34 上陸阻止作戦
人の地北東のオーリス共和国へと転移したリュウ達は、エルナダ兵に案内されて獣人達が流れ着いたリエッタの町へとやって来ていた。
ここにはエルナダ軍二個大隊が駐留し、既に防衛ラインの構築を済ませてはいるが、幾つかの部隊は避難する住民達の誘導に当たっている。
「どうやら間に合ったみたいだな……」
「はい。ですが油断は禁物です。現在偵察機が約七キロ先の海上で補足している敵集団はおよそ五千。このままだと十五分から二十分程でやって来ます」
「こっちの倍かよ……ま、レーザー砲が二基有るから余裕かな……」
防衛ラインを視界に収めて安堵するリュウは、ミルクからの報告にうんざりするものの、まだ慌てる状況じゃないと肩を竦めて笑って見せる。
「ご主人様ぁ、敵が有る程度まとまっていれば効果抜群ですけど、分散していたらあまり効果は期待できませんよ?」
「そっか……んじゃ、アイスに敵集団の左と右に障壁張って貰って挟んでしまえば良いんじゃね? その間を撃てば撃ち漏らしも少ないだろうし」
「そうですね。アイス様、お願い出来ますか?」
「うん、任せて。アイス頑張るから!」
そんな主人に寄り添うココアが注意を促すとリュウは少し考えて対応策を提案、納得するミルクにお願いされたアイスが俄然やる気を見せる。
「では、その旨をエルナダ軍にも伝えますね」
「おう。俺も出来る限り援護するって言っといてくれ」
「はい! ご主人様!」
そうして主人の許可を得ると、エルナダ軍に連絡を取るミルク。
キエヌ聖国に居た時とはまるで別人の様な、はきはきとした態度で臨むミルクと主人の傍から片時も離れようとしないココア。
衆人環視の中でのおしおきは効果絶大だった様に見えるが実はそうではない。
ミルクは任務に没頭する事で、ココアは主人にくっつく事で、互いを見ない様にしているだけなのである。
そうでもしないと途端に赤面してポンコツ化しそうなくらい、あの甘美な体験は二人にとって強烈な体験だったのだ。
その時、エルナダ軍から一斉にどよめきが起こり、次いで歓声が上がった。
どうやらリュウ達も参戦する事が皆に伝わったらしい。
「ッ、ご主人様! 接近中の集団の後方より別の集団発見との報告です! その数およそ五千!」
「計一万か……これが敵の全軍だと思うか?」
その歓声にリュウの気分も高揚するが、ミルクの新たな報告を聞いて落ち着きを取り戻すと、隣のココアに問い掛ける。
「違う様な気がします……」
「その根拠は?」
「確かに元々想定していた数ですけど最低ラインですし、ここで殲滅されてしまう様な真似をオルグニールがするとは思えません……」
「う~ん……でも奴らはレーザー砲の存在を知らないだけって可能性も……いや、奴だって腐っても星巡竜なんだよな……とりあえず警戒するっきゃねえか……」
そうしてココアの意見を聞き、ブツブツと呟くリュウであったが、事態は思わぬ方向へと進む事になる。
「敵集団が南へ転進! こちらに向かって来ません!」
「網を張ってたのがバレたのか……?」
「それは分かりません。現在グーレイア王国方面に警戒を促していますが――ッ、ご主人様! 北中央山脈北端から敵発見との報告が! その数、およそ一万!」
「なっ……奴ら寒さとか関係ないのか! てか、あそこにはレーザー砲が無え!」
エルナダ軍の最新情報にアクセスしたままのミルクの報告に、眉間に皺を寄せるリュウであるが、新たな報告に驚きを露わにすると、思わず叫んでしまう。
「彼らはギリギリまで敵の動向を観測したら撤退する様です! マーベル王国の各方面にはフォレスト領から予備戦力を向かわせると報告が!」
「くそっ! 俺達は直ぐに中央山脈に向かうぞ! 南下する敵は軍に対応して貰うしか手が無え!」
「分かりました! 至急ソートン大将に連絡して対応して貰います!」
だがミルクから軍の方針を聞かされるとリュウも自身の方針を即決し、転移門で北中央山脈北端の部隊と合流するのだった。
北中央山脈北端で偵察任務に当たる部隊から現状を聞き出したリュウは、即座に部隊を統括本部へと帰らせて、そこへと繋がる転移門を消し去った。
敵に転移門を利用されて、統括本部が混乱に陥らない様にする為である。
敵を上陸させるつもりなどさらさら無いリュウであるが、敵の数が一万となるとどんな不測の事態で上陸を許してしまうか分からないし、オルグニールがこの場に来ればリュウは魔蟲族の相手どころではなくなるからである。
「ご主人様、グーレイア王国方面に転進した敵にはオーリス共和国から二個大隊を追従させて対応に当たる様です。ですので数は約七千五百、上陸されて混戦にさえならなければ十分に勝機はあります。マーベル王国各地には現在、フォレスト領の予備兵力四千が向かっていますが、配置には十五分から二十分程時間が掛かるとの事です」
「分かった。んじゃ、こっちで敵を殲滅して、予備兵力を無駄足にしてやろう」
「「はい!」」
「うん!」
ミルクから現在の状況を聞いて、リュウが明るく笑い掛けると、三姉妹も元気に笑顔を返すが、アイスの笑顔にはミルクとココアが若干口元を引きつらせている。
魔蟲族がオルグニールに操られているのか、自らの意思で従っているのかは不明だが、キエヌ聖国の一件でリュウに彼らを容赦する気など無い。
だがこれからリュウが行おうとしているのは一方的な虐殺なので、気分が沈まぬ様に敢えて明るく振舞っているのだ。
ミルクとココアの対応はそれが分かっているからだが、アイスはリュウに喜んで貰いたいだけなので、その盲従っぷりがミルクとココアにはちょっと怖いのだ。
「もうちょっと引き付けた方が良いか……」
「そうですね、あの距離で分散されるとアイス様も障壁の展開が困難でしょう」
「あと二キロくらいなら良いか?」
「そうですね、それならミルク達も射程範囲ですし」
「よし。んじゃ、スタンバイするか……」
海上へ目を凝らすリュウは、同意するミルクの確認を取りつつ、攻撃を開始する距離を設定する。
現在リュウが視界をズームして見ている魔蟲族の集団までの距離は五キロ。
先程オーリス共和国海上で観測された魔蟲族の移動速度が時速五十から六十キロだった事から、リュウは三分で敵を殲滅するつもりなのだ。
そうしてリュウが翼を展開すると、背後からアイスが声を掛ける。
「リュウ、気を付けてね。障壁を使ってる間はリュウを治せないからね?」
「大丈夫だって。俺だって治癒の力覚えたんだし」
「あ、やっぱりリュウ気付いてないんだ……それって自分には使えないよ?」
「……え?」
同時に二つの竜力を使えないアイスの忠告に、心配性だなぁと応じるリュウが、続くアイスの言葉に目を点にして固まった。
見ればミルクもココアも同様に固まっている。
「何故だか分かんないんだけど、治癒の力って自分には効果が無いんだよ」
「マジで?」
「うん。父さまも母さまも出来ないもん」
「そ、そうなのか……んじゃ気を付けるから、お前も危なくなったら自分に障壁を使うんだぞ?」
「うん!」
万能だと思っていた能力に思わぬ落とし穴が有った事に口元が引きつるリュウであるが、今更嘆いても仕方ないと気を取り直して空中へと羽ばたく。
視界に映る魔蟲族との距離が既に四キロを切っているからだ。
そうしてリュウが高度を魔蟲族に合わせる為に上昇する中、エルナダ軍に置いて行かせた設置式重機関砲に左手を融合させるココアが、アイスに聞かれない様にとミルクに通信で話し掛ける。
『姉さま、グーレイア王国の事、あれで良かったの? 確かに単純な数は七千五百だけど、グーレイアの一個師団はずっと南に居るはずでしょ?』
『そうだけど、言ってもご主人様を悩ませるだけよ。ご主人様がどちらに行ってももう一方が上陸されるとしたら、レーザー砲も無く戦力が少ないこっちを守る方が少しはマシでしょ? あっちにはオーリス共和国から追撃する部隊にレーザー砲が二基有るんだから。それで何とか数を減らしてくれれば……』
ココアの指摘する事は当然、ミルクも気付いてはいた。
だが主人を悩ませてどっち付かずな状態になるよりは遥かにマシだ、というのがミルクが出した結論であった。
それでも犠牲はある程度覚悟せねばならず、ミルクはきゅっと唇を噛む。
『そうね、その方が幾分かはマシよね。分かった。じゃあ、こっちを少しでも早く終わらせる為に、どっちが多く敵を倒せるか勝負よ姉さま!』
『もう、ココア……分かったわ。負けないんだから!』
そんなミルクの覚悟が伝わったのか、ココアが理解を示しつつ明るく勝負を切り出し、ミルクはちょっと呆れつつもココアに同調して今は問題を深く考えない事にする。
『そう来なくっちゃ。負けたら罰として勝った方にキスだからね?』
『分かっ――えっ!?』
「よし、行くぞ! 消し飛びやがれ!」
そうしてココア同様にもう一基の重機関砲にコネクトするミルクが、重機関砲を操作しつつココアが放った最後の言葉に目を丸くしたその時、リュウが叫びと共に魔蟲族に向けて拳大に凝縮された光の玉を発射する。
それは一瞬で黒い大群に吸い込まれて大爆発を起こし、爆発の中心部の魔蟲族を瞬時に消滅させ、周りの者達を粉々に吹き飛ばした。
何とか被害を免れた三割程の魔蟲族が一斉に分散するが、逃げる選択肢は無いとばかりにリュウ達に向かって加速する。
「さすがご主人様!」
「凄い……って、ココア! どっちが勝っても――」
「姉さま! 生き残りが向かって来る! アイス様、障壁を!」
「うん!」
「~~~ッ、ああもうっ!」
大量の魔蟲族が海へ落ちていく中、改めて主人の力に驚嘆するミルクは、主人を称賛するココアの声で我に返り、勝敗を決める意味が無い事を訴えようとしたが、逆にココアに注意を促されてモヤモヤした気持ちのまま重機関砲を構える。
魔蟲族は今の一撃で足並みを揃える事を止めたのだろう、スピードのある個体が的を絞らせない様にジグザグに突っ込んで来るが、彼らの左右に光の幕が出現し、その行動を制限する。
「良いぞ、アイス! 喰らえっ!」
それに気を良くしたリュウが二射目を放って先頭集団を消滅させるが、その数は分散している為に数百体止まりだ。
「ご主人様は後方集団をお願いします! 前はミルクにお任せを!」
「ココアも前を引き受けます!」
「みんな、頑張って!」
それを見て効率が悪いと感じたミルクが主人に後方集団への攻撃を叫び、自らは重機関砲で突出する集団を撃ち始めると、ココアもそれに倣い、アイスは皆を応援しながら障壁の間隔を狭めていく。
「くっ、素早い……まるでファフネルね……」
「は? 何それ? エルナダ語?」
「あ、すみません。ええと、サウスレガロの拠点でよく飛んでいたので……」
「ああ、あのトンボみたいなやつな。確かにそんな動きだな」
そんな中、予測し難い動きを見せる魔蟲族の個体へのミルクの呟きに、光の玉を発射しながら問い掛けるリュウは、ミルクの説明に納得しつつ次弾を発射する。
そんな余裕を見せるリュウ達ではあるが、数を減らしながらも魔蟲族は海岸まであと数百メートルという所まで接近していた。
『こいつらに恐怖心は無いの? 何だかプログラムで動いてるみたい……』
『感情が無いのかも……全滅覚悟なのは間違いなさそうね……』
『だからこそ、全滅させんだろ! こんな覚悟ガン決まりの奴らを上陸させたら、どれ程の被害が出るか分かったもんじゃねえ! 気を抜くな!』
『『はいっ!』』
ド、ド、ド、と重機関砲が断続的に空気を震わせる中、確実に距離を縮めて来る魔蟲族に焦るリュウが、ココアとミルクの通信を拾うと回線に割り込んで叫ぶ。
アイスに障壁を狭められて左右に分散し難い分、上下、前後に展開する魔蟲族は既に一割を切っていた。
だが彼らにも意地が有るのか、トンボの様だと評された個体達が一斉に海面まで一気に降下し、驚くべき加速を見せる。
『あっ!』
『くうっ!』
「このっ! 逃がすかっ!」
その動きにミルクとココアが慌てて重機関砲を下方へ向け、釣られたリュウまで光の玉を放ってしまう。
『ダメっ!』
『ちょっ――』
ミルクとココアが思わず叫ぶが、時既に遅し。
海面で発生した爆発が先頭集団を消滅させるも、凄まじい水しぶきがリュウ達の視界を覆ってしまう。
「うわ、やっべ!」
「み、見えないよぅ!」
リュウ達が慌てる中、水煙のあちこちから飛び出して来る残り数百体の魔蟲族。
もう海岸までの距離はほとんど無い。
「くそおっ! 行かせるか!」
それでも即座に急速後退して両手に纏わせた靄から漆黒の線を奔らせ、魔蟲族を切り裂いていくリュウ。
ここで光の玉を使えばリュウや三姉妹も巻き込んでしまいかねないし、眼下の森まで破壊してしまうからだ。
因みに、今使っている技は黒断と呼称しているリュウ達。
他にも漆黒斬や黒糸斬、ストリングスラッシュなど候補は挙がったのであるが、リュウも少しは成長したらしく、赤い顔で却下したという経緯がある。
「アイス様! 後方に障壁を!」
「う、うん――わあっ!」
咄嗟にミルクがアイスに障壁のシフト変更を訴え、アイスが応じようとしたその時だ。
一部の魔蟲族が一斉に進路を変えてアイスに襲い掛かる。
「ッ、アイス様――えっ!?」
アイスの後方に居たココアがアイスの危機に反応しようとして固まった。
べしゃっとした音と共に、アイスに殺到した十体程の魔蟲族が掻き消えたのだ。
「ふう、危なかったぁ……」
「な、何ですか、今の……空気が歪んだ様な……」
「えっと、障壁でつい叩いちゃった……」
ほっと脱力するアイスにココアが問い掛けると、そんなつもりじゃなかったの、ちょっと酷かったよね、とでも言う様に肩を竦めて舌を出すアイス。
とても可愛い仕草だが、ココアはドン引きである。
つまりアイスは、目の前で飛び回るハエを人が手で払う様に、瞬時に生み出した障壁で反射的にココアの目に追えない速度で魔蟲族をまとめて払い除けたのだ。
手で払ったくらいで死なないハエと違い、魔蟲族は恐らく原型を留めていないであろう。
「やべえ! 抜かれた!」
「ッ! アイス様、障壁を!」
「うん!」
主人の慌てる声に、それどころじゃなかった、とアイスに障壁の展開を急がせて重機関砲を連射するココア。
仲間の死など気にもせず南を目指す、残り数百体となった魔蟲族が目の前に立ちはだかった障壁に進路変更を余儀なくされ、僅かな停滞が生まれる。
「もう今しか! ここで終わらせるうっ!」
「姉さま!?」
叫びと共に重機関砲を持ち上げるミルクが翼を展開、ココアが目を丸くするのも構わずに魔蟲族の群れに突撃する。
エネルギー消費が激しい為に普段はやらないが、今のミルクはキィィィンと音を立ててフルパワーを発揮している。
何故か、それは魔蟲族を殲滅するだけでなく、ココアとの勝負に勝つ為である。
勝負を持ち掛けられた事で律儀にも互いの撃破数をカウントしていたミルクは、三十二体差で自身が負けている事に焦っていたのである。
「おお、凄え! ミルク、格好良いぞ!」
「お任せ下さい、ご主人様! 後はミルクが!」
「撃ち漏らしは任せろ! 存分にやれ!」
「はいっ!」
重機関砲を空中でぶっ放す白い天使にリュウが大興奮、その声援に後押しされて余力を振り絞り、魔蟲族を爆散させていくミルク。
そのお蔭でココアとの差はあっという間に逆転、これでココアにキスしなくても済む、と内心ほっとするミルク。
ココアからのキスは、勝った事を理由に拒否するつもりなのだ。
それでも最後まで気を抜かない、しっかり者のミルク。
キスされるならココアではなく、最後までやり遂げてご主人様にご褒美のキスを頂戴したいからだ。
そんな想いがついニンマリと口元に現れている、しっかり者改め、ムッツリ者のミルクさん。
魔蟲族が知ったら憤慨する事間違いないだろう。
「これで! ラストですぅ!」
「お~、お見事! って、おいおいおい!?」
最後の魔蟲族を撃破するミルクに喜んだのも束の間、バッテリーを使い果たしてふらふらと落ちていくミルクを見て、リュウは慌ててミルクをキャッチ、その手に掴む重機関砲を右手にぶら下げてアイス達の下へと戻る。
「ご主人様ぁ、ちょっと頑張り過ぎちゃいましたぁ……バッテリーが……」
「よしよし。すぐチャージしてやっからな。偉いぞ~」
弱々しく報告するミルクを労いつつ重機関砲を地面に下ろすリュウは、ミルクを背後から抱き締める様にして腰を下ろし、充電を開始する。
主人が放つ暖かな金色の光に包まれて、甘える様に主人に身を預けるミルク。
「ミルクぅ、格好良かったよ!」
「さすが姉さま。今回はココアの負けですね。じゃあ、約束のキスです」
「ッ、んん~~~!」
そうしてアイスとココアがやって来て、にっこり微笑みを返すミルクだったが、するりと眼前に滑り込んだココアに唇を奪われ、ジタバタと藻掻く羽目になった。
これでは最後に無茶をした意味がまるで無い。
「こらミルク、充電中なんだからじっとしてろ」
「ん~~~! ん~~~!」
なのに悪ノリしたリュウにも動きを封じられてしまい、ココアに心ゆくまで唇を堪能されてしまうミルクなのであった。
一方、オーリス共和国の沖合で発見され、南下した魔蟲族は共和国とグーレイア王国との中間地点に差し掛かると一斉に西へと向きを変えた。
「魔蟲族、西へ転進! 場所はオーリス、グーレイア両国の中間地点! 上陸までおよそ二分!」
「直ちに迎撃する! 三十秒で準備を済ませろ!」
「了解!」
オーリス共和国から偵察機で魔蟲族の動向を追っていたオペレーターの報告に、追撃部隊の中でもビークルで先行していたレーザー砲と電源車両、そしてその護衛隊が車両を下りててきぱきと準備を始めた。
「グーレイア方面の部隊はどうした!」
「北上中ですが、恐らく間に合わぬかと……」
「そうか。目標は?」
「以前接近中! あと十秒で撃てます!」
「よし。全員、気を引き締めろ!」
「目標ロック!」
「よし、発射!」
そうしてレーザー砲を準備する間に現状把握に努める部隊長は、オペレーターの合図を待って躊躇なくレーザー砲の発射を命じた。
二門の砲から発射されたレーザーが、瞬時に黒い大群に二つの穴を開ける。
直撃した者はおろか、周辺の者も瞬時に蒸発する威力に、黒い大群が一斉に離散する。
「ッ、奴らを逃がすな! 放射限界まで追い続けろ!」
キィィィンと音を立てて膨張する黒い大群を切り裂いて行くレーザー。
しかし魔蟲族が分散した為に思う程の効果は無く、やがてレーザーの照射が終了する。
「レーザー砲、冷却に入ります! チャージ完了まで三十秒!」
「護衛隊、チャージ完了まで――」
「敵が左右に分かれました! こちらに向かって来ません!」
「くそっ、再チャージ急げ! 敵に合わせてビークルを回せ! 目標はグーレイア方面だ!」
レーザーの再照射までの時間を稼ぐべく護衛隊に指示を出そうとする部隊長は、部下の報告に一瞬毒づくと、迷いなく二基のレーザー砲をグーレイア王国方面へと向ける様にビークルを転回させる。
百八十度近く照射方向を変えられるレーザー砲も、チャージ中は機能しない為である。
「オーリス、マーベル方面はどうするのですか!?」
「後続と予備兵力に迎撃して貰うしかない!」
「しかし、みすみす――」
「グーレイアの広さは、部隊が間に合わぬとなれば致命的だ! だから今、ここで殲滅する!」
「はっ!」
二手に分かれた敵の一方を完全に無視した部隊長の方針に部下の一人が叫ぶ様に尋ねるが、部隊長の懸念を理解すると敬礼して己が職務に戻った。
その部隊長の決意に、周りで不安そうに見ていた兵士達の表情が引き締まる。
「間もなくチャージ完了! ですが、敵が有効射程から外れます!」
「構わん! 一匹でも多く、敵を落とす! 撃てえ!」
そうする間に次発の準備が完了し、部隊長の令と共にレーザーが発射される。
小さくなっていく黒い塊を更に削り取っていく二本のレーザー。
しかし完全に殲滅する事は出来ず、残った魔蟲族がグーレイア王国へ飛び去っていく。
もう一方の大群も既に上陸し、オーリス共和国の南をマーベル王国に向けて飛び去っていく。
どうやら後続の追撃部隊は間に合わなかった様だ。
「本部に連絡! 約五千の敵集団がマーベル王国方面へ逃走! 警戒されたし! 我が部隊はグーレイア王国に上陸した敵の追撃に移る! 至急援軍を求むとな!」
「はっ!」
即座に通信兵に指示を出す部隊長が、出番が無かった護衛隊へと向き直る。
そして自身を落ち着かせる様に、大きく息を吐いた後に顔を上げる。
「護衛隊の皆、聞いてくれ。現状、我々が最も敵に近く、足も速いが、市街戦ではレーザーはまず使えんだろう。そうなると戦力はたった三十人の諸君だけとなる。だが我々は民衆を守る軍人だ。済まんが援軍到着まで、力を尽くしてくれ」
「「「はっ!」」」
無茶を言っている自覚から頭を下げる部隊長だったが、護衛隊の誰もが迷い無く敬礼するのを見てぶるりと震えた。
撃ち減らしたとは言え、上陸した敵は千を下らないだろうに、護衛隊の兵士達の瞳には明確な闘志が宿っていたからだ。
「よし、全員ビークルに搭乗! 一人でも多くの命を守るぞ!」
「「「おおっ!」」」
そうして部隊長の合図でビークルに乗り込む兵士達は、砂煙を上げるビークルと共に魔蟲族の排除に向かうのだった。




