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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
30/227

02 療養

 翌朝、日が昇り始め、辺りが美しく彩り始めた頃。


『うう……ぐすっ、酷いよココア……』

『昨日に続いてもう……そろそろアイス様が目を覚ましますよ?』

『コ、ココアが意地悪するからでしょ……』

『どうして、ご主人様のお小水をお任せするのが、意地悪なんだか……』


 という訳で、ミルクはココアに主人の下の世話を突然振られ、盛大に狼狽した挙句に結局何もできず、ココアの手際の良い処理を見せつけられて、朝からベソをかいているのである。

 出しに使われた、リュウの意識が無いのが幸いである。


「う……」

『ッ! ご主人様っ!』

『ご主人様! 気が付きましたか!?』


 転移装置に落ちて約二十時間、ようやくリュウの意識が回復し、ミルクとココアはほっと胸を撫で下ろした。


「あ……う……」

『待ってください、少しずつどうぞ……』


 喉が干乾びて声が出ない主人に、ミルクが人工細胞製の吸い飲みを用意する。

 リュウは素直に少しだけ水を口に含むと、ゆっくりと喉を潤した。


「俺……助かったのか……アイスは?」

『ご主人様の右腕に掴まっていらっしゃいますよ』

「ん……ああ、無事だったんだな……」


 顎を引き、右腕に掴まって眠るアイスを確認し、ほっとした表情のリュウ。


『はい、昨日は一生懸命、お水を汲んで下さいました』

「そっかぁ……ふぅ……ミルク、ココア、ありがとな……」


 ミルクから昨日のアイスの様子を聞かされ、深く安堵のため息を吐いたリュウは、ゆっくりと噛みしめる様にミルクとココアに礼を述べた。


『――ッ』

『はい、ご主人様。……姉さま……』

『っく……ご、ごめん……なさい……ひっく……』


 その途端ミルクの感情は決壊し、ココアに優しい声で気遣われ、謝りながら懸命に泣き止もうとしたが、


「ミルクは泣き虫になったなぁ……」

『う……うえぇぇ……わあぁぁぁぁぁぁ……』


 主人に優しく呟かれ、とうとう大泣きしてしまった。

 ミルクはずっと、主人を失うかも知れない不安に怯えていたのだ。


『今だけ許してあげて下さい、ずっと姉さま心配してたんですよ?』

「そっか、ごめんなミルク……んでココア、ここってどこ?」


 先程までとは打って変わって、ミルクを優しくフォローするココア。

 リュウはもう一度謝ると、ココアに現在地を尋ねた。

 どう見てもエルナダの風景とは違う、大自然のど真ん中なのだから無理もない。


『分かりません……それと、謝罪しなければならない事があります……』

「ん? 謝罪?」


 主人の問いに短く答えるココアが声色を改めて謝罪を切り出すが、リュウには何の事か分からずきょとんと聞き返す。


『はい。エルシャンドラ様のネックレスを失いました……申し訳ありません』

「掴んだんじゃなかった?」

『はい。ですが、ここに来た時にはチェーンが切れてしまっていて……』


 ココアのメモリーには、最後の力を振り絞って自分の名を叫んでくれた主人の声が、焼き付いたように残っていた。

 それだけではない。

 リュウが利き腕を振るう時、それはココアに全てが委ねられる時だった。

 それはココアにとって誇らしく、たった数時間という短い時の中でありながら、主人との絆を感じる大切な物となっていたのだ。

 なのに最後の最後で、期待に応えられなかったのだ。


「そっか……この治癒の竜珠みたいに何かの効果が有ったんだろうけど、無いならしょうがないよなぁ? エルシャさんも怒ったり……しねえ……はず!」

『はぁ……ご主人様……あの、怒ってないんですか?』


 治癒の竜珠を見ながら気を落とす様子もなく、むしろ茶目っ気交じりの発言をする主人に、叱られて当然だと思っていたココアは、恐る恐る尋ねてみる。


「怒る訳ないだろ。ココアがやって無理なら、誰にもできねーって」

『……あ、ありがとうございます!』


 さも当然の様に語られる主人の言葉に、ココアはほんの一瞬フリーズした。

 そして尚、寄せてもらえる信頼に、全力で応えようと自身に誓うのだった。










 大泣きしていたミルクがようやく泣き止み、今はアイスが泣いている。

 アイスは目覚めてすぐリュウが意識を回復しているのを見て、それはもう盛大に泣いた。

 そしてリュウの体の心配とこれまでのお礼を沢山言ったのだが、泣きながらだった為にリュウはアイスが何を言ってるのか聞き取れず、つい吹き出してしまったのだ。

 その為、一生懸命お礼を言っていたのに笑われてしまったアイスは、悲しいやら、恥ずかしいやらで更に大泣きしてしまい、逆に冷静さを取り戻したミルクとココアにリュウは説教される羽目になった。


「笑って悪かった。ごめんな、アイス。あ、そうだアイス、手ぇ出して」

「ぐすっ……手? こう?」


 真面目に謝ったリュウに言われて、アイスは左手をリュウに伸ばす。

 リュウはその小さな手を取ると、エルシャンドラの切れてしまったチェーンを緩く巻いた。


「ミルク、留めてくれる?」

「はい、ご主人様」


 リュウの意図を察したミルクによって、アイスの手首に巻かれたチェーンは人工細胞に包まれ、再び姿を現した時には、一枚の薄く小さいプレート付きのブレスレットになっていた。


「わあ……ミルク、リュウ、ありがとう!」

「どういたしまして、アイス様」

「へえ……プレート一枚で結構見栄えが良くなるもんだな……これは?」


 さっきまで泣いていたのが嘘かの様なアイスの嬉しそうなお礼にミルクはにこりと微笑み、リュウは出来上がったブレスレットのプレートに細工された竜のレリーフについてミルクに尋ねる。


「治癒の竜珠の台座にあるものを真似てみました。知りませんでしたか?」

「ん? 台座?」


 ミルクに言われ、リュウが自身の首に掛かる竜珠を手に取って見ると、確かに真紅に輝く竜珠を透かした底に、同じものを見る事ができた。


「今まで、知らなんだ……」

「掛けてる人は上からしか見えませんから、気付きませんよ姉さま」

「それもそうですねぇ」

「んじゃ、アイスとお揃いだな!」

「うん!」


 そうしてアイスもご機嫌になり、リュウ達は今後について話し合う事になった。

 リュウの要望で、ミルクとココアは立体映像を出している。


「そっかぁ……帰還の竜珠があれば、エルシャさんの所に行けたのか……」

「申し訳ありません……」


 アイスに切れたネックレスに付いていた宝石の事を聞いたリュウが、ため息混じりに呟くと、ココアが再び済まなそうに謝罪する。


「ココアのせいじゃないよ! それに父さまも母さまも探しに来てくれるよ!」

「そだな! それまで頑張って泣くんじゃないぞ、アイス!」

「な、泣かないよぉ!」


 しゅんとするココアをアイスが声高に庇い、希望的観測を口にする。

 そんなアイスを同調するリュウが明るい声でからかい、アイスはドキッとしつつも強がって見せた。

 そんなリュウとアイスに、ただ静かに頭を下げるココア。


「で、これからどうすんだ?」

「どうって言われましても……当分ご主人様動けませんよ?」


 ミルクとココアによって痛みを大幅に軽減されているリュウは他人事の様に今後についての話に切り替え、ミルクは初めてリュウに姿を見せた時もこんな感じだったなぁ、と思い出しながら答えた。


「なんで?」

「な、なんでって……大怪我なんですよ!?」


 主人の軽い問いに、いつもこんな感じに振り回されたなぁ、と思いつつ真面目に答えるミルク。


「いや、でもさ、ミルクが操ってくれるじゃん?」

「しませんよ! 今は緊急時でも何でもないんですから、安静にしてて下さい!」


 なので、このリュウの言葉はミルクに予想がついていた。

 そして、ちょっと怒ってます風なビシッとした態度で安静を言い渡す。

 当然、次はあのセリフに違いない、とミルクは予想する。


「え、マジで!?」


 ほら! やっぱり! そう思ったミルクだったが、


「お、大マ……ジ……ですぅぅ」


 リュウが生きていてこそ聞けるのだ、と思った途端、感情がまた溢れてしまった。


「ミルクぅ……泣かないで……」

「泣いてるミルクも可愛いけど……重症だなぁ……」

「拗れる乙女って厄介ですね……」

「ち、違っ! ちょっと気を抜いただけだから! もう大丈夫だからっ!」


 アイスがミルクに同情してホロリとし、リュウはちょっと困った顔、そしてココアが毒を吐き、ミルクは慌てて涙を拭った。


 その後、利便性を考慮してリュウを寝かせたままミルクとココアによる引っ越しが行われ、アイスが水を汲みに行った場所にリュウは寝かされた。

 因みに引っ越しは人工細胞に適さない金属を使った薄い多脚のベッドにリュウを人工細胞で固定し、それぞれの脚の根元だけを人工細胞で動かして移動した。


「お~、こっちの方が良いじゃん!」

「そうですね、頑張って引っ越した甲斐がありました」

「でもこの音だと、周囲に探知機が必要ですね……」

「それにやっぱり、ちょっと暗いね……」


 引っ越し先はすぐ傍に渓流があり、元居た所より木々が多い為、日陰が多く少し肌寒いくらいだったが、リュウは落ち着くという理由で、ミルクは水の確保が容易だという理由で喜んだ。

 ココアも概ね同意であるが、暗さが苦手なアイスはリュウの腕にしがみつく。


 こうして、見知らぬ土地でリュウは療養から始める事となった。

 そして、竜力が枯渇しているアイスもリュウの横で療養となった。










 リュウはミルクやココアに頼りっぱなしだった今までの反省から、ミルクに用意してもらった脳内ツールで、人工細胞の制御の練習を始めた。


 ミルクの人工細胞管理・制御機能を複製し改良した、ミルクやココアを介さないこのツールは、ミルクとココアの制御下にある人工細胞には干渉せず、余剰分だけをリュウが扱える様にミルクが用意したものである。

 更にこのツールは、リュウの思考を直接反映し、リュウにツールを扱っているという感覚を意識させない。


 なので最初こそ操作に戸惑ったものの、操作感覚を掴んでからはリュウはストレスを感じる事無く、ミルク達に劣らない速度で人工細胞が扱える様になるのである。

 リュウの大雑把な要望をミルクが細やかに読み解き、微調整を何度も繰り返した、ミルクの傑作とも言えるツールなのであった。


 三日目、リュウが目覚めてからで言えば二日目だが、リュウは僅かに上半身を起こした状態のベッドに横たわったまま、朝日に輝く渓流をじっと眺めていた。


 このベッドは人工細胞に適さない弾丸や針など、消耗品となる金属を薄く伸ばして作られたものだが、金属の量が足りずに頭から太ももまでの長さしか無く、足は地面に投げ出す格好になっている。

 背中と頭部の負傷箇所には穴も開けられ、傷口が擦れない様に工夫もされており、痛みが有ることは有るが、怪我の大きさに比べればなかなか快適な環境を用意されていた。


 リュウの怪我は、腹部を貫通された事による胃の破裂と周辺組織の断裂、天井崩落時にできた頭部と背中の裂傷、パストル戦での左前腕貫通創が酷く、人工細胞が集中的に使われており、次いで左上腕と肋骨の骨折部、左肩の脱臼、各部筋肉損傷部に補助的に人工細胞が割り当てられていた。


 本来ならそれでも人工細胞が足らず、練習など出来なかったのだが、アインダークから貰った治癒の竜珠のお蔭で、拳ほどの量をミルクが用意してくれていた。


 渓流をじっと眺めるリュウが、左腕を煌めく流れに向ける。

 ズームされたリュウの視界の、中央のサイトが緑から赤に変わる。

 その瞬間、「パシュッ」と短く鋭い音がし、渓流の水面がキラキラと跳ねた。

 そして左腕に感じる小刻みな振動。

 リュウは左腕から極細のワイヤー付きの小さな銛を発射し、魚を射抜いたのだ。


「おっし! 巻き取り~!」

「す、凄いです! 一度目で成功だなんて!」

「さすがご主人様です!」

「リュウ、すごいね!」


 皆の称賛を浴び、満面の笑顔で人工細胞の糸を巻き取ったリュウは、魚を右手で掴み、銛のフックを解除して魚を外すと、ベッド脇の容器に魚を入れた。

 点滴中のリュウは当然食べられない。

 食べるのは黒く小さな食いしん坊だ。


「ミルク、問題無いか調べてくれる? イワナっぽいけど大丈夫かな?」

「はい……問題ありませんよ、ご主人様」

「よっし、もっと捕まえよう!」

「アイスも果物とか採ってくるー!」


 そしてリュウに触発されたアイスが自分も頑張ろうと声を上げたその時、ココアが警戒網に何者かの接近を感知する。


「ご主人様! 誰か来ます!」

「! どうする? 動けねえぞ?」

「リュウ……」

「大丈夫だ、まずは話してみよう。ダメならミルクとココア、腹以外の人工細胞は全部使え。アイスは守り切るぞ!」

「は、はいっ!」

「お任せ下さい!」


 一瞬狼狽えたリュウだったが、アイスの不安そうな声に瞬時に腹が据わった。

 そしてその雰囲気が変わったリュウに、ミルクとココアも立体映像を切り、戦闘態勢に入る。


「おい、こんな所で何をしている!? 人間か!?」


 そうしてそこに現れたのは、スラリと伸びた褐色の長い足を惜しげもなく晒した金髪の綺麗なお姉さんだった。

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