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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第五章
225/227

35 オーベルの決意

 グーレイア王国北東の海上でレーザー攻撃から逃れ、そのままグーレイア王国へ逃走した魔蟲(まちゅう)族は千五百体程であった。

 彼らは建物が密集するエリアへとなだれ込むと、獲物を求めて散開する。

 そこは建設中の娯楽施設の北エリアであり、温泉施設、宿泊施設、各種雑貨店が立ち並ぶ場所であった。


「敵襲! 戦える者は武器を持て! それ以外は急ぎ退避しろ!」

「ここへ来たのは不幸中の幸いと言うべきか……ここは猛者揃いだからな……皆! 奴らを倒して我らカーギ……いや、グーレイアの民としての勇猛を示せ!」

「「「おおっ!」」」


 防衛線を張っていた王国軍兵士の声が響く中、温泉エリアの監督指揮所に詰めていたシャザは、壁に掛けていた剣を手に部屋を出ると声を上げかけて思い留まり、グーレイア王国の民として部下達に発破を掛けて部屋を出る。

 この場には保護区から一緒だったシャザの部下達が、万が一に備えて集っていたのだ。


「良いか、決して一人で無茶をするな! 敵は強い! 必ず複数人で対処せよ!」

「「「おおっ!」」」


 そうしてもう一度声高に叫ぶシャザは、部下と共に防衛線へと向かうのだった。










 一方、敵上陸の知らせを受けた王城では、てきぱきと部下達に指示を出し終えたロレック軍務官が、王の間で報告を待つオーベルの下に向かうところであった。


「敵はここより南、温泉施設周辺から闘技場方面に降り立った様です。数は千から二千程との事。現在、防衛に当たっていた我が軍が一部交戦中との事です」

「敵は一体で魔人族十人に匹敵する獣魔族を滅ぼしたのだぞ? 大丈夫なのか?」

「ご心配には及びません。既に近隣の兵達が駆け付けておりますし、私もこれより現地へ向かい、エルナダ軍が到着するまで戦線の維持に努めますゆえ」

「そんなロレック……何もあなたまで向かわなくとも……」

「サラ様。私は兵を束ねる軍務官なのです。国家の大事に何もせぬでは、軍務官に任命して下さったエルロイ前陛下に申し訳が立ちませぬ」


 報告を受けたオーベルの不安気な瞳に毅然とした表情を貫くロレックであるが、隣のサラの酷く動揺した姿を見ると目元を和らげ、まるで自分の娘を諭すかの様に落ち着いた声で応じた。

 とは言え、今年四十五になるロレックは独身なのであるが。

 そうしてロレックが直属の部下を連れて戦線へ向かい、オーベルは動揺する母をセザール政務官に任せ、王の間を出て客室へと足を速める。


「オーベル陛下、こんな時に私の所へなど……よろしいのですか?」


 オーベルがノックして客室の扉から顔を覗かせたのは、マーベル王国の第一王女であるアリアであった。

 オーリス共和国でのエドワードの一件以来、リュウにオーベルに引き合わされたアリアは、その母サラとも馬が合った様で、こうして時折滞在する仲となっていたのである。


「こんな時だからこそ、です。我が国にも魔蟲族が上陸した様です。直ちに本国へお戻り頂きたく」

「やはりこちらにも魔蟲族が……実は本国にも魔蟲族が襲来するとの事で、父から連絡を貰ったところなのです。今はエルナダ軍が迎撃態勢を整えているとの事で、こちらさえ良ければこのまま滞在させて頂きたく、お願いしようと……」


 オーベルから状況を聞いて来訪の理由に納得しつつ、マーベル王国の状況を話すアリア。

 エドワードの一件以来、グーレイア王国に訪問する様になったアリアは、ミルクから通信機能付きのペンダントを渡されており、いつでも本国と連絡が取れる様になっているのだ。

 とは言え、アリアから連絡する事は滅多に無く、連絡するのは決まって娘を心配する両親の方からである。

 リュウに連れ出されて訪れたグーレイア王国との交流が、アリアにとってとても新鮮で心地良かったからである。


 グーレイア王国側も最初は一国の王女の突然の来訪に戸惑ったものの、アリアの柔和な美貌と人柄に触れて今ではオーベル、サラ親子のみならず、臣下から衛士、侍従や使用人に至るまでが彼女のファンと化していたりする。

 当然、大半の者がオーベル陛下の妃にと期待しているのであるが、アリア自身もそれを考えない訳では無い。

 そればかりか、元の婚約者がとんでもない奴だったお蔭で、まだ十三歳だという若さで皆の期待に応えんと日々励んでいるオーベルは、アリアの瞳にとても輝いて映ったし、陰ながら支えてあげたいとも思ったのだ。

 そんな思いから少しでも傍に居たいと思う気持ちが、アリアの上目遣いの懇願に現れている。


「そ、そうだったのですか……分かりました。お一人では不安でしょうから、皆の所へ参りましょう」


 年上の綺麗なお姉さんの懇願の瞳に胸の高鳴りを感じつつ、アリアを王の間へと促すオーベル。


「いえそんな……さすがにこの緊急時に――」

「実はロレックが前線に向かった為、母が不安がっておりまして……アリアさんに王家たる者の心構えをその目に見せてやって欲しいのです」


 さすがにそれは図々しいと躊躇するアリアだったが、続くオーベルにはっと息を呑み、普段優しいオーベルの瞳に秘められた決意を見て、彼も前線に向かうつもりなのだと悟る。


「……陛下も前線に向かわれる、という事でしょうか?」

「はい。私にはリュウさんから頂いた剣が二振り有るのです。この事態にこれらを遊ばせていては、リュウさんに顔向けができません」


 思わず口を突いて出たアリアの確認に、迷いなく答えるオーベル。

 二振りの剣は、国名を改めた折にオーベル自身も改名した事の記念として、後日リュウから贈られた物で、一振りは七十センチ程だが、もう一振りは一メートルを超す大剣である。

 どちらも(さや)鍔元(つばもと)に咆哮する竜のレリーフが彫られており、感激したオーベルは七十センチの方を常に帯剣しているが、大剣は今のオーベルには扱えないので国宝として王の間に飾っているのである。

 因みにこれらの剣はリュウの発案でミルクとココアが作成した物で、鞘も含めて全て人工細胞製であり、リュウの遊び心が詰まっていたりする。


「そんな……怖くはないのですか?」

「……怖くないと言えば嘘になります。ですが、ここで何もしないでは民達に何が王かと笑われますし、リュウさんのダチだと胸を張れません。ただ、母がより一層不安を抱えてしまいそうで……」

「なら私は、陛下が後顧の憂い無く、事に臨める様にしなくてはいけませんわね」


 即答するオーベルにサラ同様にアリアも不安を覚えてしまうのだが、オーベルの王たらんとする姿勢の中に母を想う優しさを見て、肩の力を抜くと優しくオーベルへと微笑み掛ける。

 それはオーベルにとって期待していた言葉であったにも拘らず、オーベルの心に深く刺さった。

 それは国は違えど王家に育った者が持つ覚悟をその瞳に見たからであり、普段のアリアの美貌をより一層際立たせるものであったからだ。


「アリアさん……感謝します」


 思わず息を呑むオーベルはアリアに対し深く頭を下げる。

 そして赤い顔を見られない様にくるりと(きびす)を返すと、オーベルはアリアを伴って王の間へと戻ると同時に、壁に飾ってある大剣を手に取る。

 それを見て、セザール政務官がまさかと問い掛ける。


「へ、陛下、宝剣をどうなさるのです?」

「この状況でここに有っても仕方なかろう。それよりもセザール、マーベル王国も魔蟲族の侵攻が始まった。その間、アリア殿はこちらで預かる。留守は任せるぞ」

「いや、しかし――」

「そんなオーベル! それなら衛士に届けさせれば良いではありませんか!」


 事も無げに答えるオーベルに、セザール政務官が待ったを掛けようと言葉を探す間に、サラが陛下と呼ぶ事も忘れて今にも泣きそうな顔で声を上げた。


 オーベルの父、前王エルロイに十七の時に見初められ、市井から拾い上げられて妃となり、十四年という歳月を王族として無難に過ごして来たサラには、夫を病で失った以外には身近な者を失った経験が無い。

 病でも受け入れ難いのに、それが理不尽な暴力によるものであれば尚更である。

 なのに夫を失ってから最も頼りにする臣下のロレックがそれに相対し、今もまた最愛の息子が死地に向かおうとしているなど、サラには耐えられなかったのだ。

 まるでただの町娘に戻ってしまったかの様な母に、思わず苦笑を(こぼ)すオーベルであるが、生まれながらに王族であるオーベルには迷いなど微塵も浮かばない。


「母上、星巡竜様より(たまわ)りし宝剣を軽々に扱う訳にはいきません。もちろん衛士も連れて行くので、心配など不要です。どうか心を静めて待っていて下さい」


 だが心優しいオーベルには母を突き放す事など出来ず、まるで子供を相手にする様に優しく、落ち着いた口調で母を諭し、母の隣に立つアリアを見る。

 するとアリアはサラに向き合うとその手を取り、大丈夫と言わんばかりにサラの瞳を見つめて小さく頷く。

 アリアの優しくも力強い瞳に、サラがハッと息を呑む。

 そして自分も王家の者なのだと思い出したのか、アリアの手をぎゅっと強く握り返し、もう大丈夫だと頷いて見せると、アリアは優しく微笑んでサラからオーベルへと向き直る。


「オーベル陛下、ご武運を。どうかご無事で」

「大丈夫です、アリアさん。魔蟲族には、私を高める引き立て役になって貰うだけですから」

「まあ! まるでリュウみたいに頼もしいお言葉ですわね」


 そうしてオーベルの身を案じつつも気丈に笑顔を保とうとするアリアだったが、普段のオーベルらしからぬ軽口に自然に笑顔になっていた。


「あ……いえ……サーヴァ衛士長、四人程借りて行くぞ」

「はっ、陛下! エーギル以下四名は陛下の護衛に就け!」

「「「「はっ!」」」」


 一方、自身でも似合わない事を言った自覚のあるオーベルは、リュウみたいだと評されて苦笑いを溢すものの、衛士長へと視線を移して気持ちを切り替え、為政者然とした態度で四名の護衛を連れて王の間を後にするのだった。










「どうしていつもいつも、真面目に出来ないんですかぁぁぁ! うわぁぁぁん!」


 北中央山脈の北端では主人の胸に真っ赤な顔を埋め、その肩口をポカポカ叩くミルクの絶叫が響いている。

 苦笑するアイスとニンマリ笑うココアが見守る中、叩くに任せるリュウが口元をニンマリ歪ませながらミルクの頭をよしよし、と撫でている。


「可愛すぎるお前が悪い。ココアもお前の可愛さを再認識したんだって」

「そ、そんな――」

「はい! 姉さまは可愛いです! でも舌は顔に似合わずねっとりエロく、最高に気持ち良かったです!」

「ばっ、馬鹿あっ! ココアの馬鹿あっ!」


 子供に言い聞かせる様な優しいトーンでいい加減な事を(のたま)う主人に抗議しようとするミルクだったが、ココアがそれを元気よく肯定するばかりか、余計な感想まで声高に叫ばれて、真っ赤な顔で絶叫する。


「ッ、おっと、こんな話をしている場合じゃなくなりました」

「ちょっ――」

「ご主人様、ソートン大将からグーレイア王国へ至急向かって欲しいとの事です。千から二千の魔蟲族が王城の南方に上陸、先行している追撃部隊でまともに戦えるのは三十名しか居ないそうです」

「よし、急いで転移すっぞ! 敵のど真ん中だったら転移門を消すまで絶対に敵を近づけるなよ!」

「はい!」

「うん!」

「ッ、…………」


 だが本部からの通信を受けて真面目モードに切り替わるココアがミルクの抗議をさらっと無視して報告を始め、即決するリュウが創り出した転移門にアイスと共に飛び込んでしまい、唖然とするミルク。

 この一連の見事な流れが、抗議から逃れる為の主人とココアの連携プレーだ、と即座に見抜くミルクだが、主人に抗議しても勝てる気がせず、二人を見送る主人の背に悔しそうにジト目を向ける。


「ったく、何て顔してんだミルク。可愛い顔が台無しじゃん。ほら、行くぞ~」

「ッ、…………」


 なのに振り返って肩を(すく)める主人に可愛い顔と言われただけで口元が緩みかけ、ミルクはぶんぶんと首を振ると、ぷくっと膨らませた頬に精一杯の抵抗を込めて、仕方なく転移門を潜るのだった。










「第四隊、踏み止まれ! 今少しの辛抱だ! 第三隊と第五隊をもっと寄せて援護させろ! 手の空いた第一隊は今の内に第四隊後方に移動! 他の隊は両翼を拡げさせて隙を作らせるな!」


 温泉施設よりやや南の少し開けたエリアで声を張り上げるロレック軍務官。

 彼の声が届かぬ隊には伝令の兵が駆けて行く。

 押され気味だった軍はロレックが駆け付けた事で戦線を持ち直したものの、膠着状態が続いていた。

 そこへ魔蟲族を追ってきたエルナダ軍が到着、その圧倒的火力で最北に位置する魔蟲族を側面から襲撃したところである。


 だがその攻撃で北側の魔蟲族が南へ逃げる様に移動した為、一時的に第四隊との交戦ポイントでの魔蟲族の厚みが増し、第四隊の戦線が崩れかけているのだ。

 今、第四隊が突破されてしまえば、指示を出した第三隊と第五隊は間に合わず、一気に魔蟲族に市街地になだれ込まれてしまう事になる。

 そうはさせるものか、とロレックが剣に手を掛けたその時、第四隊の戦線が魔蟲族を押し返した。


「閣下、シャザ殿達です! 戦線を盛り返しています!」

「なんと……増援を急がせろ! 彼らだけに任せる訳にはいかん!」

「はっ!」


 望遠鏡で戦線を観察していた兵の興奮した声に、一瞬呆気に取られたロレックであったが、如何に彼らでも長くはもたぬと増援を急がせる。

 そこに更にロレックを驚愕させる出来事が発生する。


「ロレック!」

「ッ!? へ、陛下!? 何故ここに!」

「そんな事は良い! シャザは何処だ!」

「シャザは今、正面の前線の真っ只中です!」


 突然名を呼ばれて背後へ振り向いたロレックは、そこに馬に(またが)るオーベルの姿を見て驚愕の声を上げるが、一喝されて思わずシャザの居場所を答えてしまった。


「よし!」

「陛下、お待ちを! 陛下っ! お前達、陛下をお守りしろっ!」

「「「はっ!」」」


 するとオーベルは颯爽と前線へと駆け去ってしまい、ロレックは青褪めつつ部下達に悲鳴じみた声で命令を下すのであった。

長らくお待たせして済みません。

また楽しんで頂ける様、頑張ります。

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― 新着の感想 ―
グーレイアにアリアが!?っていうのも気になったし、オーベルが最前線に駆けていったのも気になるし… 次話がとても楽しみです!
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