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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第一章
24/227

23 死闘

 観測室に辿り着いたリュウはミルクに体の制御を預け、そっと左手を壁に当て内部の様子を伺っていた。

 今のリュウの視界には、内部を盗み見るミルクの偵察糸からの映像がリンクされている。


『普通に考えて、こんな戦闘に参加なんて無理じゃね?』

『槍を打ち込もうにも、こんなに動かれては……』

『ヨルグヘイムが一人離れた瞬間を狙うしか無さそうですね』


 内部の三人による激しく立ち位置を入れ替える戦闘に、リュウ達は唖然としていた。

 それでも何かできる事は無いかと脳内で相談していたリュウは、偵察糸越しの視界に映るヨルグヘイムと目が合った気がした。


『ミルク!』

『!』


 咄嗟にミルクが反応し、その場を飛び退く。

 直後に壁が吹き飛び、土煙が巻き起こった。


「コソコソしおって、ネズミが……」


 戦いながら、ヨルグヘイムはリュウの気配に向かって光を放ったのだ。

 リュウの居た場所の壁に大きく穴が開き、ミルクの偵察糸は消滅してしまっていた。


「くっそー、バレないと思ったのに……」


 破壊された壁の穴から、ひょこっとリュウが顔を覗かせた。

 そうしているのは体の主導権を持つミルクだが、当然リュウの指示である。


「リュウ!? 何故戻って来た!」


 ヨルグヘイムと距離を取ったアインダークが、責める様な口調で尋ねる。


「それが、エレベーターやら通路やらが崩壊して……全員無事なんですけどね」


 それを聞いたエルシャンドラが一瞬ほっとした様な表情を見せ、次の瞬間には驚愕の表情に変わった。


「リュウ!? どういうつもりですの?」


 リュウは壁の穴から部屋に入って来たのだ。

 そしてヨルグヘイムを見据え、構えを取ると、はっきりと言った。


「アイスを不安にさせる奴はとりあえず、ぶん殴ってやる」










 ぶん殴ってやる、そう宣言したリュウだったが、戦闘しているのはリュウを除く三人のみ。

 余りにトリッキーな三人の動きに、ミルクが困惑している為である。


『ミルク! 何やってんだよ、格好悪いだろ!』

『そう言われましても、この動きに合わせるのは無茶過ぎます!』

『別に格闘しなきゃいいだろ? 針撃て、針!』

『えっ!? だってご主人様が……』

『そう言っときゃ、油断するかも知れねーだろ?』

『あ、そ、そうですね……』


 リュウのぶん殴る宣言に応えようとしていたミルクは、針と言われて更に困惑するが、油断を誘う目的だと言われ本来の趣旨を思い出した。

 要はヨルグヘイムを倒せばいいのであって、格闘する必要は無いのだ。

 ミルクの立体映像がもし今表示されていれば、分かりにくい主人に対してジト目を向けていたかも知れないが。


 気を取り直したミルクによって、リュウはアインダークの背後に接近した。

 そしてエルシャンドラの攻撃に対応するヨルグヘイムに向けて、アインダークの脇からココアが針を発射する。


「む!」


 針はヨルグヘイムの手に小さく纏った光に弾かれる。

 だが本来ならエルシャンドラに反撃できていたはずのヨルグヘイムは、一手遅れてしまっていた。


「リュウ!?」

「それは一体……」

「ふん、パストルを倒したのか。他にも人工細胞を持つ者が居たとはな……」


 投げる訳でも無く、ただ拳を向けただけで針を発射したリュウに、アインダークとエルシャンドラは驚きと困惑を見せ、ヨルグヘイムはパストルが侵入者を止められなかった訳を理解した。

 そのヨルグヘイムの言葉で、アインダークとエルシャンドラもリュウが何がしかの能力を有しているのだと、漠然とながら理解する。


「お前らの人体実験の成果を、その身で味わえ!」


 そう叫び、リュウはその後もしつこく針を射出していく。


「調子に乗るな」


 ヨルグヘイムがそう言うのと同時に、床に砕けて散らばっている大窓の分厚い破片が光を纏い、リュウに殺到する。


「うおおおお!? ぐぶぅっ!」

『ご主人様っ!』


 その場を飛び退き、更に左手の盾で咄嗟にガードするリュウ。

 だが盾を外れた大きな破片がリュウの腹に直撃し、肋骨が砕ける。

 リュウはよろよろと後退し、機械にもたれかかる。


「そこで大人しく見ているがいい」


 戦闘参加一分も立たぬ間に、蚊帳の外に置かれてしまったリュウ。

 再び戻った三人の戦いは、二対一にも関わらず、ヨルグヘイムの方がやや有利に展開していた。










 ロダ少佐とアイスを抱えたドクターゼムは、リュウと別れた場所から少し離れた場所で周囲を警戒しながら待っていたが、時折激しく揺れる通路に不安を覚えていた。


「ここも安全とは言えんじゃろうな……」

「そうですね、まだ通っていない通路を調べておきましょうか……」

「うむ、そうじゃの……少佐、頼めるか?」

「分かりました、ドクターはここでリュウを待っていてください。万一の際は、次の分岐まで退避を」

「うむ、了解じゃ」


 そうして、ロダ少佐は急ぎ通路を調べに向かった。


「ドクター、少し床に降ろしてもらえる?」

「む、少々力が入ってしまいましたかの?」

「ううん、少し伸びをしたくて……」

「分かりました」


 腕の中でずっと大人しくしていたアイスは、そう言って床に降ろしてもらうと翼を伸ばした。

 そしてリュウが去った方向に数歩進むと、そのままじっと先を見つめていた。


「アイス様?」


 そのまま動こうとしないアイスに、ドクターゼムはふと嫌な予感がして歩み寄ろうとした時、アイスは崩れた通路の隙間に飛び上がっていた。


「アイス様!」

「ごめんなさい、ドクター。アイスは父さまと母さまの所に戻ります」

「いけませぬ! そのお体では――」

「それにリュウが頑張ってくれているのに、アイスだけ逃げられません!」

「アイス様!」


 アイスはリュウが居なくなった事で、不安に押し潰されそうになっていた。

 もし皆がやられて、自分だけが助かったら、そう思うと恐ろしくて仕方が無かった。

 そんな思いをするならば、痛くても辛くても一緒が良い、と思ったのだ。

 そう思ってしまうと、もうここに居られなかった。

 アイスはもう一度ドクターゼムに謝ると、隙間の向こうに姿を消した。

 ドクターゼムと、その後戻って来たロダ少佐は、進むことも戻る事も出来ず、ただリュウとアイスの無事を祈るしかなかった。










 ヨルグヘイムはアインダークに対しては防御のみで反撃をせず、エルシャンドラを集中的に狙い始めていた。


『くそ、あいつエルシャさんばっか狙いやがって! ココア、昨日セグ大佐が言ってたコアってやつを狙えないか?』

『コアがどこに有るのかが、分かりません!』


 昨夜、リュウはセグ大佐からアインダークとの会話を聞かされていた為、コアが星巡竜の力の源だと知っていた。

 ココアも情報を共有されている訳だが、肝心な場所については聞かされていない。


『あ、まずっ! ココア!』

『はい!』


 攻撃を捌ききれなくなったエルシャンドラを庇う様に、無理にアインダークが立ちはだかった隙をヨルグヘイムは見逃さない。

 少し離れた場所で機械にもたれ掛かる戦闘不能のリュウは、そんなヨルグヘイムの動きをじっと見ていた。


「ぬうっ! っぐ!」


 腹部に蹴りをもらい、吹き飛ぶアインダーク。


「あなたっ!」

「ッ!」


 アインダークが叩きつけられた機械がひしゃげ、一瞬気を取られたエルシャンドラにヨルグヘイムの拳が届く寸前、ヨルグヘイムはその場を飛び退いた。


『くそ、惜しい!』


 エルシャンドラの背後にある機械から、槍が飛び出しヨルグヘイムを襲ったのだ。

 リュウは戦闘不能のフリをしつつ、周囲の機械内部を同化させていたのだ。

 パストル博士のパクリだが、ココアが次々と槍を射出してアインダークが復帰する短い時間だがエルシャンドラを守り切った。


「リュウ、済まぬ」

「助かりましたわ」


 二人はリュウに短く告げると、再び仕切りなおした。

 だが、今のリュウにはそれに答える余裕が無かった。


『ご主人様、腹部の出血は抑えました! ですが、激しい動きは厳禁です!』

『てか、この痛み消して! めちゃくちゃ痛いんだけど!』

『限界です! もう何度も痛みを緩和しすぎて、効果があまり出ません!』

『マジかよぉ……』


 リュウは肋骨を砕かれただけでなく、内臓を痛めてしまっていた。

 攻撃をココアに任せてミルクが必死に治療してはいるが、パストル博士からの戦闘で痛みを遮断し切れなくなっていた。

 そして治療と攻撃をそれぞれミルクとココアが行っているという事は、リュウの体はリュウ自身が制御しているという事だ。


「小賢しい、消えろ」

『ッ! ご主人様っ!』

「ぐあっ!」


 ヨルグヘイムの呟きに、もたれかかる機械が発光し、爆発する。

 ミルクの声に咄嗟に両腕でガードするリュウは、爆発の被害を何とか免れはしたが、その爆圧に飛ばされてしまった。

 ヨルグヘイムの足元に。


「うぐぅ」


 首をヨルグヘイムの左手で掴まれ持ち上げられるリュウは、必死でその左手を外側から()じ開けようと両手の指を潜り込ませる。


「リュウ! させぬ!」

「ッ!」


 アインダークとエルシャンドラは、捨て身でリュウを助けようと突っ込んだ。

 が、それこそを読んでいたヨルグヘイムによって、ほぼ同時に二人は吹き飛ばされてしまった。

 そして高々と持ち上げられるリュウは、その首を折られる寸前だった。


「ぐ……え……」

「リュウッ!」


 叫びながらその場に飛び込んで来たアイスがヨルグヘイムの右足に飛びつき、その牙を立てる。


「人化も出来ぬ程、竜力を失った分際が……邪魔だ……」


 だがヨルグヘイムが軽く右足を振っただけで、アイスは無慈悲にも機械に叩きつけられてしまった。


「ぐぅ……アイス!」

「アイスッ! よくも!」

「ア……イ……ス……」


 吹き飛ばされたアインダークとエルシャンドラが、機械に叩きつけられた我が子に驚きと怒りの声を上げるが、今駆け寄ってはリュウを救えない、とヨルグヘイムに向かう。

 そして機械に叩きつけられ、声も無くその場に倒れ込んだアイスを見たリュウは、ミルク達の助けも借りながらヨルグヘイムの左手を僅かに抉じ開け、ヨルグヘイムの胸に右足をトンッと付けると、ありったけの力で右足を蹴り伸ばした。

 同時にココアが、右足の裏から針というよりは弾丸に近いそれを一斉に撃ち出す。


「ちいっ!」


 そのまま首を砕いて終わると思っていたヨルグヘイムは、そこから反撃されるとは思っていなかったのか、咄嗟に針を弾いたがリュウの脱出を許してしまった。

 首から血を流しつつも脱出したリュウはそのまま床に着地し、その場を飛び退こうとするが、それよりも速くヨルグヘイムの左足がリュウを蹴り飛ばす。

 だがそれは途中で再び飛び込んだアインダークの右足に止められ、威力を半減させられていた。


「げふっがはっ」


 それでも飛ばされ、強烈に機械に腹を打ち付けてしまったリュウは、血反吐を吐く羽目になった。


『ご主人様!』

『ミルクッ! 体を制御しろっ!』

『は、はい!』


 ミルクの声を無視して、口から血を流しつつ命令を下すリュウ。

 飛ばされ、離れた位置から三人の動きを見る事が出来たリュウは、アインダークの背後からタイミングを計るエルシャンドラを、ヨルグヘイムが一瞬見たのを見逃さなかった。

 首から下の感覚が消失し、一時的に痛みを忘れたリュウは、視界の隅によろよろと動くアイスを一瞬確認して、目の前の戦闘に集中する。


『ココア! ご主人様の出血を止めて!』

『はい! 姉さま!』


 リュウの体を制御する為、ココアに治療を任せるミルク。

 ココアは治療を施しながらリュウの防御を少しでも上げようと、右手から背後の機械を分解し、取り込んでいく。


 苛烈さを増していくアインダークの攻撃に、ヨルグヘイムは防御に徹し始めていた。

 そしてエルシャンドラが動こうとしたその瞬間、ヨルグヘイムはアイスに向けて光を放つ。


『ミルク!』

『はいっ!』


 アイスを狙われて気を取られた刹那、アインダークの死角から跳ね上がったヨルグヘイムの蹴りが、アインダークを強烈に吹き飛ばした。


「ぬぐぅ!」

「ちっ!」


 だがアイスを狙った光はリュウに読まれ、ミルクの的確な移動により盾を破壊されながらもアイスを守り、ヨルグヘイムが舌打ちする。


 そのヨルグヘイムに向けて、エルシャンドラの手刀が突き出される。

 アインダークを蹴り飛ばした直後の、崩れた体勢に吸い込まれるエルシャンドラの手刀を、ヨルグヘイムは更に体勢を後ろに崩す事で回避する。

 目標を失った手刀が空を切り、エルシャンドラの体は大きく前に流れた。


「あぐぅ!」


 エルシャンドラの顔の真下から、ヨルグヘイムのもう一方の膝が奔る。

 エルシャンドラの顎が跳ね上がり、前傾した姿勢が空中で無理矢理起こされる。

 そして、ふわりと着地したエルシャンドラの膝が折れる。


『ミルク! エルシャさんを突き飛ばせ!』

『ッ!』


 ヨルグヘイムの眼前で膝立ちで天井を仰ぐエルシャンドラは、意識を飛ばしているのか完全に無防備な状態だった。


「まず一つ」


 ヨルグヘイムの感情を伴わない呟き。

 そこへ霞むように飛び込みながら、リュウは心の中で叫んでいた。


《目の前で親が死ぬのを見るのは、俺だけで十分なんだよっ!》


 エルシャンドラの胸に突き出される、ヨルグヘイムの手刀。


「母さまっ……えっ!?」


 倒れ動けぬまま、その瞬間を見ていたアイスは、母の窮地に叫ぼうとして、一瞬で変わった光景に唖然とした。

 そこにあったのは胸を貫かれる母の姿ではなく、腹を貫かれるリュウであった。










 アイスを盾で守り、エルシャンドラを突き飛ばすまで、僅か二秒程。

 リュウの命令に最速で動いたミルクだったが、エルシャンドラを突き飛ばすのが精一杯で、ヨルグヘイムの右手を躱せず、腹を貫通されてしまっていた。


『あ、あ、そんな……』


 ココアが念入りに怪我をした腹部に装甲を纏わせていたにも拘わらず、手刀で腹部を貫通されてしまった事で、ミルクは初めて取り乱した。


『姉さま――』

『ミルクッ! 奴の手を放すなっ!』

『ッ!』


 破壊された腹部を修復する為、全身から人工細胞を掻き集めるココアの呼びかけを遮ってリュウの命令が放たれ、ミルクは反射的にヨルグヘイムの腕を両手で掴んだ。

 今、もし取り乱したミルクがリュウの体を回復させようと体の制御を手放していたら、リュウは想像を絶する激痛に命令どころか意識を手放していたことだろう。


「ぐ……リュウッ!」

「何て事を!」


 飛ばされてしまい、機械に手を掛け立ち上がろうとするアインダークが、リュウの惨状を見て叫ぶ。

 突き飛ばされ、倒れたまま振り返ったエルシャンドラが、驚愕の表情で叫んだ言葉は、ヨルグヘイムに対してか、それとも無謀過ぎたリュウに対してだったのか。


「余計な真似を……」


 目的を邪魔され、さすがのヨルグヘイムも苛立ちを露わにするかと思われた。


「うぶっ……ぶはあっ!」

『ご主人様ぁっ!』


 体の感覚は無くても込み上げてくる嘔吐感に体が耐えられず、リュウは大量に吐血してヨルグヘイムの腕を掴む手を真っ赤に染め、ミルクが思わず悲鳴を上げる。

 腕が抜かれなければ処置できないのに真逆の命令を与えられた事も、悲鳴の一因かも知れない。

 そしてリュウの血を浴びてヨルグヘイムは溜飲を下げたのか、再び感情の無い瞳に戻った。


『ちくしょう……こんな所で死ぬのか? 俺……ッ!』


 自身が吐き出した血の量に、痛みは無くともリュウはさすがに死を意識した。

 倒れるアイスが呆然とこちらを見ているのが、その意識を色濃くする。

 だがヨルグヘイムの背後で立ち上がるアインダークを見て、腕を掴んでいる今が最後のチャンスとばかりに叫ぼうとした。


「今――」

「ふん……」


 だが、それを見越していたヨルグヘイムは、まるでリュウの重みを感じさせる事無く軽々と右手を上げ、そして振り下ろす。


『あっ!』

「しまっ――」


 手が血で滑り、あっけなく振りほどかれてしまったリュウの体は大窓の外に放り出されていた。


『もう……無理だ……』


 リュウの瞳が、虚空の中で光を失っていく――


「リュウゥゥッ!」


 大窓の外に消えるリュウに、呆然としていたアイスが声をふり絞り、よろよろと大窓に向かう。

 その叫びに、諦めかけたリュウの目が見開かれ、その瞳に光が宿る。


『ミルクっ! 頭を守れっ!』

『は、はいっ!』


 十数メートルを落下しながらそれだけを伝え、受け身らしい受け身も取れぬまま「ボキィッ」という音と共に地面に叩きつけられるリュウ。

 それでもミルクが咄嗟に強化した左腕で衝撃を逃がした為、左上腕の骨折以外には、打撲をしたものの深刻な怪我をせずに済んでいた。


 右手が自由になったヨルグヘイムはアインダークの突進に対し振り向き様に蹴りを放つが、逆にその足を掬い取られ、アインダークはその勢いのまま大窓からヨルグヘイムを抱え、飛び出した。


「むんっ!」

「ぐぅぅ!」


 空中でバランスを崩したヨルグヘイムの顔面に拳を叩き込むアインダーク。

 ヨルグヘイムは殴られながらも、振り抜かれたアインダークの腕を取り、空中で背負い投げの様にアインダークを地面に叩きつける。


『ミ、ミルク! 最速を出せるようにしろ! ココア! ヨルグヘイムがエルシャさんの何処を狙ってたか分かるな!?』


 リュウは地面に叩きつけられた姿勢のまま、脳内で必死に指示を飛ばす。


『そ、そんなっ! 腹部の修復を――』

『はい! 分かります!』


 ミルクは無茶を通り越した命令に狼狽し、ココアはリュウの質問に即答する。


『まだだ! あと一発! 力を貸せ!』

『は、はいっ……』


 リュウの必死の説得に、これで最後だと自身に言い聞かせ、腹部の修復を最低限に留めて下半身を修復強化し始める泣き出しそうなミルク。

 一方のヨルグヘイムは、地面に叩きつけられたアインダークが更に地面を滑る様を見て、右手を爆発物観測室に向けた。


「――ッ!」


 大空洞の天井から一斉に柱が落ち、アインダークの姿が真紅の竜に変わる。

 ヨルグヘイムがアインダークを投げたのはその時の流れであり、偶然だった。

 だが地面に叩きつけられて滑るアインダークの先に結界がある事に気付き、竜力で結界のスイッチを入れたのだ。


「ふ、ふはははははは」


 一番厄介なアインダークを土壇場で結界に閉じ込める事に成功し、ヨルグヘイムは心の底から込み上げる笑いを止められなかった。

 アインダークさえ居なければエルシャンドラはもう敵では無く、簡単にそのコアを奪えるだろう、と。

 勝利を確信したヨルグヘイムは最後にアインダークに向けて労いの言葉を掛ける。


「ご苦労だっ――」


 まるで時が止まったかの様な静寂が、辺りを支配していた。

 ヨルグヘイムの目の前で竜化させられたアインダークが、驚愕に身動きできずにいる。

 労いの言葉を言い切る事が出来なかったヨルグヘイムは、そんなアインダークを見て、ゆっくりと視線を下げた。

 ヨルグヘイムの瞳に映るのは、自身の胸から突き出た血に染まる拳だった。

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