねていた。

 因みにリュウは熱でうんうん唸り、アイスが翼でリュウを扇いでいる。


「こういうのですね」


 ココアによってリュウの手から銀色の液体が溢れ出し、瞬時に固まる。

 リズが恐る恐る触れると、それは鋼の硬さを有している。

 そしてそれは再び液体になって、リュウの手に染み込んでいく。


「凄いですね……これがリュウ様の体の中で、傷を塞いでいるのですか……」

「簡単に言うと、そうなります……」

「そうですよね、でなければこれ程の怪我で動くなど……」


 リズは怪我の酷さに比べ、リュウが普通に会話したり、肩を貸してもらったとは言え歩いたなど、普通では考えられない出来事にようやく納得がいった様だ。


「町は遠いのでしょうか?」

「いいえ、このユール川沿いをあと半時も歩けば見えて来るかと」

「そうですか……町では何とか安静にして頂きたいのですが……」

「それなら、大丈夫です。町には治癒術士と呼ばれる者達が多数居ます。彼女達ならリュウ様を治してくれるでしょう」

「本当ですか!?」

「はい、直ぐに完治するかは分かりませんが、数日も有れば大丈夫かと」

「良かったですね、姉さま!」

「良かったね、ミルク!」

「ええ、アイス様! ココア!」


 そして、ちっともじっとしてくれない主人に不安を覚えるミルクに、リズは朗報をもたらし、ミルク達はホッと胸を撫で下ろすのであった。

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