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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第一章
23/227

22 共感

 時は少し戻り、リュウがパストル博士と対峙している頃。


 セグ大佐達、第二小隊の七名は無事に第一機械化部隊の第一中隊と合流を果たしていた。

 そしてセグ大佐から南ゲート周辺からヨルグヘイム邸付近一帯には敵が居ない事を知った第一中隊は、全軍に東への移動を指示し、自らはヨルグヘイム邸付近まで隊を進めると、先程まで正面で抵抗していた敵防衛部隊を側面から襲って撃破し、橋頭保とも言えるポイントの構築に成功していた。


「セグ大佐、無事だったか。ご苦労。お蔭でほとんど損失無く政府守備隊と相対できる」

「は。しかし守備隊は我々の二倍、突破に手間取ると増援に追い付かれ殲滅されます」


 第一中隊後方で次の指示を待っていた第二小隊の下に小型車両でやってきたハイム総司令は、セグ大佐に(ねぎら)いの言葉を掛けるが、セグ大佐はこの先の展開に不安を覚えていた。

 長い時間を掛けて部下を潜り込ませたり、何度も作戦を練り直してきたセグ大佐ではあったが、それは現在の状況を作り出す為のものであり、これから先には何の策も用意されていないからである。


 ここまで味方の兵士達は予想以上の働きを見せていたが、圧倒的な数の差による疲労の蓄積は相当なものである。

 今は快進撃と言える内容に精神が高揚している兵士達だが、その疲労が噴き出した途端、形勢はあっという間に崩れてしまうだろう。


「そこでだ、君に高出力レーザー砲を預ける。守備隊に対する前に司令部を無力化してくれ」

「守備隊に時間が掛かっても、増援の到着を遅らせようという事ですか……」


 セグ大佐の不安を見越していたのかは分からないが、ハイム総司令は現在の戦闘を更に有利に進め、万全の態勢で守備隊と相対するつもりの様だ。

 それでも倍の数を相手にする事になるのだが。


「何もせぬよりはマシという程度のものだ。気楽にやってくれ」

「それでやられるゼオス中将が少々気の毒に思えますね……本当によろしいのですか?」


 ハイム総司令の言葉にセグ大佐は苦笑いを浮かべながらも、ハイム総司令の気遣いに感謝した。

 だがその指示によって起こるであろう事態に、ハイム総司令を良く知るセグ大佐は念を押さずにはいられなかった。


「ゼオスは変わってしまった。これ以上、悪名を増やさせぬのも友の役目だろう……」

「分かりました。特殊狙撃班をお預かりします」

「頼む」


 ハイム総司令とゼオス中将は、幼い頃から共に遊び、学んできた親友とも言える仲だった。

 軍に入っても二人の交友は続いたが、佐官になり組織の内情を知ったハイム総司令は軍を辞め、説得に耳を貸さなかったゼオス中将は出世街道を突き進んだのである。

 セグ大佐はハイム総司令の願いとも言える決断に応えるべく、その場を後にするのだった。










 セグ大佐の指揮の下、特殊狙撃班は崩れ落ちたヨルグヘイム邸に隠れる様にしてレーザー砲を作戦司令部に向けていた。

 第二小隊に与えられた物より二回り程大きいレーザー砲は、チャージに時間を要する欠点はあるが、その射程距離と照射時間の長さ、そして威力と桁違いの性能を有している。


「まもなくチャージが完了します」


 レーザー砲の後方で、セグ大佐はオペレーターから報告を受けていた。


「司令部を撃ち抜いて、そのまま背後の守備隊を攻撃するのは可能か?」


 レーザー砲の詳細なスペックまでは知らなかったセグ大佐は、隣のオペレーターに少しでも更に後方の守備隊の戦力を削れやしないかと尋ねてみた。


「可能です。と言いますか、こいつの威力だとエルナ山にかなり突き刺さるかと……」

「それ程の出力なのか……そんなもの食らったら……」

「食らった人間は即蒸発するでしょうね……」


 威力を知るオペレーターは、威力が過剰すぎて済みません、とでも言う様な申し訳なさそうな態度で答えた。

 その答えにさすがのセグ大佐も引いてしまい、つい余計な一言を呟いてしまった。

 そして、その呟きに合わせた小さな声で聞きたくもない答えを聞かされ、苦い顔をするのだった。

 しかし、だからと言って今更攻撃を中止するなど有り得ない。


「準備完了、いつでも撃てます!」

「よし、発射!」


 セグ大佐は、準備完了の合図に瞬時に頭を切り替え、冷静に命令を下す。










 エルナ山の結界を維持する山頂の竜力貯蔵設備では、竜力を補充していたヨルグヘイムが、大空洞での異変に気付いていた。


「檻の結界が途切れたか……奴らが人の身でどれ程のものか、さて……」


 エルナ山の結界は、星巡竜の竜化を阻害する事に特化している。

 それは、竜化され強大な力を振るわれてしまえば、何もかもが無と帰する可能性があるからだ。

 その為、コアを奪いたいヨルグヘイムとしては、人の身で戦う方がリスクコントロールが容易だったのである。

 なのに檻の結界を用意したのは、竜化させた方が監視が楽であり、無理矢理竜力を消費させる事ができる為であった。


 まだ完全とは言えないが、八割以上の竜力を回復したヨルグヘイムは、貯蔵設備にまだ半分以上の竜力がストックされているのを確認すると、やれやれと言った様子で通信施設を出て、人の身のまま宙に浮きあがった。

 そして右手に光を集中させながら、足元に視線を向ける。

 その目を細め、ヨルグヘイムが右手を大空洞に向けると、特大の光の玉が放たれ、直径二メートル程の綺麗な真円が穿(うが)たれた。


「ふん、懲りぬ奴らだ……」


 穿った穴に降りようとしていたヨルグヘイムは、背後に発生したレーザー砲の力に気付き、ちらりと背後に目をやると、虫を払うように左手を一振りしてから穴の中に消えた。










 照射を開始したレーザー砲は作戦司令部を一瞬で貫通し、更に背後の政府守備隊の一部に突き刺さった。


「よし、このまま射線を左に――」


 セグ大佐が一気に敵を殲滅しようとした瞬間、ヨルグヘイムから放たれた光の矢がレーザー砲の足元に突き刺さり爆発した。


「何が起こった!?」

「大佐! レーザーが!」


 突然起こった爆発によって、発生した土煙に反射的に顔を背けたセグ大佐が叫び、兵士の叫び声でレーザー砲に視線を向けた。

 そこには爆発によって固定具が外れ、セグ大佐の思惑とは真逆に射線をずらしていくレーザー砲の姿があった。


「照射中止! 照射を止めろ!」


 セグ大佐が叫ぶ中、レーザーはゆっくりと研究施設を真横に切り裂いていく。


「大佐! スイッチが切れません! 回線がどこかで切れています!」

「なんという事だ……」


 オペレーターの叫びに、セグ大佐達は照射が終わるまで、呆然と事の成り行きを見守るしかなかった。

 照射が終了した時には切り裂かれた研究施設の、否、エルナ山の崩壊が始まっていた。










 凄まじい揺れにリュウ達三人は観測室の入り口付近で床に膝を付き、壁際の機械にしがみついていた。

 エルシャンドラは床に膝を付きながら、大窓の淵に手を掛けて体を支えている。

 それを立ったまま上から覆う様に守っていたアインダークは、はっとして体を大窓の外に向けると、体を前傾させて両腕を顔の前で交差させ、防御姿勢を取った。


 その直後、大きな破壊音と共にぽっかりと穴が開いていた分厚い大窓が残らず砕け散り、アインダークが防御姿勢のまま後方に数メートル滑り、止まった。


「ふん、ようやく結界を破ったのかと思えば、人間に助けられたか……つまらん」


 大窓を破り、アインダークを蹴り飛ばして観測室に飛び込んで来たヨルグヘイムは、瞬時に部屋の様子を把握して、ぼそりと呟いた。

 その立ち姿は構えを取る訳でもなく、ただ立っているだけだ。


「何をしておる! 急ぎここを離れよ!」


 アインダークが入口付近に居るリュウ達を、ヨルグヘイムの視線から遮る様に立ち塞がる。


「後は頼みます! ドクター、リュウ、来るんだ!」


 逸早く立ち上がったロダ少佐が、ドクターゼムの腕を取りながら扉を開ける。

 リュウもアイスを抱いて立ち上がり、扉へと向かう。


「父さま! 母さま!」

「アイス……行くぞ!」


 アイスの悲痛な叫びを耳に、リュウはアインダークとエルシャンドラに目をやり、二人が頷くのを見るとドアを飛び出した。


「ふん、無駄な事だ……」


 揺れが収まりつつある中、ヨルグヘイムがアインダークに向き合う。

 その背後にはエルシャンドラが音も無く近寄り、構えを取る。


「どうした? 来ないのか?」


 ヨルグヘイムが動こうとしないアインダークに声を掛ける。

 アインダークの目には、ヨルグヘイムの胸の中央に輝く三つのコアが映っていた。


「貴様、過去に三体の星巡竜を屠ったというのは本当か?」

「そんな事に嘘を吐く必要があると思うか?」

「ならば何故、貴様にはコアが三つしか無いのだ? 貴様は何者だ?」

「くだらん……そんな事はどうでもいい、どうせすぐに増えるのだからな!」


 アインダークの問い掛けに、つまらなそうに答えるヨルグヘイム。

 アインダークは奇妙な感覚に捉われていた。

 ヨルグヘイムが嘘を言っている様には思えないが、それではコアの数が合わない。

 そしてコアが三つだと言うのに、その身から感じる竜力は膨大過ぎるものだった。

 アインダークは長い時を生き、他の星巡竜とも幾度となく会っているが、皆コアの数に対する竜力の大きさは似た様なものだった。

 だが、目の前のヨルグヘイムにはそれが当てはまらない。

 もしかすると、目の前の男は星巡竜ではないのか、アインダークがそう思った時、ヨルグヘイムが叫び、動いた。


 咄嗟に反応するアインダーク。

 ヨルグヘイムの拳を躱し、自らの拳を振るう。

 互いに攻撃と防御を入れ替える二人に、エルシャンドラが背後から参戦する。

 だがヨルグヘイムは二人を相手にその身を掠らせもせず、遂にはエルシャンドラを吹き飛ばした。


「あぐうっ」

「エルシャ!」


 エルシャンドラが壁の機械に叩きつけられ、機械がひしゃげている。

 だがアインダークがエルシャンドラに駆け寄る暇など無い。

 滑る様に迫る拳を、同じく滑る様に躱し、反撃するアインダーク。


 比喩ではない。

 彼らにはステップというものが存在しないのだ。

 ストレートを放つ動作のまま、重力を無視して前後左右に滑りながら相手に迫るのだ。

 そして受ける側も防御姿勢を取りつつ自在に床を滑る為、ぎりぎりまで攻撃を躱す事が可能なのだ。

 更に滑るだけでなく自在に止まる事も可能な為、強引に攻撃を受け、反撃に転ずる事も可能だ。


 足の運びがまるで意味を成さない彼らの戦闘は、より高度な駆け引きが要求されるのである。

 エルシャンドラが立ち上がり、再び戦闘に加わる。

 彼らの戦闘は一層激しさを増していくのだった。










 ドアを飛び出したリュウはすぐにロダ少佐らに追い付いたが、鳴り響く警報と立ち込める煙、そして今も尚続く施設の揺れに困惑しながら、来た道を戻っていた。


「一体、何が起こってるんだ? ミルク分かる?」

「分かりません。ただ、施設自体に何かが起こったとしか……」

「何にせよ、まずい事態だろう。とにかく地上を目指そう……」


 地上での出来事を知るはずもないリュウ達が、今の状況を理解できる訳もなく、ただ闇雲に煙の中を進んで行く。

 まさか研究施設の地上部分が崩壊しているとは思ってもみない彼らは、降りて来たエレベーターまで辿り着いた。


「おい、動かねえじゃん……」

「確かこのフロアには階段は……」

「無いわい。このフロアにはエレベーターしか無いんじゃ」

「何で階段無いの!? 馬鹿なの!?」

「本当に馬鹿じゃな……言葉も無いわい」


 折角辿り着いたエレベーターが故障し、階段が無いという事実に毒づくリュウ。


「仕方が無い、エレベーターシャフトを――」

「皆さん! エレベーターから離れて! 早く!」


 ロダ少佐の言葉を遮って、ミルクが叫んだ。

 慌ててエレベーターの扉から離れるリュウ達の耳を、凄まじい破壊音が襲う。

 驚き振り返るリュウが見たものは、内から外に向かってひしゃげる扉。


「どうやら上から大量の瓦礫か何かが降って来たようです。施設上部が崩壊している可能性があります」

「崩壊って……何すればそんな事になるんだよ……」

「こうなったら、大空洞に降りて洞窟から軍事施設に出るしか無いが……」

「敵の中に出る事になるかも知れんのう……」


 ミルクの推測にロダ少佐が大空洞から洞窟を抜ける事を提案するが、歯切れが悪いのはドクターゼムの言うところにあるのだろう。

 その場に居てもどうしようもない彼らは、来た道を再び戻る。


「なんじゃ……こりゃ……」


 そう呟くリュウの眼前には、天井が崩れて所々塞がれた通路が煙に塗れていた。


「リュウ、他の通路を当たろう」

「リュウ、父さまの所に戻ろう?」


 ロダ少佐の言葉に続く、アイスの言葉にリュウが目線を下げる。


「アイス、戻ってどうするんだよ……お前の親父さんに逃げろって言われたろ?」

「でも、父さま達が戦ってるのに、アイスだけ逃げるなんて……嫌だよ……」

「アイス、今のお前が戻っても力が無くちゃ何もできないぞ?」

「そ、そうだけど……このままもう父さまや母さまに会えなかったら……」


 リュウは弱っているアイスに、努めて優しく語りかけた。

 アイスの言う事はただの我儘ではなく、アインダークらの足を引っ張る事になる。

 そう思うリュウだったが、アイスの言う事も分かる様な気がした。


「しょうがねえなぁ、アイスは。んじゃ、ちっとドクターと待ってろ」


 リュウはアイスをドクターゼムに預けると、自分の首に掛かる治癒の竜珠をアイスの首に掛け、アイスの頭を優しく撫でた。


「リュウ?」

「おい、リュウ!? 何考えてる!」


 アイスはリュウの言葉の意味に疑問を感じただけだが、ロダ少佐はすぐに察した様で、語気が荒くなった。

 そして、やはりリュウはとんでもない事を言い出した。


「済みません、少佐。俺、こそっとヨルグヘイム殴ってきます」

「なんじゃとお!?」

「馬鹿言うんじゃない、リュウ! 今はここから脱出するのが先だ!」

「だけど、アイスの気持ちも分かる気がするんですよ。俺、両親居ないから……」


 ドクターゼムが吃驚し、ロダ少佐がリュウの無謀を(いさ)めようとするが、リュウは両親を失うかも知れないアイスに、なんとかしてやりたいという気持ちを抑えられなくなっていた。


「リュウ……」

「馬鹿な……」

「どうせアイスの両親が負けたら、ヨルグヘイムにみんなやられるんでしょ? なら少しでも協力した方が勝率も上がるんじゃないかなぁ……なんて……ミルクとココア頼みなんですけどね……」


 照れ隠しの様に少しおどけて話すリュウだが、その瞳には決意が籠っていた。


「仕方ありません、ご主人様とアイス様の為に微力を尽くします」

「ココアも姉さまと同じ気持ちです」

「サンキュ。ミルクココア」

「「くっつけないで下さい!」」

「おわ、シンクロした……」


 リュウの中からその様子を観察していたミルクは、言い出したら聞かない主人と、何故か気になって放っておけないアイスの為に、協力する事を約束する。

 そしてココアも主人の為に全力を尽くすつもりだ。

 そしていつもの軽いやりとりをして、リュウはロダ少佐に頭を下げる。


「少佐、お世話になりっぱなしなのに、我儘言って済みません。俺、行ってきます」

「仕方が無い……私はその先の通路で待つ事にするよ……アイス様は守って見せる」

「ありがとうございます」


 リュウの決意にロダ少佐は説得を断念した。

 それに世話になったのは自分の方だとも思っていた。


「ミルク、ココア、頑張るんじゃぞ」

「はい、ドクター!」

「お任せください!」


 ドクターゼムは、まるで孫にでも話し掛けている様な感じだ。


「リュウ……あ、ありがとう……」

「おう!」


 そしてアイスはリュウの自分を想ってくれる気持ちに胸が一杯で、礼を述べるのが精一杯だった。

 そんなアイスにリュウはニカッと笑うと、崩れた通路を再び観測室に向かって行くのだった。

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